第310話 ララの味
ユルゲンブルク騎士学校の放課後。
生徒達は皆部活動に夢中になっていた。
今年大人気の部活は、何とこれまで見向きもされなかった料理部。
例年一位、二位の人気を誇る剣術部、武術部を押し退けての一番人気だ。去年ディープウッズ家の子息が入部してから注目は集めていたが、それでも今年の入部希望者がこれ程多いとは予想していなかった。その為部長も副部長も、そして担当教諭も驚きを隠せないでいた。
料理部は部室も部活動の厨房も然程広さが無い為、多くは入部を許可できない、入部したい者は全員面接をする羽目になった。あからさまにディープウッズ家の子息である、セオとルイ目的の者は去年同様に入部は許可しなかった。
今年はユルゲンブルク騎士学校に入学した生徒の半数が女子生徒と、例年なら男子7対女子3の割合の新入生だったのだがまずそこから今年は異常であった為、女子でも入部しやすい料理部が人気となった一番の理由なのだろう。
来年もディープウッズ家のセオとルイがまだ在学中な事から、入学者、そして料理部への入部希望者は増える一方だろう。
校長に部室などを広くして貰わなければとてもじゃないが新入部員を受け入れられないと、悩みが続く料理部の首脳陣で有った。
そして人気のもう一つの理由として、セオとルイの作る料理の美味しさだ。
二人の料理は学校で噂になっており、それを食べたいと思うニ、三年生までが今の部を辞めて料理部に入りたいと言っているほどだ。
入部希望者が多い事は嬉しいのだが、ここまでになると流石に頭が痛くなる担当教諭と部長、副部長であった……
「カエサルせんせー」
料理部のセオとルイは部活を終えると、いつも自分達の担任であるジェルモリッツオの英雄カエサル・フェルッチョの元へと向かう。
スター商会の食事を摂った事のあるカエサルは、良い味見担当になってくれているのだ。二人が料理を持ってくると、職員室にいる他の先生達までご相伴に預かろうと近づいてくる。良い香りに誘われる虫の様だった。
「先生、今日はヴィリマークで作ったハンバーグです。パンも焼きました。丸パンです。味見をお願いします」
「カエサルせんせー、お茶はラディア茶でいいですかー?」
「ああ、セオ有難う。ルイお茶はでラディア茶大丈夫だ。本当はスター商会のスタービールが飲みたい所だが我慢するよ」
カエサル先生はセオとルイにウィンクして笑わせた。
本人達に意図した所は無いのだが、三人の会話にはスター商会の話が良く出てくるので、彼らの話に聞き耳を立てている教師や、廊下などにいる生徒達にはスター商会はすっかり馴染みの物になっていた。
セオとルイのお陰でブルージェ領のスター商会は知らぬまに王都で宣伝されており、様々な物に注文が入って大忙しになっていた。
その上教室と寮の改装工事でも注目をされたので、そちらの申し込みも殺到していた。ララが王都の屋敷とスター商会を繋いでいたからこそ、気軽に受注も受けられていた。
ララが寝ている間に王都でも既に人気のスター商会なのだった。
「ふむ……美味い……二人共腕を上げたな、ララが作る料理のようだ……」
「マジッ! へへへっ、やった、今日のは自信が有ったんだ!」
「先生、パンはいかがですか?」
カエサルは丸パンをちぎり口に含んだ。柔らかい口当たりに、甘さが程よくありとても美味しかった。スターベアー・ベーカリーのパンと言っても差しさわりが無い物だった。
「うん、パンもララの味だ。とても美味しいよ。二人共頑張っているね」
「へへへっ、だろう? ララ様に食べさせて驚かせるんだ」
「カエサル先生有難うございます。他の先生方も宜しければどうぞ」
職員室に居た先生方も声が掛かり喜んで味見を始めた。
二人が料理部に参加する日は既に先生たちの間では覚えられており、その曜日には自然と先生方が職員室に集まっている。皆二人が作る料理目当てだ、二人も先生達が 「美味しい」 と言ってくれるのが嬉しくて、多めに料理を作り持ってきているのだ。
