第252話 罠

「そう、この者はブライアン殿ではなく、トマスという名の奴隷だ。タルコット様近づかない方が良い」


 タルコットはブライアンだと思っていたトマスに近づいていたところだったが、アダルヘルムの声を聴いて一歩下がった。ピエトロがタルコットの前に立ち守る様にしていた。そしてアダルヘルムやマトヴィルも立ち上がるとデルリアンの方を見つめた。デルリアンはフフフと不敵な笑みを浮かべていたのだった。


「デルリアン、これはどういうことだ、叔父上……ブライアン・ブルージェはどこだ!」


 デルリアンはソファに深く座ると足を組み尊大な態度になった。そしてタルコットの方へとまた嫌な笑みを向けたのだった。


「まあ、タール座れよ、久しぶりに従弟として話をしようじゃないか……」


 勿論誰も座るはずはなく、アダルヘルムは剣に手を置き、マトヴィルは直ぐ動けるように身体強化で体を包んでいるのが分かった。ピエトロは勿論の事、ジュリアンも剣を鞘から抜き、既にデルリアンに向けて構えていた。

 こちらに向けたデルリアンの笑顔の中の瞳は、白目が少なく黒っぽくなっているのが分かった。タルコットだけでなく、皆が警舎にいたラーヒズヤの事を思いだしたようだった。


「お前は本当にデルリアンか……?」


 デルリアンはタルコットの質問に目を丸くすると、フハハハハハ! と大きな声で笑い出した。以前会ったデルリアンはどちらかと言うと大人しそうな青年だった。勿論尊大な部分はあったかもしれないがこれ程迄偉そうな様子では無かった。先程のラーヒズヤといい、デルリアンも何者かに操られているのではないかと思える様子であった。


「タール、私はデルリアンだよ、昔の様にリアンとでも呼んでくれ、父上の事を知りたいんだろう?」


 デルリアンは相変わらず不敵な笑みを浮かべタルコットの事を見ていた。アダルヘルム達はとても警戒をしているが、デルリアン側の使用人達は違った。こんな状況にもかかわらず皆張り付いたような笑顔を浮かべている、そして視線の焦点は有っておらず夢心地のような様子だった。これは薬を使われているのでは無いかと思える様子だった。


 すると、ブライアンのフリをしていたトマスがゆっくりと立ち上がった、そしてフラフラとしながら私達の方へと一歩一歩と歩みを進めてきた。アダルヘルムがその様子のトマスに結界魔道具を投げつけた瞬間、トマスは結界の中で爆発をしてしまった。一瞬の出来事に皆が目を奪われた。少しでもアダルヘルムの判断が遅れて居たら、タルコットやピエトロは爆発の巻き添えになっていただろう。


「あー、残念失敗かー、折角私の方に気を引いていたのになー」

「デルリアン! お前はなんてことを!」

「別にトマスは奴隷だ、私がどう使おうとタールには関係無いだろう、それに私達親子は ”本当の領主” になるべき人間だ。君の言う事など聞く必要は無いんだからね」


 デルリアンはそう言うと近くにあったベルを鳴らした。すると、同じ様に顔に笑みを浮かべ、体中に爆弾を巻き付けた人間達が大勢出てきた。皆笑顔を浮かべ幸せそうな顔をしている、自分が爆弾魔になっている事は全く分かっていないようだった。

 この人達も奴隷なのか、はたまた使用人たちを勝手にこのような状態にしたのかは分からないが、人の命を軽視する行為に嫌悪感しかなかった。


 デルリアンは立ち上がると爆弾魔たちに守られる様な形になり、ゆっくりと部屋の入口の方へと向かって歩き出した。そして最後にこちらに振り向くとタルコットに話しかけた。


「タール、最後に良いことを教えてあげるよ、父上はあの方の所へと旅たった。だからね、このブルージェ領は私の物になることが決まったのさ、まあ、その為には君に居なくなって貰わないといけないのだけどね……」


