第308話 男の子と女の子の事情

「ア、アデルさん、僕と友達になりませんか?」

「……ごめんなさい。間に合ってます……」


 アデルは何年生かも分からない、初めて会う様な男子生徒にまた(・・)声を掛けられた。二年生になってからこれで何度目だろうかと大きなため息が思わず漏れた。


 そもそも貴族の子息が、庶民のそれも跡継ぎでもなんでもない四女の自分に声を掛けてくるなんて、下心が見え見えなのだとアデルは分かっていた。


 皆自分と仲が良い ”ディープウッズ家” と繋がりが持ちたいだけなのだ。


 同じ様な境遇のそれも貴族の娘であるマティルドゥに聞いて見た所、実家にお見合いの申し込みが殺到している様だ。学校内でもたまに声を掛けられる様だがアデル程では無いらしい。貴族の娘の為、気軽に声掛けとは行かないらしい。


 だからこそアデルに声が掛かる。


 平民だからだ。


 貴族の子息が声を掛ければ平民のアデルが喜ぶとでも思っているのだろう。勘違いも甚だしい物である。


 お昼は中庭でセオやルイ、トマス、コロンブ、それに勿論マティルドゥと待ち合わせをしているので向かった。どうでも良い事に時間を取られてうんざりだが、流石に貴族の子息の呼び出しを無視する訳には行かない。幾ら学校内は平等だと言ってもやっぱり身分の差はある。自分の貴重な時間を取られるのにはウンザリしているが仕方ないと思うアデルであった。


 中庭の端の方に小さな白いテントが出されていた。

 最近はこのテント内でお昼を皆で食べるのが日課になっていた。

 以前は中庭に設置されているテーブルを使っていたのだが、余りにも人に囲まれる様になってしまった為、セオがテントを出してくれたのだ。


 勿論授業の関係でBクラスのアデル、トマス、コロンブだけで食堂で食事を摂る時もある。

 そう言う日は凄く厄介だ。三人とも平民の為、貴族の子から話しかけられれば無視し辛い、結局満足に食事も出来ず愛想笑いで終わるのだ。本当に困った物である。


「アデル、遅かったなー。どうした?」

「うん、ちょっとねー」


 アデルはルイの問いに笑顔で返すと席に着いた。

 今日はテーブルにはビーフシチューが用意されていた。スターベアー・ベーカリーの美味しいパンも並べられている為、食べ過ぎない様に気を付けないと大変な事になる。


 太る危険は勿論だが、何よりも午後に剣術や武術の授業がある時は動けなくなってしまうのだ。トマスは以前食べ過ぎた状態で授業を受けた為、吐いてしまった事がある。

 トマスはまだ男の子だから良いが、アデルがそれをやったら顰蹙物だろう。気を付け様と心に誓っていた。


「アデル、また呼び出しだろ?」

「「呼び出し?」」

「ちょっと、トマス!」


 セオとルイが首を傾げた。二人には呼び出しを受けている事は話していない。気を使わせたく無いからだ。友人と思っているのにその関係を、こんなつまらない事で壊されたくはなかった。

 二人がディープウッズの子じゃ無くたって、セオとルイとは友人になっていたと思うから。


 本当はトマスやコロンブにも話したくは無かった。だけど同じクラスなので何度も呼び出されていたら気付かれてしまった。友人まで困らせたくは無かったのだ。


「アデル、呼び出しってどうしたの? もしかしてディープウッズの……俺達と仲が良いから?」


 セオに聞かれ渋々頷いた。二人が困る様な事にはなって欲しくは無かった。だけどセオもルイも困るより怒ると言った表情になっていた。


「本当、貴族って鬱陶しいよな! 友達なんて自然に出来るもんだろう?」

「アデル、大変だっただろう? 次からは俺達も一緒に行くから声かけてよ」

「えっ? でも……」

「アデル、迷惑とか思わなくて良いからね、どっちかって言うと俺達が迷惑かけてるし、それに友達が困ってたら助けるのはお互い様だろ?」

「セオ……有難う……」


 アデルはそう言って貰えて心強くなった。やっぱり貴族から目をつけられるのは辛いのだ。

 今はまだ自分だけで済んでいるが、これが家にまでと思うと、家を継ぐ予定の姉に申し訳ない気持ちにもなっていた。まぁ、今のところディープウッズ家と繋がりが出来たことに大喜びの家族なのだが……


