第376話 モンキー・ブランディとの話合い
朝の挨拶も終わり、スター商会とCランクの傭兵隊モンキー・ブランディの本格的な話し合いが始まった。先程まで色々とブランディが動揺するような話が有ったため、ブランディはガレスにお願いをして冷たいお茶を出して貰っていた。それを一気に体に流し込んだブランディはやっとホッと出来たようだった。その様子を見たガレスはすぐにお代わりを入れて上げていた。良く気の利く青年だ。それも入れたお茶は滋養茶だったしね。
「それで、ブランディ、スター商会に入る件はどうする?」
ブランディ達には前もってスター商会に入らないか? との話を振ってあったので、今日はその返事を聞く事になっている。リアムに問いかけられたブランディは仲間のゲイブとバメイと目を合わせた後、困った表情になった。もしかしたらスター商会に入らず傭兵のままが気軽で良いのかも知れない。
「あー……俺達がスター商会に入りたいのはやまやまなんだけどよー、なんせ俺達モンキー・ブランディは皆年寄りばっかだろ、チームの中でもこんな俺達が一番若いと来てる、この店に来ても護衛としては役に立たねーって思ってよ、それに大半が引退しちまって、今居るメンバーは10人ぐらいになってる、そんなんでスター商会に来たとしても役に立たない、足を引っ張るだけだろう……」
メンバーの中でブレンディ達三人が一番若いという事は、他の隊員は40代から50代だろうか、この世界に定年があるのかは分からないけれど、体力が必要となる傭兵にとって、年齢が上がるのはかなりきつい物があるだろう。前世40歳だった私は良く分かる。
傭兵が引退した後どう生活しているのかは分からないが、モンキー・ブランディのメンバーは田舎に戻ったと聞く、そこでどんな仕事に付いているのかも気になった私だった。
「ブレンディさん、引退した傭兵の皆さんは田舎に帰ったらどうしているんですか?」
「あっ? ああ、まあ、貯めた金でなんとか生活してくか、日雇いの仕事なんかやるか、あとはまあ実家があればそこに帰ったりだなー」
前世で言えば50代60代なんてまだまだ若い、その人達が田舎に引きこもって静かに生きて行くなんてなんだか勿体ない気がした。勿論それを望んでいるのなら別だ。希望して田舎暮らしをするなら問題無いだろう。
傭兵として体力が無くなっても今までの経験が無くなるわけではない、それに色んな人達と接してきた彼らには伝手もある、王都やブルージェ領で仕事をしてきた彼らは街にも詳しいし、これ程いい人材が引退してしまうなんて勿体ない気がしてならなかった。
「ブレンディさん、やっぱり私はモンキー・ブランディの皆さんにはスター商会に来てもらいたいと思います」
「嬢ちゃん……いやララ様……それは聖女様として俺達を放っておけないって事か?」
聖女でも同情でもないので首を横に振る、彼らには若さはないかもしれないけれど豊富な経験がある、それは若い護衛にはすぐに手に入らない物だ。モンキー・ブランディの皆に若手を指導してもらえればメルキオールやトミーとアーロの負担も減る。王都店とブルージェ店とで別れる今、どちらにも詳しい彼らはスター商会が望む人材だとそう思った。
「ブレンディさん達にはスター商会の若手の子達に無い経験がまずあります。もし護衛として働くのが不安であれば指導係になって貰えるととても有難いです」
「……指導係……?」
「はい、モンキー・ブランディさん達は王都にもブルージェ領にも詳しいので、狭い道や、悪い人達の隠れ場所、それに他領の商人とも付き合いがあるのでは無いですか?」
「まあ、そりゃあ仕事で雇われるのは商人とかが多いからな……でも道が詳しいとかで役に立つのか?」
「勿論です! スター商会は王都に行くのもチャチャッと行ってササっと帰ってこれるので、そこまで深い知識は無いんですよね、だけど皆さんが来てくれたら地図を作って道程で何が必要なのかとかも分かりますし、スター商会として新商品を開発するきっかけにもなると思います。でもそれよりも何よりも一番ウチに来て欲しい理由は、私がモンキー・ブランディの皆さんと一緒に働きたいと言うのがあるんですけどね」
「嬢ちゃん……」
ブレンディのつぶらな瞳が少しだけ潤んでいるように見えた。喜んでもらえたのだろうか。
ゲイブとバメイの方へと視線を送ってみれば、ブレンディと同じように目をウルルっとさせて鼻をすすってい居た。
彼等は一番ブルージェ領が大変な時期に傭兵隊として活躍して頑張って来たと思う、それがブルージェ領が落ち着いてきた今、仕事が減り、年齢的にも体力が落ちて仕事が辛くなってきていたのだろう。その中でのスター商会の誘いはきっと嬉しかったのだろうと思うと、私まで胸が熱くなった気がした。
「お、俺達モンキー・ブランディはスター商会さんに皆でお世話になるよ……宜しくお願いします!」
「「お願いします!」」
三人はそう言って深く頭を下げた。
リアムがすぐにそれを起こし手を差し出した。
「ブレンディ、こちらこそ頼んだぞ」
リアムはブレンディ、それからゲイブとバメイとも握手をした後、ランスに言って契約書を出してきた。三人はそれを見ると、金額なのか、それとも内容なのかは分からないけれど、目を丸くして驚いていた。小さな瞳がパチパチと動くさまはまるで子犬のようで可愛かった。この気持ちが初恋では無いと言うのだから不思議なものだ。恋をすると一体どれだけ胸がはじけるのだろうか? 早くその経験をして見たいなと期待した私だった。
