第219話 裏ギルド

 腕を抑えながら脂汗を浮かべている男は階段へと向かっていった。どうやらこの店の代表は二階にいる様だ。まあ、普通に考えてリアムの執務室なんかも一番高い部分にあるので、当たり前だろうと思った、それよりも二階に行くのに腰を抜かして立てなくなったジンが本当に足手まといだった。

 ハーと呆れたため息を吐きながら私は仕方なくジンを引き摺って歩く、階段では ガツン、ガツンと音を立てていたが、気にせずテクテク進んだ。前を歩く男がジンの事を気の毒そうに見ていた。それもその筈、ジンは酷く怯えた顔でお尻も出しているからだ。


 まあしょうがない、ジンのお尻が見えて居ることは気にしないでいて貰おう……


 途中私に攻撃を仕掛けてくる男も数人いたが、ジンを持っている為ろくな攻撃が出来ないので、パンチで吹き飛ばしておいた。壁にぶつかりバギッと大きな音がして穴が開いたが、まあ、ジンが直せば良いかと大工であるジンを働かせる気満々でいた。少しは役に立ってもらわなければ、連れてきている意味が無いだろう。


 二階の大きな扉の前には、二人の大男が立っていた。この騒ぎを聞きつけていただろう男たちは既に剣を構え、私と戦う気満々の様だった。


「あのー、ジンの借金を支払いに来たので、店の代表にお会いしたいだけなのですが……」


 私の言葉など聞き入れる気は無い様で、二人同時に私に切りかかってこようとした。仕方なくジンを案内してくれた男に放り投げると二人共 「グハッ」 と声を出して地べたに寝転んでしまった。そんな様子に (まあいいや) と思いながら、私は自分の鞄から ”豚丸” 改め ”流星” と名付けた刀を取り出すと、彼らの剣を受けてあげた。流石はセオが作った刀である、その辺の剣など全く歯が立たず、大男二人の剣は直ぐに折れてしまった。折れた剣を投げ捨てた大男たちは、力ずくで私を倒そうとしてきたので、しょうがなく軽めにお腹にパンチを入れてあげた。体ばっかり大きくて身体強化も掛けていない彼らは、うげっと汚く胃液を吐き出しながら、代表が居るであろう扉に吹き飛んでいくと、また扉に大きな穴が開いてしまった。ジンに修復工事を頑張ってもらうしかないだろう……


「何だ! お前は! 何者なのだ! 何しに来た!」


 今できた大きな穴を通って代表の部屋に入ると、少しガマガエルに似てる小太りの小さな男が偉そうな声で、私にそう声を掛けてきた。隣には護衛らしき剣を構えた男が立っていた。これまでの身体強化も満足に使えて居ない男たちとは違って、魔法は使えて居る様だった。これなら手加減しなくても死ぬことは無いだろうと安心できた。


「私は、ララ・ディ……ゴホン、ララです。スター商会の会頭です。ここにいるジンの借金を支払いに来ました。妹さんを返して頂けますか?」

「……妹?」


 小太りの小さな男(通称小太男)は私が引き摺って連れてきた、半泣き半ケツのジンの事をじろりと見た。涙と鼻水と、何故か涎でぐしゃぐしゃになったジンの顔だったのだが、小太男は一目見てジンの事が分かったようでニタリとガマガエルの様な醜い顔で笑った。(ガマガエルさんごめんなさい)どうやらジンはかなりのお得意様だった様だ。


「ハハハ、そいつの妹は返すことは出来ねーな。上物だ、もう買い手が付いている、諦めな」

「でも、契約満了日はまだ先でしたよね、借金さえ返せば妹さんは返して頂けるはずですが?」

「ハハハ、嬢ちゃん、この世界ではそんなもんは関係ねー、力のあるもんが偉いんだ。そいつは妹を俺に渡した。それで終わりさ」


 ハハハッと楽しそうに小太男は笑っていた。今現在これ程私に攻め込まれているにも関わらずだ。それだけ自分の側にいる護衛に自信があるのか、はたまた馬鹿なのか……とにかく力が強い者の勝ちと小太男が言うので、私はそれに従う事に決めた。