「なぁ、マティは大丈夫なのか?」


 ルイが何個目かも分からないパンを食べながら、そんな問いかけをマティにした。

 ルイは食べ過ぎても気持ち悪くなる事は無いらしい。それより背が早く伸びて欲しい様で、沢山食べている様だった。


 マティルドゥはそんなルイに振り返り、口元をナプキンで拭うと微笑んで答えた。


「私は殆どないわ。家が子爵家になった事で随分助かってるの、それに父様は武術師範の筆頭になったから尚更ね。その娘に気軽に声を掛ける様な馬鹿は、少ししかいないわ」

「そうなのかー、親父さんすごなー。出世したんだなぁ」


 マティルドゥはルイにクスリと小さな笑顔を向けた。


「父様の出世も全てディープウッズ家のお陰よ。アン兄様も私もセオとルイと仲が良いでしょう、だから王家も繋がりが持ちたいのよ。そのお陰で屋敷にはお見合いの申し込みが殺到してるみたい。馬鹿よねー。この前まで私の事 ”鬼娘” なんて言ってたのに」

「「鬼娘?!」」


 気が強くて武術も剣術も出来るマティルドゥは、貴族の子息や近所の男の子たちにも恐れられていた様だ。嫁になど貰いたくないと嫌厭されていたのにこの掌返しである。両親も長男も呆れているそうだ。


「まあ私は結婚なんてしなくても良いと思っているから」

「分かる! マティちゃん! 私もよー!」

「「男って面倒くさいものねー」」


 マティルドゥとアデルの言葉がピッタリと揃うと、男の子達は苦笑いをするしか無かった。「一応俺達も男なんだけどー」 と皆思っていたが口には出さなかった。



 そんなある日の事、一人の少年が使われていない教室で、ある一人の少女を待っていた。


 少年は貧乏貴族家の五男坊、騎士になれるこの学校に入学したが、掛かったお金は将来就職したら親に返す約束になっていた。言わばこの年で借金である。

 それでも普通にその辺の学校へ行くよりは、ユルゲンブルク騎士学校に入学する方がまだ良い就職先に恵まれる。成績が良ければ五男でも婿養子の話しが来る可能性もある。だから頑張ってこの学校に入ったのだ。


 だが最初の冬の長休みで実家に戻った時、父親に呼び出されて言われた。ディープウッズ家の子息と懇意になったら学費は後から返さなくても良いと……

 借金が無くなる! そう思うと何としてでもディープウッズ家の子と友達になろうと決意を固めた。


 だが少年はBクラスで、ディープウッズ家の子とはクラスが離れているため、なかなか思ったように友人にはなれなかった。

 「おはよう」と挨拶をするのが精一杯だった。


 部活も剣術部か武術部に入ると噂されていたため、本当は違う部に入りたかったが無理して剣術部に入部した。勿論良いこともあったが、練習がきつく苦しいので本当は辞めたい気持ちで一杯だった。疲れ切って夏の長休みに実家に戻ると、また父親に呼び出された。


「ディープウッズ家の子息とは仲良くなれたのか?」


 父親は首を振る息子に落胆して居る様だった。

 仲良くなれと言われても、もうグループも出来ているし、セオとルイは殆ど一緒に居るため声も掛け辛い、挨拶をするのが精一杯なのを父親は全く理解してくれなかった。


「ディープウッズ家の息子と仲良くならなくてもいい……周りに居る一番立場の弱い者に近づけ」

「えっ? で、でも女の子ですけど……」

「ハハハッ! だったら尚更良いじゃないか! その娘と婚姻を結んでも良い、何なら既成事実を無理矢理作っても良いぞ、我が家の発展の為だ、その娘を人気のない部屋へと呼び出して抱きしめるなりなんなりしろ! それ位しかお前には使い道が無いからな!」


 絶対にやりたくない! と少年は思ったが、父親に逆らう事は出来なかった。

 学費や学校内での食費や様々な事で今は親からお金を借りている状態だ。貴族の子などに生まれなければ良かったと何度も思った。だけどそんなのは許されない……貴族に生まれたからには家の為、親の為に少しでも役に立たなければならない……五男なんて使い捨ても良いところだ。

 少年は大きなため息をつきながら一人空き教室でアデルを待っていた。


 そろそろ来るだろうかと思うと、体が怖くて震えてきた。既成事実ってどうやるんだ? とそんな事を考える。やりたくない、やりたくない、でもやらなくちゃ…… とそんな事ばかりぐるぐると考えて居た。


 すると教室の扉が開き少年はビクッとして扉を見た。そこにはアデルではなくディープウッズ家の子息二人が立っていたのだった。


「なっ? 何で……?」

「よう! アデル呼び出したのお前かー?」

「ああ、君だったんだ。良く挨拶してくれるよね?」

「ああ、そうだな、ピエールだったけか?」

「ぼ……僕を知っているの?」


 ピエールはセオとルイが自分を知っていた事にとても驚いた。それに毎朝挨拶をしていた事も覚えてくれていたようだった。

 緊張が解けたからか、ポロポロと涙が零れてきた。アデルが来なくてホッとしたのもある。ずっと無理していた事が、二人が来たことで失敗として終わり、もう何もしなくてよくなると思うと安心できた。

