第218話 ララの襲撃

 一階に降りるとビルとカイの兄のジンは、恐怖から腰が抜けてしまっていたようで、まだ立ち上がれない状態でいた。私はジンをこれ以上怖がらせない様に笑顔で近づいたのだが、何故かジンは私の可愛い笑顔を見て 「ひっ……」 とまた怯えた様な声を出すと、お尻を引きづったまま後退りし始めた。先程失禁しているので、お尻を引きずった痕にはなめくじの様な線が入ってしまい、流石に弟二人の前でのあまりにも情けない姿に可哀想になってしまい、洗浄魔法と、頬の傷を消す為に癒しを掛けてあげた。なのにジンは私が優しくして居るにも係わらず、何かされると思ったのか 「ギャッ」 と言って目をつぶり震えだしてしまったのだ。こんなに可愛い少女を目の前にして失礼な話である。蹴りを入れてやろうかと思うぐらいで有った。


 苦笑いを浮かべて兄の情けない姿を見ていたビルとカイが、見かねてジンを椅子に座らせると、挙動不審な状態になっている兄に優しく話しかけた。ジンもそれで少し自分を取り戻せたようだった。


「兄貴、メグは何処へ行ったんだ? 俺から奪った魔法袋の中に金があったはずだよな? それでメグは結婚しなくて良くなったんじゃないのか?」

「……金は……あいつらには渡してない……あれは俺が使おうと思ったんだ……妹はあいつだけじゃねー、下にもまだ居る、だから……そのまま迎えに来たやつらにメグを――ひっ!」


 気が付くと私はジンの事を持ち上げていた。ビルをケガさせただけではなく、ビル達がお金を用意してあげたにも関わらず、妹を売りに出したのだ。それもジン自身が作った借金のカタにだ。これを許せるほど私は良い子ちゃんじゃなかった、自分本位なジンの事をボコボコにしてやりたくなった。 

 だが、ジンの事を投げ飛ばすだけで、一旦気持ちを落ち着かせた。軽く投げたはずのジンは壁にぶつかり 「ぐへっ」 と変な声を出していた、だが私は癒しを掛ける気は全く起きず、ビルもカイもジンの事を普段見せない殺気をまとった様な表情で見ていた。幼い妹を売りに出した兄の行為が、許せないようだった。


「直ぐに妹さんが連れて行かれた場所に案内しなさい!」

「ひゃ、ひゃい!」


 怯えてまた立ち上がれなくなったジンの首根っこを掴んで、引き摺って外まで連れ出した。振り向くとジンはズボンがずり落ち、半分お尻が見えていたが気にしないでおいた。私は魔法鞄からかぼちゃの馬車を取出し、直ぐに魔力を注いだ。ビルとカイが先に乗り込み、ジンの事は私が放り投げて乗り込ませた。ゴンッと音を立てて馬車の壁に頭をぶつけていたが気にしない、馬車で引き摺って走らないだけでも優しい物だ。ビルやカイそして私の怒りはこんな物では収まらないのだ。妹さんの無事が分かるまでは怒りを鎮める気にはなれなかった。ジンはそんな私の怒りに震えながら行き先を教えた。


 妹さんの連れて行かれた場所は、スラムのあるエストリラの街だった。治安が悪いので、裏ギルドの良い隠れ蓑になっている様だ。全力で走る馬車の中で、ビルはしっかりと自分の魔法袋を手に握りしめていた。これまでスター商会で働いて貯めたビルとカイの給料を、妹を助けるために使うつもりでいる様だ。気持ちは分かるのだが、私的には二人がジンの借金を肩代わりするのはどうしても許せなかった。なのでスター商会で借金を肩代わりして、ジンには利子を付けて支払わせる気でいた、兄弟間の金銭のやり取りで、借金をなあなあにさせる気はないのだ。そうでなければジンはまた同じことを繰り返すだろう。ビルとカイがお金を用意したにもかかわらず、簡単に妹を渡してしまえるような考えの持ち主なのだから……


 30分ぐらい馬車を走らせると ”スカァルク” と言う名の店の近くに着いた。ここがメグの運び込まれた場所の様だ。ジンの驚いている表情から随分と早く着いたのが分かった。やはりかぼちゃの馬車は他の馬車と比べてかなりスピードがある様だ。頼もしい限りである。


 店の入口の前には人相の悪そうな男達が数人立っていた。護衛と言う名の見張りだろうか、あたりをかなり警戒して居ることが分かった。カボチャの馬車は物陰になっている為か気が付かれていない様だったが、時間の問題だろう。ビルとカイを守りながら二人の妹のメグを助け出すのは、セオなら何とかなるかもしれないが、私の実力から行って厳しい物があるだろう、二人には馬車に残って貰う事にした。


「ララ様……俺達だって少しは戦えます……」


 ビルとカイもドワーフ人形のセブとハッチに多少は剣術を習っている、でもそれは護衛の為だ。二人を戦わせる気が無い私は首を横に振った。


「気持ちは有難いのだけど、私一人の方が動きやすいのです、ここで見守っていてくれるかしら? もし先にメグを逃がすことが出来たら、直ぐにこのかぼちゃの馬車に乗りこませてね」


 二人は渋々だが頷いてくれた。戦える実力がない事は良く分かって居る様だった。私はビルに結界魔道具と、ミサンガを渡した、カイはミサンガを付けているが、ビルの物は父親の攻撃で壊れてしまっていた。しょうがないのでついでにジンの腕にもミサンガを付けた。借金を返してもらうまでは死んでもらっては困るからだ、ジンは青い顔でされるがままにビルにミサンガを付けられていた。


