第363話 王都の商業ギルド

 レチェンテ国の王城から戻って直ぐ、アダルヘルムにレチェンテ国のお姫様二人にアグアニエベ国とテネブラエ家から婚姻の申し込みが来ている事を伝えた。


 アダルヘルムは怖いぐらいの笑顔になり、レチェンテ王と連絡を取る事と、その婚約について探ってみると言ってくれた。それと私が二人のお姫様の結婚相手を見つけるつもりで居る事を伝えると、珍しく吹き出していた。


 ウィルバート・チュトラリーもララ様の考えは見抜けないでしょうと、クックックと魔王……ではなく楽しそうに笑っていた。取り敢えずアダルヘルムが探ってくれる様なので、何か情報がつかめる事を期待したいと思った。

 

 そして私はもう一つ、気になる事を話した。

 シャーロットの婚約者であったフォウリージ国の王太子の事だ。急に亡くなったそうで、原因は国の秘密と言う事でシャーロットは教えて貰えなかったそうなのだ。

 ウィルバート・チュトラリーに何かされたのか、それとも病気か何かなのかとても気になる事だった。アダルヘルムもその話を聞いて思う所があったのか、じっと何かを考えて居る様だった。


「ブルージェ領の元領主が亡くなったのも不自然でしたね……」


 タルコットの父親であるブルージェ領の元領主は、弟であるブライアンに殺されたと言ってもいいだろう。自分こそが領主に相応しいとブライアンは思って疑いもしていなかった様で、王都にあるウイルバート・チュトラリーの仲間の占い師、リードの所へと行って何かを相談していたようだった。


 それがどんなことかは分からないが、人の命を簡単に奪う人達だ。タルコットの父親も彼らに何かされたのは想像がついた。ブルージェ領の城にはウイルバート・チュトラリーの仲間であったアザレアが勤めていたようだし、タルコットの妻であるロゼッタに毒を持っていたとされるのもアザレアだった。タルコットの父親にも同じことをしていたかもしれないと考えるのは当然だろう。


 もしかしたら想像以上にウイルバート・チュトラリーの仲間は色々な国に居るのかもしれないと思うと、私も負けない様にしなければと焦りが出た。アダルヘルムは私の考えが分かったのか、そっと近づいて来ると、私の頭を優しく撫でてくれた。


「ララ様、心配は要りません、相手の思惑に早く気付けたのですから対応はできます」

「……そうだと良いのですが……」


 同じ部屋に居るセオとクルトも私の事を心配そうに見てきた。落ち込んでいるように見えるのだろう。

 とにかく私の今の目標はウイルバート・チュトラリーから攻撃される人を無くしたい事だ。理不尽な行動で相手を傷付けその事を悪いとも思っていないウイルバート・チュトラリーに、私の大切な人達を不幸にさせる事だけは許せなかった。絶対に……


 アダルヘルムは私の頭をもう一度撫でて優しい笑顔を向けた後、また少し考えた。


「ふむ……そろそろ私にも新しい子飼いが必要ですかね……」

「子飼いですか? アダルヘルム、子飼いって【スパイ】……密偵って事ですよね?」

「ええ、そうです。以前は……そうですね、私がまだ若かったころは子飼いがおりました」

「……若かったころ……」


 今も二十代後半から三十代にしか見えないアダルヘルムだけれど、年齢的にはとっくに百歳を超えている。子飼いが普通の人間だとしたら亡くなっていても不思議じゃないだろう。

 お父様が亡くなってからは、私を守るためかディープウッズの森で隠れるようにひっそりと暮らしていたのだ。その後新しい子飼いを、と言う訳にはいかなったのかもしれない、セオがいたチェーニ一族をアダルヘルムが知っていたのもその人達の情報だったのだろうか。きっとアダルヘルムの子飼いだった人達だ優秀だったのだろう。


「本当はセオがこの家に来たときに、セオを私の子飼いに育てようとも思ったのですよ」

「そうなのですか?」


 私だけでなくセオまで目をパチクリしている。聞いたことも無かったのだろう驚いている様だ。


「ですがララ様がセオを自分の子供にしたいと仰られて、この子には明るい未来を歩ませるべきだと思いました。密偵は闇の部分も担わなければならない、セオがチェーニ一族から逃げたのもその部分が嫌だったからでしょう、そんな子に密偵をしろとは言えませんからね」

「……そうだったのですね……」


 確かにセオの能力は密偵を仕事とするチェーニ一族の血を引いているからか、子飼い向きだといえる。でもアダルヘルムはセオの希望と私の希望を聞いてセオを騎士にしてくれたのだ。私の大切な人に夢を与えてくれたアダルヘルムには感謝しかなかった。


「でも子飼いなんてどうやって手に入れるのですか?」

「フフフ……そうですね、ちょっと伝手を当たってみましょう……」


 ニヤリと笑うアダルヘルムがとっても怖かった……

 ああ……美し過ぎると言うのは時には人に恐怖を与えるのですね……恐ろしい物だ……








 それから数日たったある日、私はスター商会のリアムの執務室に来ていた。

 今日はこれから王都の商業ギルドへと向かう予定でいる。勿論王都に新しい店を建てるための手続きと、土地探しの為だ。

 朝からワクワク気味の私だけれど、勿論もう癒し爆弾を飛ばしたりはしない。

 身体強化を掛けて居なくても普通に過ごせるようにもなってきている。段々と自分の魔力が体になじんできている事を実感している毎日だ。


 朝はセオやクルト、ルイとピエール、それにベアリン達とディープウッズ家の裏庭で朝練もして、沢山魔力を使ってきた。なので今日は王都の商業ギルドで多少興奮しても問題が無いと思っている。楽しみで楽しみで仕方がない私だった。


