第七章 罠

第222話 祭の準備

 草の月を迎えた。私は七歳になり、少し背も伸びて、お転婆なところも改善されていると思う。


 来月にはセオとルイが遂にレチェンテ国の王都にあるユルデンブルク騎士学校に入学となる。その為二人は今荷物の準備などで大忙しだ。夜の月には制服の採寸の為に王都にアダルヘルムと一緒に行って来た、私からなるべく目を離したくないと言って、二泊三日の強行日程で王都まで行って帰って来たのだ、かぼちゃの馬車を使っているとはいえ、大変だっただろうと同情してしまった。アダルヘルムとセオの心配性にも困ったものである。七歳の私はもうお転婆を卒業したのだ。もっと信じて貰いたいものだと思った。


 その制服も草の月に入ってすぐに送られて来た。灰色のユルデンブルク騎士学校の制服はセオにとっても良く似合っていて、最近大人っぽくなっていたセオの男前度をグンとアップさせていた、これはリアムが惚れ直すなと思った程だった。

 そしてルイも制服がとても赤い髪に生えてカッコ良かった。本人も騎士に憧れがあるので、「スゲーカッコイイ!」 と言って制服姿の自分を何度も鏡で確認しては喜んでいた。ノアがクスリと笑って、「ちょっとは強そうに見えるようになったよ」 と伝えると、ずっとこれを着ていたいという程であった。相当気に入ったようで私まで嬉しくなった。やはり子供の喜ぶ顔と言うのは親にとって最高のご褒美である。幸せだ。


 スラムに建てた公共住宅だが、タルコット達の頑張りのお陰で、第一次の入居者の審査が無事に終わり、入居が少しずつ始まっている。そして今は第二次入居者の面接を行っている最中だ。面接をして審査をしてと大忙しの様だが、領民の為にと頑張ってくれている。タルコットも領主としてすっかり頼もしくなったものだと親心的に嬉しくなった。


 その公共住宅の一階に建てた店舗部分だが、商業ギルドのギルド長であるベルティと補佐のフェルスが募集をしてくれて、審査をしてくれている所である。これから沢山の新店が出来、今までスラムが有って嫌われていたエストリラの街も商店街が新しく出来れば様変わりしていくことは間違いなかいだろう。スター商会の慈善活動が役に立てて良かったと思う。


 そして公共住宅内に作る予定の、スター商会のパン屋であるスターベアー・ベーカリー二号店だが、ウィルとサムの頑張りのお陰で、無事開店となった。今まで一号店迄距離が有って中々来れなかった領民たちも、二号店が近くにできたことで大喜びで有った。売り上げも一号店は落ちることなく、二号店も大繁盛なので、益々スター商会は黒字絶好調で有った、ランスのニヤニヤ顔を写真にとっておきたいぐらいだった。


 そのスターベアー・ベーカリーの二号店だが、ラウラがパートとして働いてくれている。足に筋力もついて丁度いいと言ってウィルとサムの面倒まで見ながら頑張ってくれているのだ。勿論パオロもお手伝いをしてくれていて、エプロン姿はとっても可愛い物であった。演技力のある笑顔で 「何になさいますか?」 なんて言われた客は直ぐにファンになってしまう事は間違いなかった。パオロはすっかり看板娘ならぬ看板坊やになっていたのだった。


 そして薬局の方だが、研究所のジュールと、ビルとカイの妹のメグが毎日研究所から馬車で通ってくれている。最初はジュール、エタン、リリアンの三人で回してもらう予定だったのだが、ジュールは薬局で人と触れ合う事が意外と楽しかったらしく、自分が受けもつと言って接客が苦手なエタンとリリアンの分まで頑張ってくれているのだった。勿論美少女のメグと一緒に通うのが楽しいからでは無いのかなと思う部分もちょっとあった。ただし、メグとジュールでは年が離れている為、恋愛にはならないようだった。ビルとカイも一安心だろう。


