第256話 ブルージェ領育成施設建設

 トミーと別れると、ミリーのドレスの採寸の為に裁縫室へと向かった。


 ミリーの手を引いて歩いたが、恥ずかしそうでそれでいて嬉しそうな、何とも言えない幸せそうな表情がとても可愛かった。

 こんな可愛らしい人と結婚できるトミーは幸せ物だと思った。私もいつか恋をしてミリー見たいな表情が出来るのかな? とちょっと想像してみたのだが、まったく思い浮かばなかった。

 この体の主体であるララが年ごろになれば、いずれは心がトキメクはずだとは思うのだが、今現在のララは蘭子が半分は心を占めているため、トキメキとは無縁の様だった。

 早く子供たちを見るときのようなキュンキュンする気持ちを異性にも味わってみたい物である。まだまだ先は長そうだ。


「ミリーはトミーのどこが好きなのですか?」

「えっ? ええっ?」


 ポッポッポとまた顔が赤くなったミリーは恥ずかしそうにしながらも、私にトミーの魅力を教えてくれた。


 トミーはとにかく優しくて親切でいつも子供たちの事を優先させてくれて、それでいて男らしいのだそうだ。

 ちょっと恋のフィルターが掛かっていてミリーには凄く素敵な男性に見えている気がしたが、それこそが恋愛マジックなのだろうなと思った。そしてミリーは話続けた。


「でも……私にだけたまに見せる……ちょっと弱気な部分が可愛くって……」

「わあ、ミリーったら、のろけですね! 素敵です。甘くて最高です!」

「もう、ララ様! 恥ずかしいですわ!」


 ドンっとミリーに押され危なく転びそうになってしまい、二人で笑い合った。恥ずかしそうに謝るミリーはとても可愛く、幸せで溢れていた。トミーも女性にこんな表情をさせるとはなかなかやる様だ。何処かの ''乙女心分からない隊" のメンバーとは違う様だと感心した。


 裁縫室へと着くとマイラが何かを感じ取ったようで、良い笑顔で私とミリーに近づいてきた。


「ララ様、もしやこれは……」

「ええ、流石マイラですね。そうです遂にミリーとトミーは結婚します!」


 裁縫室に居る皆から わー!おめでとう! と声が上がった。皆まだかまだかと結婚を待っていただけに大喜びだ。するとブリアンナが怖いぐらいの真剣な表情でミリーに近づいてきた。そして――


「直ぐに採寸しましょう!」


 ブリアンナは目をキラキラ……いやギラギラさせて採寸室へとミリーを連れて行った。皆恐ろしいほどの素早いブリアンナの動きに、普段の彼女のおっとりさを知っているだけに苦笑いを浮かべるしかなかった。


 私はノアとゆっくりと裁縫をしながら過ごしているミアの所へと近づいた。ミアはもう臨月に入っていて、予定日まではあと一週間ぐらいだ。

 お腹もかなり大きくなり、体を動かすのも大変そうになってきていた。それでも裁縫室へと来ては出来る範囲で仕事をしていた。家で一人で過ごしているよりもここで皆と話しながら過ごしている方が楽しいそうだ。

 母親が落ち着いて過ごせることが胎教に良いと思うので、ミアが過ごしたいようにと思っているのだった。


「ミア、体調はどうですか?」

「はい、ララ様、いつもノア様が付きっきりで見て下さるので問題ありませんわ」

「フフフ、ミアの子は僕の娘でもあるからね、大切に(自分好みに)育てなきゃね」

「流石ノアですね。安心しました。でも無理はしないでくださいね」


 頷きながら返事をしたミアはとても美しかった。母親になる前の幸せ感がそうしているのだろうか……いつか私も……とそう思える素敵な笑顔だった。


 トミーとミリーの結婚披露パーティーはサシャと相談の上、セオとルイが冬の長休みの間でブルージェに戻っている時で、スター商会が新年休みである最終日に行うこととなった。もう二ヶ月も無いため大急ぎで準備をしていかなければならないだろう。マシュー達と料理の打ち合わせをする事が楽しみでもあった。