「あ、ブレンディさん、傭兵の仕事を引退しようと思っている人で動物好きな人はいますか?」
「あ? ああ、ウチの奴らは基本皆動物が好きだぞ、動物の運搬の護衛とかも頼まれると率先して手伝う奴もいるぐらいだ」
「本当ですか?! なら良かった! 私、養豚場を作りたいって思ってるんです」
「「「養豚場?!」」」
「はい、そこでのお世話係りをして貰えないかなって思って、どうでしょうか?」
「いや……そりゃあ、ウチのもんは皆喜ぶと思うぞ、護衛よりもそっちのが良いって言いそうなぐらいだ」
ブレンディ達モンキー・ブランディの皆さんは祭りの手伝いや、仕事が無い時は牧場の手伝い、それに農繫期の時は農家の手伝いにも行くのだそうだ。メンバーにはそう言った農家などの知識が豊富な人が多い様で、色々と抱えるスター商会としてはやっぱり有難い人達だと思った。これならどんな仕事でも頼めそうだと一人でほくそ笑んでいると、ブレンディ達が私の笑顔を見て何故か顔が引きつっていた。もしかして心が読めたのだろうか。
リアム達にはいずれ養豚場を作りたい話をしていたので、驚くことは無かった。
ただ大豚は魔素が強い場所を好むため、養豚場の建設場所がどこでもいいとは言えない。そこで私が思いついたのは第一秘密基地だった、そこは元研究所に使って居た場所だ。
あそこならディープウッズの森の中にあるので大豚たちもなれていて安心できる。施設も研究所として使って居たので、すぐにでも住み込むことが出来る。一番良い場所だろうと私は考えた。
そのことをリアムに話すと、リアムも納得してくれたようだった。だけどブランディ達三人だけは話を聞いて口をパクパクとさせていた。どうしてだろうか?
「あー……ララ様よー、聞き間違いかも知らねーけど、今 ”大豚” って聞こえた気がしたんだが……養豚場で飼育する豚って……もしかして、あの大豚なのか?」
「そうです、大豚ちゃんです。と――っても可愛いんですよ!」
ブレンディ達はリアムやメルキオールそしてクルトにまで視線を送っていた。
皆が頷くのを見てやっと本当に大豚だと理解してくれたようだった。大豚が幻の豚と言われているのは本当の事の様だ。まさかここまで驚かれるとは私も思わなかった。
ブレンディ達はそれから暫く黙りこんでしまったのだった。
モンキー・ブランディの三人は仲間に話しをしに行くと言って、契約が済むとスター商会を後にした。私はお土産に大豚で作った豚丼を人数分プレゼントした。魔法袋から出した瞬間いい香りがしたからか、ブレンディ達はごくりと喉を鳴らしていた。「食べるのが楽しみだ」と言って自分の魔法袋に入れると大事そうに抱えて帰っていった。喜んでもらえて本当に良かった。
ブレンディ達を見送った後、リアムの執務室へ戻ると、皆で何やら忙しそうに相談をしていた。
テーブルの上には招待状の様な物が沢山準備されており、これから送る物なのだという事が分かって、どうやら王都店開店の案内状のようだった。
それとは別にリアムは手紙を書いて居る様だった。それも速達の紙飛行機型用紙でだ。それを書き終えるとサッと空へと飛ばしていた。誰宛かな? と首を傾げて居ると、私の疑問が分かったのかニヤリと笑って答えてくれた。
「ルイス・デニックへの催促状だ」
「催促状?」
「スター商会の王都店が完成したと手紙を送ったのにまだ開店の許可が下りない、店を開けられる日が決まらないと開店の招待状を出すことも出来ない、早くしろってルイスに催促したんだ」
私はなる程、と頷いた。
リアムの話ではスター商会が出来ることを阻止しようとして、開店の許可を出すのを反対している幹部が居るんじゃないかと言って居て、若いギルド長に反対するものは必ずいるはずだからとも教えてくれた。
それに他店の力がある大店が文句を言ってくれば商業ギルドとしても簡単には許可できないのではないかという、自分たちの売り上げが落ちることを懸念しての事だろう。
でも何だか話の内容とは裏腹にリアムは嬉しそうで、まったく困っている様子はなかった。
「ハハッ、ルイスがそんな奴らに負けるはずは無いからな」
何だかんだ言いながらもリアムはルイスの事を信用して頼りにしている様だ。
ギルド長としてまだ新米のルイスには、古参の商家や商業ギルドの幹部からの重圧は辛い物があるだろう。ブルージェ領はベルティが長くギルド長だった為、その推薦で新しくブルージェ領の商業ギルド長になるナサニエル・タイラーよりもルイスの方が大変なのかもしれない。ガスパーと共に頑張ってほしい物だ。
「リアム、私達に出来ることは無いの?」
リアムは今度はニヤニヤしながら首を横に振った。何か知っている様だ。
「いざとなったらベルティが王都に乗り込むって言ってたからな、まあ、商業ギルドの事は商業ギルドの奴らに任せておくのが一番だ。俺達は開店の事でも話し合おうぜ」
ご機嫌なリアムに頷き、私達は皆で招待客の事や開店当日の運営の事を話し合った。
楽しい話合いのお陰で益々開店が待ち遠しくなった。早く許可が下りるのを待つのみだ。頑張れルイス。
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