第309話 王子の望み

 二年生になり、最初の試験がやって来た。

 レオナルド王子は前回の失敗から、今回こそはと試験勉強に力が入っていた。

 

 一位になれなくてもせめて三位以内に入らなければ……


 護衛のルイージが心配する程勉強をして試験に望んで見ると、結果は三位だった。


 一位 セオドア・ディープウッズ

 二位 ルイ・ディープウッズ

 三位 レオナルド・レチェンテ


 結果を見て正直悔しいよりもホッとした。


 これで父親である王に見捨てられ無くて済むと……


 そんな自分の気持ちに気付きハッとした。


 いつから自分はこんな考えになってしまったのかと……


 誰の為に……何の為に……自分はこの学校に入ったのか……

 一度の失敗が全てを壊した様な気がしていた……




 レオナルド王子は小さな頃から優秀だった。

 勉強も出来、武術も剣術も担当の家庭教師や師範達が才能があると褒める程で、父親である王も、母親である王妃も満足そうにしていた。

 将来有望と言われ家臣の中には次期王はレオナルドの方がいいのでは無いか? と言う者まで現れる程だった。

 勿論反対に要らない子だと揶揄するものもいた、それは上の兄の側近たちだった。自分たちの王子が王になれないようでは困るのだ。

 レオナルド王子はそれも有って騎士を目指す事にした。王になる気は無いと表明する意思も込めていた。

 そして少しでも王国の為に、父やいずれ王になる兄の役に立ちたかった……たったそれだけだったのに……


「その様な者と話していないで、私達と友人になろうでは無いか?」


 今では分かるあの言葉が如何に愚かなことだったのか……


 自分たちを支えている、守るべき国民を卑下する言葉だ。あの時はそれが分からなかった。だが今、自分を認め褒めていた者達が離れて行った事で、自分の愚かさを知った……


 レオナルド王子はこの学校に来て初めて自分より上の存在を知った。


 勉強でも、武術でも、剣術でもまったく勝てる気がしない相手、それがセオドア・ディープウッズだった。

 同級生や先輩、先生さえもセオドアを素晴らしいと褒める。

 性格も穏やかでどこぞの我儘王族とは大違いだと噂されている事も知った。

 セオドアに会って、レオナルド王子のプライドは粉々に崩れ落ちたのだった。


 セオドアは家格も王家より上のディープウッズ家、尊敬するこの国の王の父親まで、ディープウッズ家と仲良くしろと言ってきた。

 腹立たしかったし、憎らしかった。何か粗を探そうと躍起になっていたかもしれない。


 そんな時ディープウッズ家の二人は養い子だと知った。


 元はただの平民と変わらないじゃ無いかと、馬鹿にする気持ちが生まれた。

 

 それがいけなかったのだと今なら分かる……



 二年生に進級する為、王城から学校の寮へと戻る際、父親から声を掛けられた。

 また何か言われるのかとドキドキしていたが、それは拍子抜けに終わった。


「レオ、ディープウッズ家の事はもう気にしなくて良い、繋がりは何とか出来た。全てシモン家のお陰だ。其方は気にせず学校生活を有意義に送るが良い……」

「はっ……有難うございます……」


 最初に湧いて来た感情は怒りだった。


 あれだけディープウッズ、ディープウッズと言って置いて、今更気にするななんて可笑しいだろう! 


 けれどその後、その気持ちは恐怖に変わった。


 自分は見限られたんだ……もう自分では無理だと思われたんだ……必要無いとそう判断されたんだ……


 そしてレオナルド王子は学校を卒業した後、自分に戻る場所があるのかと不安に襲われた。


 苦しい時いつも思い出すのはあの子の言葉だ。


「レオナルド王子、大丈夫ですよ。誰でも失敗は有るのですから、今後は変な壁は作らず、学校で友人を作って見て下さいね。きっともっと学校が楽しくなりますよ」


 謝った時、あの子は見返りなど何も求めず許してくれた。その上大丈夫だと励ましてもくれた。


 普通の貴族の娘ならばこれ幸いにと王家に色々と言ってくるだろ。だけどあの美しい女の子はそんな事はしなかった。レオナルドの手を優しく握り気にしなくて良いと、失敗は誰にでもあるのだとそう教えてくれたのだ……


 親や家庭教師、武術や剣術の師範達でさえ、ディープウッズ家の子息との件が有った後、レオナルド王子の悪い所ばかりを指摘してきた。


 何で上手く立ち回れない? 何故友人になれない? 何故そんな事も分からない?