「私とジンが馬車から降りたらすぐに結界を張って下さい。もし危険がせまったら私は転移できるので、二人は遠慮なく馬車で逃げてしまっても構いませんからね」

「「はい、ララ様……よろしくお願いいたします」」


 ビルとカイは申し訳なさそうな顔をしながら私に頭を下げた。私は二人の頭を優しく撫でてあげると、ジンが馬鹿なことを言い出した。


「あ、あの……俺はどうすれば?」

「はー、貴方は私と一緒に行くに決まっているでしょ! さあ、行きますよ」


 ひいいっ! と情けない声を出すジンの首根っこを捕まえたまま、私は馬車を降りた。ビルがすぐに魔道具を使ったようで、馬車は結界で見えなくなった。これで二人は安全だろう。私も気を遣わずに暴れることができる。

 ジンを無理矢理立たせると、親子連れに見えるように手を繋いだ。ジンは真っ青な顔だが夕暮れ時なので誤魔化せるだろう。


 スカァルクの店に向かってずんずんと歩いて進んでいくと、私の可愛らしくか弱そうな可憐な少女の姿に気が付いた男達がニヤニヤしながら私とジンに近づいてきた。いいカモが目の前に居るとでも思ったのだろう、値踏みするように私を見ていた。


「おじさま方、こんばんは。このお店は何のお店ですか?」


 私の問いに男たちは顔を見合わせると、嫌な声で笑い出した。知らずに近づいてきたのかと馬鹿にして居る様だった。


「じょうちゃーん、ここは大人の遊び場だよー、よっていくかーい?」


 一人の男の答えにぎゃははっと周りの男達が皆笑い出した。ジンの事は目に入って居ないのか見向きもしていない、私を捕まえることしか考えていないようだった。


「この人の借金を返しに来たので偉い人に会わせて頂けますか?」

「はぁ? 借金だー? って、おめージンじゃねーか、何だこれもお前の妹か? また売るつもりなのかよ?」


 どうやらジンはこの店の常連客の様だ。という事はビルが話していた、”賭け場” なのだろう、商業ギルドの職員で亡くなったオリバーが通っていたのもここかも知れない、そう思うと手加減は必要ないだろうとそう思えた。


「さあ、嬢ちゃん、俺達のところに来な、良い思いさせてやるぜー」


 楽しそうに ぎゃははっ とまた笑いながら男達は私の手を取ろうとした、私はその手を先にぎゅっと掴むと、ゴキゴキッ と良い音がした、ちょっと力を入れ過ぎてしまったかも知れない、捕まれた男は 「ギャアッ!」 と大きな声を上げた。


「このクソガキ! 何しやがる!」 


 ジンが邪魔なので、ジン事身体強化を掛けるとジンを持ち上げ、振り回した。男たちは ひゃー と変な声を上げているジンの足や手にぶつかると吹っ飛び、直ぐに気を失ってしまった。腕を痛めた男だけはその場にしゃがみ込んでいたので、ジンを降ろすと、笑顔を向けてレディらしくお願いをした。


「おじさま、このお店の代表に会わせて頂けますか?」

「は、は、はいい!」


 男は真っ青な顔で私達を店の中へと案内してくれた。ジンは振り回されてフラフラの状態だったので仕方なく引き摺って歩くことにした。また半ケツになっていたが、しょうが無いだろう。


 スカァルクの店の中に入ると、また人相の悪い男達がニヤニヤしながら私の方を見てきた。知らんぷりして店内の様子を見まわすと、店の中は賭け事をしている客が沢山いた。夕暮れ時から来ている様なので依存している人たちかもしれない。ちょっとうつろな表情でフラフラしているような人たちもいた、変な薬でも与えて居るのかも知れなかった。


「おい、おい、場違いなお嬢ちゃんじゃないか? 何だ、自分から捕まりに来たのか?」


 また嫌な笑い声を上げる男たちにニッコリと微笑みかける、レディとして恥ずかしくない様にしなければ、スター商会の会頭として名乗れないからだ。笑う男たちと一緒に腕を痛めた男とジンも何故か 「ハハハ」 と感情のこもらない渇いた笑いを浮かべていた。それぞれ皆笑顔なので仲良しの友人の様だった。


「こちらの代表の方にお話があります、通して頂けますか?」

「はあ? 何言ってんだ、この餓鬼は?」


 またこの繰り返しかと自分が子供だから馬鹿にされることにうんざりしてため息が出た。仕方が無いので力ずくで行くことに決めて、入って来た扉をパンチして見せた。扉は大きな音と共に外へと粉々になって吹っ飛んで行った。まあ、大工であるジンに後で直させれば良いだろう。


「てめえ、この餓鬼! 何しやがるんだ! おい! お前らこの餓鬼を捕まえるぞ!」


 いやいや、案内してくれないからでしょ、と突っ込みたくなったが、大勢で襲い掛かってこようとしたので、そんな時間は無かった。仕方なく邪魔なジンをその辺の家具の上にポイっと投げると、男たちを手刀で倒していく。急に乱闘が始まったので、店に居た客達は ワーキャー 言いながら店を飛び出していった。中には乱闘騒ぎに興奮したのか酒瓶を振り回すものもいた。そういう危険な者もついでなので倒しておく。あっと言う間に30人ぐらいの男性を倒すと、座り込んで震えている腕を痛めた男に話しかけた。


「さあ、それでは案内お願いしますね」


 男は 「ひいっ」 とショッカーの様な声を出すと、ブンブンと頷いた。そんなに怯えられたらまるで私の方が悪者のようでは無いかと思いながら、ジンを家具から引っ張り下ろし、私は男の後を付いて行ったのだった。

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