第221話 閑話28  ハロウィン

「ねーリアム、ハロウィンをやってもいい?」

「はろういん? 何だそれ?」


 リアムの執務室では皆が相変わらず忙しそうに働いていた。スター商会は順調に売り上げを伸ばしていて、スター・リュミエール・リストランテとスター・ブティック・ペコラが出来たことで今やブルージェ領一番の大商会となっている。その上王都の店に負けないほどの人気店なのだ。その為リアム達の仕事は休む暇もないほど忙しく、店の定休日迄働き詰めの毎日だ。共同事業としてブルージェビールの製作にも携わっている為、ビールが領内だけでなく他領や国外へと出荷されるようになるまでは大忙しなのであった。

 その為あまり役に立たない会頭の私でも何か店の為に役に立てないかなと考えて思いついたのがハロウィンだった。しかし前世の記憶通り、死者の弔いの為の~などと話しても仕方が無いので、ブルージェ領で採れるかぼちゃの収穫祭としたらどうだろうと決めたのだった。


「ブルージェ領ではかぼちゃが沢山取れるでしょ、それを使ってスターベアー・ベーカリーとかスター・リュミエール・リストランテでかぼちゃを使ったパンとかスープとかの料理を販売したいの、良いかな?」

「ああ、秋に向けての新作料理って事か、いいぞ好きなようにやりな、その代わり一番に俺に食べさせてくれよな」

「有難う! リアム大好き!」


 リアムはかぼちゃ料理が食べられることが嬉しかったのか、真っ赤な顔になって喜んでいた。これは沢山作ってあげなければと思い、早速料理長であるマシューの所へとセオと一緒に向かった。今の時間ならまだスター・リュミエール・リストランテは開店前の為話す時間がある、店長であるサシャも一緒に話せるだろうと、ハロウィンが出来ることにワクワクしながらスター・リュミエール・リストランテに向かった。


 ふふふ、二回の人生で初のハロウィン! 楽しまなきゃね!


 前世ではハロウィンなんて自分には関係のない事だった。子供もおらず、特別仲の良い友人もいない、ハロウィンやクリスマスなどはまるで別の世界の話の事の様だった。それが今ではこんなにも仲間が増え、家族とも友人とも呼べる人達が増えた。皆を喜ばせるために頑張ろうと意気込むのは当たり前の事だった。


 スター・リュミエール・リストランテに着くと、マシューとサシャと早速かぼちゃ料理の話になった。グラタンやスープ、サラダにケーキワクワクするメニューが沢山出てきた。マシューやサシャもハロウィンの料理に喜んでくれて、10月のランチとディナーにはハロウィンメニューを作り、他の料理より少しお安く提供することとした。そして――


「ホールスタッフの皆には仮装をして頂きたいのです」

「仮装ですか?」


 首を傾げるサシャにハロウィンはお化けが店にやってくる設定で、お客様でも仮装で来ても良いことにして欲しい事を話した。仮装して来てくれたお客様には、ガラスで作ったカボチャ型のランプをプレゼントすることを伝えた。


「ララ様ガラスのランプなど、高級な物をプレゼントしても宜しいのですか?」

「ええ、カボチャ型のランプのガラスはリサイクルした物なのです。ですから殆ど経費が掛かっていないのですよ」

「そ、そうなのですか?!」


 私は頷くと試作品のランプをサシャとマシューに見せた。二人共 「おおー!」 と言って感心したように見ていた。セオはその様子にニコニコ顔だ。


「ララ様、このランプには何故顔があるのですか?」

「ああ、この子はかぼちゃお化けの ”ジャック” なのです。ですから可愛い顔があるのですよ」


 サシャは何となく分かりましたと言って頷いてくれた。店にもこのランプをハロウィンの間はいろんな場所に飾ってくれることになった。これでスター・リュミエール・リストランテのハロウィンの準備は大丈夫だろう。