そもそも今まではセオもルイもスター商会やディープウッズ家でララが提案した食材を使って料理していたにすぎない。野菜を切ったり、煮たり、焼いたりなどは普通にできたし、パンの形成なども得意であった。だから料理出来る気でいたのだ。
けれど一からパン生地を作ることや、料理の味付け、盛り付けなどなど、自分達がララと同じようには全く出来ていない事に気が付いた。
だからこそ料理部に入り今腕を磨いている、ララが起きた時に驚かせるのが今の目標であった。
冬や夏の長休みの間も、マトヴィルやスターベアー・ベーカリーのボビーやスター・リュミエール・リストランテのマシュー達にも料理を習っていた。その為かなり腕を上げたと自分たちでも自信があるセオとルイなのだった。
「やあ、やあ、やあ、随分と賑やかだねー」
料理の匂いを嗅ぎつけてか、校長が自慢のちょび髭を触りながら職員室へとやって来た。
校長もルイとセオが来る曜日をしっかりと覚えている一人で有る。絶対にくいっぱぐれはしないぞ! と密かに気合が入っていた。なので耳を澄ませカエサルが味見をした事を確認して、偶然を装い職員室へやって来たのだ。その体型からも分かる様に食べることが大好きな校長であった。
「校長先生も宜しければどうぞ」
セオがそう言ってハンバーグを校長の前に置いた。校長は喜んで頂くことにする。この子達の料理はその辺のレストランよりも美味しい事は十分に分かっていた。普段二人前食べる昼食も今日は抑えて置いたので、お腹がグーグー鳴っているぐらいだった。
「校長せんせー、お茶は? ラディア茶でいい?」
「ああ、ルイ君悪いねー、君が入れてくれるお茶は美味しいから有難いよ」
「校長先生、デザートも食べますか? 今日はプリンですけど」
「おお! 嬉しいねー、以前食べたプリンはとっても美味しくって、私はすっかり虜だよ!」
他の先生方は味見の範疇で終わらせている中、校長だけはキッチリ一人前の食事を摂った。デザートのプリンはお代わり迄した。時間的には夕飯より少し前ぐらいなので問題は無いのだが、きっとこの後夕飯もきちんと摂るのだろう……。お昼も食堂でたっぷり食べていたのを知っている他の先生方は、校長の姿に呆れて居るのだった。
「スゲー……校長先生ってココみたいだよなー」
「「ぶっ!」」
「……ココ?」
セオとカエサルはルイの言葉に思わず吹き出した。
確かに校長の食べっぷりは銀蜘蛛のココのようだ。セオもカエサルも笑うのを堪えるのが大変だ。
「あー、ココって言うのは銀――」
「校長先生小さな女の子ですよ。ディープウッズ家の姫様が可愛がっている子です」
「そうか? そんなに私は可愛くみえたかねー」
カエサルの説明の横で、ルイはセオにはたかれていた。
校長は可愛いと言われてまんざらでも無い様で、「ハッハッハッ」と笑いながらちょび髭を触りご満悦だった。料理が美味しかったこともあるのだろう。まさか貪欲な食欲を持つ銀蜘蛛のようだと思われているとは全く気が付かない校長なのだった。
さてさて料理部の部員たちは、ディープウッズ家の子息が入部したことで料理の腕前が、そして味付けが格段と上達していた。昨年度部長だったクレモンは希望する王都に有名レストランに就職することが出来た。護衛ではなく料理人としてだ。一年だけだったがセオとルイと知り合えたことは彼の中でとても幸運なことだった。密かに感謝しているクレモンなのだった。
ディープウッズ家と懇意になると幸福が訪れるとは本当の事だったと、騎士学校の中からいずれレチェンテ国中に広まっていくのであった。
そしてもう一方、二人が入部している薬学部。
こちらも人気の部となっていた。だが顧問の先生であるマヌエル先生の厳しい目により、薬学に余りにも興味がない者は入部が許可されなかった為、去年とさほど変わらない入部数で落ち着いていた。
そもそも薬を作る仕事に付けるほどの知識をこの学校の薬学部では学んでいなかった。
騎士になった時や、戦いに赴いた時に最低限身の回りにある薬草を使って傷薬や軟膏などを作れるようになれば良いかな? ぐらいの部で有った。
それがセオとルイの入部によりマヌエル先生のスイッチが入ってしまった。
