第355話 禁書庫

 先日お母様から禁書庫へ入っても良いとの許可を頂いてから、今日初めて私は禁書庫へと足を踏み入れる。

 

 お母様からの許可が下りた話を先ずはアダルヘルムにして、その後オルガとアリナにも伝えた所、大変だった……

 お母様に本当なのか確認すると言ってオルガが出ていき、アリナは許可されたからと行ってもまだ行かない方がいいのでは無いか? と言いだし、アダルヘルムは心配だから自分も一緒に行くと言い出したのだ……


 結局必要の無い書籍には手を出しませんと約束させられ、その上クルトとセオの付き添いが有って、やっと皆から禁書庫入室の許可を貰えた。本当は成人するまでは入って欲しくは無かった様だ。

 それだけ怪しい本があるのだろう。やっぱりちょっと楽しみな私なのだった。


 そもそも今回禁書庫に行く事になったのは、私が転生者で前世の記憶が有るからだ。ウィルバート・チュトラリーに魔力を無理矢理奪われた後遺症と言えば言いのか、ララと蘭子が両方体の中に居る様な状態になっている。 

 以前は子供らしいララに引っ張られる気持ちも有ったのに、今は蘭子の気持ちが強いと言えるぐらいだ。ただやりたい事に進むララらしい部分は残っているけれど、目標としている恋する気持ちなどは蘭子のせいで皆無だと思う。


 このままでは結婚も子づくりも無理だろう。

 それ以前に特別好きと言う気持ちも分からないまま終わるかもしれない。歴代のディープウッズ家当主の書籍が私の役に立てばとお母様が進めてくれた事だった。


 アダルヘルムから禁書庫の鍵を受け取り、私とセオとクルトで図書室の奥にある禁書庫へと向かった。鍵を開けて入った禁書庫はとてつも無く広い場所だった。


 凄い、凄い! 地下倉庫並みに広いよ!


 禁書庫に入って一番最初の棚には、オルガとアリナに取り上げられたアレサンドラ・ベルの本や、ゲオルク・グラスミスの本などが置いてあった。オルガとアリナに成人するまでは手を出さないと約束して居るので、気が付いたが手は出さなかった。

 それより先に進むと本好きのディープウッズ家の当主が居たのかな? と思われるほどの、不思議な本が色々と置いてあった。魔獣飼育の本とか、禁断症状に勝つ本とか、睡眠魔法の本とかなどなど、読んでみたいなと思わせる本が沢山あって目移りした。


 この世界には転移者が来る事もある様で、その人達は ”夢の旅人” と言われる様だ。それに関する本も置いてあったり、人体に関する本も置いてあった。

 この世界では手術などはなく病気や怪我は魔法や魔法薬で治す事が当たり前だ。私が点滴を作った時も驚かれたぐらいだった。けれどここには人体に付いて詳しく書かれている書籍や手術に付いて書かれている本もあった。

 手術など無い世界なのだ禁書庫に運ばれるのも分かる気がした。


 気になる本を何冊か手に取ってみた。

 歴代のディープウッズ家の当主は有名人が多かった様で、伝記などや戦記などもあった。お父様やお母様の本もあって、ここに運び込まれたのは生まれた子がこれを見て自分が凄い人間だと勘違いさせない為では無いかなとちょっと思った。

 自分の両親がこんな有名人だと知ったら普通の子供なら自分は特別な存在だと勘違いしそうだ。

 ある程度成長するまでは教えたく無かったのかもしれない。


 ふと、本棚と本棚の間に扉があるのに気がついた。

 茶色い小さな木の扉はこの図書室の中で不釣り合いな程ひっそりと目立たないような作りとなっていた。

 私はその扉に近づきそっと取っ手に手を置いた。

 すると吸い込まれる様に扉の中へと体が入って行き、気がつけば別の部屋に居たのだった。


 禁書庫の中の秘密の部屋? 小さい部屋だけど、ここにも本が沢山ある……


 クルトとセオに黙って入った感じになっちゃったけど、勝手に引き込まれちゃったんだから仕方ないよね。と開き直り、私は小部屋の中の一冊の本に手を出してみた。


 これ……日本語? えっ? 日記?


 この小部屋にはディープウッズ家の当主の日記が置いてあった。

 日本語や英語など、前世の懐かしい文字に触れると知らぬ間に涙が出そうになっていた。

 溢れ出そうな涙をぬぐい私はその中から一番新しいお父様の日記を探した。


 お父様の日記は……日本語だけど……筆文字? 凄いお父様達筆……


「これって勝手に読んで良いのかなぁ……」


 私だったら自分の日記は読まれるの嫌だけど……

 ここにあるって事は読んで良いって事かな? それにディープウッズ家の歴代の当主が皆日記を書いていたなら、私も書かなきゃダメって事かなぁ?


 私はとりあえずお父様の日記は書棚に戻した。

 余りにも近しい人の日記は読むのが偲ばれた。


 奥の方の一番古そうな日記を開いてみた。


「うっ、これは文字自体読めないなぁ……いつの時代の文字だろう……」


 そうか、皆前世の文字なら読もうとしても読まれないと思ったんだ。それでも残したのには意味があるよね? 自分が転生者だって忘れないため? それとも……前世の自分と上手く付き合う為……?


