第330話 昔話

「そうね……何から話しましょうか……」


 お母様は私の手を握りながら可愛らしい少女のような笑みを浮かべると、目を伏せ少し考えてから話を始めた。


 それはお母様が子供の頃の……そう、まだレジーナ・アグアニエベ王妃がレジーナ・チュトラリーと名乗っていたころの話から始まった。


 お母様の生家はチュトラリー家と言って、レチェンテ国でも有名な侯爵家だった。

 お母様のお爺様はレチェンテ国の王家のご出身で、その治世の時は大公家であった。そしておばあ様はエルフ国の姫だった為、侯爵家といってもお爺様が亡くなった後も大公家と同じ様な扱いを受けている名家だった。

 

 チュトラリー家はレジーナとエレノアという二人の娘に恵まれたが、跡継ぎの男児には恵まれなかった。その為早い段階で、レジーナには他侯爵家の三人の息子が婚約者候補に上がり、お母様には ”爵位無し家” とされているディープウッズ家から婚姻の申し出がされていた。


「えっ? しゃ、爵位無し家? ですか?」


 そんな事聞いたことが無いと驚いているとお母様はクスクスと笑い出した。


「アラスター様の生家のディープウッズ家は、ちょっと変わっている家なのよ」


 ディープウッズ家はそもそも大昔は、今は無き国の貴族の家のようだった。

 国が無きあと各国に散らばっていたディープウッズ家だったが、優秀な者が多く出るという不思議な家でもあった。

 その為各国の王家が自分の家臣にと望み手を出した所、ディープウッズ家の者は突然消えてしまったり、婚姻でも無理矢理に結ぼうものならその国は滅んでしまったりもしたそうだ。


 その事があり、自然とディープウッズ家には手出し無用という各国の王族間の約束ことが出来たそうだ。そして最後に居付いたレチェンテ国でも ”爵位無し家” として扱われ、他国にも一目置かれる様な家柄となっていた。


 その為王家と同等に近いディープウッズ家に婚姻を望まれたチュトラリー家は特に反論も無く、お母様とお父様の婚約はすんなり決まったようだった。


 問題だったのは姉のレジーナの方だった。

 婚約者候補の各侯爵家の次男、三男は、侯爵家の中でも特別枠に居るチュトラリー家の家柄に惹かれた事もそうだが、何よりもレジーナの美しさに惹かれ、婚約者の座を狙い争いを起こすほどだったそうだ。

 

「お姉さまはとても美しい方で、レチェンテ国でも有名な美姫だったのですよ、出来るだけ早く婚約を決めて居れば良かったのでしょうけれど……両親は家を継ぐお姉さまには自分で相手を見る目を養って欲しかったようなのです……」


 学校へ通うようになると、レジーナには他の国からも結婚の申し込みがされるようになった。

 他国の王子でさえも婿に入っても良いという程、レジーナは人を惹きつける魅力が有ったようだった。


 そしてその中で、レジーナが選んだのがアグアニエベ国の第一王子だった。それもチュトラリー家を継ぐのではなく、嫁に来て王妃になって欲しいとの申し出だった様だ。


 アグアニエベ国の第一王子が好きだったレジーナは、その申し出を受けるためチュトラリー家はエレノアに子供が出来たらその子に継がせればいいと考えた様だ。両親もエルフの血が流れるチュトラリー家の自分たちなら長生きするだろとその申し出を受けた様だった。娘の幸せが一番だと考えたのだろう……それとレチェンテ国内の自分をめぐる争いに嫌気がさしていたのもある様だ。

 その様子を間近で見ていたエレノアも、姉が幸せになるのならとその申し出を了承したのだそうだった。


 ただし……アグアニエベ国の第一王子が望んだチュトラリー家の姫はレジーナではなく、エレノアの方だったそうだ。国同士の申し出の中で、チュトラリー家の娘を望むと言われたのが婚約者の居ないレジーナの方だと勘違いをされたらしい。

