第250話 真の領主と聖女様

「皆、迎えに来てくれたのですか? 有難うございます」


 私が笑顔でそう答えると、アダルヘルムは良くやる頭を押さえる仕草でため息をつき、マトヴィルとノアは顔を見合わせてニヤニヤ顔になった。クルトはホッとしとように青い顔から少し赤みがかった頬色に戻り、リアム達は安心したかのようにガックリと肩を落としていたのだった。


 そして後ろにいたタルコットはツカツカと良い足音を立てて部屋の中央に入って来て、ラーヒズヤの前に立つとキッと睨みつけた。領主のタルコットが来たことで威勢の良かったラーヒズヤは真っ青な顔になり一気に老け込んだように見えた。そして他の警備隊員達はもっと小さくなって自分たちの存在を必死に消そうとしていたのだった。


「お前たち、スター商会の会頭に何をしたのか説明をして貰おうか!」


 タルコットはアダルヘルムの様な冷えた声でラーヒズヤ達に話しかけた。ラーヒズヤは青い顔になっていたのだが、突然スイッチが入ったように偉そうな態度になると 「ふう……」 とため息をつき、タルコットに向けて侮ったような馬鹿にした見下すような笑みを浮かべ、そして足を組み尊大な態度を見せたのだった。

 そのラーヒズヤの様変わりした様子に、他の警備隊員たちは驚き益々青くなっていた。


「領主がこの様なところへどういったご用件でしょうか?」


 急にラーヒズヤが落ち着きを取り戻した様子になったので、疑問を持ったのかタルコットの眉間には皺が寄った。だが、頷き話は続けた。


「どうしてここに街の者を助けて下さったスター商会の会頭がいるのかと聞いているのだ」


 タルコットの言葉を聞くとラーヒズヤは楽し気に 「フフフ」 と笑い出し、今度は大きな声でハハハッと笑い出した。タルコットを馬鹿にしているのか領主が立っているのに自分は足を組んだまま座た状態で、ソファへと背を落とし益々偉そうな態度になった。幾らなんでもラーヒズヤが可笑しいという事が私達にも分かった。そしてラーヒズヤの瞳は段々白目の部分が無くなり、黒っぽい瞳になったのだった。


「ブルージェ領主、いや、”偽の領主” とでも言うべきか……タルコット、お前は本当の領主では無い!」


 ラーヒズヤのあまりの代わり様に同じ警備隊員たちはソファからずり落ち、腰を抜かしたように床へと落ちてしまった。ラーヒズヤとタルコットは見つめ合ったままだ。


「私はタルコット・ブルージェ、ブルージェ領の真の領主だ。この街を守るのは私だ」

「フフフ、それはどうかな……愚かなお前には領主としての能力は無いだろう、現に爆弾魔が街を襲ったでは無いか……それにな、お前は知らないだろうが ”本当の領主”は ”私” なのだ、あの方のお力で私は無敵になったのだ」


 そこにピエトロの部下が一人の男を連れてきた。それは私の事を爆弾魔と指さしたガマガエルこと小太男だった。縄で縛られ猿轡もされている、ピエトロが 「全員確保致しました」 と言ってタルコットに頭を下げた。それでもラーヒズヤは変わらず偉そうだった。床に転がされた小太男はふがふがと何かを必死に訴えていたが、ラーヒズヤは視線を落とすことは無かった。


「お前たちが企てた爆弾魔事件は領民を一人も失うことなく解決することが出来た。それはそこにいらっしゃるスター商会の会頭のお力が大きい、なのにお前はその方を捕まえ、罪まで着せようとした、事の重大さが分かっているのか?」

「フフフ、こんな男を捕まえただけで何を偉そうに……まあ、もうこいつらはもう用無しだ……」


 ラーヒズヤは急にハッとした表情になると、タルコットを見て青くなった、目の色も元に戻り始めたようになり、がくがくと震えだし、床に膝をつくと胸を押さえだした。苦しそうなその様子に皆が啞然となった。


「お許しください……お許しください……このようなことになるとは……」

「うるさい! せめてスター商会の会頭だけでも始末しておけばいい物を!」

「どうか、命だけはお願い致します!」

「黙れ! 役立たず!」


 一人芝居のような事をしていたラーヒズヤは 「がはっ」 と声を出すと、自分の胸をぎゅっと掴んだ。そして 「ギャー」 と声を上げると塵となって消えていった。”血の契約”なのか ”奴隷契約”なのかは私には分からなかったが、主の機嫌を損ねてしまったことだけはよく分かった。ラーヒズヤは誰かと繋がっていたようだった。


 アダルヘルムはラーヒズヤが消えてしまうとすぐに残りの警備隊員たちの服を剥ぎ、そして全員の胸と背中を確認した。されるがままの警備隊員たちだったが間近でアダルヘルムの真剣な表情を見たためか少し頬が赤くなていた。彼らには痣がない事にホッとしていると、今度は小太男が苦しそうに床を転がりだした。「グアッ……」 と最後に声を出すと、小太男は塵となって消えてしまった。二人が消えた場所には今まで着ていた衣類だけが残されていた。


「……人の命を何だと思っているのだ!」


 タルコットが怒りの声を上げると、ピエトロの部下が慌てた様子で部屋へと飛び込んできた。後ろには普通の警備隊員も数人いて、皆あちこち怪我しているように見えた。すると外から大きな声が聞こえてきた。


「スター商会の会頭を返せー!」

「俺達の ”聖女様” を返せー!」


 領民たちなのだろうか大声で捕まってしまった私を返せと怒鳴っている様だった。遠くから歩いてきたのか声が段々と近づいてきているのが分かった。外では普通の警備隊員たちやピエトロの部下たちなどが落ち着くようにと声を張り上げているのも聞こえてきた。


