第362話 婚姻の申し込み
アグアニエベ国……テネブラエ家……
シャーロットとジュリエットの話を聞いて背筋が凍った。
どう考えてもウイルバート・チュトラリーが何かしたとしか思えなかった。
本来のシャーロットの婚約者であったフォウリージ国の王太子も偶然亡くなったのか……それとも彼らが意図的に何かしたのか……と恐ろしい考えが浮かんだ。
セオとクルトの方へと視線を送れば私と同じようにウイルバート・チュトラリーの事を考えて居る事がその顔色を見てすぐに分かった。
この事はシャーロットとジュリエットにもっと詳しく話を聞いてアダルヘルムに相談するのが妥当だろう。レチェンテ王とアダルヘルムは友人同士で文通もする中なので、事情を説明してもらってもいいかもしれない。ウイルバート・チュトラリーが関係ない可能性もあるかもしれないのだから……
「シャーロット様の婚約者候補のアグアニエベ国とテネブラエ家の方はどう言った方なのですか?」
無理矢理笑顔を張り付けた私を少し心配げにシャーロットとジュリエットは見ていたが、小さく頷くと何事も無かったように教えてくれた。
アグアニエベ国の方は王太子で現王の一人息子のようだ。そしてテネブラエ家の方は三人兄弟の長子との婚約話が上がっているそうだ。こちらも相手側からの申し込みらしく、シャーロットの美しさに恋い焦がれていると聞いているらしい。
でもテネブラエ家の長子は年齢が30歳を超えているらしいので、シャーロットとはかなり年が離れている。でも貴族ではそれ位は問題無い様だ。シャーロットも異国に嫁ぐぐらいで有れば自国の侯爵家のテネブラエ家の方がいいらしい。けれど最終的には父親であるレチェンテ王に従うのだそうだ。
「アグアニエベ国の王太子様がどのような方かは存じませんが、テネブラエ家の長子であるクロードウイッグ様とは何度か夜会でお会いしたことがあるのですわ」
「お姉さま好みの逞しい方でしたものね」
フフフと楽しそうに笑うジュリエットをシャーロットは恥ずかしがりながら諫めていた。
きっとまんざらでも無いのだろう、いや、下手したら恋をしている可能性もある。疑いだけでシャーロットの恋心を壊すわけには行かない。出来れば確実な証拠があればいいのだけれど……
「シャーロット様には他にも婚約者候補はいらっしゃるのですか?」
「フフフ、いいえ、王太子様がお亡くなりになられたのも最近ですの、ですから申し込みは今の所その二つだけですわ」
「そうなのですね……ジュリエット様の候補はどんな方なのですか?」
「ええ、私は他の侯爵家のご長男の方から数件と、最近アグアニエベ国の侯爵家からも申し込みがございましたの、それと……お姉さまへの申し込みと一緒にテネブラエ家の御次男様からもございました。きっとお姉さまに断られた時の予備だと思いますわ。私はまだ成人して居ませんし、夜会にも出席して居ませんもの、皆王家の姫と婚姻を結びたいだけなのですから」
ジュリエットにもアグアニエベ国とテネブラエ家からの申し込みがある様だ。これは普通の事なのだろうか? 貴族の事に疎い私には分かりかねることだった。
レオナルドの姉妹には絶対に幸せになって貰いたい。ウイルバート・チュトラリーにその幸せを奪われることのない様に出来たらいいのだけれど……
お姫様の結婚相手って事は位の高い貴族じゃなきゃダメって事だよね?
流石にスター商会の誰かを進めるってわけには行かないよね……アダルヘルムとマトヴィルって訳にも行かないし……どうしたらいいのかなぁー。
幸せそうに笑い合う姉妹を絶対に幸せにしたいと思った。
何か私に出来ることは無いだろうか……ふとそう考えた時、二人が恋したくなるような相手を私が見つければ良い事に気が付いた。レチェンテ王も気に入ってシャーロットとジュリエットも気に居る相手……ふっふっふ……見つけて見せましょう! ララ・ディープウッズに不可能という文字は無い!
私はふむふむと自分の考えに納得すると自分の魔法鞄からメモとペンを取り出した。
シャーロットとジュリエットの好みのタイプを詳しく聞いて相手を探そうと決めたからだ。
真剣に話のメモを取る私を姉妹は困惑気味で見ていた。貴女達の恋人を探すためです! とは言えず「恋に興味があるのですわ」テヘペロッと可愛く答えれば、シャーロットとジュリエットも「まあ」と言って喜んでくれた。私は大学で心理学の授業を受けるぐらいの真剣な気持ちで、二人の好みのタイプを聞き出した。
シャーロットは恋愛小説にハマっているらしく、騎士のように逞しく自分を守ってくれる男性が良いらしい。見た目も綺麗めよりはワイルドな感じが良いらしいく、エルフであるアダルヘルムとマトヴィルはこのに瞬間消えた。メルキオールとかベアリンとかクルトが浮かんだけれどお姫様との婚姻は難しいだろう。ジュリアンは……うん、内面がなよなよだから無理だね。
既に成人しているシャーロットの方が時間がないので、なるべく早く相手を見つけなければならないだろう。メモにもそう走り書きをした。
ジュリエットも読書が好きらしく、相手に望むのは本が好きで、子供心をいつまでも持った可愛らしい人が良いらしい。ノアが人間だったならば……と悔やまれたけれど、年齢的にもノアの方が年下なので無理がある、可愛い感じと聞いてスター・リュミエール・リストランテの店長であるサシャを思いだしたけれど、もう結婚もしているし、平民だとどう考えても難しいだろう。
マルコも可愛いけれど……うん……無理だね。ジュリエットの好みのタイプは中々に難しいそうだ……まだ時間があるジュリエットの方はゆっくりと見つけたいと思った。
そこで私は気が付いた。もしかしたらレオナルドにも婚約の話が来ているのではないかと!
