第242話 事件

 私はリアムからの話を聞いて前世の記憶を頼りに防犯グッズを作ることにした。


 うーん……催涙スプレーは使えるよね、防犯ブザーもあると良いかな? スタンガンは必要かな? うーん……魔法のある世界だからなぁ……


「ララ様、大丈夫かい? 何か悩んでんのか?」


 私がうーんうーんと唸っていると一緒に作業部屋へと付いてきたクルトが心配そうに声を掛けてきた。先程、リアムからの裏ギルドの話があった為、何かを思い悩んでいると思った様だった。

 私はクルトの方へと向くと防犯用の新商品を作っているのだと話し、そしてクルトからも案をだして貰う事にした。


「でもララ様、この俺にもくれた ”みさんが?” ってやつがあるじゃねーか、それだけで十分じゃないのか?」

「うーん、一対一ならそれで逃げられるけど……複数だとね……特に女性は無理でしょう?」

「そんな事いったら後ろから襲われた時点でもう無理じゃねーか?」

「そこをなんとかしたいのだけど……」


 それからクルトと隠し武器を作ったらどうかとか、網が飛び出す爆弾を作ったらどうかとか、魔獣の映像が出て脅かしたらどうかなど色々と話し合っているうちに、あっと言う間にディープウッズ家に帰る時間になってしまった。何だか不完全燃焼の様な作業となっていしまい、物足りない気持ちだった。

 でもクルトがディープウッズ家に戻る転移部屋へと続く廊下の間もずっと うーん…… と防犯グッズに付いて悩んでくれていたので、不謹慎だが何だかとっても嬉しくなったのだった。


 屋敷に戻るとすぐにアダルヘルムに呼び出された。どうやらアダルヘルムの所にもリアムから話がきた様だ。私とノアとクルトは直ぐにアダルヘルムがいるお母様の執務室へと向かった。クルトは部屋に入る前からほんのりと頬を染めていてお母様に会う事に緊張しているようであった。まるで憧れの芸能人に会う前のファンの様で可愛かった。


 部屋に入るとノアは直ぐにお母様の所へと駆けて行った。相変わらずのお母様大好きっ子である。私もいつかノアの様に可愛い子供が欲しい物だ。そう思いながら席に着くとアダルヘルムが早速話を始めた。


「ララ様、裏ギルドの者たちの件は聞いておられますか?」


 アダルヘルムの言葉に 「はい」 と頷く。そのそばでは丁度ドワーフ人形のトートがお茶とノアの大好きなクッキーを運んできてくれた所だった、とても慣れた手つきですっかり一人前のメイドの様で、微笑みが少しアダルヘルムに似ていてドワーフのクール美女という風で可愛かった。


「ディープウッズの森の端にある研究所は、暫く結界魔道具で見えなくする様にとリアム様にお伝えしました。それから店だけでなく、スター商会と関わりのある商業ギルドにも注意を促すようにとお伝えを致しました」

「はい、勿論です。皆の安全が一番ですから」


 今度はお母様とアダルヘルムが私の言葉に頷いた。ノアはお母様に甘えながらクッキーを食べていて、クルトは私の横で真剣な表情で頷いていた。その顔を見て力強い味方が側に居ることに安心できた。クルトはスラムに居た時街の警備隊員達に嫌がらせを受けている。今回裏ギルドの者たちを逃がした警備隊員には思う事があるのだろう。


「クルト、ララ様の行動には気を付けて欲しい、目の前で何か有ると、すぐに行動されてしまう方だ、注意を怠らないように」

「はい。分かりやした」

「ララ様も、お一人で動こうとしないようにして下さい、宜しいですね!」

「は、はい……」

 

 アダルヘルムとの話し合いが終わったので部屋に戻ろうと席を立ったところで、お母様に手を引かれた。そしてギュッと抱きしめられた後、お母様は私の頬に手を添え、優しく話し出した。アダルヘルムとノアはそれをジッと見つめ、クルトは真っ赤な顔で固まっていたのだった。


「……ララ……これから先何があっても自分を信じ、周りを信じて強く生きるのですよ……」

「……お母様……?」

「貴女はとても聡く、優しく、そして強い子です。どんな時も憎しみより愛することを優先していくのですよ……貴女はアラスター様と私の自慢の娘なのですからね……」


 頷く私をお母様は優しく撫でてくれた。お母様が話してくれた言葉は突然の事だったけれど、きっと何かあるのだろうと思った。お父様やお母様が守ってきたこの世界を私もいつか守れるようになりたいと思っている。でもそれは決して一人の力でやる物ではなく、皆と協力して少しでも世界の平和の為に、ディープウッズに生まれてきた娘として尽くしていけるように頑張りなさいとそう言われた気がした。私はもう一度頷くとお母様の部屋を出て自室へと向かった。




 次の日スター商会へと向かうと、早速クルトと考えて作った防犯グッズをリアム達に見せることにした。皆裏ギルドの件があるだけに興味津々だ。


「先ずはこれ、催涙【スプレー】」

「「「催涙、すぷれい?」」」」


 可愛い発音をする大人男子たちに少しクスリとしながら、スプレーの使い方を説明する。実際に部屋の中で結界を張って使ってみても良いが、倒す相手もいないので、説明だけにした。

