第328話 久しぶりのスター商会②

 他の従業員達とも顔を合わせた後、リアムの執務室でお茶を飲みながら私はくつろいでいた。


 サシャとフレヤの結婚の事が有って、嬉しい気持ちと、寝ていてパーティーに参加できなかった寂しさが入り混じるそんな気持ちでいた。


 私はもしかして二年の間に他の人も結婚しているのでは? とふと思い立った。

 私が興奮しない様にと気を利かせてくれたのか、あの後から誰もそう言った事は話さなくなった。


 テーブルやソファが壊れそうな音を立てていたこともあるが、興奮のせいで体から魔力が溢れて来そうになった事を皆が心配してくれていたのだろう。


 そう言えばランスが何となく皆に目配せをして居た様な気もした。まるで「今日は挨拶だけ」とでも言って居るかのようだった。


 美味しそうにプリンを食べているリアムの方へと視線を送った。

 リアムは私が寝ている間、願掛けでお菓子を断っていてくれたそうだ。

 今美味しそうにプリンを食べている姿を目の前で見ていると、二年もの間大好きなお菓子を我慢させてしまって申し訳ない気持ちになった。

 魔力が落ち着いたらランスに怒られない程度に、美味しい新作お菓子を沢山作ってきてあげようと心に誓った。


「リアム……もしかして他にも結婚した人が居るの?」


 リアムはプリンをゴクンと飲み込むとサッと私から視線を逸らした。それだけで答えは分かると言うものだ。

 そのままジッとリアムを見つめていると、どうした物かと考えている様だった。私を興奮させたく無いのだという事がよく分かった。


 うーん……つまり、私が興奮してしまう様な人が結婚したという事よね……


「あー、まあ、そうだなぁ……ララがもう少し落ち着いたらきちんと本人たちから話をさせるよ……」

「リアム、私随分と落ち着いてきたと思うけど……今だってサシャとフレヤの話し聞いても大丈夫だったでしょう?」

「あのなー、ララ、お前の大丈夫は信用が薄いんだぞ……それに店を壊されても困るからなぁー」


 結局詳しくは教えてくれない様だ。

 まあ確かにリアムは目の前で机やソファがミシミシ音を立てているのを聞いていたので、私が興奮してしまうと思ってもしょうがないだろう。やっぱりまずは私がもっと魔力を上手にコントロールできるようになるしか無い様だ。


 絶対に魔力と共存して見せるからねー! 気合入りまくりだー! おー!





 お昼を何も壊さずに食べ終わると、商業ギルドのギルド長であるベルティがやって来た。ベルティは二年会わなくても変わらず元気で美しかったし、いい香りもした……


 そしてベルティはリアムの執務室へ入るなり私をギュッと抱きしめた。


「まったくもう……アンタって子は……どれだけあたしに心配掛けるんだい……」

「ベルティ……心配掛けてごめんなさい……」


 ベルティは暫く私を抱きしめてから席に着いた。

 ベルティの瞳が潤んでいたのを見て、沢山心配を掛けてしまったと申し訳なくなった。

 それとやっぱりこちらの世界に戻って来て良かったと、ベルティの優しい笑顔を見て尚更そう思えた。


「ララ、あたしは今年でギルド長を引退するよ」


 ベルティがお茶を飲みながら何でもない様な様子で驚く事を言ってきた。リアム達はまったく動揺していないので既に知っていたのだろう。

 私は気持ちを落ち着かせながら詳しい話しを聞く事にした。


「あたしは本当は去年、いやその前から仕事を辞めようと……引退しようと思っていたんだよ……」


 ベルティは私に会う前に、目の病気で視力が落ち、ギルド長を辞める覚悟をしていた。その為引き継ぎが出来る様にとある程度仕事をまとめては居たそうだった。

 ただ、その時ブルージェ領は酷い不況で、商業ギルドのギルド長になりたがる者など居なかった。

 それに街は荒れて居て問題だらけで、ベルティ自身もとてもじゃないが身を引く事が出来なかったそうだ。


 そんな時に私と出会い、目が治った。

 スター商会が立ち上るとブルージェ領には活気が戻って来た。


 それに領主のタルコットの頑張りでブルージェ領は綺麗になり発展をした。

 裏ギルドもスラムも無くなり、今やブルージェ領はレチェンテ国で押しも押されもせぬ人気領になった。


 やっと商業ギルドのギルド長になりたがる者も出てきて、ベルティも今度こそ引退しようと思っていたところで、私が眠ってしまった。

 私が起きるまでは頑張ろうと新しいギルド長を選考しながら、引退を待っていてくれた様だった。

 

