第267話 友人達

「うわー! 聞いてた以上に可愛い妹だね」

「本当に可愛い、良いなー妹!」


 トマス、コロンブが私を見てそう言うと、二人の母親からげんこつが落ちた。

 二人が痛がり悶絶している横で母親達は勢いよく頭を下げたのだった。


「「う、ウチの息子が申し訳ございません!!」」


 大きな声でそう謝るので、周りに居た人達が何だ?何だ?と興味津々で私達を見ていた。マトヴィルは慣れた物で気にしていない様だが、私とクルトは余りの注目に大慌てだ。


「お母様方、同級生の家族なのですから気にしないで下さい、可愛いと言って頂けて私も嬉しいですから!」


 二人の母親は恐る恐るといった様子で顔を上げ、校長や教頭、それに担任のカエサルに視線を送り、良いのでしょうか? と不安気な様子だった。私は気にせず二人の母親の手を取った。


「これからもウチの子……あ、兄と仲良くして下さいね」

「「は、はい!」」


 トマス、コロンブのお母様方にもお菓子の詰め合わせとお茶をお近付きにと言って渡した。勿論スター商会の物だとアピールをしておく。周りに居た人達はヒソヒソとスター商会の名を出していたのだった。


 フッフッフ、良い宣伝になったね。ニヤリだ。


 トマス、コロンブはマトヴィルの側に行き握手を求めていた。やはり憧れが有るのか目を輝かせていた。頬もピンク色に染まっていてまだまだ少年らしい幼さが残る姿が可愛いかった。


 挨拶も終わりそろそろ帰る為に魔石バイクを出そうかとした所で声をかけられた。


「あの、私はセオとルイと同じクラスのマティルドゥ・シモンと申します! もしかしてそちらにいらっしゃるのはマトヴィル様でしょうか?」


 黒髪をポニーテールにした可愛らしい女の子がマトヴィルを見ながら頬を染め話しかけて来た。その様子にセオ、ルイ、トマス、コロンブは目を丸くした。


「「「「マティ!!」」」」

「マティ?」

 

 黒髪の女の子はどうやら皆にマティと呼ばれているようだ。スター商会の子熊のマッティの名の様で何だか親近感が持てた。マトヴィルも良い笑顔で頷くと手を差し出した。


「セオとルイの友達か? 二人の家族で師匠のマトヴィル・セレーネだ、宜しくな」

「は、はい! 宜しくお願いします!」

 

 マティルドゥは制服のズボンで手を拭くと両手でマトヴィルの手を握った。アイドルの握手会に参加した女の子の様だ。きっと今日は手を洗わないのだろう。


 マティルドゥは握手が終わると今度は私の方へと向きを変えて近づいてきた。真剣な表情でちょっと怖かった。


「貴女がセオとルイの妹さん?」

「ええ、そうです。ララ・ディープウッズです。宜しくお願いします」


 私も握手をしようと手を差し出したのだがマティルドゥはその手を見つめるだけで受けようとはしなかった。セオ達同級生四人組は あちゃー といった表情を浮かべていた。


「あの、貴女にお願いがあるのだけど……」

「はい、何でしょうか?」

「私と武術の手合わせをして頂けないかしら?」

「えっ? 手合わせ?」


 校長と教頭がそれを聞いて青くなり、カエサルはクスリと微笑み、マトヴィルはニヤリと笑い、セオ達がそれを聞いてやっぱりか……という表情を浮かべながらマティルドゥを止めようとした瞬間、彼女の家族と思われる人物が大きな声で止めに入った。


「マティルドゥ、何をやっているんだ!」

「兄さま」 

 

 マティルドゥが兄さまとよんだ青年はマティルドゥと同じ様な黒髪で、ガタイも良く三年生かな? と分かる程大人の、それもクルトと変わらないような身長の青年だった。三年生位になるとこんなに大きくなるのかと思うと、何だか少しショックだった。可愛いセオとルイにはいつまでも子供でいて貰いたいのだと自分で気が付いた。