 デルリアンが笑いながら部屋を出て行くと、一斉に爆弾を体に巻き付けた使用人達が私達に襲い掛かって来た、この人達は操られているだけなのは分かるのだが、いつ爆弾が爆発するのか分からないとなると結界魔道具を投げつけるしかなかった。

 結界に包まれた瞬間に爆発する者もいれば、何とか結界から飛び出して私達に襲い掛かろうとあがく者もいた、だが皆自分の意志ではなく動かされているようで、この様な状況でも笑顔のままで、それがとても痛々しかった。


 部屋中の使用人を結界で包み終わると、アダルヘルムとマトヴィルが探査をしてくれてすぐにデルリアンの後を追った。どうやらどこかへ行こうとしているのか玄関へと向かって居る様だった。


 許せない! 許せない! こんなひどい事をするなんて!


 怒りが込み上げてくるのを抑えながら、身体強化を掛けてアダルヘルムとマトヴィルそしてノアと私が一番に部屋を飛び出した。ピエトロやジュリアンは主であるタルコットやリアムを守りながら付いてきて、ベアリン達は私達を追いかける形で走って付いてきていた。


 玄関に着くとデルリアンは丁度馬車に乗り込もうとする時だった。多分想像していた以上に私達が玄関に早く着いてしまったのだろう。その顔には驚きが浮かんでいたのだった。


 デルリアンは周りにいる使用人達に指示を出し、私達に攻撃を仕掛けるようにと声を張り上げた。この場に居た使用人達は先程の者達の様な気持ち悪い笑顔では無く、デルリアンと同じ様な黒っぽい瞳をしていた。そして身体強化を掛けていないにも関わらず、身にドス黒い様な何かを纏っていたのだった。


「一人でも塵になる前に捕まえられれば良いのですが……」


 アダルヘルムがこの者達の状態を調べたいのかそんな事を呟いた。デルリアンは私達に味方を差し向けた事で、安心したかの様に馬車に乗り込もうとしたが、そこはアダルヘルムとマトヴィルが居るのである。使用人達は一瞬でのされてしまい。やはり断末魔と共に塵となって消えていった。

 残るは馬車にいる護衛達とデルリアンのみとなった。デルリアンは馬車に乗り込むのを止め、私達に向き合った。


「これは、これは、流石アダルヘルム様とマトヴィル様ですね……まさかこれ程早く片付けられて仕舞うとは思いもしませんでした……」


 玄関にやっと追い付いて来たタルコットにデルリアンは気がつくと、ニヤリと嫌な表情を浮かべた。そして護衛達に指示を出すとデルリアンは勢いよくタルコットに向けて走り出した。

 アダルヘルムとマトヴィルにデルリアンの護衛が襲い掛かり、私とノアがタルコットとデルリアンの間に入ろうとした瞬間、デルリアンがピタリと立ち止まった。


「父上……お願いです、私は死にたくない……この様な事はお止めください……」

「何を言うか! あの方の為、私の為、お前は命を掛けて戦うのだ!」

「嫌です、嫌です! 私はまだ生きていたい!」


 デルリアンはラーヒズヤの様に一人芝居の様な行動を始めた。タルコットはピエトロに守られながらそれをジッと見ていた。アダルヘルムとマトヴィルはデルリアンの護衛を全て倒して、私とノアもデルリアンから離れさせた。


 デルリアンは涙を浮かべながら、何度も後退りをしようとするのだが、体が言う事を効かないようで、一歩、一歩タルコットに近づこうと足掻いていた。


 すると、一瞬デルリアンの目が普通に戻ったと思うと、デルリアンはタルコットに苦しそうな表情を浮かべながらも最後の力を振り絞る様にして話しかけた。


「タール……逃げろ……これは罠だ……」


 私はノアをすぐに人形に戻すと近くに居る皆を魔力で包み込むようにして出来る力を振り絞って転移をした。人を一緒に転移させることも、これだけの人数を一遍に転移させたことも無かったが、最大限の力を振り絞ってブライアン・ブルージェ邸の外へと何とか転移することが出来た。