 そしてフレヤと話をしてきたタッドとゼンだが、先ずは招待状を作成する事から始めようとなった。何故なら日にちがもう迫っているので時間が無いという理由からだ。


 ただし、出席してもらいたい殆どのメンバーがスター商会の従業員なので、それ程問題は無い様だった。でも星の会のメンバーであるジョー、ダレル、ダニー、ファー、マーク、カール、タルコットは呼ばなければならないだろうから、それだけでも大掛かりになる様だった。

 それに商業ギルドのギルド長であるベルティも呼ぶ予定でいるし、領民には祝い酒を振る舞う予定でいるため、フレヤ曰く、ビール祭並みの騒ぎになるのではないかとの事であった。

 その話を聞いたトミーは真っ青になり、仕事へ戻るのもフラフラになっていて、まだ準備段階なのに大丈夫かと心配になる程だった。



 それから数日たったある日。

 ブルージェ領で建設する ”ブルージェ領育成施設” の建設地を見に行く日となっていた。

 リアム達とタルコット達そしてビルとカイ、その兄のジンと父親が今回の建設に関わることとなっていた。


 建設地と言ったが実は元スラムにあった空き家をリホームする予定となっていた。一から作り直すよりは安上がりで仕上がると言うのもあるのだが、何よりも元スラムには空き住宅が沢山ある為、それを利用したいという意図があったからだ。

 今回の建物は元々は宿屋だったらしい、その為部屋数も既にあるので、内装を整えるだけで作業の大部分が終了する。 

 魔力量の多くないジンと父親でも十分に修復できる案件だろう。これで妹を売ろうとした罪が許されるわけでは無いが、それでも償おうとする意識が持てただけでも、少しはましになっていると思えるだろう。あの事件がジンの立ち直りのきっかけになってくれる事を祈るばかりだ。


 そして何故今日私が呼ばれたかと言うと、建物に一気に洗浄魔法を掛けてしまう為だ。そうすれば今日から早速作業に入れ、困っている人たちの役に早く立てるという事であった。ブルージェ領の皆が落ち着いた暮らしが出来る様になって欲しい物だ。


 かぼちゃの馬車で”ブルージェ領育成施設”になる予定の建物に着くと、ジンと父親は既に来ていた。怠け者だったことが嘘の様だ。

 ジンはお酒も抜いているようで、以前よりはましな顔つきになっていた。だが、私を見た途端何故か顔色が悪くなり、小さく震えだした。

 クルトがアダルヘルムから何かを聞いて居たようで、「あいつがあの事件のやつですか……」とジロリと睨んでいたので、それが原因では無いかなと思ったのだった。


「ジン、お久しぶりですね、体は大丈夫ですか?」


 お酒を飲んで体がボロボロになっていたので心配をしたのだが、何故かジンはお尻を押さえて 「ひっ」 と言うと、小さな声で 「大丈夫です……」 と呟いた、それ程クルトが怖い様だ。その様子を見てノアはクスクスと笑っていた。 

 父親の方にも声を掛けたが、やはり青い顔で元気だと答えていた。そこまで怯えなくてもクルトは優しいのになと、見た目が大柄で怖そうに見えるクルトを同情していたのだが、タルコットが「今日は姫様はお怒りでは無いから安心をしろ」と言うと二人してホッとしていたので、私が怒っていると勘違いをしていたようだった。

 まったくこんなに可愛い子に失礼な話である。


 修繕予定の元宿屋は、思ったよりも大きなものだった。二階建ての木造の宿屋で、庭の広さも十分にあり、綺麗にすれば生活するには問題無い様だった。

 元スラムにあった建物と聞いていたので酷い物を想像していたが、これならばすぐにでも住めそうだなとそう思った。


 私はすぐに建物全体に洗浄魔法を掛けた。建物が綺麗になると、壁が実は茶色ではなくベージュだった事が分かった。ビル達一家は室内の修繕に入ったので、私とノアで庭と周りの塀を綺麗にすることにした。