「妹が大変失礼を致しました!」


 青年はマティルドゥの頭を手で押さえ一緒に頭をさせさげた。校長と教頭はホッとしている様だ。二人の後ろにいた母親らしき人物も一緒に頭を下げていた。


「兄さま、私は失礼な事などしておりません!」

「ば、馬鹿者、この方たちをどなただと思っているんだ」

「そんな事は分かっていますわ、セオとルイとは同じクラスなのですから」


 兄妹喧嘩のような事が目の前で始まり、後ろの母親と校長と教頭はオロオロとし始めてしまった。チラリとカエサルとマトヴィルを見ると楽しそうに笑って居る。子供たちがどうするのか面白がっているのだろう。セオ達はこの事が想像ついていたのか、ため息をつくと、まだ口げんか中の兄妹を止めに入る。私は兄から引き離されようとしているマティルドゥに声を掛けた。


「マティルドゥさん、どうして私と手合わせをしたいのですか?」


 ディープウッズの娘である私が声を掛けたからか、マティルドゥの兄もマティルドゥもビシッと姿勢を正してこちらを見てきた。兄の方は息をしているのか心配になるぐらい体に力がこもって居る様だった。


「私もマトヴィル様の弟子になりたいのです。ですから貴女と手合わせをして実力を見て頂きたいのです!」


 セオ達の方を見てみると皆苦笑いを浮かべているのでこの事を知っていたのだろう。でもなぜ私が相手なのかは分からないが、取りあえず返事をすることにした。


「手合わせをしても別に良いですよー」

「本当に?!」

「はい、あー……どこでやりますか? えーと校長先生」

「は、はい!」

「どこか手合わせ出来る場所はありますでしょうか?」


 校長はチラリと教頭を見た。すると教頭は凄い勢いで首を縦に振って合図を出した。それを見た後、今度はカエサルの方へと校長は視線を送った。カエサルは何かをくみ取ったのか校長に一つ頷いて見せた。目だけで会話が出来た様だ。


「ぶ、武道場が開いております、今日は生徒達が帰るだけですので誰もおりません、どうぞそちらをお使いください。審判はカエサル先生にやって頂こうと思います、そ、それで宜しいでしょうか?」

「マティルドゥさん、良いですよね?」

「ええ! 勿論よ!」


 こうして私達は武道場へと移動することになった。

 前を進む校長と教頭は汗をかき顔色が悪い、カエサルはマトヴィルと楽しそうに談笑しながらその後を進み、マティルドゥ親子は妹を何とか説得しようと試みて居る様だった。セオ達は私と歩きながらマティルドゥが何故あんなにも私と手合わせをしたいのかを教えてくれた。


「武術の授業の時にさー、ルイが余計なこと言ったんだよ」

「げ、セオ、俺だけのせいにするなよー、お前だってララ様のが全然強いって言ってたじゃねーかよ」


 二人の会話を聞きながら一緒に付いてきたトマス、コロンブは苦笑いだ。しかも私達の後ろにはここの学校の生徒たちだと思われる大勢の野次馬達が付いてきていた。迎えに来ていた親たちまでもだ。少女の戦いなんて見てもしょうがないと思うのだが、それでも興味津々の様だった。


 セオ達の説明を聞くと、どうやら武術の授業の時に毎回相手を変えて組み手をする様なのだが、セオもルイも今のところ負けなしのようで、皆から凄いと褒められたとの事だった。だがそこでルイが自分なんてまだまだだ、七歳の女の子にも勝てないんだと言い、セオも自分と同じぐらい強いのだと何故か自慢げに話したところ、それを聞いていたマティルドゥが是非その子と手合わせをしたいと言いだしたようだ。それは無理だと何度も断ったらしいのだが、多分家族が迎えに来るこの日を狙っていたのだろうと皆は言って居た。


 マティルドゥの家は騎士家であり、父親は武術の師範のようだ。王子の武術の指導もするぐらいの実力者の娘だけあって、武術にはかなりの自信が有ったようだった。それが学校に入学してみればセオにもルイにも勝てなかった様で、その上自分より年下の女の子よりも実力が下だと聞いてプライドが刺激されたようだった。

 勿論セオ達はそんな乙女心に気が付くはずも無く、只の我儘娘と受け取って居る様だった。このままではリアム達のような ”乙女心分からない隊” の様になりそうで母親(違います)としては心配になった。まあまだ12歳だ、徐々に女の子の気持ちも分かるようになるだろう……


