第354話 オオブタちゃーん
「うふふ、オオブタちゃーん」
(オオブタチャーン)
先日ココが捕まえた大豚をディープウッズ家に連れてきてから早数日が経ち、セオと私は大豚のお世話を毎朝の習慣にしていた。
大豚の体を摩りながら魔力を毎日流して上げると、すっかり私達に懐いた様で、大豚の小屋に私達が顔を出すと甘えて鳴くようになってきた。本当に可愛い。私の肩に居るキキも自分が姉だと思っているような可愛がり方だ。
そしてセオもそんな大豚が可愛くって仕方が無い様で、目じりを下げ、孫を愛でるお爺さんのように溺愛をしている。可愛くって可愛くって仕方が無いといった様子だ。やっぱり動物&魔獣好きにとっては懐かれると堪らないらしい。気持ちは私にも良く分かった。こんな可愛いのに魔獣だなんて信じられなかった。まあ魔素の濃い場所では普通の動物は生きて居られないので、間違いないのだけど。
と言う事で、大豚を自宅で可愛がる事になったので、番にして繁殖させ、育てて行こうと言う事になった。マトヴィルも動物好きなだけあって大張り切りだ。
マトヴィル付きのドワーフ人形のゴーとロックもマトヴィルの性格に似ているからか、大豚が増えることにとても喜んでいて、可愛がり、普段のお世話も彼らが率先して行ってくれているぐらいだった。
大豚は基本魔素の濃いところにしか生息していない。
この前はたまたま私達が行くような場所に居たけれど普通では有り得ないことだった。
その為今日はココとマトヴィルが、ウチの子と番になってくれそうな大豚を魔素の濃い場所まで探しに行ってくれている。私は残念ながらお留守番だ。
アダルヘルムに以前注意された事もあるけれど、何よりもウィルバート・チュトラリーとの事が有るからだ。以前マトヴィルと大豚を捕まえたのはアグアニエベ国寄りの魔素の強い場所だった。彼と会う可能性がある場所には行くのは危険と言う事だ。特に彼の夢を見たばかりの今は……
その為、私とセオはお留守番をしながらーの、大豚ちゃんのお世話をしながらーの、新しい大豚ちゃんが来ても大丈夫な様にと小屋の中を準備している所だった。今日こそ番になる大豚が見つかれば良いなと期待しながらだ。
「ねえ、ねえ、セオ、陽炎熊もこうやって魔力上げながら育てれば懐くのかなー?」
「うーん、どうだろう、大豚は魔素の強い所には居るけど、基本それ程凶暴じゃない魔獣だからねー、陽炎熊は攻撃的で凶暴って言われているからねー」
「あ、そうか、そうだよねー、残念だなー、育てられたらスター商会の護衛に出来たかも知れないのにねー」
「ああ、それ最高だね! うん、凄くララらしい考えだよ。陽炎熊が縄張意識の高い魔獣じゃなければ出来たかも知れないのに、残念だなー」
「縄張り意識が高いなら尚更スター商会の護衛に向いているんじゃないの?」
「いや、仲間以外は焼き払おうとするからね、店に来たお客さんが焼き払われたらスター商会としては困っちゃうだろ?」
今クルトがこの場にいない為この二人に突っ込む相手がいない……
「アハハハハー」と楽しそうに笑う危険思考のこの二人を野放しにしては行けないと思うのだが、それに気が付かないディープウッズ家の皆だった。
「ララ様ー、セオー、朝飯はー」
小屋の中が一段落付いたころ、ルイとピエールとトマスが食事を呼びに来てくれた。そう言えば早朝から出掛けるココとマトヴィルを見送ったままこの小屋に来たので朝食もまだだった。
私とセオはとりあえず汗も掻いたので自室に戻り着替えをする事にした。きっとココとマトヴィルは大豚探しで一日掛かりだろう。朝食を終えてもまだ戻ってこないと思う、下手したら夕方になるだろう。それでも見つかるかは運次第なのだけど。
大豚は幻の魔獣と言われる程なので本来は中々お目に掛かれない魔獣なのだ。
魔素が強い場所に居るのは勿論だけれど、本来は人から隠れるのが上手なはずなのだ。けれど私達はこの子も含めて今までにもう二体もの大豚を捕まえることが出来ている。その上、私とマトヴィルはモデストという大型の蛇魔獣にもディープウッズの森で会っている。ディープウッズの森に濃い魔素が広がりつつあるのではないかと、マトヴィルが疑うのも分かる気がした。
そしてあのウイルバード・チュトラリーが原因かもしれないという事も……
私は部屋に戻ると自分とキキに洗浄魔法をかけ汗をさっぱりと落とした。
そして作業着からドレスに着替えると、朝食を摂る為食堂へと向かった。
食堂に着くと、丁度ノアと子供達が食事を終えたところだった。
これからスター商会へ向かう様で、準備万端の様子だ。皆毎日朝も早く起きているし、勉強も熱心だし、スター商会の仕事も良く手伝っている。真面目で一生懸命でディープウッズ家に引き取られたことで無理してないかと心配になるが、彼らはここでの生活が楽しい様だった。
「ララ様、僕、学校に行ってもタッドみたいにスター商会の仕事手伝いたいと思ってるんだ」
