第241話 事の起こり

 プリンス伯爵一家とワイアット達は結局スター商会へと宿泊することになった。

 王都には明日の朝一で帰れば問題ないとなって、夕方かなり遅い時間まで魔石バイクを乗り回し、いい汗をかいた後はスター商会自慢のお風呂でゆっくりと体を休ませると、食事会という名の宴会が始まった。そうなると領主のタルコットまで帰りたくなくなってしまうのは当然で、自分も飲み会……ではなく食事会に参加するのだと言って、スター商会に泊まることになったのだった。


 昼間あれだけ酔っ払って癒しとポーションを取ったのにも関わらず、仕事を終えた飲み仲間でもある、スター商会の従業員達が食堂に集まると、それはそれは大盛り上がりで有った。美味しいおつまみが有る事からお酒は進み、「明日も仕事があるのですよ」 というランスの言葉が届かないぐらいだった。皆店には二日酔いのポーションがあると思って安心しきっているのが丸わかりだった為、最後はランスが「二日酔いのポーションは明日は誰にも差し上げません」と注意したことでやっとお開きになったようだった。今後は酒量を測ろうかとランスが本気で言って居たのだった。


 奥様方もこの様子にお怒りになるかなと思ったのだが、泊りとなると嬉しかったらしく、スター商会のお風呂や夜のパックなど化粧品類や、お肌のお手入れの仕方を、スター・ブティック・ペコラの店長であるニカノールに教わっていたようだった。いちお男性であるニカノールを寝間着姿の女性の部屋に、それも高貴なご婦人の部屋に夜伺わせていいのかな? とも思ったのだが、そこはやはりニカノールだ。すっかりご婦人方と仲良くなっており、親友の様になっていたのだった。来週も夫が来なくても自分たちだけはエステに来るのだと言って盛り上がっていた。


 そして帰る時間となった時、やはり男性陣は二日酔いだった。ランスが二日酔いのポーションを出してくれなかった様で、皆酷い顔色だった。自業自得である。反対に奥様方はとっても良い顔色で、肌艶も良くこのまま夜会に出たいぐらいだと言って、夫たちを益々青ざめさせていたのだった。


 そしてメルキオッレは、帰る時間になると寂しいのかしょんぼりとしてしまった。見送りに来た私の手をずっと握っていて、王都の屋敷の転移部屋から出てもずっと離さなかった。可愛すぎて鼻血が出てしまうのではないかと私自身が自分の事を心配になるぐらいだった。


「ララ……私はララとずっと一緒に居たいぞ……大人になるまで待てぬ……」

「……メル……」


 素直に寂しさを言葉にするメルキオッレはとっても可愛い。私は自分より少し背の高いメルキオッレを思わず抱きしめた。


 可愛い、可愛い、なんて良い子なんでしょう!


 すると焼きもちを焼いたのかノアが間に入り、メルキオッレを私から引っ張り剥がし今度はノアが抱きしめた。自分も仲間だと言って居るのだろう。後ろではクルトが苦笑いになっており、前ではプリンス伯爵が何故か手を叩いて喜んでいた。子供に仲良しの友人が居ることが嬉しい様だった。


「メル、魔石バイクの練習頑張ってね」

「うむ、そうであった。トンマーゾと共に頑張って練習をするぞ」

「遊びに来たくなったら連絡してね。皆でメルの事待ってるからね」

「うむ、父上と母上と又来るぞ」


 こうしてプリンス伯爵とワイアットは王都の屋敷から自宅へと戻っていった。思った以上に楽しんで頂けたようで良かった。メルキオッレの作ったパンは結局食べるのが勿体ないと言って、プリンス伯爵は魔法袋にしまっていた。たまに取り出して見る、観賞用にするのだそうだ。親ばかに皆苦笑いだった。


 さて、スター商会へ戻る道すがら何故かクルトから私に対するお小言が始まった。ノアは他人事で知らんぷりだ。可愛い妹を守る気は無い様だ。


「ララ様、男の子に簡単に抱き着いちゃーなりませんぜ」

「男の子って……メルはお友達でしょ、それにまだ可愛い子供じゃない」


 心配性のクルトは小さな子ども同士でも男女が抱き合ったりするのが嫌なようだ。私みたいなおばさん少女と恋愛なんて始まるわけないのに、とても心配なようだった。困ったものだ。

 クルトは はー…… と息を吐くとまだ続けた。


「ララ様は、鏡で自分を見たことがありますか?」

「まあ、クルトったら失礼しちゃう。今朝もちゃんと鏡を見て身支度を整えました」

「いや、そう言う事じゃなくてですね、聖女様とか言われてる意味分かりますか?」

「えー、なんで、クルトがその悪い噂を知ってるの? あ、イライジャでしょ?! もう、イライジャったら!」


 イライジャには絶対に噂を消して貰おうと思っていたのに、来たばかりのクルトが聖女の噂を知っている事に私は驚きぷりぷりしていた。名前負けして笑われるのは確実である。街を出歩けなくなるのは絶対に避けたいので、何とかしなければと考えながら歩いていると、クルトは後ろで「色んな意味で危険すぎて外を歩かせられねー」とぼそりと呟いていたのだった。


 スター商会へ戻るとリアムの執務室へと向かった。ノアはいつも通り裁縫室へ行くようだ。スカァルクという店で助け出されてスター商会へ来たエッバ、ヘラ、ヨハナ、カーヤが居るため、ノアに優しくしてくれる人が増えたので、益々裁縫室がお気に入りになっていた。勿論ベビー服作りという使命があるからなのだが、彼女たちと話をする事が楽しみでもある様だった。


