第268話 セオとルイの帰宅

「あー、それでは、ブルージェ領の冬祭りの時期に我が家へ遊びに来ますか?」

「「「冬祭り?」」」


 驚く三人の姿が可愛くて思わずニヤケそうになったが、そこはグッと抑えた。

 マトヴィルも私の言葉を聞いて、子供にはそれが良いだろうとこちらを見て頷いていた。


「あー……ララ、まずはマスターに話をしないと」


 セオにそう声を掛けられて、私とマトヴィルは顔を見合わせてポンッと手を打った。アダルヘルムから許可が無ければ皆を呼ぶのは難しいだろう。以前リアムの件があったので流石に私も同じ轍は踏まないのだった。


「では、こちらの予定が分かりましたら、セオとルイから連絡を入れさせますね。お母様方も問題有りませんか?」


 三人の母親はまだ青い顔のまま、不安げな様子で小さく頷いた。

 子供だけで行かせるのは不安だが、だからといって断るのも不敬にあたると思ったのかもしれない、私は出来るだけ安心させるように笑顔で頷き返したのだった。


 マティルドゥのお兄さんも来たそうな様子を全面的に出していたが、今回は同級生だけの方が良いだろうと思い、可愛いそうだが声は掛けなかった。

 何故か校長と教頭も誘って欲しそうだったが勿論声は掛けない、校長たちと仲がいいからセオやルイが特別扱いされてるなどと言われる訳には行かないからだ。


 カエサルはきっとワイアット商会の会頭であるジョセフ・ワイアットと予定が合えば一緒に来るだろと思い、この場では声は掛けなかった。仮にもセオとルイの担任だ、こちらも特別扱いと言われたくは無かった。


 約束を取り付けて今度こそ帰ろうと思ったら、マティルドゥに声を掛けられた。赤い顔で頬には泣いた跡がハッキリと分かったので、私はそんなマティルドゥにそっと癒しを掛けた。

 マティルドゥは急に温かな光に包まれた事に驚いた顔をしていて可愛いかった。マティルドゥの兄が「癒し……」と呟いていた。他にも集まった生徒や父兄が癒しの魔法を見てざわざわとしていて、そういえば希少な魔法だったなと思い出したのだった。


 使ってはいけなかったかなとチラリとマトヴィルを見れば全く動揺して居なかったのでホッとしたが、クルトが頭を抱えていて、それをセオとルイが慰めている様な様子が目に入った。まるで子供が大人を慰めている様で面白かった。


