第244話 事件③

 私は次に倒れて居る人たちの所へと向かった。そこには小さな子を守る様にして倒れている母親がいた。母親のそばで泣いている子供に 「大丈夫よ」 と優しく声を掛け、母親の様子を見た。怪我はしているが命には別状はない様だった。すぐに癒しを掛け、気が付いた母親にポーションを飲ませた。子供は元気になった母親を見て安心したのかもっと泣き出してしまった。母親はそれを見て子供にギュッと抱き着いた。

 罪のない子供にこんな恐怖を味合わせた犯人の事が許せなかった。絶対に捕まえてパンチを思いっ切り入れてやろうとそう思った。


 私が怒りに燃えていると、泣いていた子供が落ち着いたからか、私の袖をクイックイッと引っ張って来た。ピートぐらいの年の子だろうか、とっても可愛いかった。


「お姉ちゃんありがとう」


 私はお礼を言ってきた子の頭を撫でると、痛いところや怪我は無いかと聞いた。子供は遠慮してか擦り傷があるのに首を横に振った。私は直ぐにこの子にも癒しを掛けた。子供は温かい光に包まれると、ほんのり頬を染め、笑顔を取り戻したのだった。


「お姉ちゃん凄い!」

  

 ニコニコと喜ぶ子供の頭をもう一度撫でて離れようとすると、今度は母親にお礼を言われた。私は直ぐにこの場から逃げるようにと伝えた。


「あ、あの……貴女は……」

「スター商会の会頭です。この場は危険なのですぐに逃げて下さいね」


 頭を下げる親子に別れを告げ、私は皆を安心させるためにスター商会の会頭と名乗りながら倒れている人たちにどんどん癒しを掛けてポーションを与えていった。倒れている人や怪我人がいなくなっり、お礼を言って走り去っていく皆の様子を見ながら元気になってよかったとホッとしていると、ふらふらとしながら歩いている一人の青年が目に付いた。

 私は直ぐにその青年の前に行くと、青年はうつろな目で涎を垂らし、手には爆弾を幾つも持っていた。どうやらこの青年が爆弾魔の様だった。


 私は先ずは青年に癒しを掛けた。すると、青年は 「ううう……」 と言いながらその場にしゃがみ込んだ。そして苦しそうに首元を押さえ、地面をのたうち回った。癒しを掛けられたことで体の中で何かが戦って居る様だった。青年が放り投げた爆弾には火は付いていなかったが念の為、結界で包み込んだ。魔力を通すものようだったので誰かが触れば簡単に火は付いてしまうだろう。

 苦しむ青年を身体強化を使って抑え込むと、私は青年に無理矢理中級ポーションを飲ませた。大分が口の端から零れてしまったが、それでも青年の顔色はスーッと良くなり、荒い呼吸を繰り返したあと、やっと落ち着いたようだった。私は青年に今度は水を飲ませると、普段の様子に戻った青年に何があったのかを聞くことにした。


「貴方は奴隷ですか?」


 アダルヘルムやリアムの様に無理矢理服を剥がさず、正常そうに戻った様子だったので、訪ねてみた。青年は頷いた後、辺りの建物が崩れ落ちているのが目に入ったのか青い顔になりながら小さく頷いた。


「……俺が……俺がこれをやったんですか?」


 自分の近くに爆弾が落ちていたためそう思った様だった。私は結界で包んだ爆弾を魔法鞄にしまいながら、青年に頷いて見せた。青年はショックからか 「ああ……」 と言いながら顔を覆ってしまったのだった。


「大丈夫ですよ。怪我人は皆元気になりました。心配いりませんよ」

「ほ、本当ですか?!」


 青年はホッとすると自分の体をギュッと抱きしめた。恐怖が襲ってきた様で、震えて居るのが分かった。私は安心させるように青年に微笑むと、そっと青年の手に私の手を重ねてまた話しかけた。