 無理に友達になろうと、繋がりを持とうとしなくても良いと思うと、父親に怒られる事より、安堵感からか心が軽くなった気がした。


 セオとルイは心配そうにピエールの事を除き込み、ハンカチを渡してくれた。

 触っただけで高級品と分かるハンカチだったが、セオは気にせず使えと言ってくれた。こんないい奴に無理矢理近づこうとしていた事をピエールは恥じていた。


「ピエール、何があったのか話してくれる?」


 セオが優しく問いかけてきたことで、ピエールは心の中で苦しかったことを吐きだした。

 親にお金を借りる形で学校に来ている事、親からディープウッズ家の子息と仲良くなる様にと命令されている事、入りたくもない部活に入って辛い事、本当はアデルを呼び出す真似なんてしたくなかった事などなど、二人に話すと心がとても楽になっていった。セオもルイもただ黙って話を聞いてくれたのが良かったのかもしれなかった。


「ピエールは本当は何部に入りたかったの?」

「……歴史研究部……」

「うーん……今から変えられないのかな?」

「ううん、良いんだ、練習はきついけど就職には有利だから……歴史は自分でも勉強できるしね……」

「へー、ピエールってスゲーんだな」

「えっ?」

「それにとっても優しいよ、俺だったらピエールの父さんにパンチ入れちゃうかも」

「へっ?」

「セオ……気持ちはわかるけど、それ冗談にならないからな……セオにパンチ入れられたら普通の人は無事で済まないぜ」


 ハハハハハーと楽しそうに笑い合う二人を見て、何だか父親の指示に従おうとしていた自分が馬鹿らしくなった。

 自分は貴族の息子だけど所詮五男だ。そのうち平民になるかもしれない。だったら家の為とか気にせず、自由にやっても良いのでは無いか? とそんな気までしてきた。


 暫く会話を続けると、セオとルイがお昼を一緒にと誘ってくれた。アデルがいるのに良いのかな? とも思ったが、気にしていないと言われ甘えることにした。

 有名な中庭のテントに入ると、驚いたことに中は想像以上に広かった。普通の家の中のようで信じられなかった。

 驚くピエールをテーブルへと二人は促してくれた。他の皆も貴族の事が分かっているからか、同情するようなそんな様子でピエールの事を見ていた。


 ピエールがアデルに詫びを入れると、「大丈夫よ」と優しく答えてくれた。益々申し訳なさで一杯になったが、食事のあまりの美味しさに驚きすぎて忘れてしまった。後でまた謝ろうと開き直った。


「セオ? 何してんだ?」


 セオは食事を取る前に、誰かに手紙を書いて居る様だった。サッサッと書き終わるとそれを空へと飛ばした。

 ピエールは初めて見る魔道具だったので、口に入れていた物を噛まずにのみ込んでしまい思わず咽てしまった。


「ピエール、もうお父さんから何か言われなくなると思うよ」

「えっ? 本当に? 何で?」

「マスター……あー、アダルヘルム様に手紙を書いたから」

「へっ?」

「それって家ごと取り潰しになるんじゃねーの?」

「まさか、マスターに限ってそんな事しないよ、それにピエールの事は書いて無いし、アデルに近づこうとする生徒が多いって書いただけだから」


 セオは気楽な感じでそんな事を言ったが、皆がそれって国が亡びる可能性もあるかも……と少しだけ心配していたのは仕方がない事であった。


 後日、アダルヘルムからレチェンテ王にまた秘密の手紙が届き、王は真っ青になる……


 レチェンテ国の貴族がディープウッズ家の友人に迷惑を掛けていると書いてあったのだ……


「次は無い」とお願いした筈だが? とのアダルヘルムからの手紙を見て、夜中だというのにレチェンテ王は布団から飛び出し、大急ぎで事務官に指示を出した。『ディープウッズ家の友人に迷惑を掛けた者は打ち首に処す!』そう書かれた手紙を各貴族家へと送ったのだ。


 これでアデルも声を掛けられる事は少なくなり、穏やかな学校生活を再び取り戻せた。そしてピエールも冬の長休みにまた自宅へと戻ると、ディープウッズ家の子息には近づかなくて良いといわれホッとするのだった。


 今でもセオやルイには朝の挨拶をする。たまに昼食に誘われる事もある。父親には話さないが二人は友人だ。ディープウッズ家の二人の子のお陰で、やっと幸せな学校生活が遅れそうだとピエールは二人に感謝したのだった。

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