第224話 ビール祭り

 遂にビール祭りの当日を迎えた。私とセオだけでなくルイやブライス、リタとアリスも興奮からか朝早く起きたようで、着替えと食事を済ませると早速スター商会へと向かう事になった。ただし、ノアだけは私とリタとアリスが起こしに行くまでベットから出なかった。甘えん坊の為ルイの起こし方では嫌なようだ。

 そもそもノアは人形の為魔力補充は必要でも睡眠は必要では無い。なので起こしてもらうという事はノアに取って遊びに近い感覚なのだと思う。きっとルイをからかっているんだろうなと、姉……ではなく妹心的にそう感じた私であった。


 スター商会へと着くと、リアム達は既に露店の会場となっている中央地区の広場へと行って居る様だった。タルコット達とはそこで待ち合わせの様だ。子供たちは早速スター商会の露店の手伝いに向かった。今日はスター商会のマスコット熊の形のベビーカステラと、それから寮で大人気のメニューの唐揚げ、そしてレッカー鳥の焼き鳥をスター商会の露店で出すのだ。

 子供たちもそれぞれに担当の店を決めてお手伝いをするのだと大張り切りだった。勿論スター商会の露店でもブルージェビールを今日は半額で販売している。そしてスタービールも各種半額で販売する。各店が出す露店でも今日はブルージェビールはいつもの半額の為、ブルージェ領主は太っ腹だと領民から感謝されていた。ただし、忙しいタルコットにはそんな噂が耳に入って居るかは分からないところなのだが……


「ララ様、くれぐれも今日は私から離れない様にお願い致します」

「ララ様、今日は人が多い、俺達から離れて暴れないでくださいぜ」


 そう、今日はアダルヘルムとマトヴィルも私と一緒に来ている。ビール祭りを見て回りたいと行ったところ。アダルヘルムが 「では私も一緒に」 と言ってとっても美しい笑顔で付いてくる宣言をしたのだ。マトヴィルに至っては露店が出ると聞いて、 「美味いもんが食べられそうだな」 と小さく呟いた後、ノア様もいるならアダルヘルムだけだと大変だろうと言って本当は食べ物目的だと思うのだが、護衛として付いてくることになったのだ。なので、只でさえノアだけでも可愛くて目立つのに、アダルヘルムとマトヴィルという ”絶世の美男子” を二人も従えて、私は街に繰り出すことになったのだ。返って目立つ気もしたが、そこは勿論大人しく黙っておいた。祭りに参加できない事だけは避けたかったのだった。


 招待客である、プリンス伯爵、ワイアット、ビアンキ、ミュラー、ダニエル・エイベルは街の活気に興奮し、やはり朝早くから起きて居た様で、早速街へ繰り出すのだと言って、皆で仲良く出かけていった。なんでも ”スター仲間” などと名付けて昨日の夜は皆で盛り上がっていたようだ。まあ、大勢で動いた方が護衛する方も楽だろうとデニスやエドモンには安堵したのだった。


 先ずは皆でタルコット達やリアム達が居る本部へと向かった。アダルヘルムとマトヴィルがいるのでスター商会から出た瞬間から、多くの女性や何故か男性までもがポーッと頬を染めながら後を付いてきていた。その為、30人ぐらいでの大移動になっていた。これでは私やノアを誘拐しようと思う者など現れないだろう、何といっても人垣が出来ているので人間結界を張りながら歩いているような物なのだ。ここを押しのけてくるものが居たらチャレンジャーだなと褒めてあげたいぐらいだった。


「ララ様」


 本部へ向かって歩いていると声を掛けられた。どうやらスター商会の露店が並んでいる辺りだった様だ。人垣で全くといって良い程どんな露店が有るのか分からなかったので、声を掛けて貰って良かったとホッとした。


「ニール、ニールがここの護衛担当なのですか?」

「はい、リーダーとトミーとアーロさんは本部でリアム様たちの護衛を担当してます。他の護衛はここでスター商会の露店の護衛兼手伝いですよ」


 ニールはニコニコっと笑うと、人垣に声を掛け、スター商会の面々が私達に見えるようにしてくれた。予約が入っているスター・リュミエール・リストランテのメンバーやスター・ブティック・ペコラのメンバーは居なかったが、新しくスター商会に入った、ビルとカイの妹のメグやラウラやパオロ、それに裁縫担当になったエッバ、ヘラ、ヨハナ、カーヤもいた。マイラとブリアンナは午後から客として少し顔を出すようだ。衣類の予約がある為丸一日もスター商会を離れられないようだった。

