第240話 来訪者②

 食事を終えると私達は庭に出た。少し体を動かすためだ。

 皆で裏庭の遊具で遊ぶことにしたのだが、メルキオッレはプリンス伯爵邸に作った秘密基地よりも大きな遊具に大興奮していた。メルキオールはメルキオッレが友達と仲よく遊ぶ姿を満足そうに眺めた後、護衛の仕事へと戻っていった。自分の子の学校の参観日にでも来たかの様なメルキオールの姿に何だか心が温まったのだった。

 

 遊びに満足すると、メルキオッレが楽しみにしていたスターベアー・ベーカリーへと手伝いに行くことにした。リタとブライス、アリスは裁縫室への手伝いに行き、ニック、キース、ドロシーは母親であるアイラとジェシカのパート終了時間となったので、スターベアー・ベーカリーに着くと母親たちと帰っていった。その時に 「メルくんまた来てね」 と言われたメルキオッレは頬を赤くして頷いていて可愛かった。又すぐにでもスター商会へ呼んであげたいなと思ったのだった。


「魔道具が沢山あるのだな」


 メルキオッレはスターベアー・ベーカリーのキッチンにある様々な魔道具を見ると興味深げに見ていた。そして早速仕事を手伝いだしたタッド達の姿を見ると、自分も手伝いたいと言い出したのだった。

 そこでメルキオッレに新しいエプロンを付けてあげて、先ずは食器洗浄の魔道具を使わせてあげることにした。勿論先生はすっかりメルキオッレの兄貴分になったタッドだ。私とノアはパン作りを手伝い。メイナードとピートそしてゼンはお菓子の包装などを手伝っていた。

 タッドはイートインスペースまでメルキオッレを連れて行くと、お客が使ったコップを運び出し、食器洗浄の魔道具まで持ってきた。簡単にゆすいでセットすれば後はボタンという名の魔力を流す場所を触れば完了だ。メルキオッレが魔力を通し、魔道具が動き出しと、「わあー」と言って喜んでいた。見る物全てが新鮮な様だった。

 それはクルトも同じだったようで、自分が日雇いで行ったパン屋にはこんな物は無かったと言って、メルキオッレの横に並び、コップが洗われるさまをジッと見入って居た。その姿を見て、調理場に居る者が皆嬉しい気分になったのだった。


「メル、メルも自分の食べるパンを作ってみる?」

「良いのか?」

「勿論、プリンス伯爵と奥様にも作りましょうか?」

「うむ、父上、母上の分も作るぞ」


 メルキオッレは目を輝かせて頷いた。パンを作ると言っても生地は出来ているので最後の形成だけだ。それも子供でも簡単に出来るように丸パンにした。メルキオッレは一生懸命に作り上げ、子供の手のひらサイズの丸パンが上手に出来上がったのだった。


「父上も母上も喜ぶだろうか?」

「フフフ、嬉し過ぎて泣いちゃうかもしれないね」

「そうか、そうなのか……あ、トンマーゾの分もあるからな、安心すると良いぞ」


 メルキオッレの護衛のトンマーゾは自分の分もあるのだと主に言われて嬉しそうに微笑むと 「有難うございます」 と言って頭を下げていた。メルキオッレの優しさに皆が優しい気持ちになれたのだった。


 作ったパンを持ち、メルキオッレと私達はプリンス伯爵の元へと向かった。タッド達とはここでお別れだ。タッド達もメルキオッレに「また遊びに来いよ」と声を掛け、メルキオッレはそれに嬉しそうに頷いていたのだった。


 リアムの執務室へと向かう間も、メルキオッレはパンを作った喜びで興奮していた。自宅の屋敷でも料理長と一緒に作ってみたいのだと大張り切りであった。きっとメルキオッレの成長にプリンス伯爵は涙するだろうなと、簡単に想像がついたのだった。


