第251話 ブライアン・ブルージェ邸

 タルコットの決意の言葉を聞いて、私は頷いた。


「では、私も一緒に行きます!」


 タルコットは自分達だけで行くつもりだった様だが、ブライアンは既に私達ディープウッズ家の敵でもある。タルコット達だけの問題ではなくなっている。それに私達は友達だ。友達が危険な目に合いそうなところを放っておく事など私達には出来るはずが無かった。

 リアム達やアダルヘルム、マトヴィルも私と同じように頷き一緒に行く意思を示した。タルコットは感動したのか少し目を潤ませては居たが泣くようなことは無かった。

 タルコットの顔には感謝と、そして領主としての決意が現れていた。


「ララ様、ところでその者達はどうしたのですか?」


 落ち着いたところでアダルヘルムがベアリン達の事を聞いてきた。そう言えば色々あって説明する間も無かった事を思い出した。私はオベロンを見つけたことも含めて皆に説明することにした。


「アダルヘルム、ベアリン達は一緒に脱獄してくれたお友達です。ルイ達の ”おじさん” であるオベロン達を助けることを手伝ってくれたのです」

「は、は、初めまして、アダルヘルム様、マトヴィル様、本日はお日柄も良く、えー、おれ……わたくしは以前アラスター様に助けて頂いたコルマ領にあるボンノ村出身の獣人族ベアリンと申します。こいつら……あー、この者達は俺と同じ村のバーニー、ファルケ、ハーン、カシュだ、です。ララ様に助けて頂いて、”主の契約” をさせて頂きました。一生ララ様に付いて行きますのでよろしくお願いしまっする!」

「”主の契約”?!」


 アダルヘルムのエルフ特有の尖った耳がピクリと動いた。”主の契約”と聞いてピリピリしているのが分かった。マトヴィルとノアは反対にニタニタ顔だ。意外とこの二人は似ているのかもしれない。リアムやタルコット達はアダルヘルムの目が細くなったことを見ると視線をそらして窓の方を見ていた。


「あの……アダルヘルム?」

「ベアリンとやら、その ”主の契約”とは何だ? この辺りでは聞かない物だが……」


 お父様ファンのベアリンと仲間たちは勿論アダルヘルムとマトヴィルにも憧れがあったようで、名前を呼ばれて感動したのかフルフルと震えていて、泣くのを耐えて居る様だった。そう言えば彼らはここまで何度か雄たけびを上げていたし、この部屋に戻って来たときも涙を流していた、どうやら見かけによらず涙もろい様だった。


「”主の契約”っつーのは、獣人族の者が主としてほれ込んだ人物が出来た時にするものです。相手の血を貰うやり方もありますが、俺達はララ様の魔力を貰いやした。そのあとララ様本人からの許可を貰えたので、無事契約が済んだってものです。はい」


 アダルヘルムを始めリアム達が私の事を呆れた顔で見ていた。勝手にそんな契約をしてしまって……と言われている様だった。確かにベアリンには主になってくれと言われたがそこまでの契約だとは思って居なかったので、オホホホホと笑うしかなかったのだった。


 アダルヘルムはハーとため息をつくと分かりましたと言って、「まあ、ココと同じような物ですね……」と渋々了承してくれたようだった。お父様と縁があったという事もアダルヘルムの中では大きかったようで、コルマ領にあるボンノ村の事も知っている様だった。


 アダルヘルムは次にルイ達の恩人である ”おじさん” 事、オベロンの方へと近づいて行った。そしてオベロンや他の二人の体調を確認し、私の方へと頷いて見せた。


「ララ様、癒しが良く効いております。エレノア様に匹敵するほどの腕前になってまいりましたね」

「本当ですか?! 嬉しいです!」


 注意を受けることの多いアダルヘルムに褒められるととても嬉しい。マトヴィルが良かったですねという風に頭を撫でてくれたが、ちょっと痛かった。


「ふむ。取りあえず、この方たち三人には休養が必要ですね。我々はこれからブライアン殿の所へと行きますから、スター商会へとどなたかに送って頂きましょう」

「マスター、でしたらウチのジョンに付き添わせてスター商会へ連れて行きます。ジョン、頼むな」

「畏まりました」


 ジョンはリアムの言葉に頷くと、オベロンたちに声を掛けた。タルコットがピエトロの部下に指示を出してスター商会までの馬車の手配をしてくれた。この時間ならまだブライスやリタ、アリスもスター商会に居るだろう、そう思うとあの子達の喜ぶ顔が目に浮かんで私まで嬉しくなった。


 オベロン達はやっぱりまだ体が辛そうで、ピエトロの部下たちに支えられながらジョンと一緒にスター商会へと向かった。応接室を出るときは私に深くお辞儀をしてくれた。自分の子供たちを助けてくれた人に只恩返しをしただけなのにとても感謝されてしまって、少し照れくさくなったのだった。


 私達はかぼちゃの馬車三台を準備し、ブライアン・ブルージェの屋敷へと向かうことにした。私が壊してしまった複数の扉は、普通の警備隊員たちが応急処置をしてくれてあった、必ず後で直すことを伝えてお詫びをしておいた。勢いが付きすぎてしまったので申し訳なかった。


 正面玄関の方はまだ興奮が収まらない領民たちが残っている状態だったので、私達は裏口へと向かうことにした。裏口でかぼちゃの馬車に魔力を通す。ここまで私がかなり魔力を使っているので、アダルヘルム、マトヴィル、タルコットが馬車を起こしてくれた。