「では、私が力ずくで妹さんを返して頂いても問題は無いという事ですよね?」

「はあ?」

「私は貴方を倒して妹さんを連れて帰りますね」


 素敵女子の笑顔を小太男に向けたところ、案内してくれた男とジンは失礼なことに 「ひぃぃ」 と悲鳴を上げた。こんなに可愛らしい笑顔を目の前で見てのその態度に、思わずジロリと睨んでしまった。二人は口を手でふさぐと、ブンブンと首を横に振って ”何も言ってません” アピールをしてきた。ここまで正当防衛しかしていない私にそこまで怯えなくても良い物である。失礼な二人を後で尻たたきの刑にしてやろうと思った。


 小太男の 「ヤレ!」 との合図で護衛の男が私に襲い掛かって来た、今まで剣を振るってきているのは分かったが、ハッキリ言って相手不足だ。弱い者しか相手にしてこなかったようななまくらな太刀筋で、普段からセオやアダルヘルムそしてマトヴィルの稽古を受けている私にとっては子供の様な相手であった。もう少し鍛えてから出直してきた方が良いだろう。私は ”流星” の背面の部分で護衛を叩き峰打ちで倒した。命は奪うつもりはないのだが、思ったより威力が強かったらしく、護衛は小太男の立っている壁の方へと飛んでいくと、突き破って外へと落ちて行ってしまった。まあ、身体強化を掛けていたので、死ぬことは無いだろう。それに壁はジンが直すので問題は無いだろう……多分……


「えーと……代表さん、もう一度言いますね、ジンの妹さんを返して頂けますか?」


 小太男の方にそう言って笑顔を向けると、青い顔で頷いていた。良かった、説得のかいあってやっと分かってくれたようだと、ホッと胸をなでおろした。小太男は自分のデスクから鍵を取り出すと 「ついてこい……いや、来てください……」 と言って階段を下りて行った。仕方なくジンをまた引き摺り、案内してくれた男は一緒に歩かせながら小太男の後に付いて行った。


 すると、一階の奥にあった鉄の扉の前に行くと小太男は 「ここに娘がいる」 と鍵を開けて、中に入る様にと私に言ってきたのだった。中は地下に続く道になっているのか、暗闇に階段があるのだけが見えた。私がジンを引き摺って扉の先に入ると、小太男は私の背中を ドンッ と押し、直ぐに扉を閉めて鍵を掛けた。どうやら閉じ込められたようだった。


「ハハハ、馬鹿な小娘がー! お前も一緒に売り飛ばしてやるからな! ハハハッ!」


 鉄の扉の外では小太男がそんな笑い声をあげていたが、取りあえず、地下に降りてみようと思い、魔法で灯りを付けることにした。するとジンの傍には案内してくれた男が一緒に転がっていた。どうやら巻き添えを受けた様だ。可哀想に……小太男は仲間でも平気で閉じ込める男の様だ。


 案内男とジンを引きずりながら階段を下りて行くと、そこには沢山の女性や子供たちが閉じ込められていた。皆顔色が悪く怯えている様子で、中には泣いている子もいた。きっと上での乱闘騒ぎの音や声などが聞こえていたのだろう、騒ぎを起こした人間をここに連れてきて謝らせたくなった。勿論私は正当防衛をしただけの被害者だ、素直に案内しなかったあの男達が悪いのである。


「……ジ、ジン兄ちゃん……?」


 一人の女の子が私が捕まえている半ベソ半ケツのジンを心配そうにのぞき込んできた。その子は青い髪に金色の瞳を持ち、ビル達に似た可愛らしい顔をしていた。それだけでこの子が妹のメグだとすぐに分かった。睫毛もふさふさで、おめめもぱっちりだ。これは可愛いと評判になるだろうなと納得できる美少女だった。


「あの、ビルとカイの妹のメグさんですか?」


 ジンを心配そうにのぞき込んでいたメグはその可愛らしい顔を私に向けてきた。頬には泣いた後の様な物が見えて、ジンの事をもっと乱暴に扱えば良かったと少し後悔した。メグは頷くとハッとした様子をみせ、私に話しかけて来た。


「もしかして……ララ様ですか?」


 私が頷くとメグはとっても良い笑顔になった。


 可愛い! 可愛い! 可愛すぎる!