 そして私が目覚めたので、年内にギルド長を退くと決めた様だった。

 ベルティはやり切ったからかスッキリとした笑顔で話してくれた。後ろに控えているフェルスも普段見せない穏やかな表情だ。これまでブルージェ領の商業ギルドの運営は大変だった様だ。

 ベルティは自分が商業ギルドのギルド長の間に私と会えて、そしてスター商会の開店に立ちあえて良かったと、嬉しそうにそう言ってくれた。


「ララ、あんたに会えてからの数年間は、ギルド長でいた長い期間の中で一番楽しい時間だったよ」

「ベルティ……有難うございます……それで、この後は? 引退した後はどうするのですか?」


 ベルティはニヤリと笑った。


「実はねブルージェ領のイベント関係の仕事を手伝う予定なんだよ」

「イベント?! お祭りとかの?」


 ベルティは笑顔で頷いた。スター商会のイベント担当のローガンに視線を送ると、ローガンも嬉しそうに頷いていた。


 ブルージェ領のイベントであるお祭りはレチェンテ国内でもとても人気が出ている様だ。

 他領からの領民は勿論、貴族、商人、そして王族からも問い合わせが来る程になっているらしい。

 その為イベント担当者が流石に三人では回せなくなっているので、ギルド長の経験があるベルティと補佐のフェルスが入ってくれるのはとても助かるようだった。

 心強い味方が出来る事にローガンもホッとしている様だった。

 

 ローガンの話しだと既に今年の夏祭りの準備は大変な状態になっているようだ。

 ベルティとフェルスは、まだ商業ギルドで働いているため年内の冬祭りまでは今のイベント担当であるローガン、ヒューゴ、オーギュスタンの三人でやらなくてはならない。

 既にホテルの予約は満室、ビールの予約も沢山入って居る。他領から露店の申し込みも来ているため、その振り分けや場所の確保等々、規模が大きくなったためやる事が増えている様だ。


 そして今は新しくホテルの建設に入っている様だ。夏祭りには間に合わないようだが、秋祭りには何としても間に合わせようと、ビルとカイも他の仕事が有りながらも頑張ってくれている様だ。

 もう少し体が落ち着けば私も手伝えるとリアムに話すと、首を横の振られた。


「建設作業は大丈夫だ。下請けでビル達の兄貴のジンが受け持ってる、あの父親もな……少しは心を入れ替えたようで真面目に仕事をしてるらしいぞ」

「そうなの?」

「ああ、それにマティルドゥの兄貴のオクタヴィアンが魔道具作成の担当になってくれたからな、ビル達は随分楽になったみたいだぞ」

「マティのお兄さんが?!」


 私が寝ている間にマティルドゥのお兄さんであるオクタヴィアンがスター商会に就職していたようだ。それも騎士でなく魔道具技師としての雇い入れにとても驚いた。

 オクタヴィアンは騎士学校に通いながら、趣味でずっと魔道具を作っていたようだ。スター商会への就職も王家の近衛隊を蹴っての事だと聞いて尚更驚いた。

 今度本人に詳しく話を聞きたいとそう思った。


 ベルティとフェルスが帰っていくと、今度は傭兵隊モンキー・ブランディの皆が挨拶に来てくれた。

 隊長のブランディさんが、私を見ると「嬢ちゃん! いやララ様! 良かった、良かったよー!」と言ってギュッと抱き着いてきた。

 何時もの様に私の体を持ち上げようとしたが、それはリアムとクルトに止められていた。

 爆弾を揺らすなという事らしい……


「ララ様よー、相変わらず別嬪さんだな! っていうか益々美人になったんじゃないのか? なあ、リアムさんよー」

「ああ……まあ、その、なんだ……そうだな……」

「フフフッ、ブランディさん有難うございます、ブランディさんも……」


 そこまで言いかけてハッとした。

 ブランディが何だか綺麗になっているのだ! もしゃもしゃだった髪は綺麗に整えられて、チクチクした髭もつるんとキューティクルがあるかの様に輝いて、その上服もスター商会の洋服をお洒落に着こなしている。他の隊員のゲイブとバメイは然程変わっていないところを見ると、明らかに可笑しい。

