第375話 初恋の相手
今日はCランクの傭兵隊、モンキー・ブランディとの話し合いがある日だ。
モンキー・ブランディの皆とスター商会は仲が良く、祭りなどでスター商会の護衛が手薄になる時は良く手伝いに来てもらっている。
それに隊長のブランディはスター・ブティック・ペコラのブランディーヌの結婚相手でもある。つまり旦那様だ。結婚後は週末だけブランディーヌの所へとやってきて一緒に生活をしている、羨ましい。勿論仕事の関係で毎週とは行かないらしいが、そこは ”大人の恋” お互いに束縛することは無く上手くやって居る様だった。あの美しいブランディーヌと結婚出来るだなんて……本当に羨ましい限りである。
そしてブランディは多分私の ”初恋の相手” でもある。きゃっ。
あの美人でカッコ良くって素敵なブランディーヌが好きになる程の相手で、優しくって面白いブランディ……だから私も好き! だって気が付いて、これが初恋なんだなぁと、恋の勉強に励む私にはよく分かった。恋の ”こ” の字も知らなかった前世の自分を思うと凄い成長だと思った。
私の心の成長を一番促したのはやっぱり恋心の本だと思う。
今私は恋について書かれている本や乙女心について説明されている本を片っ端から読んでいる。
どんなことでも勉強すれば身に付くはず! と思い、日々努力を続ける毎日なのだ。
なのに残念なことに、先日お気に入りの本をクルトに取り上げられてしまった。禁書庫から持って来たという事でダメ出しをされてしまったのだ。
でも実はクルトに内緒でまだまだ沢山の本を魔法鞄にしまってある。本のタイトルも可愛い物ばかりなので、万が一クルトやアリナそれにオルガが見られても大丈夫だろう。
それに禁止されたアレサンドラ・ベルの本でもないので問題ない。私は子供らしい少女らしいララの気持ちを取り戻すべく、毎日勉強の日々が続いているのだった。
ララの気持ちも、蘭子の気持ちも、今どちらも体の中でまじりあって居てどっちが強く反応して居るのかは分からない状態だ。ただ気持ちを伝えることや、少し我儘を言う所はララの子供らしい部分としてを引っ張られていると思うので、私はその気持ちに抗うことなく従ってみようと今は思っている。そうすることで蘭子の大人びた視線を無くしていけるのではないかなと思っているのだった。
それと今は気持ちを落ち着かせるためにお父様に習い日記を書き始めていた。
これはお父様のような ”エレノア育児日記” では無く、私は将来の自分の子供に向けた手紙の様に書いている。きっといつか私の子供もあの禁書庫の秘密の部屋に入るだろう。
その時に私の子供時代の頃のことが、息子か娘の少しでも役に立てばと良いな思っているのだ。まあ長生きして玄孫まで可愛がる気でいるので、直接話すかもしれないけどね。フフフ。
身支度を整えて、いつも通りスター商会へとセオとクルトと一緒に向かった。ルイは今日は領主邸に行ってトマスのお手伝いをしている。街の警備隊だけでは無く領主邸の騎士や兵士たちも魔石バイクに乗れるようにと今訓練しているのだ。
その為すでに乗りこなしているルイとトマスは指導係となって皆に教えて居る。才能がある人はブルージェ領バイク隊に入隊させるそうだ。ブルージェ領は益々安心安全な街へとなっていくだろう。タルコットの喜ぶ顔が目に浮かんだ。でも無理しない様にポーションだけは送っておこう……
リアムの部屋に着くとモンキー・ブランディの隊長のブランディと、いつも一緒に行動しているゲイブとバメイも既に来ていた。こんな朝早くにと思ったのだけど、どうやら昨日の夜からスター商会に来ていて、三人ともちゃっかり泊まったようだ。ブランディーヌが目的なのか、スター商会のお酒が目的なのかは分からないが、三人ともすっかりスター商会の一員の様になっていて、リアムの執務室に居てもなんの違和感もなかった。
というかすっかりくつろいでる感じだ。ソファへと深く腰掛けお茶とお菓子を愉しんでいる。私が来たら「よっ!」と手を上げてきた。三人とも街に居る気さくなおじさんといった感じだった。
私達も席へと付く、リアムの他にはスター商会の護衛リーダーのメルキオールと副リーダーのトミーとアーロも居る。モンキー・ブランディがスター商会の護衛に入ってくれるかの話し合いなので、当然のメンバーだ。だけど気心が知れた人達ばかりなので、全く緊張感がない、ガレスが出してくれたお茶が、まるでビールかウイスキーに見えるぐらいだった。
「へへへっ、嬢ちゃん、いやララ様、今日も別嬪さんだなー」
いつものブレンディ流の決まり文句の挨拶に、私もニッコリと笑顔で返す。ブレンディはブランディーヌのお陰ですっかり身綺麗になっていて以前よりも若く見える、それがまたブレンディの持つ動物の様な可愛らしさを磨き上げていて、つぶらな瞳が子犬の様で可愛いかった。
「ブレンディさんもブランディーヌと仲良しのようで、何よりですねー」
「へへへっ、ララ様、照れるからやめてくれよー」
「フフフ、ブレンディさんのそう言う可愛いところが私は大好きですよ。流石私の初恋の人ですね」
ニコニコと笑ってブレンディの事を褒めれば、皆お茶やお菓子を持った姿勢のまま固まってしまって、その上穏やかだった室内が急にピリピリした物に変わった感じもした。ソファに深く腰掛けてくつろいでいたモンキー・ブランディの三人は、何故か顔が真っ青になっていた。もしかしてお茶が苦かったのだろうか?