 今考えると、王族が手出しできないディープウッズ家の婚約者を奪うなど恐れ多くて出来なかったことから、名前を伝えるのではなくチュトラリー家の娘とだけ伝え、レチェンテ国側も深く追求することなく受けたのではないかと、お母様は悲しげな顔でそう話してくれた。


 アグアニエベ国の第一王子は国の妃となるべくやって来たレジーナを見て、明らかに落胆したようだった。お母様は若い頃は今ほど魅了の魔法を抑えることが出来なかった様で、若く美しいお母様に一目会ったアグアニエベ国の第一王子が惑わされてしまったのもしょうがないともいえるだろう。

 ただ娘の私からすると、魅了の魔法のせいだけでなくお母様自体がとても美しかったからこそのことだと思った。


 そしてアグアニエベ国の第一王子のそんな状態で、無理矢理結婚したところで夫婦仲が上手くいくはずもなく、白の婚姻と言われるほど冷え切った、夫婦生活など無い関係が続いていたようだ。

 きっと王子とレジーナの性格も元々合わなかったのだろうとお母様は言って居た。


 けれどレジーナはアグアニエベ国では絶大な人気を誇ることとなった。

 美しく聡明で、魔力も多くお母様の魅了の魔法とは違う物で人を強く惹きつける力があったそうだ。

 けれどレジーナが一番手に入れたかったであろう ”夫の愛” だけはどうしても手に入れることは出来なかったそうだった。


 結婚して数年たっても子供が出来ないため、その頃王になっていたレジーナの夫は第二夫人と妾を作ることとなった。けれど子供が出来ることは無く、結局その後王が亡くなると弟殿下が後を継いで王になったそうだ。でもその王はその時すでにレジーナの傀儡と化していたらしい……


 そしてお母様とお父様は結婚をして幸せにレチェンテ国で暮らしていた。

 レジーナに子供が出来ない事は知っていたが、夫婦仲は良好だとレチェンテ国側には伝わっていたらしい。望まれて嫁いでいったのだからその事を誰も疑う事は無かった様だ。レジーナからの手紙にも幸せだと気されていたそうだった。

 そして――


「私とアラスター様が仕事や夜会で家を空けるとき、ノアの事はチュトラリー家の両親が見ていて下さっていたの……私達とディープウッズ家のご両親は忙しかったけれど、私の母は子供を見る余裕もあったし、何よりそんな時でも無いと孫に会えなかったでしょう、ですから何度か預けては姉が居なくなって落ち込んでいた母を元気づけるためにノアの事を頼んでいたのよ……」


 でもチュトラリー家へ戻るとノアの姿だけではなく、チュトラリー家の両親や使用人たちまでもが忽然と姿を消していたそうだった。捜索隊を出したが見つからず、その数年後のレジーナの作った不死の者達(アンデッド)の中に、両親や使用人達がいたことでレジーナに殺されたことが分かったそうだった。


 そしてノアが居なくなってお母様とお父様は昼夜を問わず探し回ったそうだ。

 けれどお父様の魔法を使ってでもノアはこの世界のどこにも存在しないことが分かった。その為ノアの死を認めるしかなかった様だった。


「ララが会ったウイルバード・チュトラリー……その子はノアを使って呼び出された、姉と魔族の子供では無いかと私は思っているの……」

「……えっ……」


 お母様は蝙蝠のキキの事、そしてウイルバード・チュトラリーが私の魔力を使って成長したことを聞いて、その事が確信へと変わったようだった。


 そして最後に会ったレジーナ王妃は、昔の面影はなく、黒い髪に、瞳は赤から黒へと移り変わるような不思議なものになっていて、その風貌は禍々しい物に変わっていたそうだ。


「ノアが居なくなってしまった時……ララ……貴女はすでに私のお腹に居たのよ……聡い貴女なら自分の時間枠が少しおかしい事に疑問を持っていたのではなくって?」


 私はお母様の言葉に頷く。


 お父様が随分前に亡くなったと聞いた幼いころ、一体自分はどうやって生まれたのだろうと不思議に思ったものだ。けれど転生してから数年だったこともあり、魔法の世界では何でもありなんだろうと深くは考えていなかった。

