第275話 出発の準備

 セオとルイがユルデンブルク騎士学校へ戻る前日となった。

 ルイはベアリン達に付き添ってもらい育成施設へと今日は行って居る。出発前にスラムに居た時にお世話になった ”おじさん” ことオベロンに、会いに行って挨拶をして来るようだ。きっとルイにとってはオベロンは父親のような存在なのだろう。甘えられる時に甘えておくべきだと思う、あと数年もしたらルイの方が逞しくなってしまうだろう、そう考えると子供らしく甘えられるのも今のうちなのだと思った。


 その事を分かっているからかリタやブライス、アリスは今日は育成施設に一緒に行くとは言わなかった。ルイより下の子がいればルイは素直にオベロンに甘えないだろう、小さな頃から苦労しているからかリタ達はこう言う事にとても気が利くのだった。


 スター商会に来た私はリアムの執務室へと向かう途中、セオの手をぎゅっと握った。

 セオも母親である(違います)私に甘えられるのは今だけだ、今日は存分に甘やかせてあげようと決めたのだ。


「どうしたの? ララ? 寂しいの?」


 セオは私が握った手を少し強い力で握り返しながら、私の顔を覗き込んできた。セオの心配そうな様子に、小さな私がセオが明日からいなくなるから不安になっていると勘違いしている事が分かった。


「ううん、ただ手を繋ぎたかっただけ……」


 セオはフフッと笑うと「そうか……嬉しい」と呟いた。大分大人になったとはいえセオだってまだ子供だ、家族の温もりが欲しいのは当然だろう。喜んでもらえて嬉しかった。


 ただし、私とセオのすぐ後ろを歩いていたはずのクルトが、気が付くと窓の外を見ていた。どうやら親子の愛情の確かめ合いの邪魔にならないようにと気を使ってくれたようだ。意外と気が利くクルトであった。


 さてさて、結婚仕立てのトミーとミリーだが、式の後から一緒に住み始めて居る。

 式があった日はアーロ一家が気を使ってタッドとゼンを自宅で預かってくれたようだ。ゼンが「一週間ぐらいどっか行ってようか?」とトミーとミリーに話すと真っ赤になってしまった様だ。ゼンは親をからかうのが好きなようだ。

 トミーはタッドとゼンの父親になるのも楽しみにして居たようで、一緒に暮らせるのを心待ちにしていたようだ。男の子の父親になれてとても嬉しいと私にのろけてくれた、今は四人で新しい生活を構築中の様だった。トミー達ならきっと大丈夫だろう。



「よーう! 来たか」


 私が部屋へと入った瞬間珍しくリアムの方から手を上げて挨拶して来た、年始の仕事始めの忙しさもやっと落ち着いたのか、今日は機嫌が良さそうだ。でも、トミーとミリーの結婚披露パーティーの後から同じ様にパーティーを行いたいと申し込みが殺到していると聞いている、サシャ達は予約の対応で今も忙しいらしい、今日もイライジャとランスが手伝いに行って居る様だった。


 リアムは私達をソファへと促すとニコニコとして上機嫌な様子で自分も向かい合って座った。今日はそんな時間まである様だった。


「リアム、仕事は大丈夫なの?」


 私が心配げに尋ねるとリアムがへへへっと笑い返してきた。


「今日も滅茶苦茶忙しいんだよ、だけどな! 俺だってセオの友達だ! また暫く会えなくなるんだ! 話ぐらいしても良いだろ?」


 そう言ってリアムは可笑しくも無いのにハハハハハッと笑い出した、これはもしやと思いジョンの方へと視線を送ってみるとサッと目をそらされた、どうやらまたポーションを飲み過ぎた様だ。癒しを掛けた方が良いかなとも思ったが、仕事が忙しくて二本続けてポーションを飲んだのかもしれない、私はため息をつくとチョコレートの詰め合わせをテーブルに出してリアムに見せた。


「リアム、チョコレートの新作だよ、中にナッツだったり、お酒だったり入っているの、ちょっとビターで大人の味だからリアムも気に居ると思う、仕事に疲れた時に食べてね」

「ララ! お前はなんて優しいんだ! 可愛くて、気立てが良くてお前は最高の女だ! 大好きだぞ!」

「うん、うん、有難うね、チョコは一遍に食べないでジョンとガレスに出してもらって食べようね。二人に渡しておくからねー」

「うん、うん、分かった、でも今、少し食べたい!」


 子供のようになったリアムにお皿を出して上げて好きなチョコを選ばせた。リアムはたくさん取ろうとしたがそこはジョンに止められていた。ジョンはチョコの入った箱をテーブルから持っていくと自分の魔法鞄にしまっていた。きっとリアムが勝手に食べないように管理するのだろう。セオを始めここに居る他の皆が苦笑いを浮かべていたのだった。


 私はリアムに「お仕事頑張ってね」と告げて自分の執務室へと向かった。


 執務室へ着くとクルトがお茶を入れてくれた。

 クルトはアリナからの指導の元、私の世話係として美味しいお茶の入れ方や、マナー、教養など沢山の事を覚えようとしてくれている。

 今後私が学校に通うようになっても世話係としてついて来てくれる気でいるようで、私が恥をかかない様にと頑張ってくれている様だ。


 クルトはお給料を貯めて奴隷の身分で無くなっても私の世話係で居てくれるそうだ。

 ヴェリテの監獄からクルトを助けたことで私に恩を感じているようなのだが、ハッキリ言ってこちらもオベロンの事を知りたいという都合で奴隷として買い取ってしまった。

 あのままヴェリテの監獄に居れば奴隷になることなくタルコットの調べ直しで無実として助け出された可能性が高い、なので私に恩など感じる必要は無いのだが、今の仕事と生活に満足してくれているようで、クルトは私の側にずっと居たいと言ってくれているのだった。