 今まで褒めていたのは嘘だったのかと思った。

 誰一人「失敗しても大丈夫」などとは言ってくれなかった……そう彼女以外……


 セオとルイの教室での会話を聞いていると、彼女の話題が良く出てくる。


 少しお転婆だけど、料理や裁縫が好きで、飼っている動物が居る事、お散歩が好きで、絵も上手く、それから皆に愛されていて、とても優しい事……


「また会いたいな……」と知らぬ間にポツリと呟くと、ルイと話し込んでいたセオと視線が合った。

 聞かれたかなと思い慌てて視線をサッと外した。


 だけどこの一言で彼女の事だとは分かるはずが無いと気がつき、自然と笑みが溢れた。


 そこで初めて自分が彼女の事を好きなんだと分かった。その気持ちを意識すると顔が熱くなって来るのが分かった。


 そうか……私はセオとルイの妹、ララ・ディープウッズ姫が好きなのだ……


 自分の気持ちに気づくと、益々彼女に会いたくなった。

 剣術大会や武術大会ではセオやルイとは同じチームになった為、話しかけ易い。

 だからララ姫の事を聞こうと思ったが、上手く行かなかった、何故なら彼女の名前を呼ぼうと思うだけで胸が痛むからだ。


 初めての気持ちに戸惑い、どうして良いのか分からなかった。


 ただ彼女に会いたい……声が聞きたい……それだけなのに……



「レオナルド? 大丈夫か?」


 ルイにポンと肩を叩かれレオナルド王子はハッとした。

 どうやら張り出された成績表を見ながらボーっとしていた様だ。ララ姫の事を考えていたせいか、顔も赤く頬は熱を持っていたらしい。自分には冷たいセオまで普段より優しい顔をレオナルド王子に向けていた。


「あ、ああ、大丈夫だ。ちょ、ちょっと考え事をしていただけだ……」

「本当か? 赤い顔してるぜ?」


 顔が赤い事を指摘され、益々熱くなるのが分かった。護衛のルイージも近づいて来て心配そうにしていた。


 それもそうだろうこの前まで猛勉強していたのをルイージは知っているのだ。疲れから体調を崩したと思われても仕方なかった。


 すると心配気にしていたセオが鞄から何かをだした。


「レオナルド、これ、寮に戻ったら飲んで。ポーション」

「こ、これがポーション?」

「そう、ディープウッズ家とスター商会が経営してる研究所のポーションだから良く効くよ」

「じゃあ、俺はコレやるよ。ララ様が作った滋養茶だ」

「ラ、ララ姫が?」

「何だ、レオナルドもララ様が好きなのか? だったらララ様の作ったハンカチもやるよ」

「すっ、は? えっ? あ、有難う……」


 レオナルド王子はルイが何気なく言った「レオナルドもララ様が好きなのか」という言葉が気になった。


 あれだけ美しく優しい姫だ……誰からも好かれて当然だ……

 それにしても……ルイは私がララ姫を好きだと何故分かったのだ?!