 やっぱり何かがあったのだとお母様の話を聞いてようやく確信した。


「ララ、貴女には ”永の眠りの魔法”という物を私とアラスター様で掛けたのですよ……」

「 ”永の眠りの魔法”……」


 お母様は頷き話続けた。

 ”永の眠りの魔法”は私の無限の魔力があったこと、それからお父様お母様という魔法に長けた方が居たこと、そしてエルフの血が流れるお母様が居たからこそ仕えた魔法で有った事を教えてくれた。

  ”永の眠りの魔法”つくと100年眠ってしまうようだ。

 なのでお父様に会えたのは私は生まれてすぐのほんの少しの時間だけだったらしい、そんな思いをしてもレジーナ王妃が居なくなった、落着いた世界で私を幸せに育てて行きたかった様だった。


 私を ”永の眠りの魔法”で眠らせると、レジーナ王妃と不死の者達(アンデッド)を相手にした本格的な討伐が始まったようだ。お父様はその時に魔力使い切り亡くなったそうだった。


「あの時……本当は……姉は、レジーナ王妃は討伐されるはずだったのです……けれどアラスター様は私を見てそれをしなかった……私を傷付けまいと、姉を封印することにしたアラスター様は多くの魔力を使い……アラスター様は……貴女のお父様は命を落とされたのですよ……」


 お父様はお母様の ”姉”をその手に掛ける事は出来なかったのだろう。

 お父様とお母様が小さな頃からの婚約者であれば、お父様とレジーナ王妃もそれなりに親交が有った事は間違いないだろう。


 もしセオがそんな事になったとしたら……私はセオをこの手に掛けることが出来るかと言われたら……きっと出来ないだろう……多くの命が亡くなったとしても、やっぱりセオは特別だから……セオを選んでしまう気がする……

 だからこそ私とセオはお互いがそうならない様に協力していかなければならないと思う。

 アグアニエベ国で孤独であったレジーナ王妃にはその相手が居なかったのかもしれない……


「ララ、貴女は生まれた時はアラスター様と同じ黒髪だったのよ……」


 頬に流れた涙をサッと拭いながらお母様はニッコリとチャーミングに微笑まれた。私の大好きなお母様の笑顔。本当に素敵だなと娘ながらも見惚れてしまう。


 けれど今の重大発言を聞いてビックリした、まさか生まれた時はお父様と同じ黒髪だったなんて!


「フフフッ、貴女はディープウッズ家の、アラスター様の子なのよ。本当にそっくりなのだから、アラスター様も昔から驚くことばかり見せてくれたのよ」


 お母様はお父様と同じ色合いの私の瞳を見つめながらお父様の話を懐かしそうにしてくださった。

 ディープウッズ家は奇人変人の生まれる家系らしいので、お父様は私が自分そっくりに生まれた時はとても心配されたそうだ。嫁の貰い手が無いのではないかと……でもそれも良いかな? なんて笑っていたらしい。


「ウイルバード・チュトラリーは貴女の魔力を得てお姉さまの封印を解く気でいるのでしょう……ですから私の封印する力が削られ、今の姿になったのだと思われます……」


 お母様は今度は真剣な表情で私にそう話してきた。私はそれに応える様に頷く。


「ララ、あの者はいずれお姉さまの結界を解くでしょう……これから貴女には大変な未来が待っているかもしれません……」


 私はまた頷いた。気が付くと知らぬ間に涙がまた溢れていた。けれどこれは悲しいからじゃない、決意の涙だとそう思った。


「ララ、貴女には仲間がいます……姉にもあのウイルバード・チュトラリーにも無い物です……貴女の宝物である皆と協力して、自分の未来を切り開いていきなさい……貴女にはきっとそれが出来るはずです……私とアラスター様の宝なのですから」

「はい……お母様……私は必ず皆とこの世界を守ります!」


 お母さまとの話し合いはこうして幕を閉じたのだった。

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