 これまでも何度も建設作業はしてきている為、私とノアだけでもあっという間に出来上がってしまった。その早さは手伝ってくれたクルトが目を丸くする程だった。


 見学しているリアムやタルコットの為に、綺麗になった庭へとテントを張ってあげて、中で待機してもらう様にした。ビル一家に仕事を任せたらすぐに帰るつもりだった様なのだが、私達の作業を見たいと言うのでそのまま残る事になったのだった。

 花壇を整えてあっという間に花を咲かせる所までやると、テントの小窓からリアム達が口を開けて見ていて面白かった。


 そんな様子の皆をクスリと笑いながら、ノアとクルトと一緒に建物の中に入ると、ビル達親子が修繕作業に奮闘していた。

 ビルもカイもスター商会で鍛えられた腕前を持っているので、どんな作業も難なくこなしている。壁や床の修繕だけでなく、宿屋で使われていた家具類の修繕もお茶の子さいさいだ。

 ジンと父親がビルとカイの仕事の早さとその腕前に驚いて居る様だった。如何に自分達が怠けていたかがこれで分かるだろう。二人の成長を見せつけたことで反省材料には十分になっただろう。


 私とノアは大浴場の修繕を行うことにした。

 この宿屋には各部屋に風呂場があるわけでは無いので、この大浴場でのみ汗を流すことができる。一般の宿屋ではそれが当たり前の様だ。それでもお風呂があるだけでも贅沢と言える。

 ビルが裏ギルドを抜け出していた時に止まっていた宿屋は、簡易的な物で小さな部屋にベットが置いてあるだけだったそうだ。庶民が使う宿屋は大体そのような物らしい、なのでここはお風呂があるだけ生活するには十分と言えるだろう。


 風呂場を綺麗にした後はキッチンに向かった。

 冷蔵魔道具などをセットして、使いやすい様に変えてみた。ここで生活する人は無料で食事を提供してもらうことができる。

 そして料理や家具作りなど、働くために必要な教育を受けれるようにしていく予定だ。

 講師はボランティアの予定なのでスター商会からもビルやジェロニモ、そしてマイラも顔を出したいと言って居た。

 ここで働くことが決まっているオベロンやヤンスとマンネも文字や計算を教える教育者として、講師もする予定になっていた。

 ブルージェ領で生活に困窮する人がいなくなれば良いなとそう思うのだった。


「ララ、ノア、お前たち、作業を手伝い過ぎじゃないか?」


 食堂のテーブルや椅子などを修繕していたら、テントから出て様子を見に来たリアムに声を掛けられた。

 どうやらキッチンや風呂場の出来を見て呆れている様だ。魔道具まで使っているので贅沢だと思ったみたいだった。


「リアム、ビル達の様子も見てきたの?」

「ああ、あの親父も兄貴も心を入れ替えた様だぜ、まあ、恐れもあるかとは思うがな……」

「恐れ? でもブルージェ領の裏ギルドの人たちは、皆、逃げ込んだ新しいアジトの ''アウイ'' の店でピエトロ達に捕まったのでしょ? もう恐れる必要は無いのでは?」


 リアムはクルトと目が合うと、一瞬驚いた顔をし合ってから二人して苦笑いを浮かべた。ジンや父親が恐れて居るのは裏ギルドではないのかもしれない、もしかしたら他でも色々問題を起こしていたのかなと不安になった。


「あー……ララ……今 ”聖女の逆鱗” って噂が流れているのを知っているか?」

「 ”聖女の逆鱗”?! 何それ、怖い!」

「……まあ、そう言う事だ……」


 ハハハとリアムとクルトそれにランス達まで笑っていた。意味は分からないが、新しい噂は面白い物の様だ。皆が楽しいのならそれでいいかなと、ノアと笑い合って作業に戻ったのだった。

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