第365話 ゴミ捨て場

「うっひょー! なんだこれ! はっはー、こんな馬車見たことねー」


 王都の商業ギルドの玄関先で、私の魔力を使ってかぼちゃの馬車を大きくした所、ルイスは大喜びになった。

 小さな子が新しいおもちゃを貰った時のような喜び方に、友人のリアムも補佐官のナシオも苦笑いを浮かべていた。でもルイスの大きな声のお陰で興味を引かれた商業ギルドに居る人達が集まって来て、皆が何事だと不思議そうに私達を見てきたので良い宣伝ができた。

 なので会頭として「スター商会自慢の金馬馬車です!」と私もルイスに負けない大きな声で宣伝しておいた。これでスター商会の事も益々噂になるだろう。しめしめである。


 ルイスは私達に紹介する土地を見に行くのに商業ギルドの馬車ではなく、金馬君に乗りたいと言い出した。私は全然かまわないのだが、リアムは昔の事を話されるのが嫌だからか、あからさまに「うえー」っと嫌そうなそぶりを見せていた。

 友人だよね? と疑いたくなるほどの嫌そうな顔だったけれど、「なんだよ、リアムー、いいだろうー」とルイスに絡まれ抱き着かれているリアムは耳が赤かったので、照れているだけなんだと分かった。リアムは相変わらずの可愛い人だ。


「しっかし、この馬車は中も信じられない位広いんだなー」


 金馬君に乗り込んだルイスは鼻歌を歌っていたと思えば、天井を軽く叩いたり、窓をべたべたと触ってみたり、席でピョンピョンお尻を持ち上げてみたりと、全く落ち着きがなかった。商人として、ギルド長として、調べたい欲求が大人としての振る舞いよりも勝ってしまうようだ。

 ナシオが自分の上司として恥ずかしいのか頭を抱えていた。何だか胸が痛い。自分を見てるようだ……


 目的地に着くのはあっという間だった。同じ中央区にあるのでそれも当然なのだけれど、ギルド長であり、私達の案内をしなければならないはずのルイスは金馬君から降りるのをぐずった。「もっと乗っていたいんだー」と……


 こめかみに怒りの筋が現れだしたリアムとナシオを見て恐怖を感じた私は、「後でスター商会の商品をゆっくり見せてあげるから降りてらっしゃい」とルイスを諭した。呆れたように「どちらが大人か分かりませんね……」とクルトが呟き、セオが口元を押さえ笑って居たけれど、ルイスはその言葉に大満足で頷いていた。欲望に正直な人のようだ。


 ルイスは何事も無かったように颯爽と馬車から飛び降りると、私達にゴミ捨て場の土地を紹介してくれた。

 そこは草も生えない様な部分があるぐらいくすんだ色の土をしていて、大きなソファや書棚など粗大ごみが所々に置かれたり、嫌なにおいのする何かが放置してあったりと、物で溢れかえった濁った空気の漂う嫌な場所だった。

 隣家はゴミ置き場の土地側の窓は閉めていて、空気が入ってこない様にして居る様だった。中央地区で手放したくない場所でなければ、隣家もとっくに引っ越していただろうと思えるような、出来れば近づきたくないようなそんな場所だった。ゴミ置き場と呼ばれているのが納得できたのだった。


「変わらねーなーここは……」

「リアムが子供の時からこんな状態なの?」

「ああ、中央地区なのにって皆が思ってるぜ」


 レチェンテ国の王都であるユルデンブルクの中央地区、いわば国の顔といえる場所だ。そこにこれ程のゴミ置き場があるなんて余りにも不自然だ。私が考えている事が分かったかのように、ルイスが何故ここまで酷くなったのかを教えてくれた。


「最初は嫌がらせから始まったみたいだ」

「嫌がらせ?」

「まあ、昔の話だからどこまで本当かは分からないけどなっ、まあ、この周りの商人達に対する貴族の嫌がらせだなー、大店の商会はその辺の貴族よりよっぽど裕福だからな、妬みや僻みから始まったことが手に付けられない状態になっちまったみたいだ。この土地の持ち主は関係ないのによー」


 ルイスは渋い顔になった。

 この土地の持ち主と知り合いなのかも知れない。友人が困っていたら頭に来るのは当然だろう。気持ちは痛いほど良く分かった。


 広さは十分あるねー、ブルージェ領のスター商会には負けるけど、王都ではかなり広い土地じゃないかな。それも中央地区だし、商業ギルドにも近い。何よりもウエルス商会が近くにあるみたいだし。喧嘩売るには願ったり叶ったりじゃない?!