 それから、ビルの兄ジンだが、あれから真面目に働きだしたようだ。何でもお尻があの事件のあと、とても痛かったらしく、また同じ思いをするのはうんざりだと言って心を改め、頑張って居る様だった。お酒ももう飲んでい無い様で、相当スカァルクの店に行った事がトラウマになっている様だった。可愛そうに。私が正当防衛で守ってあげていたのだが、どうやら少し足りなかった様だ。


 それと、タルコット達に話したビール販売所である酒屋だが、こちらもオープンしている。ロゼッタの、弟の嫁のいとこの息子さん? とやらが店長になり、ビール工場直送のビールの販売と、小さな居酒屋を経営している。こちらもブルージェビールが安く飲めると有って、大人気店となり、連日大盛況の様だ。領主のタルコットの人気もうなぎ登りであった。




 さて、私は今リアムの執務室にセオとルイそしてノアと共に向かっていた。これからタルコット達と一緒に、来週に迫ったブルージェ領のビール祭りの最終打ち合わせを行うのだ。ビール工場の従業員も目標の100人になり、工場のビール製造も順調に行えるようになった。ビール祭りが終わった後は、他領や他国への出荷を本格的に始める予定であった。タルコット達もブルージェ領を有名にする為気合が入っているようで、いつまでも何もない田舎のブルージェ領と言われない様に頑張るのだと張り切っていた。本当に初めて会った優柔不断な領主とは別人のようである。リアム達友人のお陰だろう。


 そしてそのリアムだが相変わらずの大忙しだ。何から説明して良いか分からないが、スター商会の運営、新店と薬局の開店準備、連日続くスターベアー・ベーカリー、スター・リュミエール・リストランテ、スター・ブティック・ペコラの人気ぶり、そして夜会への誘いや、ビール工場の工場長としての仕事、そして今回のビール祭りの準備である。リアムのスケジュール管理を行うジョンも真っ青になる程の忙しさであった。


 そこで活躍してくれたのがリアムの兄のティボールドであった。代わりに夜会に出てあげたり、各店の様子を見に行ってあげたりと、リアムの手の届かないところをさりげなくフォローしてあげていた。リアムも兄貴が居て良かったと思ったのはこれが初めてかも知れない……と呟くほど感謝していた。ティボールドが自分の小説のネタ探しの為にリアムの代わりに歩き回っていたことは賢く黙っていた私であった。


 それから、ビール工場の工場長だが、ビール祭り終了後からジェロニモが受け持つことになっていた。大前提にビールが大好きというのがあるのだが、ジェロニモが何度も何度も指導にビール工場に通っているうちに、すっかり工場の従業員から懐かれてしまったのだ。その為リアムに 「あいつらの世話を頼んだぞ」 と印籠を渡されたことで、ジェロニモの工場長就任が決まったのであった。

 ジェロニモ本人は自分には荷が重いと言って居たのだが、スラムにあった裏ギルドがほぼ壊滅された事もあり、ジェロニモの中で何か変化があったようだった。もう何も気にする必要も無くなった事で、私の様にやりたい事をやってしまおうと弾けたのかも知れなかった。好きな事に夢中になれる事は良い事だ。これからのビール工場には期待大である。


 私達がリアムの執務室に着くとタルコット達も良いタイミングでやって来た。スター商会に来るのも慣れた物で、アリーやオリーに案内される事なく、馬車から降りると我が物顔でスタスタとリアムの執務室までやってくる、門や商会の入り口で会う護衛の星の牙のメンバーともすっかり顔馴染みで、顔パスで通されている。タルコット達はもうスター商会の一員とも言えるだろ。


 祭の話し合いがある度に、経理担当のベアトリーチェの父親であるフリストフォル・コッポラも一緒に来ていた。フリストフォルはベアトリーチェと良く似ていて童顔で、四十代らしいが全くそうは見えなかった。三十代、いや下手したら二十代でも通るかも知れない、マルコもこんな風に歳を取るのかなとちょっと想像したのであった。