 そして研究員の皆もここへ来ていた、ビール販売の手伝いをする様だ。マルコにそんな事が出来るのかなと心配になったが。マルコはビールサーバーの担当の様だった。ビルに美味しいビールを如何にサーバーから入れることが出来るか研究をしようと言われて、とってもやる気になっている様だった。流石猛獣使いならぬマルコ使いのビルだ、乗せ方がうまいなと思った。


 皆に挨拶を済ませるとまた本部の方へと向かう事にした。立ち止まったことで私達を取り囲む人垣はもっと増えていて、まるで修学旅行の団体行動の様だった。これではゆっくり露店を見て回る事など出来ないだろうなと、少し残念な気持ちになっていた。


 まあでもお留守番じゃないだけ良いとしよう……


 本部ではリアム達がとっても忙しそうにしていた。タルコット達は仮設の舞台で商業ギルドのギルド長のベルティ達と打ち合わせをして居る様だった。間もなくビール祭り開幕なので、最終打ち合わせの最中だろう。


「リアム、お疲れ様ー」

「おっ? ララか?」


 人垣の高さで私が見えなかっただろうリアムは、アダルヘルムとマトヴィルが居ることで私とセオとノアとルイも居るのだと判断した様で、隙間から見えるリアムの顔には私達を取り巻く人の多さに苦笑いを浮かべているのが分かった。私は何とか本部に近付こうと試みたのだが、益々人が増えてしまって難しかった。

 するとアダルヘルムが 「すみませんが通して頂けますか?」 ととびっきりの笑顔でお願いすると、モーゼが海を渡るかのようにさっさと本部への道が開かれた。これには私まで苦笑いを浮かべてしまった。流石アダルヘルムである。恐ろしい……


「リアム、何だかバタバタしているみたいだけど、何か有ったの?」

「ああ、一軒露店の担当者が来れなくなってな、今どうするか話し合っていたんだ。休憩所にしても良いが、何て言っても本部の目と鼻の先、一番良い場所なんだよ。勿体なくてな……」


 リアムが指さしたところを見ると確かにポツンと開いているスペースがあった。本部の目の前となると、競争率が高かった場所だろう。どうやら担当していた人は急なケガで来れなくなったようだ。代わりを探すと言っても当日では難しいとのことだった。


「じゃあ、私達がお店を開こうか?」

「「はっ?」」


 リアムとアダルヘルムが驚いた顔を私に向けてきた。でもマトヴィルは何だか嬉しそうだ。料理が出来るとなればワクワクしてしまうのだろう。セオ達はアダルヘルムとマトヴィルの温度差に笑いを堪えて居る様だった。


「……いや、だが……」


 リアムは心配げな顔でアダルヘルムの事をチラッと見ていた。店を開いてもらえば助かるが、アダルヘルムが怖いと言ったところだろうか……アダルヘルムは大きなため息をつくと、リアムの方へと素敵な笑顔を向けた。数人が倒れた音がして、メルキオール達が救護室へと運んでいるのが人垣の間から見えた。こんな状態では私達が祭りを回るのは無理なのだ。アダルヘルムとマトヴィルの笑顔で沢山の気絶者が出る可能性がある。そんな状態では祭りを落ち着いてなど見て回れないのだった。


「リアム様、急な出店など、ララ様とマトヴィルぐらいしか対応できないでしょう……仕方ありません、これでは我々も街を歩くのは無理ですし、露店を開かせて頂きます……」

「おー! アダルヘルム、良いこと言うじゃねーか! よっし、ララ様気合入れていくぜー!」

「はい! マトヴィル売り上げ一位を目指して頑張りましょう」


 マトヴィルが良い笑顔で気合を入れるとまた数人の気絶者が出てしまった、メルキオール達は大忙しの様だ。アダルヘルムは良くやる額を押さえる仕草をして、他の皆は苦笑いになっていた。


