第248話 オベロン

「ベアリン、その人をこれで包んで」


 私は魔法鞄からふかふかの厚みのある毛布を取り出すとベアリンに渡し、オベロンらしき人物を包み込んでもらった。そして直ぐに癒しを掛けた。意識はあったようなので、癒しを掛けると、ホッとしたように息を吐いたのが分かった。次に魔法鞄からポーションと水を取り出した。


「ベアリン、その人にポーションと水をゆっくりと同じ量だけ飲ませてください。私は他の牢屋の中を見てきます」

「はい!」


 この ”快楽室” と呼ばれている場所には牢屋が六つあった。その中の一番手前にオベロンらしき人物が吊り下げられていた。

 私はまず隣の牢屋を除いた。そこには誰も居なかったので、すぐに次の部屋をのぞいた。そこには濁った水が入った小さなプールのような、お風呂のような物があり、一人の男性がぐったりした様子で水の中に入れられていた。

 意識がもうろうとしているようで、ふっとすると顔を水の中に付けてしまっていた。顔色は真っ青で体は震えて居る様だった。いつから水に付けられているのは分からないが、男性の様子から長時間なことだけは絶対だと分かった。

 水から引っ張り上げようと思ったのだが手足には重りが付いている様だったので、私は水の中に飛び込み男性の手足の重りを力技で壊し、そしてその男性を抱えると水から勢いよく飛び出した。

 男性を抱っこしてベアリンの所まで連れて行くと、この男性にも癒しを掛けた。

 「ううう……」 と唸り声を上げ男性は何とか意識を取り戻した。

 ベアリンにお願いしてまた毛布に包んでもらった後、男性にポーションと水を飲ませて貰うようにお願いをして次の牢屋へと向かった。


 水の部屋の隣は誰もおらず、その隣の部屋には、細く長い針が腕や足の刺さったままの男性が吊るされていた。かなりの血が流れているようで、猿轡もされていて意識が無く顔色は真っ青だった。そして男性には肉が全くなく、この人もとても痩せているのが分かった。

 意識が無いうちに針を全部抜こうと手を掛けた。四本の長い針を抜くときに男性はやはりうめき声を上げた。出来るだけ痛みが無い様に、一気に抜き取るとすぐに癒しを掛けた。

 そして吊るしてある鎖を壊し男性を抱えると、ベアリンの所へと連れて行った。


「ベアリン、この人にはポーションと水の他に増血剤もゆっくり飲ませて下さい。お願いしますね」

「任せて下せー!」


 ベアリンに頷いて見せて、残りの牢屋ものぞく。残りは後二つ、出来るだけ急がねばと気が焦った。針部屋の隣は誰も居なかった。そして最後の部屋をのぞくとそこには重ねられた遺体があった。


 なんてひどい事を……


 人間の所業とは思えない出来事に絶対に犯人を見つけ出して同じ目に合わせてやるという憎しみのような感情が湧き上がってしまった。どす黒い何かが私を包み込みそうになったがお母様の言葉を思いだした。


『貴女はとても聡く、優しく、そして強い子です。どんな時も憎しみより愛することを優先していくのですよ……貴女はアラスター様と私の自慢の娘なのですからね……』


 フーっと息を吐き気持ちを落ち着かせる。


 憎しみでは何も解決しない、とにかく今は助けた人達を何とかしなければ……


 ベアリンのいる場所まで戻り、助けた三人の様子を見ることにした。

 三人は毛布にくるまれていて、壁を背にしてもたれ掛かる様に座っていた。顔色はポーションのお陰か少し良くなっている様だった。皆意識もちゃんとあって、助けられたことにホッとしている様子が見て取れた。ただし、髪も髭も伸び放題な為、ハッキリとした表情は分からなかった。

 私はオベロンの特徴として聞いていたカーキ色の髪をした男性に話しかけることにした。男性は私が近づくとやせ細った弱々しい手を差し出してきて、そっと私の手を握った。


「貴女が私達を助けて下さったのですね……」


 そう言いながら男性は涙を流し始めた。私は泣き出した男性をぎゅっと抱きしめた。座っているので男性の頭は丁度私の肩口だ。頭を撫でてあげると他の男性たちまで泣き出してしまった。何故かベアリンまでもだ……こんなところに閉じ込められてずっと拷問という名の虐待に耐えてきたのだ。涙しても可笑しくは無かった。

 何故もっと早く助け出して上げられなかったのかと悔やむ気持ちで一杯になった。そうすればあの奥に居た亡くなった人たちも助けることが出来たかもしれないと、悔しくて仕方なかった。私は神様では無い。全ての命を助けることなどできない、でも多くの人たちが幸せに笑って暮らせる世界を作りたいと、今日強く決意した。絶対にこんな事は無くしたいとそう思ったのだった。


 三人を何とか歩かせ先程私が収監されていた牢屋部分へと戻った。三人とも筋力が落ちていたが、ベアリンに支えられて何とか歩くことが出来た。一番体が弱っていたのは水の中に入れられていた人だった。ずっとあそこで虐待を受けていたようだ。それだけ我慢強かったのだろう。