 武道場は前世で言う所の体育館のような広さがあった。それもバレーボールなら三面位取れる広さだ、ここの他にも武道場はあるそうで、ここが一番広い場所だとセオ達が教えてくれた。仲の良いセオ、ルイ、トマス、コロンブ四人の姿をみて学校が楽しそうで良かったと安心したのだった。


 武道場の二階には観客席があるのだが、気が付くと半分ぐらいの、いやそれ以上に席が埋まっていた。武道場の一階にも見守る生徒たちや父兄が居て、私とマティルドゥの戦いが気になる様だった。まあ、目立つマトヴィルがいるし、セオとルイはディープウッズの養い子とこの学校では知れ渡っていることからそれもしょうがないのかなと諦めたのだった。


 帰りの時間もあるので早速手合わせをすることになった。マティルドゥと向かい合い一礼をする。カエサルの「始め!」の合図で試合を開始した。


 マティルドゥは開始の合図と共に私に向かって突っ込んできた、気迫があるのは分かるのだが、相手の実力も分からない時点で挑むのは無謀な気がした。きっと自宅では父親やお兄さんと訓練しているのだろう、その癖がついていて最初から飛ばすのが当たり前になっている気がした。先手必勝と行ったところだろうか。

 マティルドゥの技は12歳の女の子にしたら力強く早い物だとは思った、だがマトヴィルに鍛えられている私としては相手になる物では無かった。とにかく攻撃はとても綺麗で型が守られて居る物なのだろう、だが、これが魔獣相手ではどうするかなと思った。同じ年頃には今まで相手になる様な女の子は居なかったのだろう、戦い方が大人相手に無茶をしているような感じで、背の低い私相手ではとてもやり辛そうだった。


 すぐに勝ってしまうのも申し訳ないかなと思い、マティルドゥの技を受け続けた、するとマティルドゥが段々と悔しそうな表情を浮かべている事が分かった。


 ああ、手加減して居るのが分かっちゃったかな……


 そう思って居たらカエサルの「止め!」の合図が武道場に響き渡ったのだった。

 それを聞いたマティルドゥの目には涙が溢れそうになっているのが分かった。それを何とかこらえて居る様だった。


 やだやだやだやだ! どうしよう女の子泣かしちゃったよー! 


 お互い向き合い挨拶を終えるとマティルドゥは遂に耐えられず涙を流し出してしまった。

 オロオロしている私を見てカエサルはフフッと笑った後、マティルドゥに話しかけた。


「マティ、君は今は修行中の身だ、泣く必要は無いよ」


 マティルドゥは涙を拭くことなくぎゅうっと拳を握りカエサルの言葉に首を振った。相手にもなっていない事が悔しくて仕方が無い様だった。観客達はざわざわとして何かを言って居る様だったが、ここまでは聞こえてこなかった。きっと勝負が付いていないのに試合が止まったことを何か言っているのだろう。


 カエサルは膝を折ると今度はマティルドゥの視線に合わせて声を掛けた。


「マティルドゥ、君は小さな頃から鍛えて自信があったのだろう、だけどね、上には上が居ることを知ることは成長するにはとても大事なんだよ。今手合わせをしたララは小さな頃から森に入り既に多くの魔獣を倒している、彼女も君以上に努力しているんだよ」

「えっ……? 魔獣?」


 私からすると森で魔獣を倒すのは遊びに近い感覚だが、ここはカエサルに同意して頷いておく、マティルドゥは自分より過酷な修行をしている子だと思ったのだろう、涙は落ち着いたようだった。


 そこへマトヴィルがニヤニヤ顔のままで近づいてきた。他の人から見たらイケメンが良い笑顔を浮かべているようにしか見えないため、観客の中には真っ赤になる者が多くいたのだった。


「マティルドゥだったか? 中々勇ましい子だな、よし休みの間にウチに遊びに来い、俺が修行を付けてやるぞ」

「えっ! ほ、本当ですか?!」

「おう、トマス、コロンブも一緒に来ると良い、俺とアダルヘルムで鍛えてやるからな」


 はい! と答えたマティルドゥは良い笑顔だった。ただし、一連の内容にクルトだけは頭を抱えていたのだった。




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