「あ、あの……今のは癒しでしょ? あ、ありがとう」


 マティルドゥはポッと頬を染めてそう言って来た。

 やはり女の子はこういった仕草がとても可愛いと思う。可愛い孫のステラに急に会いたくなってしまう程の破壊力だった。


「マティルドゥさん、気にしないで下さい、友人として当然の事ですから」

「……友人……」


 マティルドゥを泣かしたのは私とも言える。癒しを掛けるのは当然だろう。だが、マティルドゥは友人と言われて恥ずかしそうに俯くと、今度はフルフルと首を横に振った。

 その仕草はポニーテールにしている髪が揺れてとても可愛いかった。女の子はやはり良い物だ。


「あの……急に戦いを挑んで、ごめなさい……それと受けてくれてありがとう……」


 マティルドゥはそう言った後、恥ずかしそうに手を差し出し握手を求めてきた。私はそれを笑顔で受けると、我が家にきてくれるのを楽しみにして居ると伝えたのだった。


 今度の今度こそ帰ろうと玄関の方へと向かおうとしたところで、またまた声を掛けられた。

 それは入学式で見たレチェンテ国の第三王子、レオナルド・レチェンテだった。


「話は聞かせて貰った。その祭りとやらに私も参加しようでは無いか」


 護衛らしき青年と共に近づいてきたレオナルド王子は、突然そんな事を言い出した。誘っても居ないのに参加しようと言うのはあまりにも上から目線だなと思った。

 セオ達の方を見ると呆れた様子だったので、きっと普段からこのような感じなのだと分かった。これでは友達も出来ないのではないかと少し心配になってしまった。


「あのー……それはどういう意味でしょうか? ウチに来たいって事ですか?」


 私がレオナルド王子に聞き返すと、片方の眉を上げてこちらを見てきた。何故言った事が分からないんだと驚いて居る様だった。

 後ろに居る護衛は王子に何という口の利き方をするのだ! とでも思ったのか、あからさまにムッとした表情を浮かべていた。

 気が付くとマトヴィルが私の右横にクルトが左横に立っていた。レオナルド王子とその護衛を警戒している様だった。


「ふむ。この国の王子である私が、行ってやっても良いと言って居るのだ、喜べ」

「あ、王子様とか面倒なのでお断りしますね」


 断りを入れるとレオナルド王子は一瞬何と言われたのか分からなかったようで目を丸くした、後ろの護衛もだ。私は失礼しますと声を掛けると離れ様としたのだが、どうやらそれが気に入らなかった様だった。


「待て! 王子の俺が行ってやると言っているのだぞ、何だその態度は!」


 校長、教頭は青くなり挙動不審になっていて、王子の横暴を止める気は無いようだった。

 カエサルはため息をつくと私に目配せをして来た。止めようか? と聞いている様だった。私は首を横に振り大丈夫と合図した。


 レオナルド王子は学校の先生の前でもこの様子なのだ。教室ではかなり浮いているだろう、セオ達もムッとしているのが分かった。

 手合わせを見ていた者達も王子の大声に、何だ、何だ、とこちらを気にしているのが分かった。


「貴方はウチの子……セオとルイと友達ですか?」

「友達? 王子の私が何故この様な者達と友にならなければいけないのだ、笑わせるな」

「はー、だったらお祭りに来る必要は無いですよね、私はウチの子の友達を誘っているのですから」


 今度こそ失礼しますと声を掛ければ、レオナルド王子の護衛らしき青年が怒りを露わにして私の肩を掴もうとした。勿論マトヴィルがその手を掴み捩じり上げる。


「その手を掛けたらただの子供の話し合いじゃー済まなくなるぜ、お前はそれが分かってやってんのか?」

「うっ、は、離せ!」

「な、無礼者! 私の護衛を離せ!」

「離して欲しいなら、ウチの姫様にもー手を出さないって約束して貰わなきゃなんねーなー」

「な、何が姫だ! 所詮、皆養い子だろう! スラムの卑しい子を引き取っただけでは無いか!」


 レオナルド王子はどうやらディープウッズの子は私も含め、皆養い子だと思った様だ。だか、そうだとしてもそれが見下して良い理由にはならない。そういう風に育てられてしまったのだろうと思うと、怒りよりもレオナルド王子には同情しかなかった。


「マトヴィル、もう離してあげて下さい。私は大丈夫です」


 マトヴィルは護衛をレオナルド王子の方へと放り投げる様にして離した。護衛は吹っ飛び床に転がった。


「レオナルド王子……貴方のお父様は貴方の事を兄を助けようとする優しい子だと、褒めてましたよ」

「……父上が……?」

「貴方が今やっている事は間違っていると私は思いますよ。一度この学校に何故入学したのか考え直した方が良いのでは無いでしょうか?」

「なっ!」

「あ、それから、ディープウッズ家では養い子でも家族には変わりありません。次にウチの子を馬鹿にする様な事が有れば、私はディープウッズの娘として王に抗議いたします」


 レオナルド王子と護衛は真っ青になってしまった。きっとディープウッズの娘と聞いたからだろう。人を判断するのにどんな立場の者なのかを見るのは、王子として仕方ない事なのかもしれないが、学校であの態度なのだと思うと同情しか無かった。

