第266話 お迎え

「マトヴィル、ユルデンブルク騎士学校までの道は分かるのですか?」

「ララ様、俺はこれでも長い年月生きてるんですぜー、有名なユルデンブルク騎士学校ぐれえ分かりますぜ」


 マトヴィルが先頭で魔石バイクを飛ばし、後からクルトが付いてくる、マトヴィルは何度もユルデンブルク騎士学校には行った事が有るそうなので安心だ。


 暫く進むとマトヴィルが急停止をした。同じ場所をぐるぐると回り始めたので嫌な予感しかしない。どうやら久しぶりに王都に来たマトヴィルは、以前学校が建っていた場所を知っていたようだ。

 そこは現在王都の中心部となっており、商店が中心と建ち並ぶ場所に様変わりして居る様だった。やはりエルフ族の ”久しぶり” と言う言葉は信用ならないようだと分かった。


 マトヴィルも急なお迎え要員の交代だった為、アダルヘルムから場所を聞いていなかったのだろうと思ったら、朝それと無く話しはあったそうだ。知っている場所だと思っていたので受け流し、あまり話を聞いていなかった様だった。マトヴィルらしいと言えるが、はてさてどうした物かと悩んでしまう。


「よっしゃ、しょうがねー、下に降りて人に聞くか」


 マトヴィルはそう呟くと急降下を始めた。クルトが慌ててそれに付いてくる。

 商店街の辺りなので沢山の人がいる所にマトヴィルはギュオーンっと良い音を立てて降り立ったのだった。


「すみません、そこの人」

「「「「「は、はい!!」」」」」


 マトヴィルが街の人に声を掛けると、その辺りを歩いていた数人が振り返った。皆自分こそがマトヴィルから声を掛けられたと思っている様だった。

 クルトは私達のあとを追ってゆっくりと降りくると、女性たちに(数名男性)囲まれ出したマトヴィルを、恐ろしい魔獣にでも囲まれているのを見たかの様な表情で見ていたのだった。


「ちょっと、今声を掛けられたのはあたしよー」

「何言ってんのよあんたみたいな年増なはずないでしょ!」

「素敵な方あたしになんでも言ってください」

「俺はあんたなら男同士でも良いぜ……」


 街の人たちは誰が声を掛けられたのかという事で口喧嘩を始めてしまった。私とクルトがポカンとしているとマトヴィルがガハハハッと笑い出した。喧嘩をしていた街の人はイケメンエルフのマトヴィルの笑いに、喧嘩を止め頬を赤くして見つめだした。


「威勢のいい人間は嫌いじゃねーぜ、なあ、この辺に騎士学校は無かったか? あー、有名な学校で、ユルデンブルク騎士学校だ」

「「「「「だ、だいぶ前に移動しました!」」」」」

「どこに行ったか、わりーが教えて貰えるかい?」

「「「「「あ、あっちです。西区の方です」」」」」


 マトヴィルの周りに居る全員がユルデンブルク騎士学校のある方向を指さして教えてくれた。マトヴィルは頷くと、皆に良い笑顔を見せた。


「はは、王都の人間は優しい奴らばっかなんだな、有難うよ」


 マトヴィルは周りに居る人達の事を、私やノアの頭を撫でるようにぐしゃぐしゃっと撫でた。多分結構な痛みがあったと思うのだが、皆うっとりとして夢心地のような様子で気持ち悪……幸せそうだった。


 マトヴィルが魔石バイクにまたがり、私はその後ろにぴょんっと飛び乗った。そんな姿もマトヴィルがやるとカッコいい様で、ポーッとする人はもっと増えていたのだった。


「ありがとよ、またな!」


 マトヴィルがそう言って手を振れば、沢山の人が振返してくれた。マトヴィル本人は慣れたことなのかまったく気にしていなかったが、たった数分地上に降りただけでこれだけの人を魅了してしまうマトヴィルの事を、改めて凄いなと思った。