 リアムの執務室を開けるとそこにはダメな大人の集団が居た。

 どうやらスター・リュミエール・リストランテでシャンパンを調子に乗って飲み過ぎたようで、そのままの勢いでリアムの執務室へと来て、今度はビールを飲んでいたようだ。

 へべれけというありさまが似合いそうなリアム、タルコット、プリンス伯爵、ワイアットの姿に情けない気持ちと少しばかりの怒りが湧いてきたのだった。ただ、普段のリアムの忙しさを知っているだけに、たまには好きにさせてあげたいなと言う気持ちも正直あったのだが、メルキオッレが父親の酷い酔っ払い姿を見て、ショックを受けていたようだったので、そんな気持ちは一瞬で消えたのだった。


「いっよぅ、ララ、今日も可愛いなー」

「メルも可愛いぞー流石我が息子だー」

「ウチのメイナードも可愛いんだぞー」

「私も可愛いですかねー」


 アハハハハと笑い合う酔っ払いに頭を抱えてランスの方へとチラッと視線を送ると、申し訳ありません、止めたのですが……と顔に書いてあった。リアムだけならまだしもこの四人を全て止めるとなると、ランスだけでは難しかっただろうなと思った。何故ならタルコットの補佐である、イタロと護衛のピエトロ迄酔っ払っているのである。スター商会だからと油断しているのが丸わかりで有った。


 私はふーとため息をつくと酔っ払い共に物申そうとした、だが、そこに心強い味方が現れた。それはプリンス伯爵夫人のシルヴィア・プリンス、そして領主夫人のロゼッタ・ブルージェ、それと第二夫人のベアトリーチェ・ブルージェだった。皆貴族特有の美しい笑顔だがとても迫力があり、それはそれは恐ろしい物だった。結婚した奥様と言うのは時には鬼になれる様だった。


「まあ、随分と楽しそうな様子です事……」

「……シルヴィア……」


 シルヴィアに笑顔を向けられると、プリンス伯爵だけでなく酔っ払い皆が一瞬で酔いがさめた様な顔になり、ごくりと喉を鳴らした。ジョンが用意した水に手を出そうとする者が殆どだった。急にのどがカラカラになってしまった様で、「はひっ……」 と言ってまたごくりと喉を鳴らしていた。汗もかいて居る様でその顔はかなり顔色が悪かった。


「私の勘違いでしょうか、まだお酒をたしなむには早い時間の様な気がいたしますが……」

「ええ、私もその様に思いますわ、まだ子供でさえ働ている時間から、見本になるような大人たちが酔っ払って居るはずなどあり得ませんもの」

「私もシルヴィア様、ロゼッタ様から聞きました、”尊敬できる旦那様” がこの様な時間から酔いつぶれて居るとはとても考えられませんわ」


 「ねえ、そうですわよね?」 と笑顔の夫人方に問い詰められると、酔っ払い諸君はすっかり酔いがさめた様だった。私は仕方なく怯える男性陣に癒しを掛けてあげた。少しは顔色が良くなったようだが、夫人たちの怒りは収まらないようだった。メルキオッレが怯えていたという事もあるのだろう。何か償いをさせる気満々の様であった。


 そんな様子に苦笑いを浮かべながら私はワイアットに依然思いついていたことを話すことにした。男性陣は何処からかポーションを取り出して飲んで居る様で、おかげですっかり酔いも無くなったようだった。せっかく飲んだピンクのシャンパンが勿体ないような気もしたが、まあしょうがないだろう。スター商会側の売り上げにはなっているので、良しとすることにした。ただし、お怒りの奥様方の為にはまたエステの予約を入れる必要があるとは思うが……


「プリンス伯爵、ワイアットさん、魔石バイクをプレゼントしたいのですが」

「「「魔石バイク?!」」」

 

