第246話 投獄②

「な、な、なんて生意気な餓鬼だ! 許さない! お前は明日の朝まで投獄してやる」

「わあ、本当ですか! 有難うございます!」


 ラーヒズヤのいう事が決定なら明日の朝まで ”おじさん” を探す時間があるという事だ。とても腹が立つ人だが少しは良いところがある様だ。ゆっくりと探す時間をくれたラーヒズヤには心から感謝したのだった。


「お前は、投獄の意味が分かっているのか!」

「ええ、勿論です。楽しみです。有難うございます」


 あっけに取られている周りの警備隊員たちにラーヒズヤは赤い顔でプルプルと震えながら指示を出した。その姿はトイレを長い時間我慢している様だった。気の毒になるようなその姿に深呼吸をすればいいのになと思った。だがこれまでの仕打ちを考えると、親切な言葉を掛ける気にはなれなかったのだった。


「この娘を牢屋へ連れて行け! 泣いてもわめいても出すことは許さん! 後悔させてやれ!」


 ラーヒズヤが指示を出すと私の両横にいた警備隊員二名が私の手をそっと掴んだ。どうやらこれから牢屋に連れて行かれるようだ。私は部屋にいる皆に笑顔でお辞儀をすると二人に連れられて部屋を後にした。


 背の高い二人の男性に捕まった宇宙人の様に連れられてテクテクて警舎の奥へと進んで行くと、鍵つきの二重の鉄格子の扉があった。そしてそこを通り抜けて行くとまた分厚い扉があり、そこの鍵を開けて中へと入ると、沢山の囚人らしき人達が5、6人ずつ鉄格子の牢屋に入れられていた。匂いが酷く以前のスラムの空気を圧縮したかの様だった。どうやらここでもトイレは垂れ流しの様だ。

 囚人達は私の姿を見つけると鉄格子をガシャガシャッと音を立てて興奮しだした。


「餓鬼がきたぞー」

「女だ、女だ!」

「俺によこせー!」

「可愛がってやるぜ!」


 などと喜んで騒いでいるのが分かった。周りを見渡して見るとここには男性しかいない様だ。女性は別の場所なのか、それとも女性の場合はさっさと売りに出されてしまうのか、とにかくか弱い女性は私一人だと言う事が分かった。

 警備隊員達は誰もいない牢屋に私を入れると鍵をかけて出て行った。少しニヤニヤしていたので、ここで私が泣き出し弱音を上げるのも時間の問題だと思った様だった。

 私は二人が牢屋を出て行くのを確認すると、牢屋の鉄格子に手を掛けた。そして身体強化を使って鉄格子を広げると通路へと出たのだった。


 向かい側の牢屋にいた男達は目にした物が信じられないといった表情で私の行動を見ていて、騒ぐのを止めていた。だが見て居なかった、あるいは見えなかった者達は私が通路に出た事で益々騒ぎ出した。


「嬢ちゃんこっちへ来い、可愛がってやるぞ」

「おいちゃんが遊んでやるからおいでー」


 ギャハハ! など酷い笑い声まで聞こえた。私はまずはこの酷い匂いを消そうと思い、牢屋全体に洗浄魔法を掛ける事にした。囚人達は一気に明るい光に包まれた後、牢屋内が綺麗になった事に驚き、ピタリと騒ぐのを止めた。


 すると一人の体の大きな熊の様な男性が私に話し掛けて来た。囚人達のその人を見る様子からこの人がこの中で一番強いのかなと思った。


「おい、ガキンチョ、お前何者だ……今何をした……」


 熊の様な男性は私が牢屋から出た事も見ていた様で、とても警戒する様な目で私を見ていた。同じ牢屋に入れられている他の人達は男性の動きを待っているようだった。


「こんにちはー。私はスター商会の会頭のララです。今のは洗浄魔法です。私はある人物を探しにきたのですが、オベロンさんて方はここに居ますか?」

「……オベロンに何のようだ……」


 周りは静まりかえっていた為に私がスター商会の会頭と言うのが聞こえたようで、またザワザワと騒めきだした。だが先程までの馬鹿にする様な物ではなく、ヒソヒソと 本物か? とか アレがスター商会の会頭か? とか疑問の声を上げている様だった。


 私はそんな事は気にせず熊の様な男性の質問に答えた。


「ウチの子達がオベロンさんにお世話になった様なのでお迎えに来ました。貴方がオベロンさんを知っているって事はここに居るって事ですよね?」


 期待してそう聞いてみると熊の様な男性は頷いてみせた。だが益々私を警戒して居る様だった。


「おまえ、普通の餓鬼じゃないだろう……」

「いえ、ただの子供ですよ。どうしてですか?」

「さっきのは普通の人間が使える魔法じゃねー……それに……お前はこの場所を全く怖がってないだろう……そんな餓鬼がいるはずねー」


 私は熊の様な男性の言葉になる程と頷いた。リアムが初めて会った時に私が使った魔法を誰でも使える様な物では無いと言っていたが、こういう時に警戒されて面倒になってしまうのだなと分かった。私は男性に七歳児だと分かる様に説明をすることにした。信用してもらえなければオベロンの事を教えてはくれないだろう……


「あの、お兄さん」

「お、お兄さん?! って俺の事か?」


 私はお兄さん呼びされて驚く熊の様な男性に頷く、大柄で髪も髭も伸び切っている為老けて見えるかもしれないが、20代かな? と思える様子だった。その人をおじさん呼びは失礼だと思ったからだ。それだけの事だったのに熊の様な男性は何だか嬉しそうな様子だった。