 歩くイケメン兵器といったところだろう……恐ろしい……


 街の人達が指さした方へと魔石バイクで進んでいくと、見たことのある建物が見えてきた。

 上空から見ればユルデンブルク騎士学校が如何に広大な土地の中に建てられているかが分かった。王都でこれだけの大きさの学校を持つのはやはり騎士学校だからだろう、セオとルイがここで伸び伸びと学ぶことができて居るのだと思うと、とても嬉しかった。


 玄関前には既にお迎えに来たであろう馬車がたくさん並んでいた。私達は人の少ない場所を選んで降りていった。

 マトヴィルはスピード狂なので下降も勢いが良い、ギュオーンという音がすれば自然と注目が集まる。

 その上今日のマトヴィルは私の着せ替えのお陰で魅力度120%だ、ほぼその場に居る皆が振り返ったと言っても過言では無いだろう。


 何だ? 何だ? とざわざわっとしている中、見たことのある人達が慌てた様子で近づいてきた。それはユルデンブルク騎士学校の校長と教頭だった。


「ディ、ディープウッズ様!」


 校長は私の顔を見て大きな声でディープウッズの名を出した。

 でも周りの人達はマトヴィルの事をディープウッズだと思っている様だった、勿論先日の入学式で自己紹介をした王族が居れば、私がディープウッズの娘だと気が付いたと思うが今日は居ない。皆が勘違いをしてくれたことに私もクルトもホッとしていた。


「アンタ達が先生かい? 俺はディープウッズ家のマトヴィル・セレーネだ。ルイとセオを迎えに来たんだが」

「マ、マトヴィル様!! は、はい! 間もなく生徒たちも降りてくると思います!」

「そうかい? じゃあ、ここで待って居れば良いのか?」


 校長と教頭は周りを見回した。既に私達の周りには大勢の人が何事かと取り囲んでいた。口々に、「あの乗り物は何だ?」 とか 「ディープウッズって言ってたぞ」とか 「マトヴィル・セレーネ様だって」と噂している声が聞こえた。

 それを見て流石にこのままここで待たせると大変なことになると思ったのか、校長は部屋へ案内すると言ったのだった。

 マトヴィルとクルトが魔石バイクを魔法鞄にしまうと、その様子を見て おおー! と何故か歓声が上がった。

 魔法鞄が珍しいのか、はたまたすんなりバイクが鞄に収まったのが面白かったのかは分からないが、せっかくなので商品の宣伝をしておくことにした。


「御集りの皆さま、この魔法鞄はブルージェ領にあるスター商会の品物です。お値段も安く、その上収納は大容量です。宜しければスター商会の副会頭リアム・ウエルスにお問い合わせくださいませ」


 そう言って頭を下げると、皆「スター商会ってあの噂の?」「リアム・ウエルスってウエルス家の三男坊だろ?」などなど言っていた。

 まあ気になる人は勝手に問い合わせをするだろうと納得し、校長の案内でその場を離れた。


 ただ、クルトはとても不安になっていた、どうやらリアムの事を心配していたようだが、前を歩く私は勿論そんな様子には気が付かないのだった。


 私達は職員室横の応接室へと案内された。校長は誰かに指示を出していてセオ達を呼んでくるようにと言ってくれて居る様だった。

 その間私は事務員さんらしき女性が震える手で出してくれたお茶を頂くことにした。やはり王族の子や貴族の令息令嬢も通う学校だからか、とても美味しいお茶だった。

 お茶を出し終わってホッとして部屋を出て行こうとする事務員さんらしき女性に私は声を掛けた。お茶が美味しかったので何処の物かを訪ねようと思ったからだ。


「すみません、お姉さま」

「へっ? は、はい! 私でございましょうか?」


 事務員さんらしき女性は声を掛けられると驚き、お盆を脇に抱えるとビシッと直立不動になった。まるで兵士が王族の前に立つような様子で、流石騎士学校の事務員さんだなと納得してしまった。でも微妙に震えているのが分かった。校長と教頭が揃っているからなのか、それともマトヴィルが要るからなのかは分からないが、安心させるように笑顔を向けたのだが、あまり効果は無く、益々青くなってしまった。


