第223話 ビール祭前夜

 遂に明日がビール祭りとなった。ブルージェ領は領民皆が楽しみにしているのか、街中が活気に満ちているのが良く分かった。久しぶりの領での大掛かりな祭りとあって興奮してしまうのだろう。


 ビール祭りの為に、ティファ街で売りに出されていた貴族の別宅を大急ぎで改装して作ったホテルだが、思った以上に集客が出来ているようで、祭りの一週間前後は満室状態の様だ。元々宿屋はあっても”ホテル”と呼べるほどの大きな宿泊施設はブルージェ領には無かった。せいぜい三階建ての宿屋が一番良い宿泊先だっただろう。


 それがスター商会の改装工事によって王都にあるホテルにも負けない位の……いやもっと素晴らしいホテルになったのだ、ブルージェ領へ来てみたいと思わせるのにはそれだけでも十分だった。 

 しかし、このホテルの事を王都で宣伝してくれた人物がいた。プリンス伯爵やワイアット商会の会頭ジョセフ・ワイアットだ。夜会に出てはブルージェ領に出来た新しいホテルに行ってみたいと話してくれたようで、多くの貴族や商人が興味を持ってくれたようだった。

 その上、ブルージェビールの事も宣伝してくれた。二人には試作品の時からブルージェビールを送って感想を聞いていたのだが、「あのビールは最高だ、スタービールに負けていない!」と言って自慢して……いや、宣伝してくれたようだった。


 その為、今年は領内だけのお祭りと思っていたのだが、興味を持った王都や他領の多くの商人や貴族達がブルージェ領に集まっていてとても賑わっているのだ、本当に有難い事だ。プリンス伯爵とワイアットの二人にはまた何かプレゼントしておこう。


 そしてこの噂のお陰で、公共住宅内にあるブルージェビール販売所でもある、酒屋兼居酒屋の店は大繁盛だった。店の名前はタルコットがロゼッタの名前から取って、”ロゼ・フィオレ”と名付け、連日多くの客が押し寄せているようで、店長である、ロゼッタの弟の嫁のいとこの息子さん? は嬉しい悲鳴を上げている様だった。二号店開業も時間の問題かもしれない。


 そして今スター商会には明日の祭りに合わせてお客様が到着している所であった。先ずは良い宣伝をしてくれたプリンス伯爵とワイアットが揃ってやってきた。どうやらすっかり仲良くなった二人は同じ馬車で来たようだ。普通に考えても貴族の、それも伯爵と商人が一緒の馬車に乗ってやって来るなど考えられない事のようだが、スター商会の事で意気投合している二人には世間の常識などどうでもいいようであった。


「プリンス伯爵、ワイアットさん、お久しぶりです。お変わりございませんか?」

「ララ様、本日はお招き有難うございます。私共は変わりありません、それにしても街は凄い賑わいですね。別の領に来たかと思うぐらいですよ」

「有難うございます。久しぶりのお祭りとあって、街全体が興奮している様なのです。さあ、立話も何ですので、お部屋にご案内いたしますね」

「これはこれは、会頭自ら部屋へと案内して頂けるとは、贅沢なことですね」

「皆忙しくて私ぐらいしか暇な者が居ないのです。リアムは特に大忙しで、今回、挨拶も出来るかどうか……」


 玄関先に二人を迎えに来たのは私とセオだけだ、ノアとついでにルイは裁縫室へいつも通りこもっているし、他の皆は普段の仕事と祭の準備で大忙しだ。とてもじゃないけどお客様の出迎えまでは出来ない。リアム達は朝から街に出て明日の為の準備にタルコット達と奮闘している。露店の準備などやる事は沢山ある様だ。

 そして問題児とされている私だけが外に出てはならないと言われて留守番なのだ。その為お客様の出迎えを担当しているのだが、思った以上に楽しい物であった。色々と話を聞けて勉強になるからだ。


 今もワイアットとプリンス伯爵には客室へ向かいながら、リアムのもう一人の兄である、ロイドの話しを聞いていたところだ。ロイドは侯爵家の息子と最近仲が良い様で、王都での傍若ぶりに拍車がかかっているとの事だった。


「あと……これは、推測の域を出ないのですが……ロイド殿は何か悪い薬を飲んでいるのでは無いかと思っているのですが……」

「薬ですか?」


 私は先日の ”スカァルク” という名の店に訪れた時の事を思い出した。あの店にも訳も分からず興奮して瓶を振り回している者がいて、変な薬でも飲んでいるのではと思ったのだった。ワイアットは頷くとまた話しを続けた。


