第255話 告白

 一位として名前を呼ばれたモシェは驚き放心状態だった。

 横に居た母親のペイジにつつかれ、後ろに居たナッティーとルネに押されるとボーっとしながらも何とか足を動かし、壇上へと上がって来た。フラフラっとしながらタルコットの前に立つとやっと自分が一位を取ったと自覚出来た様だった。


「モシェ殿、貴方の料理はブルージェ領領民の心を掴む素晴らしい物だった。領主である私も君の料理に感動した。これからもブルージェ領を代表する料理人として美味しいものを作り続けて欲しい」

「は、はい! 有難うございます」


 タルコットからモシェへ花束と賞金、そしてかぼちゃの形をした記念の置物が渡された。皆拍手をしてモシェの事を称えている。父親のマシューはグッと涙を堪えているようで、眉間に凄い皺を寄せていた。母親のペイジはハンカチで目元を押さえ、ナッティーとルネは自分の事の様に手を叩き合って喜んでいた。

 タルコットが「おめでとう」と言って握手を求めると、それを受けたモシェが決意を固めた表情になってタルコットに頭を下げた。


「領主様、お願いがあります」

「ん? なんだね、一位の君のお願いなら出来るだけの事は聞かせて貰うよ」


 モシェは大きく深呼吸をすると、何だなんだと領民達が壇上の二人の様子に注目した。自然とここに居る全ての人間の視線がモシェへと集まった。


「この場をお借りして、ある女性に告白させて下さい!」


 タルコットはモシェの言葉を聞いてニヤリと笑うと、「承知した」と言ってその女性を呼ぶようにとモシェに伝えた。モシェは母親のそばに居るナッティーに視線を送ると、壇上へ来て欲しいと手を差し出した。

 ナッティーが恥ずかしそうに頬を染めながら壇上へと上がっていくと、あちらこちらからヒュー!と口笛を吹く音や、良いぞー! 頑張れー! などの冷やかすような声が上がった。壇上の若い二人は照れくさそうに真っ赤な顔で向かい合った。

 そしてモシェはひざを折ると、先程タルコットから祝いの品として貰った花束をナッティーに捧げ、愛の告白をした。


「ナッティー……いやナツミ、俺は君が好きだ。初めて君に会った時から俺は君に夢中だ。この賞を取って一人前になれたら君に交際を申し込もうと思っていた……どうか、け、結婚を前提に俺とお付き合いしてください! お願いします!」


 ナッティーはずっとそばでモシェの頑張りを見てきた。料理人として大きな存在である父親を超えようと、沢山努力してきたことをナッティーは知っていた。そしてモシェはいつも優しくて、今回のかぼちゃのコロッケだって、ナッティーの故郷の話を聞いて作ってくれた物だった。ナッティーもモシェの優しく誠実なところが大好きになっていたのだ。花束を受け取ったナッティーは良い笑顔で 「はい」 と答えたのだった。


 会場中に大きな歓声が上がった。タルコットはモシェとナッティーの二人の手を取り握らせると「おめでとう」と声を掛けた。その様子にもっと大きな歓声が上がり、父親のマシューは男泣きをして、母親のペイジはハンカチでは足りないぐらい涙を流していた。ナッティーの親友のルネももらい泣きだ。

 私の横では何故かベアリン達が雄たけびのような大きな声を上げて泣いていた。折角のいいムードが台無しだなと思ったが、拍手の音で何とかかき消されていたので、そのままにしておいた。アダルヘルムとマトヴィルも優しい笑顔で二人を見ていた。その為会場中の至る所でその笑顔に胸を刺された人たちが倒れメルキオール達は大活躍していて、その動きは何だか手慣れていて怖いぐらいだった。


 こうして秋祭りであるかぼちゃの料理コンテストは、若い恋人が周りに愛を運んで幕を閉じたのであった。

 その後モシェの働くスター・リュミエール・リストランテとボビーの働くスターベアー・ベーカリーは益々人気店となり、連日多くの客で賑わうこととなった。また二位を取った主婦のアメリアは領主の経営するビール工場で食堂のシェフとして働くことが決まり、本人の希望が通った形になったのだった。


 それからモシェとナッティーは店の定休日に出かけるたび領民たちから「おめでとう」と声を掛けられ、すっかりブルージェ領で有名なカップルとなったのだった。二人は恥ずかしそうに微笑みそれに感謝した。幸せそうで何よりである。



 とある晴れた秋の日、私がスター商会の会頭の執務室でクルトと作業をしていると、トミーとミリーそしてタッドとゼンがやって来た。これはもしや……と思いニヤケそうになる顔を押さえながら席へと促した。クルトがお茶を準備してくれている間、トミーは緊張顔で、ミリーは頬を染めて微笑み、タッドとゼンは嬉しそうに笑っていた。何の話か確信を持ちながらもトミーから話されるのを私は待って、お茶を飲みながら気づかぬふりを通した。


「コホンッ、それでトミー、お話しとは何でございましょうか?」


 普段とは少し違う私の言葉遣いにクルトとタッドとゼンがニヤリとしていたが、トミーは今窓近くの壁紙しか目に入っていない様で全くそんな事には気が付かず、カチコチの状態のまま、私に「はっ!」と良い返事をしたのだった。


