第245話 投獄

「お前は警舎へ連れて行かれるという意味が分かっているのか?! 投獄されるのだぞ! 捕まえられて牢屋に入れられるのだぞ?! その事が分かっているのか!」

「ええ、勿論です! さあ早く行きましょう」


 私がウキウキしながら縛って下さいと手を差し出すと、警備隊員達は困惑顔になった。警備隊のリーダーに至っては怖がらせるつもりで ”警舎”と言ったつもりだったのだろうが、それが伝わらなかったことにイラついている様だった。


「あー……取りあえずこの餓鬼を縛り上げろ!」

「は、はい!」


 動き出したリーダーの指示で一人の警備隊員が私の事を縛ろうとしたのだが、少し体に身体強化を掛けている私の腕を縄で縛ろうとすると、縄は私の力に耐えきれず、何度も縛ろうとしてもぶちぶちと切れてしまった。

 スカァルクの店に居た小太男と仲間達が 「ひぃぃ……」 と小さな声をまた上げていたが、身体強化を解くと、私の腕が痛む可能性があるので、それは嫌だなと思い、怖がられても解く気は無かった。

 縛って貰えないため仕方なく私はリーダーに手を差し伸べた。”手を繋いで行きましょう” とアピールしたのだ。リーダーは渋々私の手を取ったが、その顔は少し引きつっていたのだった。

 

 さて、何故私がここまでして捕まって警舎へ行きたかったかと言うと、それは勿論スラムから引き取った子供たちであるルイ、ブライス、リタ、アリスがお世話になった ”おじさん” こと、オベロンが捕まったまま、今もまだ警舎の留置所にいる可能性があるからだった。 ”おじさん” を探すいい機会を見逃す手は無いと思ったのだ。

 

 クルトの話では ”おじさん” の様な攻撃力が無いのに我慢強いタイプの人間は、留置所で警備隊員の鬱憤を晴らす為の捌け口として長期間留めおかれることがある様だ。下手したら命の保証も無いとの事なので、早く警舎に探しに行ってみたかったのだ。それが思わぬ形で警舎に行くことが出来ることになったので、私は嬉しくてしょうがないのだった。


 タルコットに頼もうかと思っていたけど、警備隊はブライアン……今は息子のデルリアンの管轄だというし、手間が省けて丁度良かった。


 私がニコニコとして、まるでピクニックにでもこれから行くかのような様子をしている事に、手を繋いでいる警備隊のリーダーも周りの警備隊員達も苦笑いを浮かべていた。そして小太男と仲間達に至っては何故か震えていたのだった。


 私は複数の警備隊員達と共に合馬車の様な警備隊の馬車に乗せられた。馬車の中の中央に座らせられると、両隣には警備隊員達が座った。そして小太男と仲間達とはここでお別れの様だった。


「お前たちは ”アウイ” の店で待って居ろ、また連絡を入れる」

「は、はい……」


 警備隊員のリーダーが小太男に新しい裏ギルドのアジトらしい店に居ろと伝えていた。私は ”アウイ” の店の名を忘れないようにと、心のメモに書き込んだ。警舎を出たら行かなければならないだろう。

 そう思い馬車の隙間から見えた小太男をジッと見つめていると視線が合った。小太男に ”またね” という意味を込めて手を振ると、また 「ひぃぃ」 とムンクの叫びの様な状態で声を出していた。不思議だが私の事が怖い様だ。それなら近寄らなければいいのにと思ってしまった。困った人である。


 警備隊の馬車は大人数を乗せているからか、ゆっくりと走り出した。乗り心地はとても悪く普段かぼちゃの馬車に乗り慣れている私には、ずっと砂利道でも走っているかのように感じた。だがきっとこれが普通なのだろう。ジュール達が王都からスター商会に来るときは合馬車だったと言っていたが、これほど酷い乗り心地なら大変だっただろうなと同情したのだった。


 馬車は中央地区より少し東のトレイドの街の方に向かって居る様だった。高位の警備隊員ばかりなので、沢山ある警舎の中でも一番大きく立派な警舎に向かっているのだろうなと思った。


 やっとの事で警舎に着くと、降ろされた私はまた警備隊員と手をつなぎながら移動することになった。警舎の中は簡素な造りになっていた。白が基調となり、物は殆どなく、作業デスクと受付の長机、そして質素なキャビネットが並んでいた。

 入口直ぐは受付のようで、普通の警備隊の人たちが仕事をしていた。もしかしたらここは普通の警備隊員が使う場所だから質素なのかなと思った。


 普通の警備隊員は私達が警舎に入ってきたことに気が付くと、高位の警備隊員が迷子でも連れてきたのかな? という風な温かな表情で見守っていた。だが、私が尋問室の様なところへ連れられて行かれそうなところを見ると、普通の警備隊員らしき一人の人が慌てだしたのだった。


「ラーヒズヤ様、その子供を何処へ連れて行かれるのですか?」


 高位の警備隊のリーダーは ”ラーヒズヤ” という名の様だ。ラーヒズヤは呼び止められて振り向くと、普通の警備隊の事を鼻で笑い、明らかに見下したような表情を浮かべたのだった。


「この者は今日街を騒がせた爆弾魔だ。これから取り調べを行なう、邪魔をするではない!」


 普通の警備隊員はラーヒズヤの言葉を聞くと、意味が分からないと言った表情になり、私の事をもう一度確認するように見てきた、そして首を傾げ再度ラーヒズヤに聞いてきたのだった。