「契約に反しない範囲で構いません、何が有ったか教えて貰えますか?」

「あ、あの……貴女は……」

「スター商会の会頭です。大丈夫、悪い様にはしませんからね」


 青年は少し涙目になりながら頷くと何があったのかを話し出してくれた。どうやら主に薬を飲むように強要させられたようだった。契約で縛られている奴隷の彼にはそれにあらがう手段は無かっただろう。益々犯人への怒りが込み上げてきたのだった。


「貴方は奴隷の印があるのですか?」

 

 青年は頷くと、自分の服をめくって私に痣を見せてくれた。それは大人の男性の握りこぶしサイズの魔法陣の様な文様が入った物だった。焼き付いた傷痕に苦い気持ちが溢れてきた。こんな制度は無くなって欲しいものである。


「貴方は借金奴隷? 犯罪奴隷?」

「借金奴隷です。”スカァルク” って店の奴に親が騙されて、俺は売られました。小さい頃はもうちっと可愛げのある顔だったんで……」


 青年は髪が伸び切ってボサボサの頭をしていたが、手入れをすれば綺麗な紫の髪の様だと思った。瞳も赤い色だった事から小さな頃はさぞかし可愛かっただろうと納得できた。だからこそ騙されて借金のカタに入れられてしまったのだろう……


「”血の契約” はしていませんね?」

「は、はい……奴隷契約だけです」

「分かりました。主の事を喋れない以上貴方がここに居るのは危険です。スター商会の場所は分かりますか?」

「ちゅ、中央地区の?」


 私は頷くと青年に少しのお金と事情を書いた手紙を渡した、これでスター商会でこの青年の事を保護してくれるだろう。


「スター商会までは距離があります。このお金で辻馬車に乗ってスター商会に行ってください。この手紙を見せれば従業員には分かるはずです」

「は、はい……でも……あの……」

「いいですか、貴方は悪くない、悪いのはこんな事を計画した人間です。さあ、直ぐに逃げて」

「はい……有難うございます!」


 青年は私に頭を下げると駆け出していった。無事にスター商会にたどり着ける事を祈りながら私は青年を見送ったのだった。


 私は青年が去った後、この首謀者を探すべく探査を行おうとした。犯人は必ずこの様子をどこかで見ていると思ったからだ。けれどそれは必要なかった、何故ならあちらから私に近づいて来てくれたからだ。探す手間が省けたと少しニヤリとしてしまったのだった。


「いた! こいつだ! この餓鬼がスター商会の会頭だ!」


 私の事を指さしながら叫ぶのはエストリラ街で裏ギルドのアジトとされていた ”スカァルク” の店に居たガマガエル事小太りの小さな男、そう ”小太男” だった。顔は青ざめ、まるで化け物でも見るかのように怯えながら私を指さしていた。傍には仲間だろう位の高い街の警備隊員達が大勢いた。その中には商業ギルドのオリバーが亡くなった時に来た警備隊員たちや、スター商会に因縁を付けに来た男達が来たときに、過剰防衛だと乗り込んできた警備隊員たちもいた。

 それに私が倒した裏ギルドの人たちとされている男たちも武器を持って私を取り囲むように集まっていた。青い顔で怯えている者とニヤニヤとしている者と二通りで、私が暴れた事を……いやいや話し合いに行った時にその場にいた者と、それを知らない者で様子が全く違ったのだった。


 叫んだ小太男の方へと顔を向けると、小太男は 「ひっ」 と言って警備隊員の後ろへと隠れてしまった。私の正当防衛による攻撃を覚えて居る様だった。


「おい、子供、お前が本当にスター商会の会頭なのか?」

「ええ、そうですが、それが何か?」


 私が強がっていると思ったのか、警備隊員の男たちは馬鹿にする様な嫌な笑いを私に向けてきた。それに釣られるように小太男やスカァルクの店で倒した男たちも 「ハハハ」 と感情のこもらない渇いた笑い声を上げていたが、その顔は明らかに引きつっていた。