 そう言えばさっき抱きしめられた時にいい香りがした。あの香りはスター商会の香水の香りだった。


 ブランディから香水の香りがするなんて絶対に怪しいと私は睨んだ。


「ブランディさん……私が寝てる間に女が出来ましたね?」


 私がそう問いかけるとブランディだけでなく、リアムやゲイブとバメイまで飲んでいたお茶を吹き出してしまった。

 皆の様子から私の推測は正しいとすぐに分かった。ランスも頭を抱えている。それを見て思わず顔がニヤリと綻ぶ。

 クルトが落ち着くようにという意味だろうか、ポンッと私の肩に手を置いたが、私の高揚した気持ちは燃え上がる一方だった。


「じょ、じょう、ララ様、何を言ってるんだ、そ、そんな、俺は、なんだ……」


 ブランディは私を興奮させないようにと口止めでもされていたのだろう、目をキョロキョロとさせて慌てだしてしまった。

 ガレスとジョンは皆のせいで濡れてしまった床やテーブルを一生懸命拭いていた。さっき綺麗にしたばかりなのに……と二人に同情が湧いた。

 なので私がブランディをとっちめてやるしか無いだろう。ニヤリ。


「女の匂いがするの……」

「な、なんだって?!」


 ブランディは自分の事をふんふんと言いながら嗅ぎだした。隣に座るゲイブとバメイまでブランディの匂いを嗅いでいる。面白い。益々顔がにやけそうになる。


「それにお洒落になってるし……センスが良い女性がブランディさんのそばに居るんでしょう?」

「へっ? いや、その……」


 ブランディは困ったような視線でリアムに助けを求めていた。リアムは苦笑いだ。


 私はもう一度ブランディの匂いを嗅いだ。


 これは覚えのある香りだ……


 私に匂いを嗅がれたブランディは「ひっ」と言って青くなった。


 この香は……スター商会の香水の……そう五番の香り……


「ブランディーヌの香りだー!」

「ひゃー!」


 ブランディは悲鳴を上げながら自分の顔を両手で隠し、真っ赤な顔を見せないようにしているのだが、手からはみ出ている頬や耳、顎を見ればどれだけ真赤になっているのかが良く分かった。


 どうやらブランディのお相手はずっと片思いだったブランディーヌのようだ。

 大人の恋の行方に私の心はワクワクが抑えられなくなった。


「ブランディさん、ブランディーヌと結婚したの?」

「いや、なんだ、その……うん、まあ、その、そうともいう……」


 もじもじ、もじもじと、ここに見た目おじさんの乙女男子が居る。

 可愛くて面白くって突っつきたくなる。初恋を聞かれている中学生男子のようだ。


 私の魔力が体の中で喜んでいるみたいだ。心と一緒にワクワクして居るのが伝わって来た。

 クルトがまた私の肩にポンッと手を置いた。


「えーと、今は? 一緒に住んでいるの? スター商会の寮に一緒に居るの?」

「いや、その……休みの時だけ……来てる……」

「ほうほう、【週末婚】ですか? いいですねー、大人の恋! 素敵!」


 大人の恋と言われたからかブランディは益々真っ赤になってしまった。

 可愛すぎてついにやけてしまうが、クルトが「ララ様!」と大きな声で私を呼んだ。


 気が付くと私の体は魔力のせいか光り輝いていた。


 嬉し過ぎてなのか何時ものように魔力が蠢めく感覚は無かったのだが、知らずに魔力が溢れ出しそうになっていた。

 クルトが慌てて私を抱えて窓際まで走った。

 そして開けてくれた窓から、私は空へ向かって幸せの癒し爆弾を打ち上げた。


 ドーン! ドドーン! ドドドーン! おめでとー!!


 魔力を放出してスッキリした私は、呆気に取られているブランディにもう少し話を聞こうと思ったところで、クルトから「帰ります!」と言って強制退場させられてしまった。


 興奮したら強制的にディープウッズの屋敷へ帰宅と決められていたため、問答無用で転移部屋へと向かわれてしまった。

 ブランディの顔を最後にチラッと見るとホッとしていたため、恋バナ終了が嬉しかった様だ。


 残念もう少し詳しく聞きたかったな……


 この後、私はアダルヘルムの判断でもう暫く自宅で修行をするまでは、スター商会へいけない事となってしまった……残念無念である……


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