「王都では今、若者の危険な事件が多発しているのです……」

「危険な事件?」


 ワイアットとプリンス伯爵は怖いぐらいの表情だ。これから王都の学校に行くセオも話しに興味がある様で、真剣な表情を浮かべている。それで無くても危険な事件と聞けば、何かと気になるのは普通の事だろう。


「実は爆弾を爆破する事件が相次いでまして」

「爆弾ですか?」

「はい、それも自分ごと爆破するのです」

「自爆ですか?!」

「はい。既に同様の事件が3件も起こっております、狙われているのは大店の店ばかりなのです……」

「それって、つまり……」

「はい、ウエルス商会のライバルとなる店ですね、ただし、被害はそれ程では有りません、何故なら爆弾自体はそれほど大きくはなく、自爆した者だけが命を落とすようなもので、周りに居た人間には被害が出てはいないのです……ただ……」

「評判が大切な商人には迷惑な話ですよね……」


 私が答えると、ワイアットもプリンス伯爵も頷いた。店先で自爆者が出たとあっては営業妨害も良いところである。もしそれをロイドが起こしているのだとしたら大問題だろう。ただし、それも噂でしかない様なので、本当にロイドがやって居るかは分からない、薬の件も同様で、使っている姿を見たわけでは無いので、確証は無い様だった。


「まあ、あの者ならやりそうですがね……」


 ロイドの事が嫌いらしいプリンス伯爵が苦々しい顔でそう言ってきた、王都でのロイドの評判はかなり悪い様だ。ランスがウエルス商会から抜けてしまったことで、一号店を店長として預かっていたロイドは補佐のランスが居なくなってしまいかなり大変だったようだ。実際の店長はランスだったのだからそれもその筈だろう。

 その上自分で次弟のティボールドをブルージェ領のリアムの元へと送ってしまった。まさかそのままブルージェ領へとティボールドが住み着くとは思った居なかったかも知れないが、考えが浅い人間であることはそれでも良く話かる、だからこそ、売り上げを伸ばしている他店に嫌がらせをしても可笑しくは無いなと思われるのであった。


 二人を部屋まで送り届けると私とセオはまた玄関先まで向かった。そろそろブロバニク領の商人であり、マルコの叔父であるファウスト・ビアンキが着く頃だ。今日はマルコもビール工場へ応援に出かけていて忙しいので、対応するのは私とセオだけだ。会頭としてしっかり挨拶しなければならないだろう。


「ララ様、セオ様お久しぶりです」


 マルコとは正反対の日に焼けた浅黒い健康的な肌に白い歯を光らせて、ビアンキは馬車から降りてきた。ガハハハッと笑う姿はマルコとよく似ていた。私と握手をしてセオの方へ目を向けると驚いた表情になった。


「これはこれは、セオ様は随分と大きくなられましたねー。もうマルコより大きいのではありませんか?」


 ガハハハッとまた笑い、セオと握手をしてビアンキは嬉しそうに笑った。ビアンキはこう見えて子供好きだ、セオの事も可愛くて仕方ないというような表情で見ていた。だからこそちょっと厄介なマルコの事も可愛くて仕方がないのだろう。


「ララ様、娘がドールハウスとぬいぐるみをとても気に入りまして、今回、スター商会へ連れてこれない事を泣かれてしまいましたよ」

「まあ、そうなのですね。可哀想な事をしてしまいましたね……」


 今回スター商会がビール祭りを領主達と主体で動くために、お呼びしたお客様には家族を連れてくるのは遠慮してもらったのだ。私も同い年のビアンキの娘さんに会えなくてとても残念で有った。次回こそ是非一緒に来てもらいたいものだ。


「それにしても、スター商会の会頭の噂は我がブロバニク領にも届いておりますよ」

「噂?」


 嬉しそうに頷くビアンキを見て私は嫌な予感しかしなかった、噂と聞くとどう考えてもあの事しか思いつかなかったからだ。


「ブルージェ領のスター商会の会頭は ”聖女様” だとブロバニク領でも噂されております。私も自分と我が甥を救って頂いたと自慢して歩いておりますよ」


 またガハハハッと言って嬉しそうに笑うビアンキをパンチしたくなる気持ちを何とか押しとどめ、私は客間へと案内をした。本当に悪い噂とは広がるのが早い物だと恐ろしく感じたのだった。


 ビアンキを送り届け、私とセオはノアたちと一緒にお昼を取ることにした。ノアが居る裁縫室では、多くの客がブルージェ領へと押しかけたことで衣類の注文が殺到していて大忙しで有った。