 もしかしたらその辺りに今の自分と前世の自分とを冷静に見る秘密があるのかも知れない……この部屋の存在の事も含めてお母様に相談してみようかしら……


 入って来た扉に触れれば、またスッと吸い込まれる様に今度は元いた禁書庫へと戻って行った。

 クルトやセオは突然私の姿が見えなくなり、今また突然目の前に現れた事に驚いている様だった。

  

 この扉が見えるのもディープウッズの血筋の物だけの様だった。




「ここに扉があるんですか?」


 クルトが私が入った扉の辺りを触っているが、クルトには壁にしか見えない様だ。セオも同じで私には扉に触って居る様に見えるのに、二人共私の様に消えて中に入ることは無かった。

 いつ作られた物なのかは分からないが、かなりの魔法使いが作ったものである事は分かった。流石ディープウッズ家としか言い様がないのかもしれない。


「ララ、中はどうなってたの?」

「あ、うん、小さな部屋でね、可愛い窓も有って……中には古い日記があったの……」

「日記?」

「多分ディープウッズ家の当主の日記だと思う……お母様にお話ししてみるけど、多分私も書いた方が良いんだと思うの……」


 それも日本語で……

 それが蘭子が思い出になってララだけの心になる方法なのかなぁ? 忘れる訳じゃ無くて小さくなる感じなのかも……


 とにかくお母様に相談しなければと、私はその日の禁書庫での行動は終わりにした。


 一旦自室に戻って一息付くと、お母様の部屋へと向かう事にした。クルトやセオが余り喋らない私を心配そうに見ていたのは分かったが、頭の中で先程の部屋の事をぐるぐると考えていた。

 

 お父様の日記、やっぱり持って来れば良かったかな。お母様が読みたかったかも……あ、でも日本語だったよね、結局私が読まないと誰も読めないのか……


 お母様の部屋に着き、私だけ寝室へと向かう事になった。

 クルトとセオは応接室で待機だ。お母様の執務室にはアダルヘルムが居たのできっと禁書庫での話しをするのだろ。私が寝室の扉に手を掛けた時には二人はそんな様子に見えた。


 きっとアダルヘルムもあの部屋の事は知っている気がする……お母様も……


 お母様は今日は調子が良いのか、ベッドで本を読んでいた。私は側に近づきベッド横にある椅子へと腰掛けた。

 お母様は私の頭をそっと撫でて優しい笑顔を向けてくれた。私が一番大好きな笑顔を……

 その笑顔を見てお母様は歳を取っても可愛いくて本当に素敵だとそう思った。


「お母様、今日禁書庫へ行ったのですが、私だけが入れる部屋が在ったのですけれど、あれは秘密の部屋ですか?」


 お母様はフフフッと微笑まれると、また私を撫でた。

 優しい撫で方にちょっとだけ恥ずかしくって顔が緩むのが分かる。きっと今の私は酷い顔をして居るのだろう。


「禁書庫へ入ったその日にあの部屋を見つけるなんて流石ララね、凄いわ」

「凄いですか?」

「ええ、あの部屋はディープウッズ家の血筋の者で、ある程度の魔力が無いと入れない様になっているのですよ」

「そうなのですか……」

「アラスター様も他の方よりは早かったはずですけど……あの部屋に気が付いたのは、それでも成人の頃だと思いますよ」


 禁書庫自体がそもそも子供が入るような場所ではない、今十歳の私が渋られるぐらいなのでお父様も初めて入ったのは成人間近だったのかもしれない、いや、噂に聞くお父様の事だ興味があったらもっと早くに入っていただろう……それでもあの部屋が誰でも入れる場所では無い事が分かって、私はホッとしていた。ディープウッズ家の者が皆転生者な訳では無いと思う。秘密にしたかった気持ちは分かった。王族にでも知られれば実験道具にでもされてしまいそうだ……だからこそディープウッズ家は王族には仕えたがらなかったのかも知れない。


「お母様……私はお父様の日記を読んでもいいのでしょうか……【プライバシー】……お父様の秘密を暴くような事にはなりませんか?」


 お母様は目を可愛くぱちくりさせた後、クスクスと笑い始めた。

 楽しくて仕方が無いと言った様子に元気そうでホッとした。まだまだお母様には私の側に居てもらいたい。出来るだけ長く……


「ララ、アラスター様は貴女があの部屋に入ることは分かっていたと思うわよ」

「ハッ、確かに!」


 お父さまだって入れたのだから自分の子供がいずれこの部屋に来ることは予想していただろう。そしてもし転生者でなければ日本語は見ても読めなかったはず……だからこそ転生者としての気持ちを書き記して残してくれたのかもしれない……そう私の為に……


「フフフッ、きっと貴女に読んでほしくって残したのではないかしら? 何かの役に立って欲しいって」

「……そうかもしれません……」

「娘が困った時に手助けできないなんて、父親としては辛いですものね……」


 お母様の言葉に小さく頷いた。こうしてお父様に愛されている事を実感すると何だか恥ずかしい。甘え下手な蘭子が出て居るのかもしれない。生きているときにお父様ともっと話を出来たらよかったのに……とそう思った。


「お母様、私お父様の日記を読んでみます!」

「ええ、そうね、私にも話して聞かせてくれると嬉しいわ」

「勿論です! 沢山お話しますね! あ、でも……お父様の文章は少し難しそうなので時間が掛かるかも知れません……」

「まあ、そうなの? ララでも?」

「はい、達筆すぎるのと……少し古くて難しい言葉だったので……フフッ、でも解読する楽しみが増えました」

「あら、私もよ、ララのお陰で毎日がとっても楽しいわ」


 お母様はそう言って何度も何度も私の頭を撫でて下さった。私が恥ずかしくなる程優しく愛おしそうに。


 私はこの後もう一度禁書庫に戻りお父様の日記の ”壱”を持ち出し、その日から読み始めることになった。時間を掛けてゆっくりと……



 




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