 するとブライアン・ブルージェ邸は屋敷のあちらこちらから爆弾が爆発するような大きな音を立てて崩れ始めた、辺りには砂埃が立ち、細かな破片も飛び散ってきたため、アダルヘルムがすぐさま全員に結界を張ってくれた。

 私はブライアン・ブルージェ邸が崩れ行さまを見ると、体から力が抜けて行き、マトヴィルが倒れ込む私を支えてくれた。今の転移で魔力をかなり使ったようで、魔力切れを起こしているのが自分でもわかった、周りでは私を心配して 「ララ」「ララ様!」 などと叫ぶ声が聞こえた。手足は段々と冷たくなり、瞼が閉じて行くのが自分でも分かった。


 「皆が無事でよかった……」

 

 と呟いくと、私は意識を手放したのだった。


 デルリアンは最後の力を振り絞って私達を、そして従弟であるタルコットを助けようとしてくれた。転移する瞬間に見たデルリアンの顔にはホッとしたような表情が浮かんでいた。

 父親であるブライアンに無理矢理 ”血の契約” を結ばされていたのかと思うと、凄く胸が痛んだ。従弟であるタルコットはもっと辛いだろうと思うと、消える意識の中で友人として支えて居かなければと、強く感じたのだった。


 目を覚ますと、案の定ディープウッズ家の私のベットの上だった。

 時計を見るといつも寝る時間ぐらいだった。ベットの横に目を向けると、クルトが椅子に座ったまま、ウトウトとして居るのが分かった。きっと私にずっと付き添ってくれていたのだなと、嬉しい気持ちになりながら、私はそっとクルトに声を掛けたのだった。


「……クルト……」


 クルトは私の声を聞いて椅子から落ちそうになるほど驚き、ハッとした表情を私に向けてきた。そして次の瞬間、ポロポロと涙を流し始めたのだった。


「ララ様……ララ様……良かった……」


 泣いているクルトを落ち着かせながら話を聞くと、私はまた三日も眠り続けていたようだ。それもそうだろう、あれだけの魔法と魔力を一日で使ったのだ。倒れる前に何となくは覚悟していたが、それでもやはり やってしまったか…… という気持ちがあった。

 クルトは涙が引くとアダルヘルム達を呼びに行くと言って部屋を出て行った。私は沢山寝たのですっかり元気だったのだが、そこはやはりお小言回避の為、大人しくベットに横になって皆を待ったのだった。


 するとアダルヘルムと共にお母様、マトヴィル、アリナ、オルガ、ココ、ベアリン達そしてなんと騎士学校に行って居るはずのセオまでが私の部屋へと入って来た。セオが居る事に目を丸くして居ると、安心したような顔を私に向けてきたのだった。


「ララ、体の様子を見ましょうね……」


 お母様が診察をしてくださって、どこも悪いところは無いと太鼓判を押してくれると、皆ホッとした表情を浮かべ、ベアリン達は案の定雄叫び……ではなく、ワオンワオンと泣き出してしまった。主になったばかりの私が倒れたため心配を掛けてしまった様だ。申し訳ない気持ちで一杯になったのだった。


「あの……どうしてセオが居るの……?」


 セオは私に近づき手を握ると、優しい笑顔を浮かべ、話しかけてきた。アダルヘルムから目を覚ましたと連絡を貰って、どうやら担任のカエサルに許可をもらって転移してきたようだ。寮に居るセオにまで心配させてしまって、申し訳ない気持ちで一杯だった。


「ララ……皆を守ってくれたのですね、流石アラスター様のお子です。立派ですよ……」


 お母様に褒められた途端、私は嬉しさと皆が助かった安堵感からか涙が沢山溢れてきた。お母様が抱きしめてくれる温もりを感じながら、私は目が腫れる迄泣いたのだった。

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