 私の胸はキュンキュン鳴って不整脈を起こして居る様だった。メグは私の手を掴むと、自分の胸元へと持って行った。そして――


「ララ様にお会いできるなんて夢のようです! カイ兄ちゃんからの手紙でとても可愛らしくって天使か妖精の様な方と聞いていたんですけど、本当にその通りですね。お会いできて光栄です」


 はい! カイは給料アップ決定いたしました! 実にいい仕事してます!


 私は嬉しさから魔力が溢れ出しそうになったので、地下に居る人々全員に向けて癒しと洗浄魔法を掛けた。ジンも案内男もついでに掛けてあげた。可愛い子に褒められて私の機嫌は絶好調だ。

 あたりからは綺麗な光が降り注いだことで わー とか 凄ーい とか歓声が上がった。可愛い子達の声援を受けて、私の心は益々高揚した。スター商会の会頭として良いところを見せないといけないでしょう!


 私は結界魔道具を魔法鞄から取り出すと、皆に結界の中へと入る様にと伝えた。メグは私の事を心配そうに見ていたが問題無いよとウインクをして安心させた。皆が結界内に入った事を確認すると私は、地下倉庫の天井に向かって得意の魔力玉を打ち込んだ。


「魔力玉!」


 私から発射された魔力玉は地下倉庫の天井を突き抜け、一階、二階の天井も突き抜けて空で ドドーンッ と爆発をした。これで息苦しさから皆解放されるだろう。

 結界を解くと私は階段を上がり、鉄の扉をパンチで破壊した。こんな薄っぺらい物で閉じ込めた気になっていた小太男はお馬鹿さんである。今までの私の一連の行動を見て居ればこんな物簡単に壊せることぐらい分かるはずなのだから。


「さあ、皆さん外へ出ましょう、もう皆さんは自由ですよ」


 閉じ込められていた皆は嬉しそうな声を上げると階段を駆け上がっていった。メグはジンと共に私を見ていた。頬をピンク色に染め憧れる様な表情を私にメグは向けて居て、ジンは真っ青になりまた粗相をしていた。さっき洗浄魔法を掛けたばかりなのに困ったものである。


「メグ、外にビルとカイが待っています。そこにジンを連れて行って下さい」

「あ、あの、ララ様は?」

「私はガマガエ……あー、代表の方とお話をしてきます。直ぐに終わるので安心して居て下さいね」


 メグは頷くと、ジンを引っ張り階段を上っていった。私は案内男と共に小太男の所に向かった。隠れているつもりなのだろうが探査を使えば小太男の居る場所などすぐに分かった。一階のキッチンの開き戸を開けると隠れていた小太男に向かって私はニッコリと微笑んだ。


「みーつけたー」


 小太男は 「ぎゃああ!」 と悲鳴を上げると、泡を吹いて倒れてしまった。残念、話があったのに……


 仕方なく小太男を縛り上げ、ポイっと外へと投げておいた。そして案内男に小太男の執務室にある契約書の場所を教えてもらって、全ての怪しげな契約書を空の魔法袋の中へどんどん入れていった。タルコット達やリアム達への良い手見上げになるだろう。すべて力の強い者の物だといったのは小太男だ。私が何をしても文句は言えないだろう。


 私は最後に小太男のデスクに向かって一度やってみたかったポーズをとってみることにした。


「(スター商会の会頭なので……) 星に代わってお仕置きよー!」


 すると指先から魔力光線の様な物が飛び出してしまった。気が付くと、小太男のデスクは吹き飛び後ろに開いていた穴はもっと大きくなり、ガガガー と音を立てると穴側の壁は全て崩れ落ちてしまった。最後の最後に正当防衛とは関係ない事をしてしまったが、ここまで壊れて居たら大して変わらないだろうと納得しておいた。


「まあ、ジンに直させればいいでしょう。さあ、案内さん下に行きましょうか」


 腰を抜かして立てなくなった案内男を引きずりながら私は ”スカァルク” と言う名の店を後にしたのだった。良かった良かった。

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