「あの、緊張しなくて大丈夫ですよ、お茶のことを聞きたかっただけですので……」

「お、お、お、お茶でございますか?!」

「はい、とっても美味しいお茶ですね、始めて頂くのですがどこのお茶でしょうか?」

「こ、これはウエルス商会で購入いたしましたカルド茶でございましゅ」

「ウエルス商会?」

「は、はい、フォウリージ国のお茶らしいです、はい」

「有難うございます、あ、そうだ、宜しければこちらをどうぞ」


 私は魔法鞄からお茶とお菓子を取出し、女性に渡した。


「スター商会のウバイ茶とラディア茶、それとお菓子の詰め合わせです。どちらもブルージェ領のスター商会で販売して居る物です、気に入って頂けると嬉しいです」


 女性は震える手でお菓子とお茶の葉を受け取ると、頭が床に着くのではないかと言うぐらい頭を下げて部屋を出て行った。少しお話をしたかっただけなのに緊張させてしまって申し訳なかった。正面に座る校長と教頭に目をやると何故か額に汗を沢山掻いていたのだった。


 せっかくなので校長と教頭に普段のセオとルイの様子を訪ねてみた、二人共とても優秀で頑張っているとの事だった。勿論お世話が入っているかもしれないが、それを聞いてマトヴィルも私も鼻高々だった。


 そんな会話をしていると、ノックの音がした、校長が返事をすると、担任教師であるジェルモリッツオ国の英雄、カエサル・フェルッチョに連れられてセオとルイがやって来たのだった。


「セオ、ルイ」

「ララ!」「ララ様!」


 私は久しぶりに会うセオとルイに抱き着いた。二人共随分の逞しくなったように思えた。

 そして友人であるカエサルにも抱き着く、久しぶりに百獣の王のようなカッコいいカエサルに会えて嬉しくなった。


「カール、私の武術の師匠のマトヴィル・セレーネと世話係のクルトです。仲良くしてくださいね」


 カエサルは一瞬マトヴィルの名前を聞いて驚いたようだったが、すぐにいつもの様子に戻り握手をしていた。憧れがあるのかその目はキラキラとしているように見えたのだった。


「よっしゃ、それじゃあー帰るか」

「「はい、師匠!」」


 二人はマトヴィルに騎士らしい返事を返した。成長がちょっとしたところにも見えて、何だか親として(違います)嬉しい気持ちになった。ウチの子天才! と言い出すバカ親にならない様に気をつけないと思った。


 皆で玄関の方へと向かう事なった。カエサルは私の友人なので分かるのだが、何故か校長と教頭まで付いてきた。見送りをしてくれるようだ。


「おーい、セオ、ルイ」


 玄関に着くと同級生なのか母親と一緒の男の子二人が声を掛けてきた、セオとルイがそれに応え、お互いに近づき家族を紹介してくれるようだ。

 ただ、二人の母親は私達の側に担任や校長と教頭が一緒に居るので、ただ事ではないと少し顔色が悪い様だった。


「ララ、師匠、俺と寮で同室のトマスです」

「トマスです。宜しくお願いします」

「ララ様、師匠、俺と寮で同室のコロンブだぜ」

「コロンブです。宜しくお願いします」


 二人共優しそうな良い子の様で、楽しい寮生活を送れているのが分かった、四人ともすっかり仲良しの様だった。


「トマスさん、コロンブさん、そしてお母様方いつもウチのセオとルイがお世話になっております。私はララ・ディープウッズ、そしてこちらはマトヴィル・セレーネ、それとクルトです。今後もセオとルイと仲良くしてくださいね」


 そう笑顔で自己紹介をするとトマスとコロンブは頬を真っ赤に染め、母親達は真っ青になったのだった。

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