第374話 日記と手紙
お父様の日記を読みだして早数日、私は頭を悩ませていた。
「また崩し文字だ……難しい……なんて書いてあるのかな……」
お父様の日記は達筆の上、崩し文字で、その上文章が難しかった。
いくら私に前世の記憶があると言っても時代が違えば言葉使いも違う、その上サササッと書かれている文字だ、すらすら読めるはずもなかった。
そこで壱から読み始めていた日記の、他の数字の本を手に取ってみた。
”五” ぐらいになると、お父様に子供らしさが入って来たのか、段々と読みやすい日本語になっている気がした。なので五から読み始めてみようと思ったのだが、書いて有る事といえばお母様の事ばかりだった。
婚約者が出来て嬉しい事。エレノアを愛でて居る時間がずっと続けばいい事。エレノアは天才だ今日私の名を呼んだという事。エレノアは美しいどこにもやりたくはないという事。エレノア、エレノア、エレノア……
一日の出だしは何時もお母様の名前、これは日記では無く、お母様の育児日記だという事に気が付いた。
つまり私もセオやルイ達の育児日記を書けば子供心を取り戻せるという事なのだろうか……
「うーん……でも今更成人した子の育児日記付けてもな-」
「ララ、何か言った?」
「ううん、セオ、独り言、お父様の日記が面白くって」
「ララ様、お茶でもお入れしましょうか?」
「ええ、クルトお願いします」
今私の部屋にはセオとクルトもいて、セオは武器の本を、クルトは料理の本をそれぞれ読んでいた。私は二人に返事を返すと、お父様の日記をパラパラとめくってみた。するとそこに ”レジーナ”の文字を見つけた。
『レジーナは気が強いがエレノアを愛する気持ちは私と一緒だ』
仲の良かった姉妹に一体何があったのか……
レジーナの結婚相手はお母様を好きだったようだけれど、レジーナならきっと上手くやれたはずだと思う。処刑された妃なのにアグアニエベ国では未だに人気があるのだと聞いている。それだけでも人を惹きつける魅力が有った事が分かる。なのになぜ戦争を引き起こしたのか……疑問が残る……
「ねえ、クルト」
「はい、何ですかララ様?」
「愛が憎しみに変わる時ってどんな時?」
クルトはポットから注ぐお茶をジャバジャバとこぼしてしまった。
慌てて拭き取るが今度は熱さに慌てていた。そんな動揺するような事を言っただろうか? セオは気の毒そうな表情でクルトの片づけを手伝っていた。
「……失礼いたしました……ララ様、まさかアラスター様の日記にその様な事が書かれていたのですか?」
目の前でお父様の日記を読んでいたため、お父様の言葉だと思った様だ。
私は首を振り、自分の考えだと伝えた。するとクルトは頭を押さえだしてアダルヘルム病が出てしまった様だった。私の質問は頭が痛くなるような事なのだろうか? まあ、レジーナ王妃の事だからそうなのかもしれないけれど、名前は出してないんだよね。
深呼吸をした後クルトは今度こそお茶を入れて、私とセオに出してくれた。
そろそろ朝夕は涼しくなって来たので温かいお茶が心地よく感じる。クルトも自分の席に戻ると、ニッコリと笑って話し始めた。
「ララ様は好きな方がいらっしゃいますか?」
「はい、勿論沢山います!」
クルトはニッコリ顔のまま停止したあと「先ずはそこからか……」と何かを呟いていた後、そのままの笑顔でまた話を続けた。
「じゃあ、いちばーん好きなのは誰ですか?」
「一番? 皆が一番ですね、順位なんて付けられません」
クルトはまた停止した「どういえば伝わる……」とまた何かをブツブツ呟いている。
セオは口元を隠して居るので笑って居るのだろう。今の会話のどこに可笑しい要素があったのかは分からないけれど……
「じゃあ、ですよ、例えば……そう! セオ様にララ様より仲のいい友達……そう! 女の子の友人が出来たらどう思いますか?」
「良かったなーって思います」
「……他には?」
「他に? うーん……私も一緒に遊んでほしいかな?」
「それが嫌だと言われたら?」
「えっ? 嫌?」
「そう! セオ様はその子と二人きりで遊びたいからララ様が邪魔だと言ったらどうですか?」
「それって……まさか……」
クルトもセオも私の答えを期待するかのように目を向けて待っている。
セオが二人だけで過ごしたい相手……それってセオのお嫁さんか、恋人候補って事だよね?
つまりリアムの恋が成就する可能性もあるわけか……リアムが長年大好きだったセオとの恋が実る……これって……これって……
「クルト、私はお赤飯を焚きます!」
「「はっ?!」」
「だってそれってお祝い事ですよね? お赤飯を焚いて皆に配りながら自慢します!」
クルトとセオは「ああ……」と言いながらアダルヘルム病を発症していた。
どうやら答えを間違えた様だ。残念。こればかりは引き続き勉強するしか無いだろう……
私はティータイムになったので、お父様の日記は閉じて最近お気に入りの本を出してきた。
今この本を読んで恋の勉強中だ。初恋が分かったのも(ブレンディに一瞬で失恋してけど)、胸キュンの乙女心が分かり始めたのも、全てはこの本のお陰、私の心のバイブルだ。
「ララ様、最近その本を良く読んでますがなんて本ですか?」
クルトが私が読んでいる本が気になったようで聞いてきた、多分見た目がピンク色に小さな白バラが描かれた表紙なので目を引いたのだろう。見た目から乙女の心を鷲掴みにする色合いだ。とても可愛い。
私はクルトにドヤ顔で自慢した。
「この本は ”乙女の恋” という本です。そろそろ私もお年頃なので勉強中なんですよ」
ウフフフと上品に笑って返事をすれば、クルトはホッとしたように頷いていた。
だけど次の瞬間、ハッとすると目を見開いて私を見てきた。急にどうしたのだろうか?