「ブライス、無理してない?」
「全然、すっごく楽しいよ。僕ニカみたいにカッコイイ人になりたくってー」
ブライスの憧れはニカノールのようだ。最近は裁縫室で衣装を作るばかりでなく、ニカノールの仕事の手伝いと、リアムの兄であるティボールドの手伝いもして居る様だ。将来はスター・ブティック・ペコラで働きたいらしく、夢に向かって頑張っている様だった。ノアもその事を応援していた。
「ララ様、私も学校に行きながらドレス制作を続けたいの、勉強も両方頑張るわ」
「リタ、大変だったら言ってね、学校に行きながら働かなくても大丈夫だからね」
「フフフ、ララ様、無理していないから大丈夫。それにタッドもゼンもやってることよ。私も楽しいから手伝わさせて貰ってるの」
すっかり女性らしくなったリタがそんな可愛い事を言ってきた。
リタは以前自分の夢は普通のお嫁さんになることと言って居た。今のリタなら引く手あまただろう。私が望むのはリタの幸せなので素敵な男性と巡り会って欲しいと思う。何となくリタが好きな子の事は分かっているけれど、本人が言ってくるまでは知らん振りする予定だ。上手く行くと良いなと思っている。
「ララ様、私もスター商会で働きたいの、でもね、ピートは騎士学校に行きたいんだって、私もララ様見たく強くなりたいからピートと一緒に騎士学校に行くかも、だってララ様ってかっこいいんだもの」
「まあ、アリス、有難う。とっても嬉しいですよー、学校に行くまではまだ時間がありますからゆっくろ考えて決めましょうね」
「はい」
私は可愛い事を言うアリスをぎゅっと抱きしめた。可愛い可愛いと可愛いの呪文を呟きながらだ。
これ以上アリスが可愛くなると益々心配だけれど……でも可愛さは止められないのだ、それも仕方ないよね。
「ララ、子供たちの事は僕が守るから心配いらないよ、ララは自分の体を気を付けてね」
去り際に私の肩をポンポンと叩きながらノアはウインクしてそんな優しい事を言ってくれた。
私が寝ている間の二年間ノアはずっと子供たちを見ていてくれた。私が人形のように眠ってしまった事で不安になる子供たちを励まして元気づけてくれていた。ノアには感謝しかない。
そのノアが私の心が分離して居る事であまり近づけないでいる。ウイルバード・チュトラリーに魔力を引っ張られたことで、隠れていた蘭子が今私の心の中にもっと出て居る状態になっている気がするのだ。その上ウイルバード・チュトラリーの夢まで見た。この症状が落ち着かなければノアは私にあまり近づけないだろう。ノアまで蘭子の心を持ったりウイルバード・チュトラリーの心を感じるようにさせるわけには行かないからだ。
なるべく早く自分だけの、ララだけの心になりたいとそう思った。
朝食を終えると、ルイやピエール、トマスと一緒にスター商会に向かった。勿論セオとクルトもいつも通り一緒だ。先ずは皆で朝の挨拶をする為にリアムの執務室へと向かった。きっと今日もリアムは忙しいのだろう。
案の定リアム達は忙しそうに働いていた。
間もなく夏祭りの開催も近いのでその準備にも追われているようだ。
ローガンはこの場にはおらず外に出かけて居る様だった。きっとイベント担当者であるヒューゴやオーギュスタン達との打ち合わせなのだろうなと思った。年々訪れる人が増えているお祭りだ、特に夏祭りはブルージェビールとスタービールが安く飲めるし、安く購入も出来る、この時期目指して多くの商人が購入に訪れるのだ。
その為ホテルもかなりの数を建設したがそれでも祭りの期間は満室になる様だ。領民も多く従業員として採用したため仕事目的でブルージェ領に移って来た他領の領民も多くいる、色んな事が大忙しな為、最近はタルコット達は太陽の日にスター商会に訪れるのも難しくなっていた。月一来るのが精いっぱいで、その時も以前の様に飲み会などではなく、打ち合わせと言う名の会議になっている様だ。
タルコットの体が心配になる……うん、ポーションを送ろう……
リアムに挨拶だけして部屋を出ようと思っていたのだが、リアムはこの忙しい中でも私達に……いやセオにかも知れない……挨拶と話をする為にソファへと移動して来てくれた。
まだ朝なのにソファへドカッと勢い良く座り、疲れた様子で深く腰掛けると、ガレスに滋養茶を頼んでいた。
やっぱり疲れているみたいだね……
「お前達、今日はちょっと来るのが遅かったんじゃないか? 何か有ったのか?」
確かにオオブタちゃんのお世話をして居たので少し遅くなった。いつもならノア達が来る頃には一緒に来て居る、リアムはセオの方にチラッと視線を送っていた。それに対しセオは首を横に振っている……アイコンタクトで会話をしている様だった。
えっ? もしかして……もうセオとリアムって付き合ってるのかな……今の視線だけでの会話って怪しいよね? ふへええ! これは調べなきゃいけない案件かも知れないよー!
