第276話 お見送り

 セオとルイがユルデンブルク騎士学校へ戻る日の朝を迎えた。


 冬の長休みと言っても年末年始の忙しさもあって、あっという間に時間は過ぎてしまった。


 また暫く二人に会えなくなるのかと思うと、子離れ出来ていない私としてはやはり少し寂しさがある。なので昨日の夜はセオに引っ付いて眠った。セオの体温を感じながら眠る事は、またこれで当分出来ないのだなと思うとやっぱり寂しくて、セオがお年頃になって私と(母親と)一緒に寝るのは嫌だというまでは、絶対に一緒に寝ようと心に決めた。


 いつまで続けることが出来るのかは分からないが、セオが居ない間の寂しさは、その事だけを楽しみに堪えることにしようと思ったのだった。


「ララ様、おはようございます」

「クルト、ネオ、おはよう」

(神さま、おはよー)


 ネオは狐型魔獣を型取ったクルトの賢獣だ。

 昨日クルトに渡してからずっと賢獣の状態にしてくれている、狐なのだが何故か柴犬の子犬みたいでとても可愛い。私の事は神様と呼んでくれていて、人懐っこくて尻尾を振りながら私の所へと走り寄ってきた。


 体の色はクルトの髪色と似た色だ。なので尚更狐に見えるはずなのだが何故か柴犬にしか見えない。

 リアム達もネオと会った時は犬だと勘違いしたぐらいだった。


「ララ様、今日はマスターの言う事ちゃんと聞いて大人しくしてて下さいね」

「クルト、大丈夫ですよ、私はいつも大人しくしているんですから」


 今日の学校への見送りは私とアダルヘルムが行く。

 前回の王子の事が有ったので、アダルヘルムは絶対に自分が着いて行くと言って怖い笑顔を浮かべていた。


 マトヴィルが「お前は心配し過ぎだぜっ」と言って笑いながらアダルヘルムの肩を叩いた時は、皆が視線を逸らしていた。あの後マトヴィルがどうなったかは知らないが、次の日シュンッとなっていた。きっと怒られたのだろう。


 本当は私も留守番していて貰いたいとアダルヘルムに言われた。でも暫くセオとルイと会えないと思うと素直に頷けず、涙が出そうになってしまったら、アダルヘルムが渋々許してくれた。


 その代わりアダルヘルムの側から離れては行けないとの約束付きだ。

 そんな訳で今日お留守番のクルトは、朝からちょっと心配気であった。


「クルトは今日奴隷の腕輪を外して貰うのでしょう?」

「ええ、リアム様がスター商会に奴隷の担当者を呼んで下さってますので、これで俺も本当にただの世話係ですよ」


 ちょっと照れ笑いを浮かべながらそう話すクルトの手を握り、そっと奴隷の腕輪に手を置いた。


「クルト……私の我儘でクルトを奴隷にしてしまってごめんなさい。あのまま監獄に居たら奴隷になる必要は無かったはずなのに……」


 タルコットが調べ直してくれたらクルトは無実だと分かって釈放された可能性もあるだろう。その場合は奴隷になる必要などなかったのだ、けれどクルトは笑顔のまま首を横に振った。


「ララ様、やっぱり俺は犯罪者だ。相手がムカつく奴だったとはいえ、暴力を俺から振るってる、それも遠慮なくだ。それにあのまま監獄にいたら、俺が爆弾魔だった可能性もある、やっぱり俺はララ様に救われたって感謝してますぜ」


 クルトは私の目線まで膝を折ると、私が握った手を握り返してきた。


「それに、俺はディープウッズ家の家族の一員になれて、本当に幸せなんです。ですから奴隷になれた事も誇りたいぐらいです……それにララ様と一緒に世界を旅するのも今から楽しみですからね」


