第249話 脱獄

「さて、どうしましょうか、派手に行きますか?」


 私達がひっそりとここから出て見つからないように逃げることは私が作った魔道具や、私の魔法を使えば可能だとは思っていた。だがその場合あの高慢ちきなラーヒズヤは自分の位を盾に普通の警備隊員達の責任にしそうなことは目に見えていた。

 ならば誰もが気が付くようにここを出て、高位の警備隊員達が皆揃った状態の中で堂々と脱獄した方が良いかなと思ったのだった。


 その事をベアリンと仲間達に伝えるとまた 「うおー!」 とやる気に満ちた雄たけびを上げた。それはお祭り前のスター商会のメンバーの様で、抱えられているオベロン達三人は耳元で大声を出されたからか、苦笑いを浮かべていた。でも表情が少しずつ出せる様になっている三人の様子に少しホッとしたのだった。


 来たときに通った鍵のかかった分厚い扉の前に立つと、私は体に身体強化を掛けた。そして「行きます!」と皆に声を掛けると、力一杯分厚い扉を殴って見せた。扉は勢いよく飛んでいきその先にある二重の鉄格子も壊し、受付の前も勢いよく通り過ぎ、玄関扉のような大きな入口もフッ飛ばし、外へと飛んで行ってしまった。自分の予想をはるかに超えて飛んで行った扉にベアリンとオベロン達と共に私まで目を真ん丸くしてしまったのだった。


 やばい、怒りがあるからかいつもより力が入っちゃった……


 「スゲー!」と と喜ぶベアリンと仲間達だったが、私は飛んで行った扉にぶつかって怪我した人がいないと良いなと冷汗をかいたが、どうやら身体強化を掛けた目で見た限りでは大丈夫なようだった。


「ララ様! スゲーです! 流石俺が認めた漢、いや主だ! 力強い! カッコいいですぜ!」


 ベアリンと仲間たちは頬を染め尊敬のまなざしで私を見てきた。褒められて嬉しくないことは無いおだが、可愛らしいとか可憐ではなく、強いとか漢だとかと言われることが少し気になった。ここは少しはおしとやかさを出さなければ誤解されると思い、私はアリナ直伝のレディスマイルを皆に向けたのだった。


「オホホホホ、皆様有難うございますわ。さあ、参りましょうか」

「「はい!!」」


 扉をぶち壊したことで、風通しの良くなった長い長い廊下をテクテク歩く。来るときは捕まった宇宙人の様に連れられて歩いていた私は、今は強面のベアリン達を引き連れているのでギャングのボスの様だ。後ろには髪も髭も伸び放題の為、見るからに厳つい男達が付いてきている。その上ベアリンと仲間たちは獣人族の血が入っている為、皆ジュリアンの様に背が高い。ベアリンはガッチリとして熊の様だが他の子達はひょろっとしてクールな顔立ちだ。彼らは狼でベアリンは熊といった感じだろうか。怖さは十分に出せていると思った。


 フフフ、ガラ付きのシャツでも皆に着せてもっと雰囲気を出しても良かったかも……


 普通の警備隊員のいる受付の辺りに着くと、皆青い顔で私の後ろに居るベアリンと仲間たちを見ていた。どうやら扉を壊したのは彼らだと思っている様だった。ラーヒズヤ達高位の警備隊員たちは動きが遅いのか、まだここには集まってきては居なかった。仕方なく普通の警備隊員の一人に声を掛け受付の椅子に弱っているオベロン達三人を座らせて待たせてもらうことにしたのだった。


「あのー、ラーヒズヤさんを待っていてもいいですか? 話があるので」

「は、はい! あ、あの、呼んでまいりましょうか?」

「ええ、そうしていただけると助かります」


 ラーヒズヤに切られそうになっていたところを私が助けたシュリアと名乗った警備隊員が、気を利かせてラーヒズヤを呼んできてくれると言った。私はお礼を言うと呼び出しをお願いしたのだった。