 魔石バイクを知らないプリンス伯爵とワイアットがそれは何だ? という表情になったので、裏庭に皆で出てみることになった。ご婦人方は応接室でお茶タイムだ。ジョンが残り対応してくれた。メルキオッレは勿論私に付いてきた。知らない魔道具の名前が出てワクワクしているのが表情で分かった。可愛いなとニヤニヤしてしまった。


 私は裏庭に二人乗り用の魔石バイクを出すと、自分の魔石バイクも出し乗り方を教えた。スター商会と縁があるという事でこれから狙われることも増えるであろうプリンス伯爵とワイアットには、逃げる手段が必要だと思ったのだ。そしてワイアットは既に狙われている為出来る限りの事はしたかったのだった。


 リアムやジュリアンも自分の魔石バイクを取出し、裏庭で乗って見せた。プリンス伯爵とワイアットの護衛であるエドモンとデニスに先ずは覚えて貰おうと思ったのだが、プリンス伯爵は自分が乗る気満々だった。その為、リアムが教育係としてつきっきりで教えていた。ジュリアンは二人の護衛の指導係だ。

 私は勿論メルキオッレに私の魔石バイクを貸してあげて乗り方を教える。メルキオッレの護衛のトンマーゾにも当然教えた。トンマーゾは自分も良いのかと驚いていたが、護衛としてメルキオッレよりも乗るのを上達させて欲しいと伝えると、真剣な表情になり、やる気満々になった。


 プリンス伯爵は運動神経がいい様ですぐに乗りこなしていた。魔石バイクをとても気に入ったようで、王都でも乗りたいと大はしゃぎだった。なので街中では乗らないようにと約束をさせた。護衛組の三人も普段から鍛えている事もありすぐに乗れるようになった。ただし、乗りこなして武器を持って戦うとなると、まだまだだろう、ジュリアンに何度も教わって少しでも早く乗りこなせるようになろうと頑張っている様だった。メルキオッレも順調に乗ることが出来た。ただスピードを出すのがまだ怖い様で、ゆっくりと走らせ、たまにふらふらしていたのでまだ練習が必要だなと思った。護衛のトンマーゾが覚えたので、王都のプリンス伯爵邸でも練習は出来るし問題は無さそうだった。


「ララ様……この様な高価な魔道具を頂いて宜しいのでしょうか……?」


 運動神経が余り良くないという事で演習に参加していないワイアットが心配そうに訪ねてきた。空を走る魔道具などこの世界にはないため価値は計り知れないのだとワイアットは心配そうだ。購入となっても自分では買取れないと思って居る様だった。


「ワイアットさん、私はただ大事な人を守りたいだけなのです」

「……大事な人……私がですか?!」


 驚くワイアットに私も驚いた。これだけ家族ぐるみと言えるほど仲良くなっているのに、大事な人じゃないはずがないからだ。リアムの大切な人でもあるし、神様が出会わせてくれた人だとも思っている。そんな大事な人を守るのは魔力が多く、そしてディープウッズ家に生まれた私としては当然の事なのだ。お父様とも夢の中でこの世界を守ると約束をした。出来る限りの事をしたいと思うのは私からしたら当然の事なのだった。


「ワイアットさんはリアムにも私にも大事な方です……それにここに居る皆が私にとって大切でかけがえのない家族なんですよ」


 私の言葉を聞いてワイアットは突然大きな声を出して泣き出してしまった。わおうわおうという大音量だ。リアムが近づいて来て 「何を泣かしてんだよ」とニヤニヤ顔で言ってきた。どうやら話が聞こえて居たみたいで私をからかっている様だ。困った大人である。


 ワイアットを慰めた後、魔石バイクを乗り終えた皆にいずれは魔石バイクの護衛隊を作りたいと思っている話をした。それは勿論スター商会だけでなく、ブルージェ領や王都もだ。その時は協力をお願いしますと皆に伝えると、明日から毎日乗る練習をするのだと張り切っていた。ただし、雨の日も風の日も雪の日もと言って気合が入りすぎているプリンス伯爵の事は勿論止めたのだった。

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