「お前を逮捕する」

「逮捕ですか? どういった罪でしょうか?」

「この爆発の犯人はスター商会の会頭であるお前だ! それが罪状だ」

「はあ……?」


 正直言って子供の私でもかなり無理のある言いがかりだなと思ったが、この人達は今までそう言った無理難題が通って来たのだろう。自分たちの意見にかなり自信がある様だった。


「あのー、どうして私がこの街に爆弾を仕掛けないといけないのでしょうか? 壊すぐらいならスター商会として慈善活動など行わないと思いますが?」


 子供がこれだけの大人に囲まれても怖がらず、意見を言ってきたことに警備隊員のリーダーらしき男性はグッと眉毛を眉間に寄せて驚いた顔をした。素直に応じるとでも思っていたようだ。


「……慈善活動は、攻撃の前の……あー、そう、事件を隠すための作戦だ。どうだ、図星だろう!」


 男は 「ハハハハハ」 と偉そうに笑っているが、馬鹿丸出しに見える、だが、周りの警備隊員達はそうだそうだと頷き納得顔だった。ただ小太男やスカァルクの店で倒した男たちは私が何かするのではとビクビクして居る様だった。


「それじゃあ、自分の店に爆弾魔を送り込んだのも私だと?」


 そんな馬鹿な会頭が居るのかな? と思いながら聞くと、警備隊員のリーダーはその通りだと抑揚に頷いた。周りの警備隊員達も同じく頷く。アホばかりの様だ。


「では商業ギルドへの攻撃は?」

「それは日頃の恨みからであろう、あのようなお化け屋敷のあった土地しか売って貰えず、それも商品には安い値段しか付けてもらえないのだ。スター商会の会頭が商業ギルドを逆恨みしても無理が無いという物だ」


 自分の意見が良く出来ているとリーダーは満足そうだった。


「では公共団地への襲撃は?」

「ふっふっふ……それこそスター商会の会頭のたくらみよ、お前は領主様に取り入って、この街を乗っ取る気でいたのだろう、全てはこの事件で明るみとなった。さあ、お前はもう言い逃れは出来ないぞ!」

「はあ……?」


 また満足そうに笑う警備隊のリーダーの妄想には呆れるしかなかった。とにかく私を悪人にして捕まえたいようだ。それも爆弾事件の首謀者としてだ。少しだけコメディみたいで面白いなと思ったが、呆れるしかなかった。

 私が商業ギルドのギルド長であるベルティや領主のタルコットと仲が良いことも良い具合に勘違いしてくれたようだ。


「えーでは、貴方は7歳の私が爆弾事件を起こしたと言いたいのですね?」

「む、嘘をつくな、お前は小人族かエルフの者だろう、子供のはずがない!」


 スター商会の会頭が子供という事は彼らの中ではあり得ない事のようだ。益々面白いなと思ってしまった。私がニヤニヤとしだしたせいか小太男と仲間たちは段々と顔色が悪くなっている様だった。でも警備隊員の男たちはこれだけの人数が居るのだからと、子供相手に安心しきって居るのが丸わかりだった。


「それで私を捕まえてどうするのですか?」


 私が観念したと思ったのか、リーダーは嬉しそうに頷くと嫌な笑顔を私に向けてきた。それは値踏みするような下品な視線であった。こんな人が街の警備隊員なのかと思うと残念で仕方が無かった。位の低い人達は一生懸命ブルージェ領の為に働いているのに、この人達が領民からの評価を下げて居るのだろうなと思うと残念で仕方なかった。


「お前は見た目が良いから奴隷として良い値段で売れるだろう……最終的には犯罪奴隷として闇ギルドで高値で販売してやる」


 自分たちもその美味しい話に在り付けると思ったのか、他の警備隊員たちまでリーダーと同じ様な嫌な笑いになった。きっと私を売った金を分け合うのだろう。


「だが先ずは警舎へ行って尋問だな……ふっふっふ、たっぷり可愛がってやるからな」

「警舎ですか?! やった! 有難うございます!!」


 私が ”警舎” と聞いて喜ぶさまを見て、警備隊員達は驚き、小太男と仲間たちは 「ひぃぃ」 と小さな悲鳴を上げたのだった。

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