 クルトは私に幸せそうな笑顔を向けてくれた。それだけで私には十分で、もうクルトを奴隷にしてしまったと反省するのは止めようとそう思えた。


 身支度を整えクルトとネオと一緒に隣のセオの部屋へと向かった。セオもユルゲンブルグ騎士学校の制服に着替えて準備万端だ。


 荷物も魔法鞄がある為、特にやる事もない。休みの間の課題はあった様だがセオに至っては何の心配もいらないだろう。

 ただ、ルイはクラスのお友達に渡すお土産を最後まで悩んでいた。今はブルージェビールやブルージェ領酒が人気だが、流石にそれを未成年のお土産にとは行かない。

 セオはさっさとスターベアー・ベーカリーのマドレーヌに決めていた。なので真似出来ないルイはとても悩んでいたのだった。


 そして最終的に選んだ物は、何故かおにぎりだった。

 私が作った梅干しも具に仕込み、ニヤニヤしながらおにぎりを握り魔法鞄にしまっていた。悪戯を仕掛ける前の子供の様だった。まー、楽しそうで何よりだ。


 皆に見送られながら転移部屋から王都の屋敷へと向かった。アダルヘルムは今日も無駄にカッコいい。見送りに来た父兄や生徒からの注目を集めるのは間違いないだろう。

 問題が起きるといつも私が暴れているみたいに言われるが、アダルヘルムやマトヴィルが目立つからという原因もあるのではないかと思っていた。

 二人に目立つなと言うのは難しい事はよく分かっているのだが、私ばかりが悪い訳では無いと分かって欲しい物だ……


 王都の屋敷からかぼちゃの馬車に乗ってユルゲンブルグ騎士学校へと向かう。馬車の中ではセオとルイにアダルヘルムから最後のお小言……諸注意があった。二人とも真剣な表情だ。


「セオ、ルイ、くれぐれも愚かな輩の相手をしないように」

「「はい、マスター」」

「ディープウッズ家と縁を作ろうという下心を持つ者を見極めるのも護衛としての大切な勉強だ。頑張りなさい」」

「「はい、頑張ります」」

 

 アダルヘルムと向かい合い頷くセオとルイに私も声を掛ける、二人には学校を存分に楽しんで貰いたいからだ。


「セオ、ルイ、学校を楽しんでね」

「うん、ララはマスターとクルトの言う事をキチンと聞いてね」

「ララ様はほっとくと暴れちゃうもんなー」

「まあ、ルイ、私は暴れた事なんて無いですよ。今までのは正当防衛のみですから!」


 セオとルイとアダルヘルムが苦笑いを浮かべると、学校近くになり馬車が動かなくなった。同じような送迎の馬車が渋滞している様だ。


 私達は馬車を降り歩いて学校へ向かう事にした。学校はもう目の前なのに馬車で行かないと恥ずかしいと言う貴族の風習には可哀想になる。


 まー、スター商会から商業ギルドへ向かうのも同じ様な物なので、見栄があるのだろう。


 学校には五分ぐらいで着いた。あのまま馬車で待っていたら、30分は掛かっただろう。

 私達は学校の門を抜けそのまま男子寮の方へと向かった。寮の玄関先で今日はお別れだ。


 するとこちらを見ている視線を感じた。アダルヘルムもセオも感じているが、敢えてそちらを振り向こうとはしない。何故ならこちらを柱の影から見ているのはあのレオナルド王子だったからだ。アダルヘルムの笑顔がちょっぴり怖かった。何か王家に圧を掛けたに違いないと想像がついた。


「おーい、セオ、ルイ!」


 声を掛けて来たのはレオナルド王子ではなく寮で同じ部屋のトマスとコロンブだった。今丁度着いた所の様で、お母様と一緒に来ていたのだった。


「ララ様、アダルヘルム様、先日はありがとうございました」

「いいえ、私もお友達が出来て嬉しかったですよ。夏もまた来て下さいね」

「はい。ありがとうございます!」

「二人とも自宅での鍛練は欠かさず行ったか?」

「はい、アダルヘルム様、教えて頂いた通りのメニューを欠かさず行いました」

「うむ。夏には成長している事を期待しているぞ」

「はい! 頑張ります!」


 夏にまたアダルヘルムに指導して貰えるとあってトマスもコロンブも嬉しそうだ。私は二人のお母様方とも挨拶を交わした。お土産を子供達に持たせたのでとってもお礼を言われてしまった。

 いつの間にか注目を集めていた私達の周りには、今日も人だかりが出来ていて、こちらを見ていたレオナルド王子は人垣で見えなくなっていたが、相変わらず柱の影から見ている事だけは気配で分かった。


「やー、やー、セオ、ルイ、久しぶりだねー」


 人垣をかき分け私達に大きな声で近づいて来たのは、レオナルド王子では無くユルゲンブルグ大公の第三子アレッシオ・ユルゲンブルクだった。

 王族の子だからか護衛も後ろに付いてきていた。レオナルド王子の護衛と同じ若い青年の様だった。


「アレッシオ、久しぶり。で、何か用か?」

「はっはっはっ、ルイよ、我々は友人なのだから見掛けたら声を掛けるのは当然ではないか」


 元々の性格なのか分からないがアレッシオは喋り方が演技がかっている様だ。セオとルイにとっては友人と言うよりは、ただのクラスメートといった感覚なのだろう、アレッシオの言葉に二人は苦笑いを浮かべていたのだった。