「この度、わ、私トミーとミリーは、けっ、結婚することとなりました。ですので会頭であるララ様にご報告に参りましたー!」


 やはり期待通りの話だった。私は嬉しくて手を叩きながら二人を祝福した。トミーは無事報告が済んだ事にホッとしていれたてのお茶を一気飲みしてやけどしていたが、ミリーがそれを心配して早速熱々ぶりを見せつけていた。私も皆もニヤニヤが止まらなかった。


「プロポーズは何処でされたのですか?」


 結婚記者会見の様に、マイクの代わりに私の握りこぶしを向けると、二人は見つめ合い真っ赤になった。その様子に息子たち二人は当てられて苦笑いになっていた。熱々で見ているこちらが恥ずかしくなるようだ。


 トミーの話では、結婚の申し込みはスター商会の裏庭でしたようだ。二人が出会ったこのスター商会で絶対にプロポーズしようとトミーは以前から決めていたようだった。そして先ずはミリー本人に申し込みをする前にタッドとゼンを呼び出した。 


「これから君たちのお母さんに結婚の申し込みをしたいと思っているが、良いだろうか?」


 とトミーが二人に訪ねると、勿論良いよと言われ、頑張ってねと肩を叩かれたようだ。しっかり者のタッドとゼンらしい物である……これではトミーのお世話をタッドとゼンがこれからするのでは無いかと思えるほどだった。

 そしていざ、ミリーを夜の散歩に誘い、遊具の近くにあるベンチの所まで連れて行くと、トミーは片膝をつき剣を置いてミリーにプロポーズをした。タッドとゼンはそれを遠くから見守っていたようだ。二人が幸せそうで俺達も嬉しいと二人は言って居たのだった。


「だけどさー、ララ様、トミーも母ちゃんもプロポーズだってのに口付けもしないんだよー、恋人同士なのにおかしくないか?」

「ゼン!」


 タッドが注意をしたが、ゼンは何食わぬ顔だ。トミーとミリーは真っ赤かで頬から湯気が出て居る様だった。きっとプロポーズを子供が見て居ることに気が付いていたのだろう。


「ゼン、心配しなくても大丈夫よ、二人きりになれば甘いムードになるんだから」

「甘いムード?」


 クルトとゼンが「あちゃー」と声に出さない声を上げていた。トミーとミリーは居た堪れない様に小さくなっている。私は二人を心配するゼンに話を続けた。


「二人共大人なんだから、ゼンが心配しなくてもちゃんとトミーとミリーは恋人同士の逢瀬はするから大丈夫よ」

「そっかー。じゃあ早めに弟か妹が出来るかな?」

「わあ、素敵! 二人には励んでもらって弟も妹も作ってもらいましょう」

「うわぁ! ララ様頭良い! 俺応援しちゃう!」

「そうね、私も媚薬でも――」

「ララ様! もうその辺で、ゼンも気持ちは分かったから、なっ」


 クルトに止められてはたとトミーとミリーを見てみれば、この場から消えたいぐらい小さくなっていた。盛り上がる私とゼンの言葉が恥ずかしかったようだ。


 一つ咳をして二人の為に話を変える事にした。勿論それは結婚お披露目パーティーの事だ。スター商会で初めてのスター・リュミエール・リストランテで行う結婚お披露目パーティーだ、やる気満々の私であった。


「それで、結婚式はいつにするのですか?」

「あ、はい。セオ様とルイが冬の長休みで戻ってきている時にでもと思っています」

「分かりました。では、スター商会の宣伝も兼ねて大々的に執り行わせて頂きますね!」

「ララ様!、お待ちください……私は子供もおりますし……こんなおばさんですし……」

「ミリーそんな事――」

「ミリーはおばさんなんかじゃない! とっても綺麗で魅力的だ!」

「トミー……」


 二人は手を取り見つめ合っている、やっぱり私とゼンの心配は無用だった様だ。二人が盛り上がる姿を私とゼンはニヤニヤ顔で見つめ、タッドとクルトが咳をして止めた。二人はハッとすると手を離し、また小さくなった。熱々ぶりを見せつけても全然かまわないのにとニヤケてしまう。


「ミリー、トミーの言う通りミリーはとても美しくて自慢の従業員ですよ。街の人たちに幸せぶりを見せ付けましょう!」

「は、はい……」

「タッドとゼンも結婚お披露目パーティーのではカッコ良くきめて下さいね。街の女の子が憧れちゃうぐらいにね」

「俺達も?」


 私が頷くと、タッドは少し恥ずかしそうになり、ゼンは嬉しそうに目をキラキラさせた。二人の可愛い様子に私まで益々嬉しくなる。


「さあ、善は急げです。ミリーは私と一緒に裁縫室へ行きましょう。クルト、トミーをスター・リュミエール・リストランテに連れて行って、結婚お披露目パーティーの日取りをサシャと相談して決めて来てください。タッドとゼンも一緒に行って、引き出物などフレヤと話して、ある程度決めて来てください! 時間がありません、キビキビ行きますよー!」


 私の掛け声と共に皆動き出した。トミーとミリーには幸せになって貰いたい。その為には私は出来るだけの事をするつもりだ。この結婚披露パーティーが二人の前途を明るく照らしてくれたら良いなと心からそう思ったのだった。

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