 私は次にスターベアー・ベーカリーに向かった。こちらでは店長のボビーと話をすることになった。


「かぼちゃのパンですか?」

「はいそうです。ハロウィンの期間はかぼちゃのパンを作って少し値段を下げて販売したいのです。かぼちゃの形の物とジャック……あー、後で試作品を作りますけど、キャラクター物ですね。それとマフィンなども作って販売したいです。ボビーやってくれますか?」

「ええ、勿論です! ルネと相談して作ってみます!」


 ボビーは凄く楽しみだと言って張り切ってくれた。ハロウィン期間にスターベアー・ベーカリーに来たお客様にはオレンジ色のかぼちゃのキャンディーをプレゼントすることにした。お客様も喜ぶこと間違いないだろう。

 私は次にセオと共に裁縫室へと向かった。ブリアンナとマイラにハロウィンの間の従業員の衣装を相談する為だ。二人にハロウィンの時はお化けの恰好をさせたいのだと話すと、「お化けの服を作るだなんて腕が鳴ります!」 と言って張り切ってくれたので、出来上がりがとても楽しみになったのだった。


 次はスター・ブティック・ペコラ行った、店長のニカノールとスター・ブティック・ペコラの支配人のようになっているティボールドと話をする。二人にもハロウィンの話をするとお祭りだと言って喜んでくれたのだった。


「ララちゃん、じゃあ、このかぼちゃのぬいぐるみをお店で販売すればいいのね」

「そう、ジャックって名前なの、かわいいでしょ。あとお化けのぬいぐるみも作ったからこれもお願いします」

「あら、お化けって言うからどんなのかと思ったら白くって可愛いじゃない! これなら喜ばれるわ」


 ニカノールにはぬいぐるみは好感触だった。ティボールドもニコニコ顔だ。二人共協力的でとても有難い。私はそんなティボールドにお願いをすることにした。


「絵本を作りたいの? ララちゃんと僕で?」

「そう、ティボールドがお話を書いて私が挿絵を担当するの、それでハロウィン期間の間、お客様にプレゼントしようと思って、どうかしら?」

「勿論喜んで協力させて貰うよー。ああ、まるで夫婦の共同作業みたいだねー。とっても楽しみだよー」


 ティボールドは頬をピンク色に染めて喜んでくれた。本が大好きなので絵本を作ることが嬉しい様だ。私まで笑顔を見ていると嬉しくなった。後は子供たちの所へ行ってハロウィン当日のお手伝いを頼むだけだ。


 私とセオは図書室で勉強中の子供たちの所へ行ってハロウィン当日のお手伝いをお願いした。皆お化けの恰好で働くなんて楽しみだと喜んでくれた。これで準備は万端だろう。後はハロウィン期間を迎えるだけだ。




 穏の月(10月)になった。

 店の前庭に以前作ったお化け屋敷を設置した。今回は怖いおばけではなく可愛いかぼちゃのお化けばかりが脅かしに来る。スター商会は元々お化け屋敷があった場所なのでお客様には大好評になった。店で何度も買い物をして、お化け屋敷に何回も足を運ぶものまで居た。かぼちゃのパンやレストランのスープやグラタンは大人気となり、リピーターも出るぐらいで有った。ハロウィンのお陰でスター商会は益々人気店となったのだった。


 そしてハロウィン当日。従業員は皆で仮装をした。レストランのメンバーは既に簡易的な仮装をハロウィン期間に入るとすぐに行っていたのだが、今日は完璧な仮装を施した。サシャの吸血鬼姿はとってもカッコ良かったし、ニカノール達ブティック組も今日は魔女っ子仮装で決めていて可愛いかった。普段は殆どいない男性客まで見に来る人気ぶりだった。