 ルイの言った ”好き” は勿論恋では無いが、レオナルド王子は自分の気持ちがバレているのかと思って、益々恥ずかしくなってしまった。

 遂に身体中が真っ赤になってしまったレオナルド王子は、保険室に連れて行かれる事になった。


 しかもセオとルイの付き添い付きでだ。


 あんな事しでかした私を……友人だなんて認めてもいないのに……


「レオナルドー、お前勉強し過ぎなんじゃねーの?」

 

 保健室のベッドに無理矢理横にさせられたレオナルド王子は、ルイにそんな事を言われた。どうやら護衛のルイージが毎晩夜中まで勉強していた事を二人に話した様だ。


 赤くなった理由も、呆けていた理由も、勉強とは関係無いのだが、レオナルド王子は恥ずかしので黙っておいた。

 まー、確かに本当に寝不足なので、休めて丁度良かったけれと……


「君達だって、勉強をしているのだろう?」


 セオとルイはレオナルドに問いかけられ顔を見合わせた。レオナルド王子は何か変なことを言ったかなと、二人の様子が不思議になった。


「勉強はしてるけど、俺達夜中までなんてやってないぜ」

「えっ?」

「まあ、入学前にマスター……あー……アダルヘルム様に勉強は詰め込まれたけど、普段はそれ程でもないぜ、でもセオは毎日の復習と予習は欠かさないけどな!」


 ルイはそう言ってセオの肩をポンッと叩いた。レオナルド王子はそれ程勉強していないという言葉に驚いた。

 自分はあれだけやっても三位だったのだ。それなのにこの二人は徹夜もしていないという……


 やはりディープウッズ家の子息は自分と違って天才なのかと、レオナルド王子は自らと比べ落ちこんでしまった。


「あー、レオナルド、ルイの言い方が悪かったけど、俺だって勉強はしているよ。満点を常に取りたいから入学する前に全て学び終わっているんだ」

「えっ?」

「だから学校では復習してる感じかな、その分俺は有利なんだと思う、だから本当に凄いのはレオナルドやルイの方だよ、あ、あとアレッシオもかな?」


 レオナルド王子は驚いた。入学前に全ての勉強をセオは終えて居ると言うのだ。


 だけどそれよりなによりも……自分の事を凄いと褒めたことに驚きが隠せなかった。


「あー! レオナルドやっぱり顔赤いぞ、もうポーション飲んじゃえよ」

「ああ、ごめんね。職員室行って先生を呼んでくるよ」


 出て行こうとする二人をレオナルドは呼び止めた。顔が赤いのは熱のせいじゃない。ここで自分がやるべきことは一つだけだ。


「いや、セオ、ルイ、有難う、もう大丈夫だ。心配かけて済まなかった……」


 セオとルイは顔を見合わせると笑った。レオナルド王子に見せる初めての良い笑顔だった。


「ハハハッ、レオナルド気にするなよ、俺達チームを組んだ仲間だろ!」


 ルイが自分の事を仲間だと言ってくれた。


「それに同じクラスのクラスメートで、成績を競い合うライバルでもあるね」


 セオが自分をライバルだと認めてくれた。


「って事は、俺達友達だろ、遠慮は要らないさっ」

「ああ、そうだな、レオナルド、今度一緒に勉強しよう。ルイが調子に乗ってるから【ぎゃふん】と言わせてやって」

「何だよ、その 【ぎゃふん】? ってー」

「ハハハッ、ララが言ってたんだよ、ぎゃふんと言わせてやるって」

「ララ様かー、たまに変な言葉話すからなー」


 二人が友達だと言ってくれた……レオナルド王子は胸が熱くなった……


 レオナルド王子は涙が出そうになるのをグッと耐えた。嬉しくても泣きたくなるのを初めて知った。


 そして友人が初めてできた……


 嬉しい……嬉しい……嬉しい!!




 冬の長休みになって王城へと戻った。

 友人(・・)から父や母にと貰った土産を渡した。両親は見慣れぬお茶やお菓子に驚いていたが、レオナルド王子は友人(・・)としか答えなかった。その代わり頼まれた宣伝はしっかりと行った。


「それはブルージェ領のスター商会のお菓子とお茶だそうです。他にも様々な品があるそうですよ、父上も母上もお気に召したのであれば、スター商会に問い合わせてみて下さい」


 挨拶を済ますとレオナルド王子は部屋を後にした。

 もう父や母の為に頑張ろうという気にはなれなかった。


 自分は自分の為友人を大切にし、この国の国民を守りたい。


 そう決意したレオナルド王子であった……

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