第243話 事件②

 リアムは指示の途中だったので、手を上げて護衛の皆に待つようにと合図を出すと。魔法鞄から 『ピーピーピー』 と音を出し続けている通信魔道具を取り出した。そして客に聞こえないようにとキッチン付近まで移動すると、通信を始めた。


「リアムです」

『リアムかい、ベルティだ』


 連絡をよこしたのは商業ギルドのギルド長である、ベルティーナ・ランゲだった。人ごみの中に居るのか周りのざわめきが聞こえ、そしてベルティの言葉はいつもよりも早口に感じた。すると私達が感じた嫌な予感通りのことをベルティは口にしたのだった。


『商業ギルドに爆弾魔が来た。三人だ。そっちはどうだい?』

「ええ、こちらにも一人ですが現れました」

『やっぱりかい……出来ればそっちの爆弾魔も見たいのだが、店の様子はどうだい?』

「ええ、大丈夫です。落着いています。これからすぐにそちらに爆弾魔を連れて向かいます」


 そう言ってリアムは通信を切ると皆に指示を出した。

 商業ギルドにはリアムと共にリーダーのメルキオールと、爆弾魔を連れて行くのでトミーとアーロそしてランス、ジュリアンが行くこととなった。他の皆は客の対応だ。商業ギルドが襲われたこともあるので残りたい客は残らせていい事としたが、新たな客はどの店も入れないようにとのことだった。

 イライジャがスター・リュミエール・リストランテにローガンがスター・ブティック・ペコラにスターベアー・ベーカリーは双子たちが客の対応の担当をすることになった。ジョンはリアムの部屋で、皆との連絡を取る係りだ。護衛の子達は客対応の手伝いと勿論店の警備だ。スター商会にはアディとセディがいるので心配は無いのだが、リアムは最後に私をジッと見た後で、クルトに指示を出した。


「クルト、ララを頼むな……」

「はい。勿論です」

「ララは店で待機だぞ!」 

「はーい……」

「ああ、それからジョン、裁縫室のノアやブリアンナ達にもこの状況を伝えておいてくれ」

「畏まりました」


 リアムは私の頭に優しくポンポンと手を置くと皆と出た行った。残されたメンバーは早速指示に従う。私はジョンと一緒に裁縫室へと向かった。ノアやブリアン達に状況を話に行くためだ。彼女たちは部屋に籠っているのでこの事件には全く気が付いていないだろう。


 裁縫室へと入るとやはり皆楽しそうにお喋りしながら仕事をしていた。勉強が終わって手伝いに来ていた、リタやブライス、アリスも一緒だ。それにロージーもビール祭りから続いているブリアンナ達の忙しさを見かねて裁縫の仕事を手伝ってくれて居る様だった。私やジョン、クルトの怖いぐらいの厳しい表情を見ると、皆が話をやめ、こちらに顔を向けてきたのだった。


「ララ、何かあったの?」


 私は部屋に居る皆に、スター商会に爆弾魔が来たこと、そして商業ギルドにも来たことを伝え、今店にいる護衛達や各店の従業員がこの店に残されている客の対応をしてくれている話をした。するとマイラとロージーが声を上げた。


「では、私達も手伝いに行ってきます」

「私達にも出来る事があるはずですわ」


 他の子達も頷くと直ぐに部屋を出て行こうとした。私が皆にくれぐれも店の外には出ないようにと伝えると、皆また頷き足早に階段を降りて行ったのだった。


 私とノアとクルトはジョンと一緒にリアムの執務室へと向かった。部屋に着くと通信魔道具を出して、いつでも連絡が取れる状態にした。ジョンは私達の気持ちが落ち着く様にとお茶を出してくれた。ジョンは本当に気配りが出来る優しい人だと思った。


 お茶を飲んでいると部屋にテケテケと可愛い足音を立ててイライジャの賢獣のジャンが入って来た。緑色のもしゃっとした体がとても可愛い。主のイライジャがここに居ると思って飛び込んできたのだろう。

 ジャンは主であるイライジャが居ない事に気がつくと私の手の中へピョンっと飛んできた。なんて可愛いのと目尻を下げていると、驚く事を口にしたのだった。


(神様、大変だぜー。公共住宅に爆弾魔が来るぜー)


 それを聞いて私はすぐに飛び出そうと思ったのだが、ノアに手を引かれ引き止められた。危ないから行っては行けないと言うことの様だ。でも公共住宅の護衛にはまだ若いペイトンとリッキーしかいない。だいぶ鍛えて強くなったとは言え、商業ギルドの様に複数の爆弾魔が来たら凌げるか分からないだろう。私の不安が分かったからか、ノアは頷くと公共住宅には僕が行くと言い出したのだった。