「おい、ララ、聞いてんのか?」
「ふぇ? ああ、うん、聞いてるよ、何で遅くなったかだよね、あ、そうだ、ねえリアム養豚場って作れるのかな?」
「養豚場? なんだ、豚を育てたいのか? ああ、お前の事だから赤豚とかだろう? それ位ならブルージェ領にも既にあるぜ」
商売の話だと思ったからか、気が付けばランスとイライジャが当たり前の様にリアムの後ろへとやってきて話を聞いている。二人には忍者の素質があるのではないだろうか。凄いと思う。
「そうなんだね、じゃあ大豚の養豚場も簡単に作れるかな?」
「「「はあ?! 大豚?!」」」
「そう、今家でオオブタちゃんを育ててるんだけど、番にしていずれは数を増やしていきたくって、だったらブルージェ領で養豚場を作って、スター・リュミエール・リストランテで食べられるようにしたらどうかなって思ったの」
「ちょ、ちょっと待て……赤豚じゃなく幻の豚って言われてる大豚か?」
「うんそう、すぐには増やせないと思うけど、大豚は肉は勿論最高だけど、乳もヴィリマークに負けない位美味しいからね、お菓子作りにも使えるし、良いと思うんだけど、どうかな?」
リアムに詳しく大豚がどうして我が家に来たかを話し、今番も探している話もした。
そしてウイルバード・チュトラリーのお陰で(たぶん)森の魔素が強い今が大豚を捕まえられるチャンスなのだと話すと、リアム達は頭を抱えてしまった。
大豚とそんな簡単に遭遇出来ること自体あり得ない話のようだ。その大豚がスター・リュミエール・リストランテで食べられるとなったら店が益々混むことは間違いない様だった。スター・リュミエール・リストランテは今でさえ予約キャンセル待ちの状態だ。店を大きくするか、もう一店舗作るしか無いだろう。
「こりゃあ、そろそろ本格的に王都に進出するしかないな……もうブルージェ領だけじゃ押し寄せる客を裁くのは難しいだろう……」
「そうですね……」
「はい、今現在スター・リュミエール・リストランテは普通に予約が取れない状態ですからね……」
リアム達は頭を抱えながらも ”王都に店を持とう” と決めた様だった。
私が学校に行きだすまでにはという話だったけれど、もうブルージェ領のスター商会だけではお客さんを受け入れきれないようだ。他領からも他国からも来て居るのだからそれもそうだと思う、ブルージェ領のホテルだって一杯一杯なのだから……
「よし、ララ、近いうちに王都の商業ギルドに顔を出すぞ」
「うん、楽しみ」
こうしてスター商会は王都進出に向けて本格的に動き出すことになった。
王都に行けばリアムの実家のウエルス商会と戦うことになるだろう。絶対にコテンパンにやっつけてやると私は密かに闘志を燃やしているのだった。
ふっふっふ……ロイド……待ってなさいよー!
ちなみにココとマトヴィルは無事に大豚を捕まえてきた。それも雄一匹と雌一匹ずつだ。既に屋敷に居る雌の大豚ちゃんと、新しく来た子を大豚君と大豚さんと名前を付けて皆で可愛がることにした。赤ちゃんが生まれるのが今から楽しみだ。
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