第361話 お姫様との時間

 レチェンテ国の第三王子であるレオナルドの姉妹、シャーロットとジュリエットに連れられて向かった場所は、とても贅沢な造りの応接室だった。


 壁紙は落ち着いた赤色でそこに金色のレチェンテ国の国旗の模様が入っているし、飾られている肖像画はとても大きなレオナルド一家の肖像画だった。レオナルドはまだ五歳か六歳ぐらいでとても可愛らしく、姉妹も幼くてとても可愛らしかった。

 今のナイスバディな面影はその肖像画にはなく、私のすっとんとんな体と変わりがない事にホッとした。王妃様はまだ幼い赤ちゃんを抱いている姿で、そう言えばレチェンテ王が私と同じ年の子もいるのだと以前言って居たなーと絵を見て思いだした。


 部屋の調度品も見ただけで高価な物と分かる美しい物で、飾られている花は、前世の卒業式や入学式で見る物よりよっぽど立派だった。もしかしてここは国に取って重要な人物を招くような部屋では無いのかな……とこんな子供を連れてきて大丈夫かととても心配になる程の部屋だった。

 ただシャーロットとジュリエットは全く気にしていないようだったのだけれど……


「レオナルドったらララ様を一般の応接室にお連れしたのでしょう? まったくあの子ったら気が利かないんだから……」

「本当ですわ、レオお兄様ってば周りには優秀と言われてますけれど、そう言う所はてんでダメなのですわねー」


 困りますわねーと仲良く話している姉妹のセリフを小耳にはさみながら、私は部屋の家具に見入って居た。それはとても艶のある光沢が出ている上に、年代物だと分かる家具だった。匠の技だ。


 ソファは水色の地にバラが模様されていて、座るのが申し訳なくなる程の美しさだ。

 そっと手で触り、艶を楽しみ、いつか自分が作った物もこんな風にアンティークとなって、美しさが増すと良いなとニンマリとしていた。シャーロットとジュリエットは私のその顔を見て、この部屋を気に入ったのだと分かってくれたようだった。


「さあ、ではこれからは女性だけのお話になりますので、殿方は隣の部屋で待機して居て下さいませ」


 シャーロットとの一言で、セオとクルトはこの部屋の続き部屋へと使用人に連れ去られてしまった。この応接室にはシャーロットとジュリエットと女性のごく数人のメイド、そして私だけになった。

 シャーロットとジュリエットはまた私の腕に両側から腕を絡ませてきて、三人掛けのソファへと誘導してきた。美女二人に挟まれて席に着いた私はたじたじだった。


 どちらを見ても目を奪うようなダイナマイトが目の前にあるので、同姓とはいえ目のやり場にとても困ったのだ。とても羨ましいけれど、周りは困る物なんだなーとちょっとだけ学んだのだった。


「さあさあ、ララ様、先日お話しして頂いた ”えすて” と言うのを教えて下さいまし」

「ララ姫様、宜しくお願い致しますわ」


 私はグイグイとくる二人に圧倒されながらも、自分の魔法鞄からエステ魔道具を取り出した。

 美顔器や口元や目元の美容機器、それから各種セット用のヘアーアイロンなども取り出した。


 シャーロットとジュリエットは口元を抑えながら「まあ」「凄いですわ」などなど可愛い声を出して喜んでいた。

 二人共お年頃だ、美しくなることに興味があるのは当然だった。それもこの国のお姫様なので、沢山の人に見られる立場だ。綺麗になりたいと思うのは勿論だと思った。


「一度お二人のお化粧を落としたいのですが宜しいですか?」

「ええ、勿論ですわ」

「ララ姫様に全てお任せですわ」


 シャーロットが軽くパンパンと手を叩くと、メイド達が一斉に動き出した。

 水桶やタオルなど準備が着々と進んでいった。私はその間にシャーロットとジュリエットのドレスが汚れない様にと胸元にカバーを掛けさせてもらった。そして何種類かクレンジングを出し、二人の肌に合いそうなものを選んだ。

 その間二人は興味津々で私の動きを見ていた。小さな女の子がちょこまか動くのが面白い様だった。


「ララ様は凄いのですわね、まだお小さいのにこんな事が出来るだなんて、私達では想像も出来ない事ですわ」

「本当ですわ、尊敬いたします。化粧品もまさかララ姫様がお作りになっていらっしゃるとは思いませんでしたもの」


 美顔器のスチームを浴びながらシャーロットとジュリエットはそんな風に私を褒めてくれた。

 中身がアラフォーで、その上前世の記憶がある私としては、十代の少女たちに褒められて少し恥ずかしい気持ちになったが、そこは素直にお褒めの言葉を受けておいた。彼女たちから見たら今の私は年下の女の子にしか見えないので驚くのも当然だからだ。


 エステが終わると、二人共自分の肌のハリと艶に驚き喜んでくれた。

 元から美しくて隙のない二人でも、エステ直後となると違いが分かる様だった。傍に居るメイドたちも「ほう……」と美しい二人のお姫様を見てため息をこぼしていた。その気持ちは私にもよく分かった。


「あの、シャーロット様とジュリエット様は、その……肩がこりませんか?」


 シャーロットにお化粧を施しながらそんな事を聞いてみると、「分かりますの?」と驚いていた。やっぱりお胸が大きくってらっしゃると……肩も疲れる様だ。今の私には無縁の事だけど……