 そしてここにはスカァルクの店で閉じ込められていて行き先の無かった少女達四人が働きだしていた。リアムが引き取り手となり従業員として働かせることになったのだ。スカァルクに居た悪者達は誘拐や人身売買の罪で捕まっているため、彼女達は怯えることなく生活出来るようになっていた。ここでの仕事も気に入っているようなので、これからは年ごろの少女らしく幸せになって欲しいなと思っていた。

 彼女達がここで働いてくれることになってマイラとブリアンナ、そして妊婦のミアだけでは人手が足りなかったスター商会では大助かりであった。ノアは来たばかりの少女達が心配なようで益々裁縫室に入り浸る様になっていた。ルイは女性ばかりの部屋で少し居心地が悪かったのか、セオが来たことにホッとしているようだった。


「皆さん、お昼は取りましたか?」


 私は裁縫室の開いているテーブルにサンドイッチやハンバーガーなどを出して休憩を促した。ブリアンナを始め、皆夢中になると食事を忘れてしまう為強制的に休ませないとダメなのである。特に今日は注意をしてくれるオリーが接客の為この場に居ないので、尚更気を付けないといけないのだ。ノアは普段はおやつ大好きなのだが、ここに来ると食べることを忘れてしまう為役に立たない、ルイにお願いはしてあるのだが、注意しても中々聞いてはもらえない様なので、私が顔を出したのだが、やはり皆休憩を取らずに夢中でミシンを走らせていたようだった。


「ララ様ありがとうございます……」


 恥ずかしそうにエッバ、ヘラ、ヨハナ、カーヤの新しく入った四人が私にお礼を言ってきた。四人は私の顔を見ると何故かいつも頬を赤らめるのだ。どうやら ”聖女伝説” を信じてしまって居る様だった。イライジャに店の中だけでも噂を消して貰うようにお願いしようと誓った。


 食事を終えると、裁縫室の皆には三時にはおやつ休憩を必ず取る様にと約束させてから部屋を出た。ルイが悲し気な表情でセオの事を見ていたが、お客様の受け入れの仕事があるので、心を鬼にさせてもらった。これからジェルモリッツオ国商人マクシミリアン・ミュラーを出迎えるのだ。


「ララ様、ご無沙汰しております。いやーここまで馬車で来るのが大変でしたよ。街中凄い人出ですねー、途中チラッとですがリアム殿をお見掛けしました。相変わらず忙しそうでしたよ」


 遠い中ミュラーはビール祭りにわざわざ足を運んでくれた。ジェルモリッツオ国から来るとなると余裕を考えて往復で一か月は見ておかなければならないだろう、忙しい会頭の身でありながら、ビール祭りに足を運んでもらえた事に、感謝しかなかった。


「カールが来れなくて残念がっておりました」


 私の友人でもあるカール事ジェルモリッツオの英雄カエサル・フェルッチョは、ユルデンブルク騎士学校の教師を務めるため、既に王都へ行って居る様だ。私も会えなくて残念だったが、セオの事を任せるので我儘は言えない、ミュラーもウインクしてセオには内緒ですねと示してくれたのだった。


 ミュラーを部屋まで案内すると、最後の招待客を迎えに玄関まで降りた。来るのはエイベル夫妻の息子のダニエル・エイベルだ。高齢のエイベル夫妻には長旅は大変な為、息子さんが代わりに来ることになったのだが、どうやらエイベル夫妻に渡したスター商会ビールの事が気に入ったようで、この祭りを楽しみにしていてくれたようだった。ブルージェビールも沢山買って帰るのだと張り切っていたのだと、チャーリー達の手紙に書いてあった。


「ダニエルさん、ようこそお越しくださいました。ご両親はお変わりありませんか?」


 ダニエルはチャーリーとよく似ていて優し気な顔立ちだ。一度スター商会で土地を購入するときにリアム達とは会っているのだが、私と会うのは初めてだった。でもチャーリーやユリアーナから私の事は聞いているようで、嬉しそうな笑顔を向けてくれたのだった。


「ララ様、お招きありがとうございます。両親は変わらず元気でおりますが、こちらにこれなくて残念がっておりました。双子たちは役に立っているでしょうか?」

「ええ、勿論です。今はベビーグッズの担当をすることになったので大忙しですよ」

「おお、担当をさせて頂ける程に成長したのですか、これは会うのが楽しみですねー」


 双子のグレアムとギセラの話をしながらダニエルを客間へと送り届け、私の今日の会頭としての仕事は無事終わったのだった。明日は遂にビール祭りだ。ワクワクして眠れそうにないなと思ったのだった。

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