「ルイスさん、私この土地買います」

「「えっ?!」」

「広さも問題無いですし、場所も凄く良いところですもんね、ルイスさんがお薦めする気持ちが良く分かりました」


 ルイスとナシオは驚いた顔で固まっていた。

 リアムは予想が付いていたのだろう、ランスに商業ギルドに戻り次第契約が済ませられるようにして欲しいと話しだし、セオ達はこのがらくたをどうしようかと相談し始めた。私も分別と宝物探しを始めようかなっと思って腕まくりをしたところでルイスからの ”ちょっと待ったー”が掛かった。


「ちょちょちょ、ちょっとまてお嬢さん、いや姫様」

「嫌姫ってネーミングがちょっと、ララ呼びで良いですよー」

「いやいやいや、そうじゃなくってですね、確かにここの資料を見せたのは俺だけどさー、ここは土壌が汚れてて入るのは危ないんだよ」

「あ、そうか、そうでしたね、皆入るのは待ってくださいね、先ずは浄化と洗浄しまーす」

「はあ?!」

「ララ、待て待て、先ずは結界を張れよ、大掛かりな魔法は見せない方がいい」

「おい、リアム」

「そうでした、セオー、四方に結界魔道具置いてきてー」

「いやいや、ここはかなり広いぞ」

「終わったよー」

「はやっ!!」


 スター商会の行動に付いてこれないルイスのツッコミが所々に入りながらも、私達は土地購入の為の準備をサクサクと進めて行く。ルイスにこの土地を今すぐ綺麗にしても購入金額が変わらない事を確認し、結界が張られた土地の中で私は有り余ってる魔力を使い土壌を綺麗にした。


 一瞬で土地が綺麗になり、匂いも無くなり、放置されているゴミまでもが綺麗になってしまった事にルイスとナシオは口を大きく開けて、中腰で動かなくなっていた。

 腰が抜けているような二人は放っておいて私達は続けて次の作業に移る。ゴミの分別だ。


「じゃあ、いる物は赤い魔法袋に、いらない物は緑の魔法袋に、取りあえず入れて行きましょうか」

「ちょ、ちょっと待ってって、待って下さいよ姫さん」

「ルイスさん、ララで良いですよ」

「はいはい、ララ様よー、要らない物入れた魔法袋はどうするんだよー?」

「うーん……そのまま破壊ですかね」

「ば、馬鹿言うな、おまえ、スター商会の魔法袋がいくらすると思ってんだよ!」

「えーっと、1ブレでしたっけ?」

「この馬鹿っ! そんな訳あるかっ!」


 遂にルイスから馬鹿と言われてしまった。1ブレは冗談だったんだけどね。

 ルイスはハッとすると、私がディープウッズの姫で失礼な言葉が不敬になると思ったのか顔が青くなってしまった。ナシオまでも顔色が悪い。

 馬鹿と言われてナイス突っ込みとは思ったけれど、別に怒ってなどいないのにディープウッズの名は人に恐怖を与えてしまうようだ。過去に怖い人でもいたのだろうか? ああ、でもお父様はある意味怖い人だったのかもしれない……そう言えば私も裏ギルドを襲ったり、爆弾魔と言われたり、脱獄までしている。うん、聞いただけでも危険人物だね。青くなるのも仕方が無いと悟った。


「えーっと、ルイスさん、冗談なので大丈夫ですよ。そうですね、ゴミは後で魔法袋から出して魔力玉で消滅させてしまいます」

「しょ、消滅……?」

「はい、なので魔法袋は壊したりしないので大丈夫ですよ」


 ルイスはリアムにポンポンと肩を叩かれていた。ナシオはガックリと肩を落としている、疲れている様だ。二人の事はリアムに任せ、時間も無いので私とセオとクルトは身体強化を使って分別を始めることにした。面白そうで直せそうなものが有ったら全て赤の魔法袋に入れた。ゴミを見ながらオクタヴィアンやビル達が喜びそうなものが見つかれば良いなとワクワクした。


