第364話 王都の商業ギルド②

 王都の商業ギルドの玄関先に馬車で到着すると、金馬馬車だった為とても注目を集めて居る事が分かった。商業ギルド内に用事があって入ろうとして居る人達も、足を止めてこちらを見ている。「スゲー」「光ってるぜ」「本物か?」などなど色んな声が上がっていて、玄関口は金馬馬車見学人でざわざわとしていた。

 リアムとランスはしたり顔で 「掴みはオッケー」 とでも心の中で思って居るかの様だった。店を王都に建てる前から注目を浴びることが出来て喜んでいた。勿論私も。


 そう言えば前回金馬君を出した時にレチェンテ国の王城に問い合わせが行くかもしれないなぁーと考えて、レチェンテ王に伝えようと思っていたけれど、私はすっかり忘れていたことを思いだした。

 卒業式と卒業パーティーの日だった為、大忙しでそれどころでは無かったからと言うのもあるのだが、ピエールの父親のドルダン男爵の件が有った事も大きい。文通友達となったレチェンテ王にはスター商会が王都に店を構えることと、金馬君の問い合わせが入ったらごめんねと連絡しておこう。親ばか同好会の友として嫌われるわけには行かないだろう。


 リアムを先頭に、私は皆に囲まれるように歩き、商業ギルドの受付へと向かった。

 以前だったら 流石王都の商業ギルド! 立派だわ! と感動したかもしれないが、ブルージェ領の商業ギルドはスター商会の改装工事が入った為、王都の商業ギルドよりも既に立派になっている。

 王都の商業ギルドは白くて大きな建物で、中は人が多くて賑わっているなー、掲示板の所は凄い人だかりだなー、と言うぐらいが私の印象だった。

 スター商会がいずれはここも改装工事を受けて綺麗にして見せましょうと、一人皆の中心部でニヤニヤとしていた私なのだった。


「新店舗の申し込みに来たスター商会だが」


 受付でスター商会の名を出すとざわめきが起こった。

 王都でもスター商会は既に認識されているようで、若い受付の青年は「少々お待ちください」というと、慌てて上司らしき男性の元へと走っていった。その人は手もみをしながらリアムに近づいて来ると「ご案内させて頂きます」と言って、緊張して引きつった笑顔を浮かべながら私達を案内してくれた。


 連れて行かれた部屋は豪華な商品たちに囲まれた、どう見ても商業ギルドのギルド長の為の応接室といったところだった。私たちが座ったソファも弾力があり、生地も高価な物だとすぐに分かった。ただ少しけばけばしい感じがして、私は余り好きにはなれなかったけれど。


 緊張した様子の女性が私達にお茶を持ってきてくれたので、それを頂いていると、軽快な足音がしてノックと同時ぐらいにガバッと部屋の扉が勢い良く開いた。

 入ってきた男性はリアムぐらいの年齢で、藤色の髪色に瞳は明るい黄色をしていた。そしてその顔には満面の笑みが浮かんでいて、リアムを見ながら大笑いを始めた。どうやら知り合いらしい。


「よう、よう、よう、リッアーム! ハッハー! 待ってたぜー!」


 青年は「ほっほー」と陽気な声を出しながらリアムの肩をバンバンと叩いている。リアムはうんざりした表情だ。ランスも知り合いなのか苦笑いを浮かべている。この若い青年が王都の商業ギルドのギルド長なのだろうか?


「ルイス様、いえ、ギルド長、落ち着いて下さい、先ずはご挨拶を」

「おーっと、そうだったな、俺はルイス・デニック、王都の商業ギルドのギルド長に最年少でなった男だ。ブルージェ領のギルド長になるナサニエル・タイラーより若い! どうだ凄いだろう?」


 ギルド長に注意を促した男性はルイスのドヤ顔を見て「はー……」とため息をついて首を振っていた。呆れていると言った方がいいのかもしれない。きっとギルド長であるルイスの補佐なのだろう、真面目そうな黒髪の男性で丸眼鏡をしている、瞳の色は綺麗な銀色に見えた。


「スター商会の皆様、ようこそお越しくださいました。ギルド長補佐官のナシオと申します。さあどうぞお座りください」


 ルイスが入って来たことで立ち上がっていた私達は席へとつき直し、リアムが皆の紹介を始めた。


「あー……ルイス、ナシオさん、スター商会の副会頭のリアム・ウエルスです。そしてこちらが――」

「ヘイヘイヘーイ、君が噂の ”聖女様” かーい? わぉう、滅茶苦茶可愛いじゃんかー! 噂以上だね!」


 紹介の途中でルイスが口を挟んできたので、今度はリアムがため息をついた。ナシオは頭を抱えている。何だかルイスの行動は他人事のように思えなくて胸が痛い。でもルイスは憎めない人のようだ。見守るナシオが頭を押さえながらも仕方が無いなぁと言った表情だからだ。尊敬と愛情があるのだと思う。多分だけど……


「ルイスさん、いえ、ギルド長、そしてナシオさん、スター商会の会頭のララ・ディープウッズです。今日は宜しくお願い致しますね」

「「ディ! ……ディープウッズ……?!」」


 ルイスとナシオの驚きの声が揃った。

 どうやら聖女の噂は知っていたようだが、私が ”ディープウッズの姫”だという事は知らなかったようだ。二人は目を見開いたままリアムの方に視線をお送り、頷いたのを見て本当だと理解したようだった。ルイスはさっきまでの陽気なお兄さんの顔は消え、真面目な表情に変わるとナシオと共に「申し訳ございません」と言って深く頭を下げて来た。止めて欲しい。