 私の牢屋へと三人を連れて行くと魔法鞄からテーブルや椅子を出した。そして温かな野菜スープを三人に出して上げた。ずっと食事と言えるような食べ物を取っていなかっただろう、彼らはここでも涙ぐんでしまった。胸が痛い思いだった。


 いい香りがすると、やはり気になるのが人間である。何だなんだと他の牢屋に居る人間が騒ぎ出した。ここではろくな食事が出ないうえに一日二食の様だ。お腹が空いて仕方が無いといったところだろう。


「ベアリン、皆にも食事を配って貰ってもいいかしら?」

「ええ、勿論ですが……あるんですかい?」


 私は魔法鞄からパンやスープを取出し皆に配ることにした。ベアリンの仲間である皆も結局牢屋から出て貰って、配るのを手伝ってもらうことにした。スター商会の美味しいパンと温かいスープが配られると、囚人たち皆が幸せそうな顔になった。余程ここの食事は酷い様だ。

 配膳はベアリン達に任せて、私は食べ終わったオベロンらしき人物に今度こそ話しかけることにした。食事も取った事で三人は尚更元気な様子になっていた。


「あの……貴方はオベロンさんですか?」

「え、ええ、どうして私の名を?」

「ルイとブライス、そしてリタとアリスの事は分かりますか?」

「ええ、勿論です……もしかしてあの子達に何か有ったのですか?」


 心配そうな表情を浮かべるオベロンに私は首を振った、そして安心させるように笑顔であの子達がうちの子になった事を伝えた。


「あの子達は私の家族になりました。オベロンさん、貴方の事を皆ずっと心配していたんですよ……」

「そうですか……あの子達が……」


 オベロンはまだ精神的に弱っているのか、涙目になってしまった。詳しい話をするのはディープウッズの家に帰ってからの方が良いだろう。とにかく今は布団でゆっくりと寝かせてあげたいとそう思った。

 皆の食事も終わったころ、私の牢屋にベアリンと仲間達が作業を終えてやって来た。彼らも満足げな顔だったので、食事を十分に取ったことが分かった。その中の一人の青年が嬉しそうな顔で私にお礼を言ってきた。


「ララの姉貴、料理、滅茶苦茶おいしかったっすよ」

「あ、姉貴?!」

「へい、兄貴の主なんでララの姉貴っす」


 ベアリンがそれを聞いて青年の頭をボカッといい音を立てて殴った。かなり痛そうだ。普通の人間なら頭の骨が折れて居そうな音だった。


「おまえ、ララ様に何言ってやがんだ! バカヤロウ!」

「えー、何でですかー姉貴はダメなんですかー?」


 ベアリンがまた殴ろうとしたのでそれを止める、彼なりの尊敬の仕方なのだろう。


「私の事はララって呼んで下さいね」

「へっへい!」


 真っ赤になって恥ずかしがる青年は二十歳そこそこに見えた。まだまだ可愛い年頃の様だ。

 私は眉間にしわを寄せているベアリンに向き合った。これからの事を話すためだ。


「ベアリン、私は彼らを連れてここを出ようと思います。貴方はどうしますか? 残るなら勿論後で迎えに来ますし、一緒に行くなら――」

「勿論一緒に行きます!!」

「「「「俺達もです!!」」」」


 ベアリンと仲間たちは私と一緒に来ることに迷いは無い様だった。とっても嬉しそうに笑っていた。脱獄するというのにこんなに喜んでいていいのかなとも思ったが、首謀者である私が言う事では無いかなと思い黙っていた。皆ベアリンの 「ララ様を命がけで守るぞ!」 の掛け声に 「おー!」 と手を上げて気合を入れていた。弱っているオベロン達三人がその様子に少し頬笑みを浮かべていて、笑えるようになった事がなんだか嬉しかった。

 

 私は自分の牢屋から出ると、収監されている囚人たちに声を掛けた。ここには高位の警備隊員の手によって私の様に無実の罪で捕まっている人も居る、そういう人を助けに来ると約束して安心させたかったのだ。


「皆さん! 私達はここから出ます!」


 私の大きな声を聞くとざわめきが起こった。脱獄は重い罪になる。中には心配してくれている人もいる様で、「危ないぞ」「止めといた方が良いぞ」という声が聞こえてきた。来たときのようなからかいの声は全くなくなっていた。人は胃袋を掴まれると弱い様だ。


「私はスター商会の会頭です。領主様とは知り合いです。必ずあなた達の罪をもう一度調べ直して貰えるようにお願いをします。だからそれまで待っていてくださいね!」


 「わー!」 という歓声と共に拍手が上がった。調べ直して貰えることが嬉しい様だ。所々で「噂の聖女様か?!」と怖い噂話を話し合う聞こえたが、気にしないで置いた。噂は49日で消えるだろう。きっと落ち着くまでの辛抱だ。

 私は拍手で見送ってくれる皆に手を振りながら別れの挨拶をすると、入って来た入口の方へと向かった。ベアリンと仲間たちは弱っているオベロン達を支えてくれていた。これなら彼らも外まで歩けるだろう。外に出てしまえばかぼちゃの馬車も出せるのでそれまでの辛抱だ。辛いだろうがもう少しだけ頑張ってもらうことにしたのだった。

 

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