第311話 ライバル
アレッシオ・ユルゲンブルクは部活の朝練の帰り道。
初夏の風を感じながら、颯爽と寮に向かって歩いていた。
ユルゲンブルク騎士学校の二年生になったアレッシオは背も伸び男らしくなり始めていた。
女の子達とすれ違うたび、アレッシオを見ては皆が頬を赤らめる。遠くからアレッシオの事を見つめている女の子達もいる。アレッシオはそんな女の子達にも優しい微笑みを返す。
すると女の子達は「キャー」と黄色い歓声を上げたので、アレッシオは満足気に笑った。
アレッシオの見た目は兄弟の中でも1番王家の血が色濃く出ていた。金色のカールした髪は従兄弟のレオナルドとよく似ている。兄達も金髪だが微妙に色が違うのだ。
瞳の色も緑でレオナルドと同じだ。
兄達は琥珀色の瞳なのでやっぱりちょっと違う。
兄二人と居るよりも、レオナルドといる方が兄弟に見えるぐらいだ。
アレッシオは王の弟である父親に良く似ていた。
けれど似て居ても全く立場が違う。
アレッシオは大公家の三男坊。それに引き換えレオナルドは三男とは言え、王の息子だ。
王位継承権だって二人には雲泥の差がある。
別に面倒くさい王位などは要らないが、これだけ産まれた時から差がある自分達なのに、歳が同じだからという理由で、色々な物事に対して小さな頃から比べられて来た事に、アレッシオは納得行かなかった。
ライバルだなんてそんな風に言わないで欲しい。
レオナルドとはただの従兄弟で、友人で居たかったのだ……
だけど周りの声のせいか、年ごろになるといつしかお互いに自分を脅かす相手として、警戒する様になってしまった。
ディープウッズ家の事だってそうだ。
父上達はまるで子供を使って競争している様だった。
どっちの子供がディープウッズと懇意になれるか、出来たら三男だし婿養子にでもディープウッズ家に行ってくれたら……そんな気持ちが見え隠れして凄く嫌だった。
自分達は普通に仲良くしたいだけなのに……
「はー、兄上が居なくなってからつまらないなー」
護衛のアレロが、大きなため息をついたアレッシオを心配気に見てきた。アレッシオは兄でありユルゲンブルク大公の第二子であるカミッロが居なくなって寂しさを感じていた。
カミッロがいた頃は、夜になると部屋へ行って色んな話も出来たし、相談も出来た。勉強も教えて貰えたし、学校がつまらないなんて感じた事はなかった。
だけど今は……
レオナルドと兄上の様に仲良くなれたら……以前のように普通の、ただのいとこ同士として触れ合えたらどれだけ良いか……
クラスの者も部活の者たちも皆、大公の息子という事で不敬を恐れてか本音ではアレッシオに話しかけてこない。
剣術の練習でもアレッシオにケガさせないようにと、気を使われているのが良く分かる。
自分に付いている護衛のアレロでさえそうだ。
普通の友人を作るのがこんなに難しいなんて……
アレッシオはまた「ハー」とため息が出ていた。
家庭教師の誰も友人の作り方など教えてくれなかった。兄上達はどうやって友人を作ったのだろうか? いや……兄上たちの周りに居る物も ”取り巻き” 達だろう……
そう考えると何故か虚しさが溢れるのであった。
武術部の朝練が行われている武道場の前を通りかかると、馴染みのあるレオナルドの声が聞こえてきた。朝練の帰りなのか珍しく誰かと話をして居る様だった。
アレッシオも久しぶりに声でもかけてみようかと思った瞬間、レオナルドの話し相手を見て目を見張った。
「レオ、良い朝練になったよ、参加させてくれて有難う」
「いや……セオ、君が来てくれて部員達皆も喜んだ。こちらこそ有難かった」
「ハハハッ、レオは相変わらず固いなー、もっと普通に喋れよなー」
「ルイ、レオナルド様は王子様なんだからさー……」
「そうだよ……」
「トマス、コロンブ、ここでは身分の差など無い、君たちもレオと呼んでくれて構わないぞ」
「「……いやー、それは……」」
「なんだ、ディープウッズ家の子息は気軽に呼べるのに、私は無理なのか?」
「いやー、そうなんだけど……セオはともかくルイは……なあ?」
「そうそう、レオとセオは王子様って言っても良いけど、ルイはねー」
「なんだよ! 俺はスラムの王子様だぞー」
フンッ! と胸を張って答えるルイの事を見て、皆楽しそうに笑っていた。
そうあのレオナルドまでも……
あんなにディープウッズ家の子息の事を、敵対心を燃やしたような目で見ていたのに、レオナルドはいつの間にあんなに彼らと仲良くなったのだろうか……
アレッシオは余りの事に愕然とした……
隠れて様子を見ていると、レオナルドの表情は幼いころのような穏やかな顔になっていた。
アレッシオが大好きだった頃の、ただの従弟同士でいられた時のような表情だった。
アレッシオは嫉妬なのか、怒りなのか、それとも恐怖なのか……分からない感情が自分の中に込み上げてきた。
何故だ、何故、レオナルドは私にはあの笑顔を向けない? 何故ディープウッズの子息は私とは友人になろうとしない?