「さて、時間が無い早速祭の話に入ろう、タルコット、どうだ、露店を出す店の場所割りは終わったのか?」

「ああ、イタロ、書類を」


 イタロが皆に露店の場所割りが書かれた書類を見せた。スター商会も当日は店を閉め、露店を開く予定でいる。ビール祭も共同事業の一環だからだ。ただし、予約が入っている分だけはキャンセルとは行かないため、スター・リュミエール・リストランテは普段通りの営業で、スター・ブティック・ペコラもエステだけは行う事になっていた。なので、祭りに参加したかった従業員達はとてもガッカリしていた、でも客としてビール祭を楽しめば? と伝えると、それはそれで面白いかもと喜んでいた。その為、今年中に来年の祭の開催予定日を決めてしまい、来年はスター商会全員が参加できる様にとしたのだった。それも今年の祭りは一日だが、来年は三日間開催する予定だ。それだけこの祭りにブルージェ領全体が力を入れているのが分かった。


「宿泊施設の準備はどうなっている?」


 他領からもビール祭り目当てで観光客が来ることは勿論分かっているので、売りに出されていた、ティファ街にある貴族の別宅を買い取り、ホテルの様に改築し、新しく従業員も雇入れ準備を万端にしてあるのだ。これは来年多くの観光客が押しかけてくることに向けてのプレオープンの様な物でもある、今年準備しておくことで、来年余裕を持って対応出来るようにしてあるのだ。その為、リアム達もタルコット達もそして商業ギルドのベルティ達も短い期間でやる事が沢山あり大忙しで有った。ビール祭りを開催しようと言い出した者に恨みをぶつけたいぐらいだった様だ(私だけど……)でもブルージェ領発展の為に皆で協力し、成功させようと奮起しているのであった。


「これだけ盛り上がるなら……季節ごとにお祭りを開催しても良いですよねー」

「「はっ?!」」


 私の呟きにリアムやタルコット達が青い顔で変な声を出してきた。嬉しい過ぎる様だ。自領の会計を握るフリストフォルだけは興味深げに私の事を見ている。大分不況が改善されたとはいえブルージェ領はまだ潤う程の利益は無い、会計職として儲け話には目が無い様だった。


「ララ様……それはどういうことでしょうか?」


 おじさんなのに可愛い顔のフリストフォルに頷くと、私は自分の考えを話した。リアムは嬉し過ぎるのか既に頭を抱えていた。

 

「春、夏、秋、冬と季節ごとに【イベント】あー……催し物を開催するのが良いかなと思いまして」

「季節ごとでございますか?!」


 私は頷き話を続けた。ビール祭りは毎年この時期の夏場に開催することとなった、でも折角お金を掛けて改築したホテルが、他の時期はガラガラでは勿体無いだろう。出来るだけ多くの観光客を常に呼び寄せるようにしていきたい。その為には客の興味を引く物が必要なのだ。


「例えばですが、ブルージェ領のカイスの街は花が有名です。ですから春はそこで花祭りを、そしてブルージェ領では秋にタインの街でかぼちゃが多く採れますから、秋には【ハロウィン】あー……かぼちゃの収穫祭を開いて、それから、冬は雪祭りでも良いですが、ブルージェ領はそれ程雪が多くないので【クリスマス】を開催しても良いですね」

「……くりすます? とは何でしょうか? 浅学で申し訳ありません」


 フリストフォルにクリスマスを教えてあげる。実際とは違うディープウッズ家のクリスマスだ。家族に感謝する日だと教えてあげるとフリストフォルが 「ほー」 と感心した様な声を出していた。


「例えば……そうですね、歴代のブルージェ領主の中で冬生まれの方はいらっしゃいませんか?」

「ええ、初代当主様も前領主も冬生まれでございますが……」

「でしたらお二人に感謝する日としても良いかも知れません、領民感謝祭みたいにしてタルコットが領民に感謝する日にしても良いでしょうし」

「なる程、なる程、いやー、ララ様のお話を聞いていると勉強になります。これは全て取り入れて行きたいですね!」


 ハハハ、ホホホと私とフリストフォルが笑い合っている横で、祭りが季節ごとに開催される可能性があると分かった大人組が喜びのあまり倒れ掛かっていた。セオとルイは苦笑いになり、ノアだけはおやつを食べていたのであった。可愛い。

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