 魔法鞄から菓子折りを取出し受付にいる普通の警備隊員に渡した。少し騒がしくしてしまったので迷惑をおかけしてしまったお詫びだ。壊したところはラーヒズヤとの話が終わったら後で直すと約束もした。皆ボケーっとしながらも菓子折りを受け取り、頷いてくれたのだった。


 私やベアリンと仲間たち、それからオベロン達には待っている間にお茶とお菓子を出した。風通しが良い為少しだけ寒かったので、体を温めるために熱めの滋養茶を入れた。マドレーヌを出すとベアリン達は顔をほころばせて食べていたのだった。


 そんな私達のお茶会のような様子を見ても、普通の警備隊員達は特に捕まえようとするでもなく、見守る様にしていただけだった。きっと先程ラーヒズヤが自分たちの仲間を痛めつけようとした所を助けた事で、私の事を悪人では無いと思ってくれて居るような気がした。

 まあそれもその筈である、ここまで連れてこられたのも言いがかりも良いところだ。それにこんな子供が爆弾魔なんてあり得ないと思って居る様だった。


 ただし、ベアリン達には警戒して居る様だった。彼らが何かをしでかそうものならすぐに動こうと剣に手を置いている者もいた。ピリピリした空気をわざと見せ付けている者もいた。囚人がここまで勝手に出てきたのだそれもしょうがないだろう。


「お、お、お、お前たち、何をしている!」


 オベロン達がマドレーヌを一個、そしてベアリンと仲間達が、5、6個食べ終わったところで慌てた様子のラーヒズヤ達がやっとやって来た。扉が破壊されている事や囚人が大勢受付まで出て来て居る事に青筋を立てて驚いている様だった。


 そして何よりも痛めつけて死ぬ寸前だったオベロン達が美味しそうにお茶をしている事に、亡霊でも見たかのように驚いている事が分かった。ラーヒズヤの他にも高位の警備隊員たちの中で何人かがオベロン達を見て青ざめている事から、この人達が酷い仕打ちをしていたのだなとその様子で分かった。

 オベロン達と同じ様にしてやりたいところだが、そこは我慢をしてきちんと領主であるタルコットに裁いてもらい、刑に伏して貰おうと思った。出来るだけ重い罪にはなって欲しいとはこっそり思っていっていたが、顔には出さなかった。


「ラーヒズヤさん、遅かったですね。食事中でしたか?」

「な、な、何をしているのかと聞いているのだ!」

「分かりませんか? 貴方とお話がしたくて待っていたのですが……」

「お前のような餓鬼と話す事など無い! おい! こいつらを捕まえて早く牢屋へ戻せ!」


 ラーヒズヤはそう言って偉そうに指示を出したが、怯えているからか誰も従う者は居なかった。ラーヒズヤはその様子に顔を真っ赤にしてヒステリーを起こした。鉄分が足りてない様なので、後で鉛玉でも口につめてあげようと優しい私は思ったのだった。


「お、おい、早くしろ、この餓鬼だけでも捕まえるのだ!」


 何人かが渋々だが剣に手を掛けたが、切りかかってこようとはしない、何故ならベアリンと仲間達が怒りに満ちた顔をして私を守る様にしてくれていたからだ。元々強面の彼らが怒りをここまで露にしている事に高位の警備隊員達は怯えて居る様だった。


 私は軽く威圧を掛けながらもアリナ直伝のレディスマイルでゆっくりとラーヒズヤに近づいて行った。ラーヒズヤは額に汗をかき苦しそうな表情を浮かべていた。それでも私は威圧を緩める気にはなれなかったのだった。


「ラーヒズヤさん、確か私とお話がしたかったのですよね? 私も同じなのです。どこか静かなところでゆっくりとお話しましょうか?」

 

 ラーヒズヤは苦しさからか跪きながら首を縦に振った。言葉には出さないが 分かった という事の様だった。そして今度は周りで傍観している者の中で、オベロン達を見て青くなった者たちを指さした。