「ララ様、ちなみにその本はどこから持って来たんですか?」
「えっ? 禁書庫ですよ」
クルトは勢い良く立ち上がると、「貸してください!」といって本を私から奪い取りパラパラとめくり始めた。そして段々と顔色が悪くなっていった。変なことは書いてないはずなのに……
『おとめのこころ1♡ 目と目が合えばそれは恋、押し倒しちゃおう♡』
『おとめのこころ2♡ 胸が熱くなったらそれは恋、個室に二人で行ってみよう♡』
『おとめのこころ3♡ 素敵だなと思ったらそれは恋、奪っちゃおう♡』
『おとめのこころ4♡ 手紙は全てラブレターそれは恋、愛してるって伝えよう♡』
『おとめのこころ5♡ 隣にいる人は常に恋人それは恋、口づけをしてみよう♡』
などなど、乙女の心について詳しく書かれている上に、どうしたら良いのか行動まで指示してくれてあるのだ。こんな素敵な本は中々見つからないと思った。
けれどその後何故かクルトに ”乙女の恋” を取り上げられてしまった……もしかしたらクルトも読みたかったのかなって思ったけど、絶対に呼んではいけませんとお小言付きだったので違った様だ……
私が恋心を学ぶのはまだまだ先になりそうだ……残念……
☆☆☆
レチェンテ国の王城で、この国の王であるアレッサンドロ・レチェンテは頭を悩ませていた。
この国の王子であり、アレッサンドロの息子であるレオナルドが立ち上げる魔石バイク隊の契約の場で、ディープウッズ家のララ姫に文通の約束を取り付けられたのだ。
そして今、その姫から届いた手紙に目を通していたのだが、その内容に頭を悩ませていたのだ。
『親ばか同好会の大切なお友達、アレッサンドロ・レチェンテ様
お元気ですか?
ところでレオナルドは元気でしょうか?
問題なくバイク隊の準備は出来ていますか?
段々と涼しくなって来たので体には気を付けて下さいね?
近頃は物騒な世の中なのでそちらも気を付けて下さいね?
愛しています。ララ・ディープウッズより 追伸、答えが解ったら返信くださいませ』
「答え? 答えとは何だ? それにこの文章は……何の意味があるんだ?」
ディープウッズ家の姫様からの手紙、絶対に不敬があってはならない!
この国を守るため、この国の王として、この難問を解かなければならないと、レチェンテ王はこの手紙を何度も読み返していた。
だが、一日たち、二日経ち、そして遂に一週間目を迎えてしまった。これはいい加減返信を送らなければ大問題になるだろうと焦ったレチェンテ王は、世界最高峰といえるグレイベアード魔法高等学校を卒業した事務官を呼び出し手紙を見せた。だが事務官は頭を抱えるだけで答えを導きだせないようだった。
仕方なく次に今魔石バイク隊結成の準備で忙しいレオナルドを呼び出した。レオナルドは不機嫌さを隠すことなく父親であるレチェンテ王の部屋までやって来たが、ララ姫からの手紙だと話すと、急に顔が綻び嬉しそうになった。だが手紙を見せると今度は突然不機嫌な様子でムッとなり、眉間に皺が寄るのが分かった。
レチェンテ王はクールなはずのレオナルドがここまで自分の気持ちを隠さない事に密かに驚いていたのだった。
「父上、これはどう言う事ですか!」
レオナルドの怒り具合にやはりこの文章には何かが隠されていたのかとレチェンテ王は愕然とした。国の危機だ、一大事だと! もしかしてドルダン男爵の件が納得いかなかったのではないかと思ってもいた。とにかく自分の代でレチェンテ国を潰すわけには行かないとそう焦りだした。
「ララ様の最後の言葉に ”愛しています” と書いてあるでは無いですかっ! 母上も第二夫人も居るというのに父上は! 何という事を!」
どうやら手紙の社交辞令のような挨拶の言葉に、レオナルドは腹を立てただけだった様だった……答えが分かったわけではない事にレチェンテ王はガックリと肩を落とした。
「レオナルド……それは別に本当に私を愛しているわけではない、友人に送る挨拶だ、それより答えを送れと言うのは何だ? 私は何をすればいいのだ? お前は分かるのか?」
レオナルドは大きなため息をついた後、レチェンテ王宛の手紙を羨まし気に見つめながら折りたたみ、父親の前に差し出した。その顔は答えが分かって居る様子だった。
「父上、これは年ごろの女性が遊ぶ言葉遊びです。先程父上がご自身で答えを仰ってましたよ」
「私が? いつだ?」
レオナルドはまたため息をついた。羨ましいとでも言いたげだ。
そんなにララ姫の手紙が欲しいなら自分から書けばいいでは無いかと、レチェンテ王は心の中で逆切れしていた。そして――
「文章の頭だけ抜き取って下さい、そうすれば答えは出るはずです」
レオナルドはそう言うと「訓練がありますので」と言って不機嫌な顔のまま部屋を出て行った。
レチェンテ王はそこでやっと答えが解った
『お・と・も・だ・ち』それが答えだった様だ……
レチェンテ王はテーブルにバタリと倒れ込んだのだった。
『おとめのこころ6♡ 男性は刺激を求めてるそれは恋、貴女の気持ちをそっと伝えてみよう♡』
クルトは知らなかった……あの本によって既に被害者が出て居る事を……
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