「ララ、公共住宅には僕が行くから安心していいよ」

「ノア、一人じゃ危ないわ……私も一緒に行く」

「ダメだよ。ララが一番危険だ。大丈夫。僕は女の子の為じゃなきゃ無理はしないからね」


 ノアは重い空気を跳ね除ける様にウィンクをして微笑んだ。そしてリアムの執務室を出て行こうとしたので、私はクルトに声を掛けた。


「クルトお願い、ノアに付いて行って」

「しかし……」

「私は大丈夫。店の中に居るし、ジョンも居てくれるから。ノアは人形なの、途中で何かあったら動けなくなってしまうの。だからお願いします」


 頭を下げようとする私をクルトは止めると首を横に振った。そして-ー


「ララ様、俺は貴女の奴隷です。頭を下げちゃならねー。願いがあるなら命令してくだせー、それが貴女の仕事だ」


 本当は危険かもしれない事をクルトに命令などしたくなかった。だけど笑顔で指示を待つクルトを見ると、私は頷き主として命令を出したのだった。


「クルト、ノアと共に行動しなさい。公共住宅の皆を守る様に。これは命令です」

「はい、かしこまりました!」


 クルトはとても嬉しそうに頭を下げると扉の前で待っていたノアと一緒に部屋を出て行った。そして私は落ち着かない気持ちのまま、ジョンと一緒に通信魔道具の前で連絡を待ったのだった。


 暫くしてふと外を見ると白い煙りが遠くで上がっているのが見えた。スター商会はこの街で珍しい三階建ての建物だ。その為窓からはかなり遠くまで見渡せることが出来る、その上身体強化を掛ければハッキリと煙りの出所を見るのは容易い事だった。


「ジョン、あれはエストリアの街のスラムがある辺りでは無いですか?」


 私が窓を開け外を見てジョンに問いかけると、ジョンはスター商会がいつも炊き出しをしている辺りだと教えてくれた。ノアとクルトが向かった公共団地はエストリアでもトレイドの街とポルトの街に近い場所にある為、炊き出しをしているスラムの辺りとは少し離れている。その為二人が気が付くかは分からなかった。それに二人は公共団地の守りの為に向かったのに別の場所に向かうのは無理があるだろう。これは誰かが行かなければならないとそう思った。


「ジョン、あの煙の確認に私が向かいます」

「ララ様何を、絶対にいけません! 危なすぎます!」


 慌てて私の腕を掴んで離さないジョンに私は首を振った。たとえ危険だとしても、もうスラムに住む人たちは私の顔見知りだ。彼らが危険な目に合っているのは耐えられなかった。それにスター商会の会頭としてここで黙ってジッとしている事など出来なかったのだ。


「ジョン、大丈夫です。私は何か有っても転移することが出来ます。それに作ったばかりの防犯グッズもあります。スラムの皆の安全が確認できたらすぐに戻ってくるので安心してください」

「しかし……」


 私はまだ私の腕を掴んで離さない心配げな様子のジョンに会頭として指示を出すことにした。悩んでいる時間など無いのだ。庶民には、それもスラムの人たちには防衛手段だってないのだから……


「ジョン、これはスター商会の会頭としての命令です。私はスラムに行きます。貴方はここで待機して皆との連絡を繋いでください、良いですね!」

「は、はい!」


 私は不安げなジョンを安心させるように笑顔で頷くと、直ぐに自分の魔法で転移した。場所はラウラとパオロの家の庭だ。ここなら結界が張ってあるので誰にも転移を見られることは無いため安全だ。念の為二人の家を確認したが、二人はこの時間はスターベアー・ベーカリー二号店で働いている時間なので、家は留守だった。私はノアとクルトが無事に二号店に着いてくれていることを祈りながら結界を飛び出した。


 パオロから教わった秘密の通り道をドレス姿で何とか通り抜けていく、少しビリっと破れる音が聞こえたりもしたが、気にせず進んでいった。とにかく早くしなければと気持ちばかりが焦り、数分の距離のはずなのにとても長く感じた。

 最後の壁の穴にたどり着いたところで、ドーン! と大きな音がした。そして新たな煙が上げるとともに、悲鳴を上げる人々の声が聞こえてきた。やはりスラムにも爆弾魔が現れていたようだ。


 私は大急ぎで最後の穴を通り抜けた。するとそこには血を流す人や、逃げまどう人、瓦礫の中に埋もれて動けなくなっている人たちがいた。信じられない酷い惨状に私は思わず息をのんだ。なぜこのような酷いことをするのかと犯人に対して強い怒りが込み上げてきたのだった。


 私は身体強化をかけ、先ずは瓦礫に埋もれてしまっている人たちを助け出した。足が挟まれている人や、痛みで唸って居る人、頭から血を流し倒れて居る人、そして小さな子達まで居た。何の罪のないこの人達がこんな酷い傷を負っている事が許せなかった。


「大丈夫ですよ。助けに来ました。今癒しを掛けますからね!」


 私は瓦礫から助け出した人たちを安心させるように声を掛けた後、ケガをしている人たちに一遍に癒しを掛けた。皆温かな明るい光に包まれると驚いた顔をして私を見ていた。

 そんな皆に魔法鞄からポーションを取出し、飲ませた。すっかり元気になった様子の皆に逃げるように伝え、次の怪我人の所へと向かおうとした私に一人の領民が話しかけて来た。


「あの……有難うございました……」

「いいえ、気になさらないで、直ぐに逃げて下さいね」

「あの……お名前は?」


 私は ”ディープウッズ” と名乗るわけにはいかないだろうと思い、話しかけて来た不安げな領民を安心させるように優しく微笑んでから


「スター商会の会頭です」


 と言ってその場を離れた。彼らが呆然と立ち尽くし 「聖女様……」 と呟いていた事など、次の怪我人の事しか頭にない私には届くことは無かったのだった。

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