「ルイスさん、ナシオさん、普通に接して下さい。特別扱いは無くて大丈夫です。ララと呼んで頂いて結構ですから」


 ルイスはチラッと顔を上げると、リアムの様子を伺った。

 リアムは苦笑いで頷いている。仲が良いようだ。


「ルイスさんとリアムはお知り合いなのですか?」

「……ええ……学生時代の友人です」

「友人なんですか?!」

「いや、正確に言うと俺の初恋の相手ですねっ」

「初恋?!」


 ルイスはいつもの調子を取り戻して来たのか、そう言って私にウインクして見せた。それを見てリアムがジロリと睨んだ。


「ルイス、お前馬鹿な事言うんじゃねーよ」

「馬鹿な事じゃないだろー、入学したてのリアムはハチャメチャ可愛いくってさー、俺たち一瞬で恋に落ちたんだぜー、男だと知った時のショックと言ったら無かったぜー」

「俺達?」

「そうなんっすよー、俺は双子なんですけどね、二人してリアム姫にメロメロになっちゃってさー!」

「ルイス、お前いい加減にしろよー」


 リアムが怒っている事が分かったからかルイスは舌をペロッと出すと、それ以上昔の事は話さなくなった。


 王都の商業ギルドにはスター商会の情報として、ディープウッズ家と繋がりがある事と、会頭が聖女だという噂が入って来ていた様だった。なので会頭の私自身がまさかディープウッズ家の娘であるとは思っておらず、驚きが隠せなかった様だ。


「王都では、ディープウッズ家の子が騎士学校に通ってるらしいって噂もあったんですよー」

「あ、それは本当です。私の護衛をしてくれている彼が今年ユルデンブルク騎士学校を卒業しました」

「セオドア・ディープウッズです」


 セオが名乗るとルイスは「宜しくね」と手を軽く上げてウィンクした。自然とウインク出来るなんて凄い事だ。私だったらいっぺんに両目を瞑ってしまいそうだ。今度ちょっと今後の為にも練習してみようと思った。


「さてさて、今日は新しい店用の土地が欲しいんだっけー?」

「ああ、中央地区で出来るだけ広い場所を希望する。最初から全力で店を運営して行くからな」

「成程ねー。リアムの全力かー、楽しみだねー。でも中央地区で良いのかい? 君の実家の店、ウエルス商会がある場所だろ?」


 ルイスは心配と言うよりも、楽しそうと言う言葉がピッタリな顔でリアムに問いかけた。リアムはふんと鼻で笑うと「だから良いんだ」と答えてみせた。ウエルス商会と戦う気満々だ。私もリアムに酷いことをしたロイドとは戦うつもりでいる。お尻ペンペンの刑に処す事は私の中では決まっていて、最終的にはウエルス商会を吸収してやろうと思っているぐらいだ。まあ、まだまだ先は長いと思うけれど。


「じゃあ、俺のお勧めを出しても良いかなぁ? ナシオ宜しくー」


 ルイスに声をかけられたナシオは書類を私達に差し出した。そしてルイスが説明を始めた。


 一つめの土地は中央地区の外れにある、古い建物が建ったままの土地だった。跡取りの居ない屋敷がそのまま放置されているらしい。広さはブルージェ領のスター商会の半分くらいだろう。王都でこの広さはかなりの物だと思う。ここにするなら目立つ為に五階建てとかでも良いかも知れないと思った。


 二つ目は商業ギルド近くの、中央地区のど真ん中の建物付きの土地だ。建物も直せば使える状態らしく、中央地区にしては値段もそれ程高くはなかった。ただ、土地は狭いので何かを諦める必要がありそうだ。庭を諦めるか、寮を別に建てるか、上に高く建てるかだ。場所は文句無しの物件だった。


 そして三つ目、ここは中央地区にあるウエルス商会の裏通りにある場所の様で、かなり広い。なのに凄い安い値段の為とても気になる場所だった。私がその資料をジッと見つめているとルイスがニヤリと笑った。


「ハハッ、ララ様、その土地が気になるかーい?」

「ええ、中央地区なのに、広いですし、何より安過ぎますよね? 何か訳ありですか?」

「おっ、流っ石ですねー、そうです、そこは中央地区のゴミ置き場になっちまってるんですよねー」

「ゴミ置き場?」


 リアムがルイスの言葉を聞いて私が持っていた資料を覗きこんできた。「ああ、ここか」と納得しているので、リアムも知っている場所なのだろう。

 売りに出て居るという事は、以前ゴミ置き場として使わせていた場所なのだろうか?


「そこは、勝手にゴミ置き場にされてる場所なんだー」


 ルイスの話だと、ただの空き地だった土地に勝手にゴミを置かれだしてしまい所有者も困っているのだそうだ。何度かゴミの撤去もしたらしいのだが、気がつくとまたゴミが捨てられているらしい。そして今はもう所有者も諦めて放置している様で、困っているので買ってくれるなら幾らでも良いとまで言い出しているそうだった。


 ゴミの処理にお金も掛かるし、土地の土壌もゴミのせいでどうなって居るかも分からない。

 ずっと買い手が見つからずに困窮しているそうだ。


「ルイスさん、私、この土地を見てみたいです!」

「ハハッ、興味があるのかーい?」

「はい、どんなゴミなのか気になります!」 

「アハッ、ゴミが見たいのかっ?!」

「はい! 掘り出し物が有るかもです! 宝探しみたい! 素敵!」


 ルイスは部屋に入って来た時みたいに大笑いを始めた。土地では無くゴミが見たいと言ったのが笑いのツボにハマった様だ。リアムとナシオのルイスを見つめる視線が冷たかった。


「よし、では、ララ様、宝探しの旅に行きまっしょう!」


 こうして私達は王都の店を建てる為の土地を見に行く事になったのだった。

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