「よう、ララ、朝からご機嫌だな、顔が緩んでいるぞ」

「フフフ、リアムおはよう。ご機嫌だよー。だって王都の商業ギルドに行くなんて初めてだもの」


 リアムは苦笑いを浮かべるとセオとクルトに視線を送っていた。こいつ大丈夫か? とでも訪ねているみたいだった。失礼である。


「はー……まあ、大人しくしててくれよ……まあ、今更かもしれないが、お前を狙う奴はごまんといるんだからな」

「はーい! フフフ、でも大丈夫だと思うよ」

「はあ? お前は何でいつもそんなに呑気なんだよ」

「フフフ、だってセオが騎士として傍に居るんだよ、こんなに強くってカッコイイ騎士がいるのに私を誘拐しようとするような人はいないでしょう」


 大して膨らみのない胸を張って私の騎士となったセオを自慢すれば、セオは少し頬が赤くなり、リアムはクスリと笑っていた。クルトだけは困った表情になっていたけれど。きっとセオが居て手出しできないとしても、私が勝手にいなくなるとでも思っているのだろう。


 フッフッフ、もう幼いころの様に自分の気持ちを抑えられない私じゃーないんだよクルト君、少し大人になった私を見せて進ぜようー! ハーハッハッハッハ!


 ペチンッ


「痛い、リアムなんでデコピンするのー」


 身体強化を掛けて居ないので久しぶりのリアムのデコピンは私のおでこにヒットした。リアムは「なんかムカついた。顔が」と理不尽なことを言って居た。酷い物である。

 きっとリアムが大好きなセオの事を褒めたから焼きもちを焼いたのだろう。私の心の声が聞こえたわけでは無いと思う。もしかしたらどや顔になっていたかも知れないけれど……


 準備を整えると、リアム、ランス、ジュリアン、ガレス、私、セオ、クルトで転移部屋を使って王都の屋敷へと飛んだ。最近リアムの下僕としての付き添いはガレスがメインだ。ジョンはすっかりスター商会の一員として働いていて、リアムのお世話はガレスの仕事となっている。


 ジョンは几帳面な性格をしているので、仕事も丁寧で、その上早いらしい。ランスもジョンが居る事で安心して店を開けられるようになったようだ。イライジャとジョンがいれば何か有っても対応出来る様だし、双子のグレアムとギセラも一人前になっていて、今はベビーグッズや結婚披露宴の商品の打ち合わせなどでリアムの執務室から出て居る事も多くなっている。


 ローガンは相変わらずのイベント担当でヒューゴやオーギュスタンとブルージェ領内を駆け回っているらしい。二年の間に皆すっかり自分の仕事を確立しているようだ。

 これからタッドやゼン達が成人してスター商会で働くようになればリアムももっと楽になるだろう。皆でゆっくりと過ごせる日も夢じゃないかもしれない。


「はー……【大型バス】でも作ろっかなー」


 私が目立つためにと魔力を流した金ぴか馬車こと、金馬君に乗り込み、スター商会の皆で旅行に行く事を夢見てバスでも作ろうかなと呟いたところ、リアムと特にランスが固まった。二人は顔を見合わせると、焦ったように私に話しかけて来た。顔が近い。


「ララ、お前これから王都に店を作るって時に変なもん作ろうとするなよ」

「ララ様……その、おおうがた? ばあす? という物は大変興味がございますが、今日は王都の商業ギルドに行くのですから余計なことは考えないで下さいね」


 私は二人を落ち着かせるように微笑み、興奮気味の二人をきちんと馬車の席に座らせた。

 向かい合って座っている私の顔をお尻を持ち上げて二人共覗き込んできたのだ。安全な馬車だとはいえ、急停車したら危ない。大型バスが気になって興奮するのは分かるけれど、大人として落ち着いて貰いたいものである。


「大丈夫ですよ、ただスター商会の皆で旅行に行きたいなって思っただけですから、それに【大型バス】を作る前に先ずは【普通自動車】とか【軽自動車】とかを作ることに挑戦してみないとですからね、そうすればタッド達がスター商会に入っても仕事が沢山出来て喜びそうですからね」

「いやいやいやいや、待て待て待て、ララ、その意味不明な物の事は突っ込まないが、王都に店を持つって事は、それだけ人員が必要になるって事だぞ、今のブルージェ領のスター商会の人員を半分王都に持っていくんだ、これ以上仕事を増やしたら大変になるだろう……」


 リアムの言葉を聞いて 確かに! と納得できた。王都の店を作っても転移陣でつないでしまえば問題無いと思っていたけれど、店に人は必要だった。仕事を増やさなきゃと思っていたけれど、もう少し先で大丈夫そうで安心をした。大型バスは私が成人するまでに作ればいいだろう。ブルージェ領を観光出来るバスをいずれは作れたらいいと思う。勿論王都にも。


 私が「分かった」と頷けばリアムもランスもホッとしたようだった。

 セオとクルトは口元を手で隠していたので笑って居たのだろう。


 そして馬車の中でお喋りを楽しんでいると、あっと言う間に王都の商業ギルドに着いたのだった。

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