「それから、そこの貴方と、貴方と、貴方も一緒に来ていただけますか? 貴方達からもゆっくりとお話が聞きたいので……」


 名指しされた男たちは 「ひぃぃ」 と言って逃げ出そうとしたが、ベアリンと仲間達がサッと動きそれを止めてくれた。私は皆に有難うとお礼を言うと、先程ラーヒズヤを呼んでくると声を掛けてくれた普通の警備隊員のシュリアに応接室を貸して欲しいと声を掛けた。

 シュリアは口を半開きのまま頷くと、私達を応接室へと案内してくれた。


 ラーヒズヤはベアリンが引きずって歩かせ、名指しされた男たちはベアリンの仲間たちに首根っこを持たれて連れてこられていた。オベロン達はこの人達の顔を見たくないのではないかと思ったが、それでも私達の後に真剣な表情を浮かべたまま付いてきていたのだった。


 自分達がされたことを思えば二度と会いたくない人物たちに違いないはずなのにオベロン達の顔には憎しみではなく、この人達がこれからどうなるのかが知りたいという意思が浮かんでいるように見えた。優しくて強い心を持っていたからこそ、アダルヘルムが良く言う ”愚かな輩”のラーヒズヤ達のような馬鹿者に ”快楽室” に入れられてしまったのかと思うと、悲しみと怒りが同時に込み上げてきたのだった。


 シュリアが案内してくれた応接室は大勢が入っても大丈夫な広さがある部屋だった。私は案内してくれたシュリアにお礼を言った。彼は 「自分こそ助かりました。有難うございました」 と言って部屋を後にしたのだった。


 オベロン達は部屋の窓際にある小さなソファへと座らせた。念の為どこか痛むところは無いかと聞くと、大丈夫だと頷いていた。自分たちの事よりもラーヒズヤ達のことが気になる様で、目をそらさずにジッと見つめていたのだった。


 私は中央にある大きなソファへとちょこんと座った。ベアリンと仲間たちは私の後ろで見守る様に立っている。そしてラーヒズヤ達は私と向かい合うように皆で固まって座っていた。三人掛けのソファなのでぎゅうぎゅう詰めの状態だが、それが返ってよかったようで、青かった顔は少し元に戻っていた。


「さて、それではお話を始めましょうか?」


 威圧はしていない状態で微笑んだのだが、高位の警備隊員たちは 「ひっ!」 と声を出した。だが、ラーヒズヤは少し自分を取り戻したのか、また元の高慢な様子に戻っていたのだった。


「お、お前私にこんな事をしてただで済むとは思うなよ!」

「ふむふむ。それは貴方の代わりに私に仕返しをして下さる人がいるって事ですか?」

「そ、そう言う事では無い! お前のような下賤の者が口を利けないような方と私は懇意にしているのだ! あの方に話せばお前のような餓鬼は奴隷落ちだ!」

「ほー、それは、一体どなたなのですか? 教えて頂きたいですね」

「それは……そう、ブルージェ領の ”本当の領主様” だ!」

「 ”本当の領主様”ですか?」

「そうだ。驚いただろう! お前はこれで奴隷になるのは確実だ! そうだ、その時はお前の事は私が買い取ってやる、そしてあの者達にしたように可愛がってやるからな!」


 ハハハハッ とラーヒズヤは何だか嬉しそうに笑っていた。それにつられてか他の警備隊員たちもハハハと小さく笑っていた。ベアリンと仲間たちの顔がとても恐ろしい物になっていたが、ラーヒズヤは笑うのに夢中で気が付いていないようだった。


 すると外から大勢の歩く……いや、走る音が聞こえてきた。十人ぐらいだろうか、バタバタと慌てて居る様だった。そしてバンッと大きな音を立てて扉を勢いよく開けて部屋に最初に入って来たのはとっても美しい顔をしたアダムヘルムと、ニヤニヤとしたマトヴィルだった。その後ろにはノア、クルト、そしてリアム達、一番後ろにはタルコット達がいた。先程ここまで案内してくれたシュリアが連れてきてくれたようだが、可愛そうなことに真っ青な顔になっていた。そして


「「ララ様!!」」「「ララ!!」」


 と皆が大きな声を出し、私は勿論レディスマイルで皆に手を振って応えたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る