第217話 ビルの帰宅

 私はカイと共に、ビルとカイの実家へとかぼちゃの馬車で向かっていた。震えているカイの手にそっと自分の手を乗せ落ち着かせた。ビルとカイの兄も父親も暴力的だと聞いている、何か有っても不思議では無かった。


 二人の実家はアズレブの街の中でも外れの方で、グレドールの街に近かった。グレドールの街はブルージェ領内の ”職人の街” と言われていて、建築・土木関係の工房や植木職人などの店などが多くある街だった。ただしブルージェ領内の火を使う鍛冶職人などはムロフの街に店を多く構えている為、ムロフの街は ”鍛冶の街” と呼ばれていた。

 なのでビルとカイの父親が大工をやっている事から、グレドールの街の近くに住んで居ることは当然の事であった。


 30分も馬車に揺られているとビルとカイの実家へと着いた。しっかりとした作りの家で外観からは貧しい家の様には見えなかった。勿論大工仕事の職人の家がボロボロでは仕事も入って来ないだろうから、客商売として外見だけでも綺麗にしておくことは当然といえるだろう。


 ひっそりと静まり返っている自宅の前に着くと、馬車を直ぐに魔法袋へしまった。なるべく目立たない方が良いだろう。私とカイは玄関前に立つと深呼吸をした。カイに平静を装うって貰う為だ。カイはビルを助けると決意を固めたのか、もう震えてはいなかった。


 トントントンとカイが玄関扉を叩き声を掛ける。出来るだけ普段通りに里帰りしたかのように声を出した。


「父ちゃん、母ちゃん、カイだよ。ただいまー」


 中から返事は無い。私達は顔を見合わせるともう少し大きな音で声掛けをすることにした。今度はドンドンドンと扉を叩く。隣の家までも聞こえるぐらいの音だ。


「とうちゃーん、かあちゃーん、ただいまー、カイだよー」


 すると中からドカドカと大きな足音がして、バンッと玄関が開いた。中からはお酒臭い、ビルによく似た雰囲気の青年が出てきた。ただしビルの様に清潔な感じではなく、不潔で、髪は脂ぎっていて、顔にはふきでものも出来ていた。歯も何本か抜けている感じで、とてもビルの三歳年上の兄には見えなかった。10歳以上年の離れた、おじさんのように見えた。お酒の影響なのかも知れないが、カイが兄を見て一瞬驚いていた様子から、カイが家を出て行ったときはこれ程酷くは無かったのだろうと思えた。カイは一瞬の驚きを笑顔で隠し、兄にさりげなく話しかけた。


「ジン兄ちゃん、ただいま。みんなは?」


 カイがニコニコっと話しかけてきた姿を兄のジンはジロッと見ると、手に持っていた酒瓶を口に持っていきグビッと飲んだ。口の端からはお酒が零れていたが気にもしていないようだった。私は持っていた酒瓶がスター商会のウイスキーだと気が付き、ビルがこの家に居るのは確実だなと思った。後は無事かどうかだ。ジンは顎で入れとカイを促して、後ろに居る私の事を舐め回すような目つきで見てきた。ビルとカイの兄でなかったらパンチを入れたくなる位卑猥な視線だった。


「おうい、カイ、その後ろのちびっ子いのはお前の何だー?」


 ジンがまたお酒を飲みながら私の事をカイに訪ねた。やはり気持ち悪くなる位の嫌な目つきで私を見ていた。


「えっと、この方……この子は……」

「ビルさんとカイさんの助手のララです。よろしくお願いいたします」


 ジンは はーん と鼻で笑うような声を出すと、ドカッと部屋の椅子に腰かけた。大工の家だけあって、家具はとても良い作りだった。ジンが乱暴に座った椅子なんて、飴色で艶があり匠の技だと思えるぐらいだった。誰が作ったかは分からないがジンでは無いと良いなと思った。こんな気持ち悪い人の作った物とは思いたくなかったからだ。


