第八章 眠れる森の美少女

第253話 事件の後

 あの事件から間もなく一カ月が経とうとしていた。


 ブライアン・ブルージェ邸は爆発のせいで見るも無残な形となり、元が屋敷だったとは分からない程に崩れ落ちてしまった。近隣の屋敷にも被害が出て居て、窓が割れたりだとか、庭がダメになってしまったなど色々と領主邸に苦情が入ったようで。タルコットはいとこのデルリアンの死を悲しむ間もなく忙しい日々を過ごしていた。


 結局ブライアンの行方は分からなかったが、ブライアン・ブルージェ一家は今回の爆破事件によって亡くなったという事となった。

 その為暫くはタルコットが警備隊たちの代表やヴェリテの監獄の代表まで務めることとなり、自分で自分を守る防衛大臣になっている状態であった。なのでタルコットはリアム並みに忙しい毎日を過ごしており、太陽の日にスター商会へ来ることもなかなか難しくなっていた。早くいい人材を見つけて仕事を任せたいのだと飲み会が始まるとぼやいているのであった。


 警舎に捕まっていた囚人達だがタルコットが早速罪を調べ直してくれた。ヴェリテの監獄の囚人達の事もだ。だからこそ尚更忙しいのだが、悲しみを忘れる為にも忙しいぐらいの方がいいのだと、ロゼッタがわたしにひっそりと教えたくれたのだった。


 タルコットとデルリアンは小さな頃は従兄弟同士として兄弟の様によく遊んでいたのだそうだ。もしかしたらブライアンが領主邸を調べる為に来る口実にしていたのかもしれないが、それでも二人が仲がいいのは本当の事だった。

 罪を犯し、それも領民を巻き込んだ大罪を犯した者の喪に服す訳には領主としては出来ないそうで、仕事に集中することで、今は辛いことを乗り切ろうとして居る様だと教えて貰った。領主らしくなったタルコットをとても立派だと思うと共に胸が痛んだ。


 そして私が壊してしまった警舎だが、目が覚めてから直しに訪れた。ノアやクルト、そしてアダルヘルムとマトヴィルまで一緒に来てくれて、以前よりも立派な扉と綺麗な警舎に修繕させてもらった。私達の作業をのぞき見……いやいや警備についてくれていた警備隊員たちはあまりの作業の速さにとても驚いていた。

 そしてあの忌まわしい ”快楽室” は当然のことながら取り壊しさせてもらった。そしてそこにはお風呂やトイレを作り囚人でも綺麗な状態でいられるように改善させてもらった。


 それからベアリン達だが、今ディープウッズ家で働いている。屋敷の手伝いなどをしながらアダルヘルムとマトヴィルにビシバシ鍛えて貰っている所であった。

 ブライアンが捕まらなかったという事もあるが、何より ”あの方” と囚人であったアザレアが言って居た人物が気になる為、今後ディープウッズの護衛になって貰う予定でいるのだ。

 その為アダルヘルムとマトヴィルの指導はかなり厳しく、毎日死に物狂いと言っても良いほどのしごかれている様だった。けれどベアリン達からして見るとそれが嬉しい様で、ボロボロになっているのに恍惚とした表情でアダルヘルムとマトヴィルの事を見つめているその姿は、少し目をそらしたくなる物があった。どうやら少しマゾ……いや痛みに強い人種の様だ。獣人族は底が知れないなと思った。


 そして ”おじさん” 事オベロンだが、無事に子供たちと面会を果たした。抱き合って喜ぶ姿は皆が感動して涙したようだった。

 きっと私もその場に居たら一緒に泣いていただろう……ただし、ルイだけはまだオベロンに会う事は出来ていない、騎士学校に行って居るため戻ってこれないので仕方ないのだが、オベロンが見つかったことを通信魔道具で話すと、嬉しくて泣いていたようだった。

 冬の長休みにディープウッズ家に戻ってくるのが尚更楽しみになったようだった。


 オベロンと共に助け出した囚人は、ヤンスとマンネと言った。彼らも人助けなどをして高位の警備隊員たちに目を付けられて逮捕されてしまった様だった。三人ともディープウッズ家に来て今は静養中だ。

 今後はタルコットが元スラムに作る予定の施設で働いてもらう予定になっている。実はこれもスター商会との共同事業の一つなのだが、ビール工場で出た売り上げの一部で生活に困窮しているひとたちを受け入れる施設を作る予定でいるのだ。

 そこでは働けそうなものは技術を学び、自分で生活出来るようにしていく予定で、そしてみなしごたちの受け入れもする、オベロンが子供たちを助けていた話を聞いて思い付き、タルコットにお願いをしたのだった。


 これはタルコットの第二夫人ベアトリーチェの父親であるフリストフォル・コッポラが担当してくれることとなった。そして施設を建てるのは、ビルとカイの父親と、あのろくでもない男だった兄のジンだ。

 自分たちの罪滅ぼしになるのならと言いだしてくれたようだった。彼らの技術はあの家や家具を見れば任せても大丈夫なことは分かっているので、仕事として受けてもらうこととなった。

 ビルとカイも勿論建設にはスター商会の代表で行く予定だ。二人がきちんと働くか見てくると言って居てが、その顔はホッとしている物だった。

 残してきた母親が辛い思いをしているのではないかと心配していただけに、今回の兄と父の申し出が嬉しかった様だった。


 そしてこれから私はスター商会へ向かう所であった。ノアとクルトそしてベアリン達も今日は一緒だ。私はこれから秋のブルージェ領の催しものの打ち合わせに参加し、ノアはいつものように裁縫室に、そしてベアリン達はスター商会の護衛たちと連携の訓練をする為に来ていた。