いや……それよりもこのままでは、私は父上に見放される可能性もあるだろう……
アレッシオはゾッとした。
大公家とはいえ貴族の息子の三男坊など、どこぞの家に養子に入るぐらいしか道がない事は、アレッシオにも良く分かっていた。
手駒として使えないと分かれば、遠い家の身分の低い家の娘へと嫁がされる可能性もあるだろう。
次兄のカミッロはそれが嫌で騎士になったのだ。
今は従妹の第一王子の近衛になって働いているが、兄の実力から言って、いずれ第一王子の息子である幼い王子の筆頭護衛になる可能性もあるだろう。
兄より実力が劣る自分の未来は……
そう考えるだけで足元が崩れて行く気がした……
ディープウッズ家の子息に嫌われてしまった事で、父や一番上の兄にも注意を受けた……
このままでは自分はどうなるか分からないと思うと、体から力が抜ける様だった。
「アレッシオ様大丈夫ですか?」
急に立ち止まり青い顔になったアレッシオの事を、護衛のアレロが心配げに覗き込んできた。
「……アレロ……済まない……手を貸してくれ……」
アレッシオはアレロの腕に掴まりながら、何とか寮の部屋まで戻った。
結局今日は授業を体調不良で休むことにした。
アレロが保健室からポーションを持ってきてくれたが、飲む気にはならなかった。体が悪い訳ではない事は自分で良く分かっていたからだ。
ベットで横になりながらそっと窓の外を見つめた。
自分は結局自由がないのだとそう思った。
今は大公の息子だから女の子達もキャーキャー言って居るが、自分にその肩書が無くなったら離れて行くことだろう……自分も同じだ……ディープウッズ家の子息だから近づこうとしたのだから……
いつの間にか眠っていたアレッシオは、ひんやりとした物が自分の額を触ったのを感じた。
護衛のアレロが熱があるかどうかでも見ているのだろうと「アレロ……?」と呟きながら目を開けると、目の前に居たのは驚くことに セオドア・ディープウッズ その人だった。
「セオドア・ディープウッズ!!」
アレッシオは驚き慌てて起き上がろうとしたが、それをやんわりとセオに止められた。
部屋には他に護衛のアレロがいた。アレッシオはなんでセオが自分の部屋に居るのか分からず、ポカンと口を開けてセオの様子を見ていた。
「熱も無いし、大丈夫そうだね。アレッシオ、食欲はある?」
「あ、ああ……」
そう答えると、朝から何も食べて居なかった事に気が付いた。アレッシオのお腹がそこでタイミングよくグーっとなった。セオは少し微笑むと、何か作ってくるといって部屋を出て行こうとした。
そこで入れ替わる様にレオナルドとルイが部屋へ入り、その後にセオ達と仲の良いトマスとコロンブが、入って良いのか? と心配げな表情をしながら部屋に入って来た。
アレッシオは何が何だか分からなくなった。
セオもそうだが何故自分の部屋に皆が居るのか、全く頭が回らなかった。
「アレッシオ、心配したぞ、良かった顔色もだいぶ良いな」
レオナルドが当たり前の様にアレッシオのベットの横に来た。アレッシオは体を半身起こし、ベットボートに背を預けた。
仮病に近い物で心配を掛けて申し訳ない気持ちと、心配してくれたことに対する嬉しさが込み上げてきた。
小さな子供の様で恥ずかしく、頬が少し赤くなるのを感じた。
「おっ、アレッシオ、元気そうじゃんかー、寝不足だったんじゃねー?」
ルイが部屋の様子をきょろきょろと見回しながら話しかけて来た。
「それにしても、アレッシオの部屋もレオの部屋も広いよなー、俺達の倍以上の広さだぜー」