 それにいつかマトヴィルとセオと私と一緒に世界中を旅するのも楽しみなのだと言ってくれていた。それまでに完璧な世話係りになるのだと今は全てに一生懸命なのだ。有難い事だと思った。


「うん! クルト、お茶の入れかたとっても上達しましたね!」

「へへへっ、そうですか? アリナさんからも合格貰えたんですよ」


 クルトは褒められてちょっと照れ笑いだ。今まで高級な茶葉を入れてお茶など入れた事が無いと、最初クルトは恐る恐るお茶入れの練習をしていた。あの可愛いアリナに傍に居られても赤面することなく集中して頑張っていたので、褒められて嬉しそうだ。アリナにも指導のお礼をしておこうと思った。


 私達がくつろいでいるとノックの音がした。クルトが扉を開けて訪問者を促す。

 入って来たのは私が呼び出したタッドだった。


「ララ様、お呼びだと聞いてやってまいりました」

「タッド、勉強中だったでしょ、呼びだしてごめんなさいね」

「いえ、ララ様に会えるのは嬉しいので」


 タッドに「ありがとう」とお礼を言いながらソファへと座って貰った。クルトがタッドにもお茶を入れてくれるのを待ちながら、私は話を始めた。


「タッド、祭の月には学校の試験があるのでしょ? 準備はどうですか?」

「はい、元々普通の庶民の子も行く学校なので試験はそれ程難しくなく、ロージー先生にも問題無いと太鼓判を押してもらえました。でも俺……私は首席合格を狙っているので、このまま勉学に励むつもりです」


 タッドが入る学校はブルージェ領のブルージェ領民第一学校だ。第五まである学校の中で領主の子が行くようなブルージェ領で一番難しい学校だ。領内の貴族の子で王都の学校へ行かない子は殆どこの学校に行くだろう、貴族の子がいる中で一番を取るのは普通では中々難しい、だが、今のタッドなら余裕なことはロージーから聞いて知っていた。王都の学校に行かせたいほどの学力はあるが、ブルージェ領民第一学校に行くのはブルージェ領に残りたいタッドの希望なのだった。


「タッド、これを……」

「……これは……賢獣キーホルダーですか?」


 私が出したキーホルダーをタッドはそっと受け取った。その表情は困惑気味だ。


「これは……ララ様が……俺の……私の為に?」


 私はニッコリと笑って頷くと、タッドに魔力を流すようにと声を掛けた。タッドはやっと嬉しさが込み上げてきたのか、年齢相応の表情を浮かべると、キーホルダーに魔力を流した。すると可愛いリスが現れた。タッドと同じ茶色の体でとっても可愛い、護衛にはならないが商人になると言って居るタッドに合わせて、ランスのパールと同じような計算能力の高い子になるはずなのだ……多分……


「ララ様、有難うございます! 可愛いです!」

「フフフ、約束してたでしょう。この子に名前を付けてあげてね」


 タッドは頷くとジッと自分の手のひらに乗る可愛いリスをみつめた。そして「フロル」と名付けた。名前を貰ったフロルはピョンっとタッドの手の中で飛んで喜ぶと、肩や頭、腕などを走り回った。ご主人様が大好きなようだ。


 リスと戯れるタッド……可愛すぎ……


「フロル、宜しくな、仲良くしような」

(はい、ご主人様、仲良くします)


 フロルはまたピョンピョン飛び上がった後、タッドの頭の上にちょこんと乗っていた。そこが気に入ったようだ。可愛い。


 タッドが何度も何度もお礼を言って部屋を出ていった後、私は今度はクルトをソファへと座らせた。

 そしてクルトにも同じように賢獣キーホルダーを渡した。


「ララ様……俺は奴隷ですぜ……」

「クルト……もう自分を買い取るお金は貯まっているのでしょう?」


 クルトはテーブルに置かれた賢獣キーホルダーを触ることなく、私の言葉に目を大きくして驚いた。お金が貯まったことを気付かれていないと思っていたようだ。だが、クルトの給料はアダルヘルムから聞いている、クルトはお金を使っている様子も無いので、全て貯金していると考えると、既に自分を買い取るお金はもうあるはずなのだ。言い出すのを待っていたが年が明けても言い出さなかった為私から声を掛けた。クルトなりの考えがあるのだろうと思ったからだった。


 クルトは苦笑いを浮かべると「知ってたんですね……」と呟いた、そして……


「俺はララ様の奴隷になれた事に誇りを持っているんです……だからずっとこのままで良いとそう思っていたんです……」


 クルトは下を向き何だか悲し気だ、捨てられる子供の様に寂しそうな顔をしている、もしかして奴隷じゃなくなったら出て行けとでも言われると思っているのだろうか。

 私はクルトの手をぎゅっと握った。


「クルト、奴隷じゃなくなっても約束通り私のお世話係でいてくれますか?」

「……ララ様……」

「それに私とセオとマトヴィルと一緒にいつか旅に行こうって約束したでしょう?」

「……へへっ、そうですね……」

「クルトがいないとアダルヘルムから旅行の許可が下りない気がします」

「ハハハッ、確かに!」

「セオも良いでしょ?」

「勿論、俺一人じゃ師匠とララを止めるのは大変だから有難いよ」

「えー! 私、マトヴィルと同じ系統なのー?」


 この後も三人で未来の旅の話をしながら笑い合った。


 クルトはこうして奴隷では無くなり、私のただの世話係となったのだった。

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