「ちょちょちょちょちょーっとまった! ララ様よー、今恐ろしい事を口にしなかったか?」
ブレンディは手に持っていたカップをガチャンと大きな音を立てながら乱暴にテーブルに戻すと、青い顔のまま目がきょろきょろと忙しく動き出した。リアムだったり、セオだったり、クルトだったり、メルキオールだったりと、皆の顔色でも窺って居る様だった。
私は恐ろしいことなど何も言って居ないのに急にどうしたのだろうか?
「私何か変なこと言いましたか?」
「言った! 言ったよー! 俺が全世界から襲われる様な事を平気で言ったよー! 命がいくつあっても足りないよー! 頼むよー! 俺、新婚なんだまだ死にたくねーよ!」
ブレンディは何故か半泣きだ。その様子を見たクルトが「はー……」と私の後ろでため息をつくと、ブレンディに落ち着くようにと声を掛けてくれた。
「ブレンディ、落ち着け、ララ様は最近変な本ばっかり読んでいるんだ、だから今の言葉もその影響だ」
「へっ? ほ、本?」
「クルト、私は変な本なんて読んでいませんよ」
「じゃあ、なんでブレンディを初恋相手だなんて勘違いしたのか教えてください。ちなみに一応ですがブレンディは既婚者ですからね」
「……一応なのかよ……」
私の初恋を勘違いだと決めつけるクルトに、頬を膨らませながら自分の恋心の事を話すことにした。
ブランディーヌを大好きで、愛していて、盲目的なブレンディが可愛いと思ったから初恋だと気が付いたんだと、そしてブランディーヌのような素敵な人に私も恋がしたいとそう思ったんだと、分からんちんのクルトにドヤ顔で話し終えると、クルトは額を押さえ、アダルヘルム病の症状が出てしまった。最近この症状が良く出て居る様だ。傍に居ると似てくるらしい……
「ララ様……それはブランディーヌに憧れて居るのでは無いですか?」
「ブランディーヌに憧れ……」
確かにブランディーヌは素敵だからそれは勿論だ。私もあんなカッコイイ女性になりたい。
「ブレンディがブランディーヌにべったりとくっついて居たらどう思いますか?」
「ふっふっふ、素敵な夫婦で、仲良しでいいなって思います」
「では、自分もブレンディとべったりしたいですか?」
チラッとブランディを見る。まるで捨てられた子犬の様に、つぶらな瞳を潤ませてクルトの事をすがるような目で見ている。ブランディは可愛いとは思うけど別にべったり引っ付いていたいとは思わない。クシャクシャっと撫でたいとは思うかもしれないけれど……
首を横に振った私にクルトは引き続き話を続けた。
「では、常にブレンディの事を考えて居ますか?」
私はまた首を横に振る、ブレンディの事を常になど考えて居ない。私の子であるココやキキ、大豚ちゃんたちの事ならよく考えているけれどね。
私の様子を見てクルトはまた「はー……」とため息をつくと、「それは恋ではありません」と言い切った。自信満々だった私の心にはピシピシと音を立ててひびが入った。恋をしたと思ったのはどうやら幻だった様だ……
「ララ様、今度俺が色々とお話しますから、これからは突っ走るのは止めましょうね」
「えっ? クルトが私に恋を教えてくれるのですか?」
「……その言い方だとまた誤解を招くので……人生相談って事にして下さい……」
「はい! クルト先生有難うございます!」
「……どうかいつも通りクルトと呼んでください……」
何で私はもっと早く気が付かなかったんだろうか! クルトだけじゃなく周りの恋多き男性女性に恋心を聞けば良かったんだ! そうすれば私にも実際の恋の相手との出会いの時に心の準備が出来ているはず! クルトを見つめる私の視線は、気が付けばいつしか尊敬の眼差しになっていた。
クルト先生!! 素晴らしいです! 素敵です!
執務室の空気は気が付けばお穏やかな物に戻っていた。
モンキー・ブランディのメンバーはブランディだけじゃなく、ゲイブとバメイまでも「ほーっ」と息を溢してから、お茶を一気飲みしていた。私が初恋って言ったからブレンディが幼女趣味もあると焦ってしまったのかもしれない、心配を掛けてしまって申し訳なかった。まあ不倫などする気もなく失恋したのだと思って居たんだけどねー。
つまり失恋も無しという事の様だ……こっちはジュリアン先生にどんな気持ちなのか聞くのが良いかもしれない……
「ララ様、またおかしなことを考えて居ませんか?」
「大丈夫です。初恋では無かったので、同時に失恋でも無かったんだなーって気が付いただけです」
「……そうですね……良かったですね……」
クルトは苦笑いのまま私の頭を撫でてくれた。きっと自分で判断した優秀な生徒に感動したのだろう。私はブレンディの方へと向かい合い、勘違いをさせてしまって申し訳なかった事を謝った。ブランディは皆の顔を見て心からホッとしていたのだった。
「ハッ、じゃあ、ブレンディがいつも通り私を抱いても問題無いですね」
「ぶっ! じょ、嬢ちゃ……ララ様何言ってんだよー!」
「何ってブレンディはいつも私を回しながら抱くでしょう? 友人なら問題無いと思いますよ」
「だからその言い方―!!」
この後、ブレンディには ”抱く” では無くて ”抱っこ” だと言ってくれと半泣きで懇願されてしまった。
いつもブレンディは回転と高い高い付きの抱っこを私にしてくれているのだと言い直すと、やっと落ち着いてくれたようだった。ブレンディのお茶はティーロワイヤルだったのかもしれない……とそんな気がした出来事だった。
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