だとしたらそちらもどうにかしなければならないだろう。シャーロットとジュリエットに探りを入れて見ることにした。
「シャーロット様、ジュリエット様、あの……もしかしてレオにも婚姻の申し込みがあるのですか?」
私が心配気に尋ねると、二人はまた「まあ」と言って驚いた顔になった。私の魔力は落ち着いているはずなのに、何故かクルトが肩をポンポンと叩いた。矢継ぎ早に質問をしていたので興奮している様に見えたのかも知れない、チラッと後ろを振り返ってセオとクルトを見ると、困った様な顔になっていた、何故だろう。
「ララ様はレオの婚姻が気になるのですか?」
「ララ姫様はお兄様の婚約者になる方が気になるのですか?」
シャーロットとジュリエットの言葉が重なって、二人はまた顔を見合わせた。姉妹としてもレオナルドの婚姻相手が気になる様だ。出来ればアグアニエベ国とテネブラエ家とも関係が無い相手である事を望むばかりだ。
私は二人に頷くと答えた。
「とても気になります。レオには出来ればまだ婚約して欲しくないのです」ゴホン
「まあ! そうですの?!」ゴホン
「ララ姫様ったら意外と積極的ですのね」ゴホン
クルトが私の後ろで咳き込み始めた。喉の調子が悪い様だ。私はシャーロットとジュリエットと話しながらサッとクルトに喉飴を渡した。まさか魔法鞄に喉飴を入れているとは思って居なかったのか、クルトは目をパチクリさせていた。隣に立つセオは苦笑いだ。
「レオは第三王子でしょう、ですから微妙な立場なのですわ」
第二王子のお兄さんは結婚後も第一王子のお兄さんの仕事の手伝いをして王太子であるお兄さんの息子が成人するまでは補佐を務める様だ。ようは王太子に何かあった時の補欠なのだろう。
その点レオナルドは第三王子なのである程度の自由がある。
何処かの婿に入る事も可能だし、結婚せずに王子として王家に残る事も可能だ。大公になってもレオナルドの一代だけなので、レオナルドの子供達は嫡男以外はいずれは自分達でどうにかしなければならない。だからこそレオナルドは騎士の道を選んだ様だった。
「レオは優秀だと小さい頃から言われてましたの、ですから未だにレオを次期王にという者もおります。レオはそいう事を考慮して騎士になったのですわ。ですから婚約者など暫くは作るつもりも無いと思いますの」
何か功績を上げるまではレオナルドの婚姻など無いだろうとシャーロットが教えてくれた。
その言葉を聞いて私はホッとした。友人になったレオナルドには幸せになって貰いたい、ウイルバート・チュトラリーに邪魔されない様に守りたいとそう思った。
「ララ姫様はお兄様の事が気になりますのね」
「ええ、勿論です、幸せにしたいです」ゴホン!
「まあ、幸せに?」ゴホン!
「はい、絶対に幸せにします」ゴホン!
「「まあ!」」ゴホン!
シャーロットとジュリエットは赤い顔になり喜んでくれた。私が友人として誓った決意がレオナルドの兄弟としては嬉しかった様だ。これは益々アグアニエベ国とテネブラエ家の事を阻止しなければと気合が入った。帰ったらアダルヘルムにやっぱり相談するしか無いだろう。
ゴホンゴホンと咳き込んで五月蠅いクルトにお茶を出して上げていると、レオナルド達とリアム達スター商会のメンバーもこの部屋にやって来た。皆練習に疲れたのかぐったりしているように見えた、気が付けばそれ位時間が経っていたという事だ。
「姉上、ジュリエット、いい加減ララ姫を……ララを解放してください」
レオナルドが少し頬を染めながら姉妹を諫めると、シャーロットとジュリエットは嬉しそうにクスクスと笑い出した。レオナルドは何故注意されている姉妹が喜んでいるのか分からず困惑して居る様だった。きっとレオナルドも私の事を友人として気にしている事が物語好きな二人には楽しかったのだろう。箸が転んでも可笑しい年頃なんだろうなと、これ迄の二人の様子を見ていて思った。
お姫様だから難しいかもしれないがこんなにも可愛らしいお二人だ、望む相手と結婚出来ることを祈るばかりであった。
シャーロットとジュリエットと別れると、レオナルド達が玄関先まで見送ってくれた。
明日からは本格的な魔石バイクの訓練に入るのだそうだ。ディープウッズ家で鍛えているピエールに負けてはいられないらしい、無理せず頑張って欲しい物である。
「ではララ姫……いえ、ララ、次は任命式でお会いしましょう」
「ええ、楽しみにしておりますね」
挨拶を済ませた私達はかぼちゃの馬車に乗り込んだ。
皆良い笑顔で見送ってくれた。これから目標に向かって進んでいく彼らは期待に胸を膨らませて居る様だった。レチェンテ国に魔石バイク隊有り! といわれるぐらい有名になって欲しいとそう思った。
そして帰りの馬車の中で、私はリアム達にもシャーロットとジュリエットへの婚姻の申し込みにアグアニエベ国とテネブラエ家が名乗りを上げて居る事を伝えた。テネブラエ家の名を聞いた時のリアムの顔は怖いぐらいだった。
「あいつの仕業なら絶対に阻止しよう……」
そう呟いたリアムの言葉に皆が真剣な顔で頷いて見せたのだった。
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