「ラーヒズヤ様、本気でこのような小さな子が爆弾魔だと仰っているのですか?」


 その場にいた仕事中の他の普通の警備隊員からも失笑ともいえる様なクスクス笑いが起きた。それもそうだろう。今の私は可憐で大人しいくてか弱そうな女の子にしか見えないのだ。ラーヒズヤの気がふれたと思われても仕方のない事であった。他の高位の警備隊員たちも自分達が笑われていると思ったからか真っ赤な顔になり、怒りが込み上げてきている様だった。


「貴様は、私を愚弄しているのか!!」


 ラーヒズヤは真っ赤を通り越して赤黒い顔になると、わなわなと怒りで震えだした。流石にここに居る普通の警備隊員の皆に馬鹿にされている事が分かったようだった。ラーヒズヤは剣を抜くと声を掛けてきた普通の警備隊員に切りかかろうとした。

 高位の警備隊員の手を振りほどいた私は勿論二人の間に入り、普通の警備隊員を守った。剣は出さずとも、ラーヒズヤの遅い、いや遅すぎる太刀筋はマトヴィルに鍛えられた。武術の拳で弾くのは簡単であった。一瞬の私の素早い動きにあんなに真っ赤な顔だったラーヒズヤは、真っ青な顔になっていたのだった。


「えーと、お兄様はお怪我はありませんか?」


 呆然としていた普通の警備隊員は私に問いかけられるとハッとして頷いて見せた。私はそれを確認すると今度はアダルヘルムの真似をした氷の微笑をラーヒズヤに向け、ついでに少し威圧を掛けてみた。


「おじ様、お話があるのは私にですよね? こんなところで暴れている時間があるのでしたら、早くお話をしにまいりましょう……ねっ」


 そう言ってニッコリと微笑むと、ラーヒズヤは言葉が出なかったのか、青い顔のままブンブンと頷いて見せた。はじかれて飛んで行った剣は壁に突き刺さっていたので、色んな事に驚いている様だった。

 私はこの事でラーヒズヤの事が益々嫌いになった。先程の剣の遅い振り方であれば、普通の警備隊員は避けられていたかもしれないが、ケガをしたのは確実だっただろう。自分の仲間を何の迷いもなく切りつけようとしたラーヒズヤに対しては怒りしかなかった。

 高位の他の警備隊員はそれを止めることも無く当たり前の様に見ていた。普通の警備隊員の中には止めようと走り出した者もいたが、あの距離では間に合わなかっただろう、下手したらその人もケガをしていたかもしれない。きっと今までもこんな事が当たり前に起こっていたのだろうと思うと、ラーヒズヤの髪の毛を全て毟ってやりたい気持ちになる程だった。


 私はまた高位の警備隊員と手を繋いだ。今度は何故かそっと触るぐらいで手を繋いできた。何か恐ろしい物に触れたくない様なそんな感じの触り方だった。まだ威圧を掛けたままなのでそれが効いているのだろうなと思った。


「あ、あの、お嬢さん!」


 助けた普通の警備隊員が私に声を掛けてきた。勿論この人には威圧など掛けずにニッコリと微笑んだ。優しそうな警備隊員は少し頬を染めていた。


「俺はシュリアだ。助けてくれてありがとう……その……大丈夫かい?」

「ええ、シュリアさんご心配ありがとうございます。私はスター商会の会頭、ララ・ディ……ララです。ここには自分で望んできたので大丈夫ですよ」


 レディのお辞儀をしてその場を後にすると、後ろではスター商会の会頭だって……とかあの噂の聖女様なのか……とか声が上がっていたようだった。ラーヒズヤや他の高位の警備隊員はそんな事は聞こえず、私達は尋問室へと向かったのだった。


 尋問室は机と椅子が置いてあり、窓には鉄格子が付いていた。前世のテレビドラマの様な物を期待したのだが、特にマジックミラーの様な物があるわけでも無く、鉄格子以外は普通の部屋だなと思う様子だった。

 私はラーヒズヤと向かい合って座らせられた。他の高位の警備隊員は数人が扉を守る様に立ち、数人が窓の所に立ち、残りは私とラーヒズヤを囲むように立っていた。こんなに大勢ここに居て仕事は大丈夫なのかな? と思ったが、私を尋問することが仕事なのかと気が付いて思わず吹き出しそうになってしまったのだった。


「さあ、少女よ、自分の罪を認めろ、そうすれば投獄することは見逃してやろう、警舎内の一般部屋に置いてやってもいい、さあ、どうする」

「ああ、そう言うのは結構です。罪を認めるも何も、私は犯人では無いので認めようが無いです。その事は貴方達が一番よく分かっていますよね?」


 ラーヒズヤはまだ脅せば私が怯えると思っていたようだ、周りを囲む警備隊員たちもラーヒズヤと同じ気持ちだったのか、私が怖がらない事にポカンとして居る様だった。


「き、貴様、投獄されても良いというのか?!」

「ええ、是非お願いします! その為にここまで付いてきたんですから」


 やっと子供たちがお世話になった ”おじさん” に会えるかもしれないと思うと、嬉しくて手を叩いて喜んでしまったのだが、それがラーヒズヤは気に入らなかった様でギリギリと歯ぎしりを立てていたのであった。

 

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