「ビルもカイもいいご身分だなー、おい。家に金も送ってこない恩知らずのくせによー」


 ジンはそう言うと目の前にあった同じ作りの椅子を蹴っ飛ばした。あんな素敵な物を汚い足で蹴ったことに、私の怒りは爆発しそうになった。でもそれを何とか笑顔で押しとどめた。椅子は私の物では無いし、所有権はジンにある。そう思い価値が分からない馬鹿な男でも我慢だと、何とか魔力を押し込めた。とにかくビルの事を聞きだすのが先決だ。

 チラッとカイの方を見ると頷いたので私の気持ちが分かったようだった。


「あー……ジン兄ちゃん、ビル兄ちゃんが昨日この家に帰って来たと思うんだけど……どこに居るのかな?」

「あーん? ビルだとー? あの恩知らずか? 俺は知らねーぜー」


 そう言ってジンはまた酒を飲もうとしたが、殻になったのか、別の酒をある袋から取り出した。そう、それはスター商会の従業員に渡されている私が作った巾着型の魔法袋だったのだ。ジンは何食わぬ顔で新しい酒を取り出すと、栓を開け行儀悪く舌なめずりして今度はワインを口にした。一口飲むと美味しかったのか、目をぱちぱちとしていた。それもそうだろう、スター商会自慢のワインなのだから……私の中で何かがはじけた気がした。


「ジンさん、それはビルの魔法袋ですが、何故あなたが持っているのですか?」

「あーん? 何だ餓鬼が、誰にモノ言ってんだ?」

「勿論、馬鹿で不潔で厭らしいあなたにですよ。ジンさん……」


 私の煽りが効いたのかジンは酒で赤くなっていた顔が益々赤くなると、プルプルと震えだした。酔っていても自分への悪口は分かる様だったので、私はもっと煽ることにした。カイが密かにハラハラして居ることが目の端に入って来たので、自分は冷静だなと思えた。


「たとえ兄弟の物でも魔法袋は店から貸し出している物です。貴方のしている事は立派な窃盗になります。訴えられたくないのならビルを返してください」


 ジンは 「グッ」 と声を出すと、先程飲み切ったウイスキーの瓶に手を伸ばした。そして私へ向けて力一杯投げつけてきた。カイが 「ハッ」 と声を出して私の前に走り込んで来ようとしたが、私はそれを遮り、勿論投げられた瓶を楽々キャッチした。ピートと練習したキャッチボールがここでも役に立った。流石私の可愛い天使ピートだ。常に役に立ってくれるいい子だ。


 私は正当防衛として、身体強化を掛けてお返しにジンに向かって酒瓶を投げ返してあげた。瓶事私の魔力で包んだので、凄い速さで瓶はジンの頬をかすめると、後ろの壁を突き破って外へと飛んで行った。外の壁にも穴が開いたのか ドガッドガッ と大きな音が聞こえてきた。ジンは頬から流れる血を触りながら、何が起きたか分からない様な顔で、部屋に開いた大きな壁を見つめていた。

 そしてゆっくりと私とカイの方へと振り返ったジンの顔は、先程までとは違い青白い物になっていた。やっと目が覚めた様だ。


 私は一歩一歩ジンにゆっくり近づくと笑顔で話しかけた。怒りからか少し威圧になっているのが分かった。ジンはこんなに可愛い私の笑顔が何故か怖かったのか 「ひっ」 と声を出すと、失禁してしまったようで、ズボンが濡れてしまっていた。か弱い少女を見ておもらしをするなど失礼な話である。パンチを入れたくなった。


「ジンさん、これは正当防衛です。貴方のした事は暴行罪として訴えることが出来ますよ。今すぐにビルの居場所を教えて下さったら罪には問いません。さあ、直ぐに言いなさい!」


 私も器物破損をしているが、まあ、正当防衛の一環として大目に見て貰おう。笑顔の私にジンは涙と鼻水を垂らした酷い顔を向けるとブンブン首を振って来た。そして 「二階だ……」 と小さく呟くと、地べたに座り込んでしまった。ブルブル震えているので、思ったより威圧が強かった様だ。