「ララ様ー」

「タッド、ゼン、仮装とっても可愛いですね」


 二人は黒猫の仮装をしていてとっても可愛い。耳や尻尾などブリアンの気合の入り方が分かる、本物の様だ。可愛すぎて誘拐されないか心配になる程だった。


「えーと、トリックオアトリート? って言って皆に教えてからかぼちゃのクッキーを渡しました。お客様皆大喜びでしたよー」

「本当? 良かった。お化け屋敷も今日も大人気みたいだし一安心だね」

「何が一安心なんだよ」


 振り向くと機嫌の悪そうなリアムが腕を組んで私たちの後ろに立っていた。何だか顔色も悪いように見える。どうしたのだろうか。

 私とセオはリアムに話があると言われ、タッドとゼンには引き続きクッキーのプレゼント渡しを行ってもらうことにしてそこで別れた。リアムの後に続き執務室に入ると、リアムはむすっとした表情で話し出した。ソファに座る態度は少し乱暴気味だった。


「まず、お前たちのその恰好は何なんだ?」

「えっ? かぼちゃの仮装だけど?」


 私とセオはかぼちゃの着ぐるみを着て、ジャックの仮装をしている。とっても可愛くてお気に入りなのだ。何がいけなかったのだろうか。リアムはイライラしているのか、眉間にしわを寄せるとまた話し出した。


「なんで客までお化けの恰好をしてるんだ? それに庭のお化け屋敷だ。かぼちゃの収穫祭なのになんでお化けが必要なんだよ」


 どうやらリアムは店に沢山のお化けが来ることが嫌だったようだ。確かにハロウィンの説明をする時に仮装の話はしなかった。でもお化け屋敷は穏の月に入ってからずっと庭にあるのに何を今更という気もするが、まあ、私の説明が足りなかったので謝っておこう。


「リアムごめんね。お化け怖かった?」

「バッ! 馬鹿野郎、怖い訳ないだろ、ただ、何でお化けなのかと思っただけだ……」


 リアムは真っ赤になってプイっと横を向いてしまった。ランスが可愛らしい主の姿に後ろでクスクス笑いを堪えているようにも見えた。もしかしてリアムは自分も仮装したかったのに、仲間外れにされたような気がして、怒っていたのかなと思い、リアムも仮装するかと訪ねてみることにした。


「リアムも仮装する? 骸骨のコスチュームとかあるよー」


 私がテーブルの上に骸骨の衣装を出すとリアムは気に入らなかったのか、青い顔になった。自分の体を抱きしめるようにしている。骸骨なので細い人にしか似合わないと思ったのかも知れない。仕方が無いので他の物を出すことにした。


「仮装マスクもあるんだよ、ほらこれなんてリアルでしょ」


 そう言って顔の皮がむけた様な本格的なマスクを魔法鞄から取り出すとリアムは 「ギャッ」 と声を出した。本物の生首のように見えた様だ。顔色は益々悪くなった。


「あれ、リアム、もっと違うのがいいの?」

「いやいやいや、俺はお前たちと一緒で良い、だからその気持ち悪い物はしまえ」


 リアムはどうやらセオと同じ仮装が良かった様だ。だから今頃になって文句を言ってきたのだろう。私とセオが仲良くペアルックだったのが気に入らなかった様だ。私は頷くとリアムにも同じかぼちゃの衣装を出して上げたのだった。


「セオさん、リアムさんお久しぶりです。今日は宜しくお願いしますねー」

「ああ、ジャックさん、今回もお化け屋敷宜しくね、悲鳴は集まってる?」

「ええ、十分ですよ。でも人を脅かすってのは、相変わらず難しい物ですねー」

「そうなんだね。本物で難しいんだ」


 セオが誰かと話すと、ふわっとした風が起こり淡い青い光が窓の外へと消えていった。リアムはその方向を見て青くなり 「ななななな……」 と言いながらわなわなと震えていた。どうやら今回もお手伝いを頼んだ本物のお化けのジャックさんの事をリアムは見えた様だった。羨ましい。


 こののち、ブルージェ領ではハロウィンが毎年恒例行事となりスター商会のお化け屋敷は大人気となるのだが、ジャックさんの事はある一部の人間にしか見えないのであった。残念。

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