卒業までに皆セオとルイのようにポーションぐらい作れるようになろう! と言うのが今の部の目標なのだ。その事が評価され世界最高峰グレイベアード魔法高等学校の薬学科と競え合えるレベルになるのはまだまだ先の話だ。今はまだ簡単な薬づくりが精一杯で有った。
なのでセオとルイが作るポーションや傷薬などを真似して作ろうとしているのだが、部員たちは中々同じ様には作れないでいた。セオとルイから教わった通りに作っているのだが上手くいかない。
それもその筈で、セオとルイのポーションはディープウッズの森の薬草を使っているのだ。部で使われている薬草は管理も余り良くなく、しおれて居る物まである。セオとルイはそういう時は自分たちで森で採った薬草を使っている、そもそもそこから違うのであった。
「さあ、自分で作ったポーションは必ず飲み切る様に! 部費で薬草は購入しているのです、無駄にはできませんよ!」
「「「うげー……」」」
「返事!」
「「「はい!」」」
恐る恐る自分の作ったポーションに口を付けようとする薬学部員達。
自分の力量は皆分かっている、なので飲むのが怖くてしょうがない……
鼻を摘み口に運ぶもの、甘いものを近くに置いておいて口に運ぶもの、水をコップに準備し口に運ぶもの、そして戻しても良い様に樽を用意する者様々だ。マヌエル先生も勿論自分の作ったポーションを口に運んでいた。
そしてセオとルイは自分たちで作ったポーションをお互い交換して飲むことにした。その方が自分のポーションの味の評価を受けられるからだ。二人は同時にお互いのポーションを口に含んだ。周りではトイレに駆け込むもの、気絶する者、吹き出すものが続出していた。マヌエル先生でさえ自分のポーションを口にして咽て居る様だった。
「「んー……」」
セオとルイは味わうようにポーションを飲むと考えた。
不味くは無い、効き目もある、成功と言ってもいいかもしれない……だけど……
「なーんかララ様の味と違うんだよなー」
「うん……そうだね……俺もそう思う……ララの味には近づいてる気がするけど……」
「まだまだだな、またマルコの兄ちゃんとこ行って練習だなー」
「いや、エタンとかリリアンに聞いた方が良い気がする……」
「あー、確かにな-」
こうしてセオとルイの修行は続くのであった……
そして新しい薬づくりに目覚めたマヌエル先生。
新しい胃薬を試したくて教頭先生に詰め寄っていた。
「教頭、胃薬を作りました是非飲んでみて下さい!」
「い、いやいや、マヌエル女史、私はスター商会さんで買った胃薬があるから遠慮するよ……それに前回のは酷い味だったじゃ無いか……」
「いいえ! 今回のは成功した筈です! さあ、さあ! 遠慮なさらず!」
マヌエル先生がキュッ、ポンッと胃薬のふたを開けると、瓶からは何故か湯気のような煙が出た。その上、凄い臭いがして職員室にいる先生方は鼻を塞いでいた。
教頭は命の危険を感じていた……このままではマヌエル女史に殺される……どうにかして逃げなければ……と……
教頭の喉の奥が恐怖からかごくりと鳴った。その時!
「やあ、やあ、やあ、随分と賑やかだねー」
髭を触りながらやって来た校長の突き出たお腹がマヌエル先生の肘にあたり、薬瓶が職員室の床へと落ちた。床はジュウーワーと嫌な音を立てて変色した上に、凄い臭いを醸し出していて、皆が口と鼻をハンカチで覆った。涙目になっているものもいる。
「ふがふんふふぇんふぇん、あふぇふぉふぁふぁふぃふぃふぉふぁふぇふぉーふぉふぃふぁんふぇふふぁ? (マヌエル先生あれを私に飲ませようとしていたのですか?)」
「ふぉふぉふぉふぉふぉ、ふぉんふぁふぁふぃっふぁいふぁっふぁふぉうふぇふは(おほほほほ、どうやら失敗だったようですわ)」
こうして校長の腹により教頭の胃は守られた。教頭はこの時ほど校長の腹に感謝いたした日は無かった。
どうやらディープウッズ家の子息達は、あちこちで皆に良い影響を与えているようだ……そう……多分……。
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