 私とカイは直ぐに階段を駆け上がると、板で打ち付けられている扉を見つけた。私は身体強化のまま扉をぶち破った。後で修理はするので許して貰おう。


 部屋の中は窓まで板でふさがれていて真っ暗になっていたので、私は直ぐに魔法で灯りをともした。そこにはロープでグルグル巻きにされたビルが倒れていて、頭からは血を流し、顔色は真っ青になっていた。かなりの時間このまま放置されていたようだった。周りには同じ様に縛られ猿轡をされている兄弟と、両親らしき人物もいた。父親の方には顔に痣があり頬が晴れていた。でもビルの様に弱ってはいないようだった。


 私は直ぐにビルに近づき癒しを掛けた、その間にカイは兄弟たちのロープを外していった、一体何があったのか、事と次第によってはジンを血祭りにあげなければならないだろう……


 ビルは気が付くと私を見て驚いた顔になった。無理に起き上がろうとしたが、血が流れ過ぎているのでそれを止め、増血剤と、ポーションを飲ませた。ビルは顔色が良くなるとこれまでの事を話しだした。


 ビルが家を訪ねると父親が殴りかかって来たそうだ。今まで何の連絡も寄こさず仕送りも送らなかったからだと言って居た、ただし、ビルはミサンガを付けていたため父親は吹っ飛んで頭と顔をぶつけたらしい、自業自得の怪我のようなので治さななくても良いかなと思った。

 するとそれを見ていた兄のジンが妹や弟そして母親を盾にしてビルに金をよこせと言ってきたようだ。ビルが金を出そうと鞄に目を落とした瞬間、鈍器で強く頭を殴られたそうだ。それが昨日の夕方だというから、私とカイがビルを見つけるのが遅れて居たら命が危なかった可能性もあった。そう思うと腸が煮えくり返り、ジンの事を滅茶苦茶にしてやりたくなったが、ぐっとこらえた。私が本気になったらジンの命は保証できない。それはビル達が望む解決では無いだろう。


 私は深呼吸をすると部屋の中に居る全員に癒しと洗浄魔法を掛けた。仕方が無いからビル達の父親にもだ。皆癒しが掛かると顔色も良くなりホッとした様子だった。昨日から縛られていたのなら疲労困憊だっただろう。一番下の子は私と同じぐらいで、カイによく似て居て可愛かった。そんな子が怖い思いを一晩中していたのかと思うと涙が出そうになり、そしてまた怒りが込み上げて来そうになった。


「兄ちゃん、メグは? メグは何処なんだ?」

「えっ?!」


 メグと言うのがカイのすぐ下の妹で、婚約が決まったと言われている子らしい。ビルが家に訪ねてきたときはメグは居たそうなので、犯人はジンしかいないだろう。すると父親が威張った口調で話し出した。癒しが効いたので強気な気持ちになったようで、ジンに良く似た馬鹿にしたような鼻にかかった笑い方をした。


「フン、メグは売られたんだよ。闇ギルドにな。婚約なんて嘘っぱちだ。体のいい奴隷だ。全てビル、カイ、お前たちのせいだ、お前らが仕送りさえーーガハッ……」


 私の怒りは頂点に達した。ここには私を抑えてくれるセオは居ない。威圧でビル達の父親が苦しんでいるのが見えた。だが止める気は無い。理不尽な理由を並べて自分の息子たちを責めるなどお門違いだ。許せなくてこの父親をボコボコにしたい気持ちになっていた。


「……ラ、ララ……さ……ま……」


 ビルの絞り出すような声を聞いて、周りにいるビルの兄弟たちも苦しんでいる姿が目に入った。私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせた、少しずつだが魔力が収まっていくのが分かった。ふーと息をつき父親の方を見ると、ジンと同じ様に失禁し、気を失っていた。結局弱い人にしか威張れない人間の様だ。私はふーとまた息を吐くと、ジンに妹の話を聞くために、一階に降りることにした。ビルとカイはその後を付いてきていて、決意のある顔になっていた。妹を助けに行こうと思っているのだろう。二人の顔を見ると少しだけ優しい気持ちを取り戻せたのだった。

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