 相手に向けてスプレーを噴射させると涙は止まらなくなり、痛みで咳き込むと思うと伝えると、皆ゾッとしたように青くなっていしまった。症状を治す薬も勿論作ったが、両方とも販売するつもりはない。スター商会の仲間内で使う予定だ。相手に手に入れられては困るからだ。

 次に連絡ロケットを見せることにした。これは小さなもので、緊急連絡用のロケットだ。少しの魔力で飛ばすことが出来て、姿を消すことも出来るため、敵に見つかることも無い。捕まった時に仲間にそっと居場所を教えることができる優れものだ。ロケットが通った道は連絡を受けたものが魔力の通り道を見ることで分かる様になっている。ただし、余り離れると実験をしていないためにどこまで連絡が付くかは分からない。ブルージェ領内なら問題は無いと思うが、他国までとなると難しいのではないかと思っている。


「ろけっと……また変わった名前だな……」


 説明を聞いたリアム達はあきれ顔だった。でもスター商会の従業員を守る道具としては理解してくれたようで、感心して頷いていた。私はそれを見て次の防犯グッズを出した。今度は姿消し爆弾だ。


「この爆弾を投げると周りが見えなくなるの」

「それって自分も周りの様子が分からなくなるんじゃないのか?」


 リアムの言葉に頷き、私は別のものを魔法鞄から取り出した。


「この【ゴーグル】を付けるとその人だけはハッキリ周りが見えるのよ」

「ごうぐる? 眼鏡か? 面白い形だな」

 

 リアムはゴーグルを手に取るとじっくりと見始めた。気になるのか自分の顔に付けたりして、どう見えるのかを楽しんで居る様だった。そして次の防犯グッズを出そうとしたところで、星の牙のメンバーのニールがリアムの執務室へと飛び込んできた。顔には焦りの色があった。


「リアム様! 大変です!」

「どうした?!」


 ニールの慌てように部屋に居る皆が警戒態勢に入った。椅子に座っていた皆がすぐに動けるようにと立ち上がる。勿論私もだ。


「スターベアー・ベーカリーに爆弾魔が現れました!」


 ニールの言葉を聞くと皆が一斉に部屋から飛び出しスターベアー・ベーカリーにと向かった。階段も数段飛ばしで降りていき、そんな大人たちの後ろから私は控えめに降りる。暴れない約束をしているので、心を落ち着かせたままだ。怒りが込み上げないようにと平常心を装った。


 皆でスターベアー・ベーカリーに着くと、爆弾魔は既に子熊のアディとセディに取り押さえられており、爆弾は結界魔道具で囲まれていた。客達は突然の事に驚いていたようだが、特にけが人もいないようでホッとした。リアムはこの場に駆けつけてきた星の牙のメンバーに指示を出した。


「直ぐにスター・リュミエール・リストランテとスター・ブティック・ペコラを閉めさせろ、店全体の安全確認が取れるまで結界を張る、店長には客に説明をする様にと伝えてくれ、素早く頼む!」

「「「はい!」」」


 捕まった爆弾魔はうつろな表情だ。涎を垂らし、ブツブツと何かを呟いている。客のざわめきで良く聞こえないが 「あの方の為……あの方の為……」 とずっと同じことを言って居るように聞こえた。この人も薬で縛られているように見えた。リアムはアダルヘルムがブルージェ領の監獄でやったと同じ様に、爆弾魔の服のボタンを外すと胸の辺りと背中に痣が無いかを確認した。すると皆に分かる様に首を横に振ったので、爆弾魔には血の契約がない事が分かったのだった。


 店内ではスターベアー・ベーカリーの従業員が安全確認ができるまで店に閉じ込められた領民たちにお茶やお菓子を配り始めていた。誰も文句を言いだすものはおらず、中には不謹慎だがラッキーだなと言って場を和ませてくれる客までいた。店長のボビーは焼きたてのパンを客たちに配りながら折角なのでと言って、良い機会だからどのパンが好きかを教えて下さいと客に聞いたりして閉じ込められている時間の中でも、穏やかな空間になる様にしてくれていた。流石店長だなと思える心配りだった。


 縛り上げられた爆弾魔を移動させようと思っていると、星の牙のメンバーが続々と戻って来た。勿論リーダーのメルキオールとトミーとアーロも一緒だ。今日はペイトンとリッキーだけが第二店舗の方へと行って居るため不在だ。後のメンバーは皆スターベアー・ベーカリーに集結していたのだった。


「スター・リュミエール・リストランテは問題ありません。店長のサシャが閉じ込めているお詫びとして、お客様に販売していないピンクシャンパンを振る舞う事で気を引いてくれているので、騒ぎも起きておりません」

「スター・ブティック・ペコラも無事です。買い物中の客は店長のニカノールが、エステの客はティボールド様が対応して下さっています。試供品の化粧品が配られたことで客は皆喜んでいました」

「そうか分かった。ではこの者を応接室へと連れて行く。護衛の皆はゆっくりと店内にいるお客様を――」


 リアムの話の途中に、リアムが腰に付けている魔法鞄から 『ピーピーピー』 と音が鳴りだした。その音は通信魔道具の連絡音だと私達にはすぐに分かったのだった。

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