ルイはそう言ってニコニコ笑っていた。トマスとコロンブは困り顔だ。自分達がここに居ても良いのかな? とでも思っているようだった。
アレッシオはもう大丈夫だからと、皆と一緒にソファーへと移動した。
ルイが手慣れた感じでお茶を入れ、お菓子を出してくれた。
セオが先程出て行ったのは、食堂に料理を取りに行ったのではなく、アレッシオの為に何かを料理しに行ってくれたようだった。何だか胸が一杯になった。
「アレッシオが居なかったからさー、学校中の女の子達が今日はしょんぼりしてたぜー」
ルイがお菓子を摘みながらそんな事を言ってきた。アレッシオも一つ貰ったが、王家のお菓子よりも美味しくて驚いた。
レオナルドが「これもスター商会のか?」と呟いていた。
「私が居なくても誰も困らないだろう……女の子達もセオやルイの方が良いに決まってい居る……」
皮肉ではなく本当にそう思って言葉を発したのだが、反論してきたのはルイではなく何故かトマスとコロンブだった。
「いやいやいやいや、アレッシオ様! それはあり得ませんよ! ルイはこんなだから女の子達にはそういう相手には見られていませんし、セオに限ってはなー……」
「そう、セオに至っては女の子を女の子だと見ていないんです!」
「えっ? それは……どういう事だ?」
ルイが「こんなって何だよー」と言うのを二人は無視しながら話を続けた。レオナルドは楽しそうにクスクス笑っている。
「セオってみーんな同じなんですよ、犬も猫も木も草も女の子も! 優しい様で優しくない! 『カエルみたいで可愛いね』なんて言われて喜ぶ様な女の子いますか? セオはそう言う事を言う奴なんです」
「そうそう、そこはレオナルド様……あー、レオとアレッシオ様はきちんとしてますからねー。女の子達に本気で好かれているのはお二人だと思いますよー」
「ぶっ」と言ってレオナルドが吹き出した。我慢の限界だった様だ。
そこへセオが丁度よく温かい料理を持って部屋へと入って来た。いい香りが部屋に漂い自分の空腹感がよく分かった。
「卵雑炊だよ」と言って差し出された料理を早速頂くと、セオの料理は信じられない位美味しかった。
「……美味い……あ、いや、美味しいよ……」
温かくて美味しい料理にホッとした。病気だと思って駆けつけてくれた彼らを、友人と呼ばせて貰っても良いのだろうかと聞いてみたくなった。
料理を食べる手を休め勇気を出して皆に声を掛けることにした。もう彼らの事を ”その様な者” などとは思っていない。大会で戦った彼らは勇気がある騎士だった。それにこんな私に優しくしてくれる良い人間なのだ……
「あ、あの……」
「なあ、アレッシオも勉強会一緒にやらねーか?」
「ああ、そうだね、ライバルは多い方が良いからねー」
「ふむ、そうだな、アレッシオ、体調が戻ったら私の部屋で行う試験の勉強会に参加しないか? いつまでもセオに一番を取らせ続けさせるわけには行かないからな」
「俺達もAクラス目指して頑張ってるんで、アレッシオ様が居れば心強いです」
「俺も……違う事も教わりたいし……」
「何だよートマスー、何教わるんだー?」
「べ、別にいだろー」
ワイワイと騒ぐ皆を見て「有難う」とアレッシオは小さく呟いた。
その後セオの料理を口にしたが、何故か喉の奥が熱くなって味がしなかった。
だけど今まで食べたどの料理よりも美味しくて、一生忘れられない味だと思った……
彼らは私のライバルだ……そして大切な友人でもある……
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