 アダムヘルムとマトヴィルの馬は両方とも白馬だったが、タルコットの馬は青緑色のとっても綺麗な色合いだった。少し小ぶりな大きさの馬だったがそれがまた可愛くて、馬車ではなく馬に乗りたいと思うぐらいだった。自宅に帰ったら乗馬の練習を始めようと誓った。例えまたアダルヘルムにダメ出しされようとも何とか説得したいとそう思った。それ程この子達は魅力的だったのだ。


 ブライアン・ブルージェ邸は領主邸があるムロフの南地区の一角にあった。

 ムロフの街は鍛冶の街と呼ばれているが南地区のは方は花々が咲いていて小川もあり、とても美しかった、以前領主邸に行った時よりも街並みは手入れが行き届いているようで、タルコット達の頑張りがここでもよく分かったのだった。


 領主邸を越えて、豪華な家が立ち並ぶ地区へ入るとそこには一段と大きな屋敷があった。どうやらここがブライアン・ブルージェ邸の様だ。この辺りは貴族の屋敷が多い様で、ティファ街の別荘などが立ち並ぶ地区とは雰囲気が違い重厚感のある屋敷が多かった。ティファ街は裕福な庶民の屋敷などもあり、明るめの色合いが多いが、こちらは落ち着いた色合いを好んで使っているのが分かった。


 ブライアン・ブルージェ邸は領主の城と同じベージュ色のようなレンガで造られていた。なので濃い色合いの屋敷が立ち並ぶこの辺りの中ではとても目立っていた。

 屋敷の前に着くと門番にタルコット付き補佐のイタロが声を掛けた。突然の領主の訪問に驚いている様だった。


「た、た、只今お館様……いえ、デルリアン様に確認をしてまいりますので――」

「いや、確認は要らぬ、これは領主命令だ。すぐに門を開門しろ!」


 窓を開けてタルコットが馬車の中から門番たちに声を掛けると、門番は慌てた様子で門を開けた。タルコットは叔父であるブライアンをもう犯罪者として扱うと固く決めているようで、温情を掛ける気は無い様だった。ブライアンのこれまでの所業を考えればそれも当然の事だと思った。

 

 門を抜けロータリーのような円形の玄関前に着くと、何故かそこにはデルリアンが待っていた。ニコニコとして機嫌よさげなその様子に、タルコット達の訪問の意味が分かっていないのかなと感じた。


「これは、これは領主様、我が家へようこそお越しくださいました……」


 馬車から降りるとデルリアンは直ぐにタルコットに握手を求めたが、タルコットがそれを受けることは無かった。ピエトロがタルコットの前に立ち、デルリアンが近づけないようにしていた事もあるが、タルコットは仲良くしようとする気は無い様で、デルリアンの貴族特有の張り付いた笑顔とは違い、固い表情を変える事は全くなかったのだった。


「叔父上に……いやブライアン・ブルージェに会いに来た。すぐに案内を頼む」

「申し訳ございません。父は病症に伏せております……」

「関係ない。すぐに案内をしろ、これは領主命令だ!」

「……畏まりました……では呼んでまいりますので……取りあえず屋敷の中へどうぞ……」


 デルリアンは使用人たちにブライアンを呼んでくるようにと指示を出し、私達を応接室へと案内した。進む廊下は領主邸よりもよっぽど豪華な造りとなっており、廊下に敷いてある絨毯だけでなく、調度品や置いてある家具なども最高級の物を揃えているのではないかと思わせるほどであった。代々受け継がれているものかもしれないが、それでも只の領主の叔父の屋敷に使われている品としては高価すぎて、分不相応に思えた。王の所持している屋敷と言えば納得できるぐらいの物ばかりだったのだ。


 応接室も贅沢な造りとなっており、ソファやテーブル、シャンデリアもケバケバしい程の豪華さを持っていて、成金趣味の様で私はあまり好きでは無かった。自分の顕示欲誇示して居るかのようだった。


 メイドがお茶を運んでくれたが誰も口にする者は居なかった、敵の屋敷に来ている事もあって、アダムヘルムやマトヴィルだけでなく皆がピリピリとしていた。あまり状況を分かっていないベアリン達までもだ。だが、ノアだけはニコニコと自分の鞄からクッキーを取出し食べていた。空気を和ませようとしてくれて居る様だった。


「フフフ、そこまで警戒されなくても毒など入っておりませんよ……」


 そう言ってデルリアンは皆の前で最初にお茶を口にした。それでもなお皆動くことは無く、ブライアンの到着を待っていたのだった。


 コンコンコンと小さめのノックの音がすると、ブライアンが車椅子に乗せられて部屋へとやって来た。深紅のガウンを着ていて膝にはひざ掛けも掛けていて、フードまで被っていた。チラリと見えた顔はとても色が悪く、病人と言うのは本当の様だった。タルコットが立上りブライアンに近づこうとしたところでアダルヘルムからの待ったが入った。


「この者はブライアン殿ではありませんね?」


 アダルヘルムの言葉を聞いて私も鑑定を掛けてみた。


【トマス 男 47歳 奴隷 薬漬け】


「トマス……?」


 ブライアンとして連れてこられたのはトマスという名の奴隷で、トマスのその顔はブライアンそのものだった……

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