 リアムの執務室へクルトと入っていくとリアム達は渋い顔をしていた。二日酔いだからというよりも、これは何かあったのだろうなと思わせる表情だった。それにイライジャの賢獣のジャンがテーブルの上に可愛い姿でちょこんと座っていた。何かを報告に来たとしか思えなかったのだった。


「リアム……? 何かあったの?」


 リアムは私を見て、ジャンを見て、それからイライジャを見た。情報を子供である私に言うべきか迷って居る様だった。だが、ジャンが居ることでごまかしようが無いと思ったのだろう、私とクルトをソファへと座らせると、リアムも私達の向かい側へと座った。そして一つ深呼吸をすると話を始めたのだった。


「ララ、スカァルクの店で捕まえた男たちだが、全員釈放されたらしい……」

「えっ? 全員?!」


 リアムはこくりと頷いて見せた。周りの皆も怖いぐらいの表情でいる。ジャンが届けた情報なので間違いないだろう。

 スカァルクの店でのことはクルトもアダルヘルムから聞いているので、私が何をやったかは分かっている、聞いた時は驚いていたようだが、今ではどの程度私が魔法を使えるのか分かっている為、ララ様ならやりそうだぐらいに思っていた、今後は自分も何か有るときは付いて行くと言ってくれたぐらいだった。

 

 クルトは私が裏ギルドを壊滅に近い状態にさせたのに、それが無駄になった事に驚いて居る様だったが、「あいつらか……」とぼそりと呟くととっても怖い顔になったのだった。


「街の警備隊員の奴らを覚えているか?」


 街の警備隊員は一般の者と位が高い者がいる、以前スター商会に因縁を付けに来た者がいた時も助け舟を出していたし、ジェロニモもこれまで裏ギルドに居たため罪を犯しても釈放され、スター商会の建設の際の嫌がらせでも、現行犯にも拘らず釈放されていた。どう考えても誰かが手を回したとしか思えないだろう。それが警備隊員だとリアムもクルトも言って居るのだった。


「あの位の高い警備隊員たちでしょ? 覚えてるよ」

「あいつらが取り調べをして問題なしとなったようだ。誘拐ではなく借金のカタに買い取ったとの主張が通った。メグもそうだ」

「借金自体の不正は?」

「そこはもみ消したようだ。今までもそうだったんだ、どうとでも出来るんだろう」


 私が持ってきた契約書も提出してあるはずだ。それでももみ消せるという事は上に強い人物が居るという事だろう。何をやっても大丈夫なように……


「タルコットは知っているの?」

「タルコットが不在だった昨日のうちに処理したんだろう。毎週太陽の日に領主が出かけるのは分かり切ってた事だ。それに犯罪者一人一人全てを領主が見ている訳じゃない、留置所の所長が許可を出しちまえば簡単に釈放出来ちまうだろう」


 今回はスカァルクの件があった為、領主であるタルコットが気に掛け目を付けてくれていた。それを領主不在の際に釈放したのだ。確実に不正であり、裏があると思えるだろう。


「警備関係の代表は大臣でもある副領主のブライアンだ……いや今は隠居したから息子のデルリアンだ……そう考えればまあ、繋がりはすぐに分かるだろうな……」


 つまり裏ギルドと高位の警備隊員とブライアンは繋がりが有るという事だ。だからこそタルコットの不在日が簡単に分かったし、取り調べも問題なしと出来たのだろう。


「ビル達の両親は? ジンは?」

「ああ、今念の為公共団地の空き部屋に非難させるために、メルキオールとトミーとアーロに迎えに行かせている、スター商会に来るよりは良いだろう。ここは狙われる可能性があるからな」


 裏ギルドの者たちが釈放されたと有れば、裏ギルドを壊滅状態にしたスター商会の会頭を狙いに来ることは間違いないだろうとリアムは言った。私にはスター商会から出ないようにとのことだった。勿論世話係のクルトにも私を良く見張っておくようにとの忠告も忘れずしていた。


「とにかく、何か仕掛けてくる可能性がある。店の守りは強化させるが、ララ、お前は絶対に無茶はするなよ。良いな、絶対だぞ!」


 リアムは私の鼻を摘んで 「絶対だ」 ともう一度言った。とにかく大人しくしていろという事らしい。でも私は一度も暴れたつもりはない、スカァルクの店の件だって、ハッキリ言って正当防衛だ。あちらが話を聞いてくれてジンの借金を素直に受け取って、メグを解放してくれさえすれば潰すつもりなど無かったのだ。いや元々潰すつもりはないのだ。そこからして間違えている。私が勝手に暴れている訳ではないことを、リアムには分かってもらいたいところであった。


「ジャンおいで、ご褒美に魔力上げるよ」


 テーブルの上に座っていたジャンは、私が手を伸ばすとぴょんっと手のひらに飛び乗って来た。イライジャと同じ緑色の髪でカールが掛かっていて可愛い。私が魔力を通しながら撫でてあげるとまたぴょんっと手のひらでジャンプした。とっても可愛い。


(姫様、好きだぜー。俺もっと頑張るぜー)


 ジャンはそう言うと部屋を出て行った。また情報集めて来てくれるようだ頼もしい物である。

 私はクルトと共にリアムの執務室を出ると作業部屋へと向かった。きっとこれから裏ギルドは何かを仕掛けてくるだろう、それに備えて新商品を作ろうと気合が入ったのだった。

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