「スター商会ではオーダーメイドの下着も受けて居るのですが、今度使われてみませんか?」

「「まあ、そんなのがあるんですの?!」」

「は、はい……ちゃんと女性が対応しますので問題ありませんし、今使われている下着よりは胸も楽に、それに形も美しくなると思いますよ」

「「それは素晴らしいですわ! 是非購入したいと思います!」」

「今はブルージェ領にしかスター商会は有りませんが、ユルデンブルク王都に店を構えようと考えている所ですのでその時でも良いですし、お急ぎなら勿論担当者を王城に呼んで頂くことも出来ますよ」


 その場合はお値段が高くなりますが……と言うのはこのお二人には必要ないだろう。

 いつしかシャーロットとジュリエッタは二人でお城を出て買い物に行く話で盛り上がっていた。きっと王都にスター商会が出来たら、一番のお得意様になって貰えるだろう。今日のエステは良い前宣伝になったようだ。しめしめで有る。



 シャーロットとジュリエットの化粧が終わると、満足してもらえたようで、スター商会の化粧品にも興味を持ってもらえたようだった。スター・ブティック・ペコラには様々な商品があり、そこで自分にあった物を見つけて貰えればと話すと、すぐにでもブルージェ領へ行きたいと使用人たちを困らせていた。お姫様のお出掛けはそんな簡単には行かないようだ。それもしょうがない事だと思った。



 二人の化粧も終わり、別室にて待機させられていたセオとクルトがやっと私達のいる部屋へと入ってくることが許可された。きっと別室でじっと座って待っていたのだろう、少しの距離でも歩けることにホッとしている様だった。出来ればレオナルド達の所に戻りたいんだろうな、という事がセオとクルトの表情だけで分かった。この部屋には女性ばかりできっと居心地が悪いのだろう。


「姫様方、これは益々美しくなられましたねー」


 クルトがシャーロットとジュリエットを見て感心したような様子でそんな事を言った。

 不敬になるかな? とドキドキしたけれど、シャーロットとジュリエットは嬉しかったのか満足げな顔で少し頬を赤らめていた。きっとクルトの言葉がお世辞ではなく本心だと分かったからだろう。二人を磨き上げた私も嬉しくってクルトに向かって親指を上げ、グッジョブと視線も送っておいた。意味はまったくわかってはいない様だったけれど……


「シャーロット様とジュリエット様は肌が艶々でエンカンタドルグレッグみたいですねー」

「「エンカンタドルグレッグ?」」


 セオが二人を見て光沢のあるカエル魔獣の名前をだした。

 確かにエンカンタドルグレッグは艶々で色も肌色に近い、それに珍しい魔獣でめったに見かけない希少な魔獣だ。薬にもなるし、普通に食べても美味しいらしい。セオが比較に出す理由が良く分かった。私も 「確かに!」 とうんうんと頷いていたが、クルトはセオの方へ顔を向けて真っ青になっていた。


「エンカンタドルグレッグは珍しい魔獣で、とっても美しいんです。艶があり体は白から肌色に近い色合いをしていてとても綺麗なんですよ、そして何よりも毒が――」

「イテッ!」


 痛いと声を上げたのは、セオの言葉を止めようとして肘でセオの事を突いたクルトの方だった。

 肘を押さえながらその場にしゃがみ込んで悶絶している。普段からセオはいつでも動けるように気を付けているので、クルトの不意打ちの肘付きも身体強化で構えてしまったのだろう。クルトの肘が骨折してない事を祈るばかりだ。


 シャーロットとジュリエットは一瞬ポカンとして二人のやり取りを見ていたが。すぐにハッとすると、自分の手で口元を押さえクスクスと笑い出した。こういう所が私とは全然違って美しい。お姫様って言うのはこういう人を言うんだよねー。やっぱり私もちょっとは見習うべきかも……


「セオドア様は私たちを褒めて下さったのですわね、有難うございます」

「エンカンタドルグレッグ? でしたかしら? その魔獣は存じませんけれど、褒めて下さったのは分かりましたわ」


 可愛らしくクスクスと笑い合う二人はとっても可愛かった。

 リアムのお嫁さんになってくれないかしら……とも思ったけれど、リアムには恋する相手がいるのでそれは無理だよねとすぐに気が付いた。今度一度深くセオとの事についてリアムに聞いてみなければならないだろう。成人したセオをいつまでもリアムの前にぶら下げて居るのは可哀想なのだから……


「そう言えばシャーロット様とジュリエット様は婚約者様がいらっしゃるのですか?」


 スター商会のお菓子を食べながらお茶を楽しんでいる時にふとそんな事が気になった。

 王家のお姫様は早くから婚約が決まっている物だと聞いている、下手したら生まれた瞬間に婚約が決まる場合も有るそうだ。私の問いに二人は顔を見合わせると、クスリと笑った。


「そうですわよね、ララ様はディープウッズの森の中に居るんですもの、私たちの事になど詳しくは無いですわよね」

「そうですわね……私は数名の婚約者候補がいらっしゃって、もう数年したらその中から相手を決める予定でいますの」

「私は……フォウリージ国に嫁ぐ話が出ておりましたの……でも……」

「王太子がお亡くなりになって……」

「そうなのですか?」

「ええ……それで今父上がアグアニエベ国からの申し出をどうしようかと考えている所ですの」

「……アグアニエベ国……?」

「ええ、そうですわ、アグアニエベ国かあとは、この国の侯爵家であるテネブラエ家からも申し込みが来ておりますの、父上としては私をこの国に残しておきたい様なんですけれど……」


 シャーロットの「どうなることかしら……」と続いた言葉を、私は驚きで返事をすることが出来なかった。


 アグアニエベ国……テネブラエ家……


 とても偶然とは思えなかった。


 ウイルバード・チュトラリーのあの禍々し笑顔が脳裏に浮かんだ私なのだった。




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