 私達は早速サーブテントを開き店の準備を始めた。まだ何を売るのか決まっても居ないうちから、店の前にはアダルヘルムとマトヴィル目当ての行列が出来ていた。ノアも売り子を頑張ると言ってやる気モードになっていた。ノアのエプロン姿には既に並んでいる客達が 可愛いー! と目を奪われていた。確かにノアのエプロン姿は破壊力満点なので男性でも赤い顔をしている人が居ても可笑しくないなと思った。


「マトヴィル、プルプを使ったタコ焼きにしませんか?」

「おお! 良いですねプルプなんてこの辺じゃ食べられねー高級食材ですからね。それにララ様の開発したタコ焼きは香りも良いから匂いで釣られてくる奴は沢山いるだろうよ、張り切っていきやしょー」


 私とマトヴィルはタコの大型魔獣プルプのタコ焼きを販売する事に決めた。魔道具をセットしてすぐに約準備を始める。材料はいつでもどこでも料理出来るように私とマトヴィルの魔法鞄にはわんさか入っているので、何にも問題は無い。ビールサーバーも鞄から取出し、ブルージェビールとスタービール各種の準備もした。そしてレジもセットすればあっと言う間に準備は完了だ。セオとアダルヘルムがビールを担当し、ノアとルイが売り子を担当する。販売会慣れしている私達には何の問題も無い作業だ。開幕を前に匂いで人を呼ぶために第一弾を焼き、それは本部に届けて試食してもらった。甘味王のリアムだがタコ焼きは美味しかったようで、手を振ってこちらに 美味い! と挨拶してくれた。マトヴィルと私は匂いに釣られてやって来た人達を見てしめしめとほくそ笑んだのだった。


 開幕の時間となり仮設のステージでは領主であるタルコットの挨拶が始まった。すっかり領民から信頼を回復したタルコットの登場に大きな拍手が沸き上がった。ここまで頑張って来た事を知っている私は親心的に感無量だった。


「愛する領民の皆さん、今日はお待ちかねのブルージェ領のビール祭りです。我が領で採れた麦を使い、そして領民の力で作り上げた自慢のビールです。今日は十分に味わい楽しんで下さい。それでは乾杯!」

「「「「「「 乾杯!! 」」」」」」


 乾杯の合図で祭りはスタートした。私達もジャンジャンプルプのタコ焼きを焼いて行く。既に行列が出来ていたために。焼いても焼いても追いつかないほどの大盛況だ。ビールも各種スタービールとブルージェビールがあるので味比べしようと、他の店よりもビールの売り上げがかなり伸びていた。勿論美丈夫のアダルヘルムがビールを入れてくれるのだから、それだけで飲みたいと並ぶものは後を絶たなかった。これは売り上げ一位になれるのではとマトヴィルと悪い笑みが出てしまった。勿論それを直視してしまった人は、メルキオール達に救護室へと運ばれていった。不運な事故といったところだろうか……


「ララ様、凄い行列ですね、流石です」


 商業ギルドの受付の女性たちがプルプのタコ焼きを買いに来てくれた。どんな味か楽しみですと言って10個も買って行ってくれた。商業ギルドの皆で食べ比べをする様だ。

 その後もプリンス伯爵、ワイアット、ビアンキ、ミュラー、ダニエル・エイベル達がわざわざ並んでプルプのタコ焼きとビールも各種買って行ってくれた。並んで買うという事が楽しいのだと言って笑っていたが、護衛達は人の多さに神経がすり減っているのか疲れ切った顔をしていた。リアムのところで食べると良いですよと、休憩するように勧めると護衛達はホッとした表情を浮かべていた。きっと主たちに振り回されているのだろう。可愛そうに。


 その後もプルプのタコ焼きとビールは沢山売れて、私達は急な出店だったにもかかわらず、その日の露店での売り上げナンバーワンに輝いた。やはりアダルヘルムとマトヴィルのコンビは最強だったようだ。反則技に近いだろう。他のスター商会の露店も各店が大きな売り上げをたたき出し、ランスがホクホク顔を浮かべて皆をねぎらったのだった。こうしてブルージェ領のビール祭りは初年度から大いに盛り上がり。大盛況のうちに幕を閉じたのだった。


 ちなみに救護室へと運ばれた人数は50人を超えた様だ……メルキオールお疲れ様です……

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