 護衛の青年も学生とさほど変わらない様な年齢だ。王子を嗜めるとまでは行かないのだろう。


 今度こそ本当に頭を下げて挨拶をするとその場を離れた。校長と教頭は王子の元へと駆け寄っていったのでフォローするのだろう。

 カエサルはニコリと私に笑顔をかけてから王子の元へと行った。きっと優しく王子を諭してくれるのだろう、きちんとカエサルの話を聞いてくれたら良いなとそう思った。


 それにしてもこの場にアダルヘルムが居なくて良かったとホッとした。居たらレオナルド王子はどうなって居た事か……想像するだけで背中に嫌な汗が流れたのだった。


 玄関に出て皆と挨拶を交わすと魔石バイクを取り出した。

 セオとルイも良いのかな? と言う顔をしながら自分達の魔石バイクを魔法鞄から取り出す。


 マティルドゥ達三人は魔石バイクを見て興奮していた。カッコいい! と目を輝かせていて可愛いかった。


「これは魔石バイクです。遊びに来たら乗る練習してみましょうか?」

「「「良いの?!」」」


 私が頷くと三人ともとっても良い笑顔を見せてくれた。ただしマティルドゥのお兄さんはちょっとだけ悔しそうだ。

 私達は三人に手を振ると上空へと上がって行った。そしてそのまま学校を後にした。


 王都の屋敷に着くと早速転移する。

 ディープウッズでは皆がまだかまだかと首を長くして二人の事を待っているだろう。


 ふとクルトを見るととても疲れ切っている様子だった。王都は人が多いから疲れたのだろうなと思っていたのだが、どうやら違う様で、王子の事や魔石バイクの事など、私やマトヴィルの行動をアダルヘルムに報告しなければならないと思うと、頭が痛いようだった。

 勿論マトヴィルも私もそんな事は気付きもしないのだった。


 転移部屋を使ってディープウッズの屋敷に戻ると皆に挨拶をする事にした。本当はお母様の所へと一番に行きたかったが体調がお悪いのでまずはアダルヘルムの所だ。


 アダルヘルムはクックとトートにお母様の事をお願いすると、私の部屋で話をする事になった。クルトの顔色は気付けば真っ青だった。


 私の部屋の応接室に着くと、セオとルイは自分達の成績表を取り出し、アダルヘルムの前に置いた。

 私も一緒に目を通させて貰うと、セオは文句無しの一番でルイは20番まで成績を上げていた。特に得意な武術はセオの次の成績の様だった。二人とも素晴らしい成績だ。


「ふむ。二人とも良く頑張った様だ。立派な成績だ」

「「ありがとうございます」」

「このまま努力を継続して行きなさい、それから学校で困っている事は無いか?」

「有りません」

「えー、セオはあるだろう、あの王子にいつも嫌味言われてるじゃんかー」

「王子……?」


 王子と聞いてアダルヘルムの耳がピクリと動いた、クルトが困った顔をしているがルイは止まらなかった。


「マスター、王子がさー、セオは養い子のくせに生意気だって言って来るんですよ、今日だってララ様にまで絡んで来るしさー」

「……ほう……ララ様に……」


 ルイは話すのに夢中で皆がもう黙れって目で訴えても気付かない。マトヴィルだけはニヤニヤと嬉しそうだが、セオもクルトも私もアダルヘルムの氷の微笑にゾッしている。でもルイは止まらないのだった。


「まったくさー、セオの事を目の敵にしててさ、試験も不正じゃ無いかとか言い出すし、ディープウッズってのは人を騙す一族なのかー! とか何とか? まー、構って欲しいのかもしれないけどなー、なっ、セオ」


 アダルヘルムは良い笑顔を浮かべると、クルトと一緒に部屋を出て行った。ルイはセオに頭を叩かれ、マトヴィルは満足気に笑っていた。


 どうやら今日は冬祭りの事は話せなさそうだ……


 レチェンテ王が無事である事を祈るばかりである……


 


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