 今後は交流を盛んにし、何があってもお互いが対応出来るようにしていくそうだ。これは鶴の一声ならぬアダルヘルムの一声で決まったことだった。どうやら


「ララ様の行動は全員で見張りましょう!」


 が合言葉の様だ。酷い話である……

 今回私が捕まり収監されてしまったことは、長い歴史のあるディープウッズ家でも初めての事だとアダルヘルムが額をいつものごとく押さえながら言って居た。

 アリナやオルガは私が逮捕されて脱獄したという話を聞くと眩暈を起こし、「これでは……お相手が……」と呟いていたそうだ。

 人助けから始まったことなのに、まるで私が暴れたから逮捕されて、警舎に収容されて脱獄したような話になっていたので、そこはきちんと訂正させてもらった。

だが、何故かあまり評価は変わらなかった……不思議である。


「リアムおはよう」

「おう、来たか」


 ノアとベアリン達と別れてリアムの執務室へとクルトと向かうと、リアム達は相変わらずの忙しさだった。これから秋まつりがあると言うのもあるのだが、実はスター商会の会頭は聖女だという噂がもう噂ではなく本当だと言われてしまっているのだ。

 それは警舎に集まった領民皆に癒しを掛けた事が関係しているのだが、聖女の商品と言われてスター商会の品には価値が付いてしまい、今大変なことになっていた。

 毎日毎日引切り無しに取引を希望する商家からの連絡が入っていて、その上最近はプリンス伯爵とワイアットのお陰か王都からの注文や商談も凄いことになっていた。その為リアム達は以前以上の大忙しの様だった。


 スター商会のイベント担当者であるローガンは間もなく始まる会合を前に少し緊張気味で、自分が作った資料を何度も見返して居る様だった。


 暫くすると、商業ギルド側のイベント担当者であるヒューゴと、ブルージェ領主側のイベント担当者オーギュスタンがやって来た。

 ヒューゴはギルド長であるベルティのお兄さんの孫にあたる人で、オーギュスタンはタルコットの第二夫人であるベアトリーチェの兄にあたる人だ。


 オーギュスタンはベアトリーチェとよく似ていて年齢よりもとても若く見えた。リアムよりも年上らしいがどう見ても成人仕立てのカイぐらいにしか見えない、ヒューゴはフェルスの甥にあたるのだが、こちらはフェルスとは似ても似つかないふんわりとした印象の人だった。

 人当たりが良く常にニコニコとしていて、このイベント担当も楽しくて仕方が無い様だった。年齢は三十近いようなのだが、結婚していないからかそんな風には見えなかった。


 ローガンも含め三人がソファへと着くと早速話し合いを開始する事にした。資料を見ながらローガンの説明を始めた。


「今回のブルージェ領で行う秋祭りは、かぼちゃをメインとした料理を作る大会を行い、入賞者を決めようと思っております」

「中央地区で行うのですか?」

「はい、参加者には領から交通費が出ますので、領内のどこの街からも参加できます。勿論これによって有名になれば王都でも雇って貰える可能性も出てまいりますし、料理人には有難い話であると思います」

「ふむふむ。なるほど、これはスター商会の料理人も出ますか?」

「出来ればマシューには審査員になって貰いたいと思っています。若人や名声のない料理人が力を発揮できる場になればいいなと思っているのです……」

「そうですね、マシューが出てしまうと優勝が確実になってしまいますからね、審査員でいいと思います」

「ララ様、ブルージェ領側では秋祭りで新ビールを発表したいと思っております。販売は来年からの予定ですが、当日飲む分だけは露店で販売する予定でございます」

「ブルージェビールの黒ビールですね、良いのではないでしょうか、皆楽しみだと思いますよ」

「商業ギルド側は露店の申し込みを受けておりますが、今回は料理対決のみの露店にしております。今年の様子を見て、来年からはどこまで規模を拡大するかを決めて行きたいと思います」

「ホテルの予約状況はどうですか?」

「はい、既に秋祭りの期間は満室になっております。それと地方からの参加料理人は、大会準備の作業がやり易い様に、中央地区にある宿屋にまとめて宿泊するように手続きが出来ております」

「完璧ですねー。秋祭が楽しみになりました。私も審査員で出ても良いですか?」


 ローガン、ヒューゴ、オーギュスタンが急にピタリと動きを止めると、リアムの方にチラッと視線を送っていた、大丈夫かと問いかけて居る様だった。


「あー……ララ……お前は店で待機じゃダメか?」

「えっ?!」


 秋祭りを楽しみにしていただけにリアムの一言はショックだった。効果音がつくとしたら がーん…… といったところだろう、リアムはショックを受ける私を見るとハーと大きくため息をついたのだった。


「お前は審査委員長だ……」

「審査委員長?!」


 リアムは苦笑いで頷くと皆で決めたことだと教えてくれた。きっと店で大人しくして居ろと言っても無理だから、だったら目立つところに座らせて、皆で見守っていた方が良いだろうと決まった様だった。ちょっと酷いと思ったがそこは祭に参加したいので素直に頷いた。


「どうせお前に大人しくしてろって言っても無理だからな……その代わりクルトや師匠、マスターも一緒だぞ」


 クルトはともかくアダルヘルムとマトヴィルが祭りの一番目立つ壇上で審査員長のそばに居る事に、私は急に不安になった。ビール祭りの時でさえ、露店をやっただけであれ程の人が倒れたのだ……今回はどうなるのか……


「まあ、あれだな……救護室は多めに作るしかないな……」


 リアムの言葉にイベント担当者達は真剣に頷いたのだった。

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