 アレッシオは私の方をチラチラッと見た。その様子にアダルヘルムの笑顔が冷たい物へと変わったのが分かった。


「あー、セオ、ルイ、君たちの家族を私に紹介してくれるかな? 私達は友人なのだから、挨拶をさせて貰いたい」


 セオとルイは顔を見合わせたあと、チラッとアダルヘルムの方へと視線を送った。その表情を見ただけでアダルヘルムが怒っているのが分かった様だった。

 アレッシオがディープウッズ家と縁を持ちたいと思っている下心が、余りにも見え見えで私でさえも分かるぐらいだったのだ、アダルヘルムの顔を見なくても氷の微笑が浮かんでいるのは想像が付いたのだった。


「確かアレッシオ・ユルゲンブルク君だったか、私はアダルヘルム・セレーネ、セオとルイの剣術の師匠だ」

「ア、アダルヘルム様! 伝説は父や母から聞いております! お会い出来て光栄です!」


 アレッシオは握手をしたそうだったが、アダルヘルムが手を出すことは無かった。そして私を後ろに隠すとアレッシオの事はそれで終わらせ、セオとルイの方へと向き直した。もう話す事は無いと言っている様だった。


 ただ、アレッシオと護衛はアダルヘルムに憧れが有るのか、離れる事無く、ポーッと見つめていたのだった。


「セオ、ルイ、トマス、コロンブ、後期の授業も手を抜かず精進する様に」

「はい、頑張ります」


 私とアダルヘルムは四人に最後の挨拶をしてその場を離れる事にした。これから女子寮に向かいマティこと、セオ達の友人のマティルドゥ・シモンの部屋のお風呂を改装する予定なのだ。アデルは担任から許可が降りなかったようだ。諦めずクラスが上がったらまた申請をすると手紙がきたのだった。

 セオ達に手を振り女子寮の方へと向かっていると、柱の影からレオナルド王子が護衛と共にこちらに駆け寄って来たのが分かって、アダルヘルムがサッと私の前に立った。学校に着いてから一番の美しい笑顔だった。


「ひ、姫! 先日の詫びをさせて頂きたい!」

「……詫びですか……」


 アダルヘルムの冷えた声にレオナルド王子と護衛は「うっ」と声を上げた。威圧になっていたのだろう、だがそれでもレオナルド王子は怯まなかった。


「先日は、大変失礼な事をしてしまった。許して頂きたい!」


 人が変わった様にレオナルド王子と護衛は頭を下げたが、アダルヘルムの怒りはそんな物では収まらない様で、相変わらず笑顔が怖かった。

 周りにいる人達がアダルヘルムの笑顔を見て赤くなったり青くなったりしているのが分かった。これ以上この場に居たら失神者が出そうな気がした為、私はアダルヘルムの手を引いた。

 それにこの国の王子にいつまでも謝られていても目立つばかりで居た堪れなかった。別人の様な様子の二人にきっと沢山叱られたのだろうなぁと同情しかなかった。


 アダルヘルムはふーと息を吐くと、仕方ないといった表情になった。


「レオナルド王子」

「は、はい!」

「自分の立場が理解出来たのでしょうか?」

「は、はい……父上から……話がありました……自分の愚かさを理解致しました……」

「でしたら今回の事は不問に致します。ですがまた自分の立場を忘れ、民を馬鹿にする様な発言があった場合は、ディープウッズ家としてレチェンテ国に抗議致しますのでお忘れなき様……」

「は、はい。承知致しました……」


 アダルヘルムはそれでこの場を離れ様としたが、私は頭を下げたままのレオナルド王子に近づいて、キツく握り締めている手をそっと両手で包んだ。レオナルド王子はハッとすると私の顔を見てきた。


「レオナルド王子、大丈夫ですよ。誰でも失敗は有るのですから、今後は変な壁は作らず、学校で友人を作って見て下さいね。きっともっと学校が楽しくなりますよ」

「は、はい……」


 年下に諭されて恥ずかしかったからか、真っ赤になってしまったレオナルド王子に手を振り、私とアダルヘルムはマティルドゥの所へと向かった。寮の風呂場の改装はすぐに終わり満足行く仕上がりになった。

 マティルドゥにとても感謝されたので、スター商会の宣伝をお願いしておいた。これで王都からも改装依頼が入るかもしれないとランスやイライジャの様な顔になってしまった。


 帰りの馬車の中でアダルヘルムが「ララ様はやはりエレノア様の娘です……」と呟いたのが何だか嬉しかった。アダルヘルムは疲れた様子だったが、私は充分に楽しめたお見送りになった。

 益々頼もしくなるセオとルイに会えるのを楽しみに、私はディープウッズの屋敷に戻ったのだった。

 



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