「落ち着け! スター商会の会頭は無事だ!」

「落ち着け! 落ち着くんだー!」


 窓から外を見て見ると多くの領民達が警舎へ向かって歩いてきている姿が見えた。鍬や鎌、剣を持っている者の姿も見えた。皆決死の覚悟を決めた様な顔で警舎へと睨みを聞かせている。スラムでの炊き出しの時に見かけた領民たちや、街の祭りで有った人たち、取引のある商家の者たちまで居る様だった。それを止めようとしている警備隊員たちは押されるように後ろ向きで歩いていた。

 これだけの人たちが私の事を心配して駆けつけて来てくれたことに胸が熱くなり、とっても嬉しくなった。


「スゲー……俺達の主はやっぱりスゲー人だぜ……」


 ぼそりとベアリンがそんな事を呟いた。仲間達が嬉しそうに頷いている。

 あのアダルヘルムやマトヴィルまで外を見てポカンとして居る様だった。リアムはハハハと嬉しそうに笑い、ノアはニヤニヤ顔だ。私は窓に張り付いてその様子に見入っていたが、このままではここが襲撃されてしまう事に気が付いた。


「タルコット、ここには屋上がありますか?」


 タルコットは外を口を開けて見ていたが、私の問いかけにハッとすると頷いてくれた。そしてピエトロの部下と一緒に来た警備隊員に指示を出し、屋上までの道を案内してくれたのだった。


 勿論、私の後を迎えに来てくれた皆も後から付いてきてくれた。服を剥がされた警備隊員達の事はベアリンと仲間達が見ていてくれると言ってくれた。オベロン達はソファに腰かけたままだったが、体調には問題無い様だったので、安心し、大急ぎで屋上に着くと、もう警舎のすぐ近くまで迫っていた領民たちに大きな声で声を掛けたのだった。


「皆さーん、私はスター商会の会頭です! ご心配おかけしましたが私は無事でーす! 安心してくださーい!」


 レディが大声で叫ぶなど、アリナやオルガがみたら雷が落ちそうだったが、アダルヘルムやマトヴィルがクスリと笑って居るのが見えたので、大丈夫だろうと安心をした。領民たちは屋上で手を振る私や副会頭のリアムの姿が見えた事で、無事が分かったのか、嬉しそうなホッとしたような表情を浮かべたと思うと、今度は歓声が上がりだした。


「聖女様ー!」

「会頭ー!」


 領民たちが 「わー!」 と手を振って喜んでいる姿が見えて何だか照れくさくなった。ここまで大事にされるなんて思っても見なかったのだ。するとリアムが私の頭を撫でてきた。


「お前は領民たちに愛されてるな……」


 リアムの言葉を聞いた私の顔はきっと真っ赤だったと思う、頬は熱くなり、何だか変な笑みがこぼれて居るのが分かった。皆が優し気な様子で私を見ていて、何だかそれが益々恥ずかしかった。

 私はもう一度領民が見える場所に立つとここまで来てくれた街の皆に癒しの魔法をかけることにした。警備隊員たちと揉み合いになったのか怪我をしているような人たちも見えたからだ。

 以前やったように手のひらに癒しの魔法を集める、そして空へ向かって打ち上げた!


 みんなありがとう……神様有難うございます……私は今とっても幸せです。


 ドーン! とはじけ飛んだ癒しの魔法は領民皆の所へと飛んで行った。勿論怪我をしていた警備隊員たちやピエトロの部下たちにもだ。明るい光に包まれて、喜ぶもの、驚くもの様々だった。


 もう一度手を領民に手を振ってお礼を言うと私達は元の部屋へと戻った。

 その後私達が姿を消しても領民たちは暫くは警舎の前で佇み今有ったことを奇跡だと口々に語り合っていたようだった。それは警備隊員たちも同じだったようだ。


 応接室へと戻ってくると何故かベアリンと仲間たちは涙を流して泣いていた。それを弱っているオベロン達が、こちらも目を潤ませながら慰めていた。空一杯に広がった光に感動したようだった。ブツブツと「スゲー、スゲー、スゲー」と言って居るのが聞こえた。


 アダルヘルムはラーヒズヤや小太男の衣類を確認しだした。そしてある程度調べた後、何もないと首を横に振った。だが、ディープウッズの屋敷に持って帰ると決めたようで魔法鞄にしまっていた。


 服を剝がれた男たちは戻って来たときには服を着て、縄で縛られていた。これから取り調べを受ける様で、普通の警備隊員たちに連れて行かれた。その際アダルヘルムの事を頬を染めて見ていたのが少し怖かった。


「タルコット、お願いがあるのですが」

「はい、何でしょうか?」

「ここに収容されている人たちをもう一度調べて欲しいのです。ここに居るベアリン達もそうですがラーヒズヤ達によって罪もなく捕まっている人達が大勢います。その人たちを助けて頂きたいのです」


 タルコットは優しい笑顔浮かべると頷いた。そして新しい警舎の代表を立てて、その者と囚人たちの罪を洗い直すと誓ってくれたのた、それは勿論ヴェリテの監獄の囚人たちもとのことだった。


 タルコットはラーヒズヤの名前が出たことで先程の出来事を思いだしたのか、普段とは違う怖いぐらいの表情になり、そして決意を固めた様だった。


「ララ様、私はこれからブライアン・ブルージェを、爆弾魔を使って領を攻撃した罪で捕まえに参ります」


 そう言ってタルコットは力強く頷いて見せたのだった。


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