 魔力使い放題の私は、重い物でも片手でホホーイのホイと要らない物として緑の魔法袋へと放り込んでいく。ゴミの中からたまに面白そうな魔道具を見つけた、それは呪い系のアイテムが多かった。捨てる場所に困ってここに放置したのだろうか? それとも嫌がらせの為か? 土が汚れたのも皮膚を溶かすような薬をここに捨てたからのようだった。洗浄したため毒薬の瓶だけがゴロンと地面に転がっていたけれど、土は問題なく綺麗になっている様だった。


 リアム達はルイスとナシオを引っ張って行き馬車の中で休ませて居る様だった。

 二人は結界から出たくなかった様だが、私達の作業の邪魔になると説得されて渋々従っていた。

 疲れて居た様なので馬車の中でお菓子でも食べてくつろいでいると良いなと思う。特にナシオは真面目みたいなのでストレスが心配だ。ゆっくり休んだ方がいいだろう。


 1時間もするとある程度の片づけは終わった。

 残りはどう見てもガラクタのようだったので、面倒なので魔力玉を放り込んで消滅させてしまう事にした。


「魔力玉」


 ホイッと放り込んだ魔力玉は、残りのガラクタたちを飲み込みゴゴゴゴゴッと大きな音を立てて結界の壁にぶち当たった。案の定、少し……そうほんの少し威力が強かったようで、結界の壁はバリバリバリッと大音量を立ててヒビが入ってしまった。

 音を聞いて居ても立っても居られなくなったらしいルイスが結界内へと飛び込んできた。


「なっ、何の音だ!」

「あ、ルイスさん、すみません、ちょっと力が強かったみたいで、でもここは綺麗になりましたよ」


 ニッコリと笑って見せれば、ルイスはもう何も言わなかった。何もなくなった土地に感動したのだろうか? ナシオの肩に頭を置いていて支えられて……ううん、支え合っていた。きっとゴミ捨て場が綺麗になって嬉しかったのだろう。この土地の持ち主が感動する姿を想像したのかもしれない。


 壊れた結界魔道具をセオが集めて来てくれた。帰ったら修理をしなければならないだろう。

 まあ、魔力が落ち着いた今の私には魔道具の修理なんてお茶の子さいさいなんだけどね。


 結界を外すと、先程の音を聞きつけてか、王都の人々が野次馬の様にこの土地の周りに集まっている姿が目に入った。これは宣伝のチャンスだろうと、私はレディスマイルを浮かべながら「ゴミがない」「どうなってんだ?」「綺麗だー」と騒ぎながら集まっている人たちの所へと向かった。


「皆さんこんにちは、ブルージェ領にあるスター商会の者です」


 スター商会の名を聞くと集まって来た人達はざわざわともっと騒ぎ出した。名前を聞くだけでスター商会が分かるだなんて、思っている以上にスター商会は王都でも有名なようだ。しめしめである。


「今度こちらにスター商会の王都店を建てることになりました。是非お友達にもスター商会の事をお話下さいませ、開店のお問い合わせは――」


 ここでリアムの名前を出すとウエルス商会に問い合わせが行く可能性が高い。

 それにブルージェ領のスター商会まで問い合わせるとなると、紙飛行機型の手紙用紙が無いと時間がかかるだろう。下手したら店舗が出来るころに手紙が届くぐらいになってしまうかもしれない……という事で、ここは商業ギルドにお任せすることにした。


「お問い合わせは商業ギルドの若き優秀なギルド長、ルイス・デニックまで宜しくお願い致します。皆さま開店を楽しみにしていてくださいねー」


 私の挨拶を聞いてリアムはニマニマと変な笑みを浮かべ、ルイスの肩をまたポンポンと叩いていた。ルイスとナシオは「ああ……」と言いながらまだ体を支え合い、片手で額を抑えていた。土地が綺麗になり二人共満足してくれたようだ。良かった良かった。


 こうして私達スター商会の王都店の土地購入は無事に終わったのだった。



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