「ハハハ、俺を人間としてお前は見るんだな……」

「えっ? 人間じゃないのですか? えっ? 幽霊?」


 私だけに見える幽霊なのかとちょっとワクワクしたら熊の様な男性は大きな声で笑い出した。ガハハハッ! と笑う声は何だかマトヴィルみたいで好感が持てた。気の優しい良い人の様だった。


「俺は獣人族とのハーフだ」

「獣人族の方なのですね、初めてお会いしましたー。よろしくお願いします」


 だからこの青年は熊の様な風貌なのだなと納得できた。逞しくて、普通の人間より一回り大きい感じだ。今は座って私を見ているが立てばジュリアンより大きいのではないかと思えた。私が初めて獣人族に会った事を喜んでいると、熊の様な男性は目を真ん丸にして驚いた顔をした。先程までの警戒している様子は無くなり、なんだこいつと思って居る様だった。


「お前は……俺が怖くないのか?」

「えっ? 怖い人なのですか? 優しそうに見えますけど……」


 この人だけは最初から私をからかう事はしていなかった。勿論騒いでいた人たちの中には、本気で心配してくれていた人もいたかもしれないが、殆どが ”女の子” に興味があったのだろう。だけどこの青年が話しかけたことで、それが収まった。小さな子を少しでも怖がらせないようにと気を使ってくれているのだと思った。熊の様な男性は私の言葉を聞いてニヤリと笑った。


「ハハハ、嬢ちゃん、いや、ララだったか、気に入ったぜ。俺はベアリンだ。宜しくな」

「ベ、ベアリン?! かわっ……素敵なお名前ですね」


 ベアリン! 可愛い! 熊の子みたいな名前!


「ハハハ、ああ、変わった名前だろう、狼族の伝統的な名だ」

「ええっ! 狼?!」


 熊じゃないの?! 狼?! どう見ても熊だよね?!


「ハハハ、面白い餓鬼だなー。狼に見えねーって顔に出てるぜ」


 ベアリンは私が狼に見えないと思った事が何だか嬉しそうだった。獣人族の血が入っている事で、今まで嫌な思いをしてきたのかもしれない。でもベアリンは熊の様な大男には見えるが獣人族の、それも狼には全く見え無かった。耳も普通だし、尻尾も無いのだ。これでどうやって獣人族の血が入っていると分かるのかが全く不思議なのだった。


「えーと、ベアリンさん、もう少しお話がしたいので出て来てもらっても良いですか?」

「えっ? いや、出るって言ってもよ……」


 戸惑って居るベアリンが入っている牢屋の鉄柵部分を私はグイっと開いて見せた。大人が曲げることのできない鉄の柵を簡単に開いてしまったことに、ベアリンと他の囚人たちも驚いている様だった。皆口を開け、ポカンとして私を見ていたのだった。


「取りあえずベアリンさんだけ出て貰っても良いですか? 他の皆さんはタルコット……あー、領主様と相談してから今後の事を決めさせていただきますね」


 ここに収容されている囚人の人たちの中には本当に罪を犯した者も居るだろう、それを私の判断で勝手に出すわけにはいかない、後でタルコットやアダルヘルム、リアム達に相談して私の様に嘘の理由で捕まった人は出して上げるべきだろう。あのラーヒズヤなら気に入らない人は罪をでっちあげて収監している事はすぐに想像できた。あの子達の恩人である ”おじさん” ことオベロンもその一人なのだから。


 ベアリンが牢屋から出たので、私はまた鉄の柵を元に戻した、少しぐねっと曲がってしまったが、気にしないで置いた。まだ驚いた顔をしているベアリンに先ずはどうして捕まったのかを聞いてみることにした。


「ああ、捕まった理由か? ”あいつら” が酒場で嫌がる女に手を出してたんだよ、それでついカッとなっちまってな……」

 

 ベアリンが言う ”あいつら” とは高位の警備隊員たちの事だろう。自分たちの地位を使い、街でやりたい放題だった様だ。まあ、副領主であり、護衛大臣だったブライアンの様子を見ればそれも納得であった。上が好き放題なのだ、下につく物も似たような事をするだろう。


「じゃあ、ある意味正当防衛ですね」

「ああ、だが、ちょっとばかし力が強すぎちまってな、あいつらが吹き飛ぶだけでなく店まで壊しちまったんだよ……金もねーし弁償できなくてな……」


 どうやら店の壁を壊してしまった様だ。助けた女性は先に逃がしていたのでベアリンが悪くないと証明してくれる者はおらず、店の者は警備隊員たちに怯えて許すとは言えなかったそうだ。仕方なくベアリンは逮捕され、それからずっとここに居る様だが、いずれはヴェリテの監獄行きだろうとベアリンはいった。ただし、ここ数ヶ月はヴェリテの監獄に送られる者がいないのだそうだ。その為ずっとここで収容されているらしい。


「ヴェリテの監獄で何か有るのかもな……新しい人間を入れたくは無いんだろう……」


 私の脳裏には爆弾魔にされた人たちが浮かんだ。奴隷契約をさせて爆弾魔に仕立て上げる。都合よく洗脳が済んでいる者たちの所へ、普通の常識を持った人間を会わせたくないのかも知れないなと少しだけ思った。そして人の命を弄ぶ犯人にはまた怒りが込み上げてきたのだった。

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