第212話 ビルとカイの事情

「あ、あの……ララ様……それはどういう事でしょうか?」


 突然の話に驚くのも無理は無いと、私は頷きビルとカイの二人にきちんと話をすることにした。アダルヘルムに行動する前に先ずは考えるようにと、常日頃から言われているので当然の事である。少し大人になった私をアダルヘルムにも見せたいぐらいだ。


 私は二人にスラムのあるエストリラの街に、ブルージェ領の公共住宅を建てる話を伝えた。この事は流石研究所の所長、副所長だけあってリアムから聞かされて居たようで、二人は驚くことなく頷いていた。ただそれと自分たち家族がどう結びつくのかは分かっていないようだった。


 私は公共住宅の中に商店街を作る予定でいる事を二人に話し、そこにスターベアー・ベーカリー二号店とスター薬局を作る予定だと伝えた、そしてスター薬局にはジュール、エタン、リリアンの誰かが週に二度でも顔を出して貰いたい話をした、薬剤師が居れば領民が薬を購入するのも安心できるからだ。勿論マルコやノエミでも良いのだが、二人には向かない仕事で有る事は分かっているので、あえて名前は出さなかった。


「あ、あの……ララ様……その事はリアム様は……」

「ええ、勿論知ってますよ。昨日の視察の時に話しましたから」


 二人はリアムも知っていると聞いてホッとした様だった。やはり自分達が副会頭より先に話を聞くのは気が引けたのだろう。心遣いのできるビルとカイには本当にいつもいい子だなとほっこりさせられる。いずれ出来るであろう私の子も二人の様ないい子に育って欲しいと期待を持った。


「それで、ララ様……ウチの家族とその住宅がどういった関係があるのでしょうか?」


 つい未来の自分の子の事を想像して危うく脱線してしまうところだったが、ビルによって現実に引き戻して貰った。一番重要なことを話さなければ意味が無いからだ。


「ビル達のお母様と兄弟にそこに住んでもらって、スターベアー・ベーカリー二号店とスター薬局で働いてもらえないかと思ったのです」


 ビルとカイの父親と兄は攻撃的な性格の様で、ビルとカイの母親の事やビルの事を散々殴って来たようだった。ビルはいずれは下の兄弟全員を自分の下に呼び寄せるつもりでいる様なので、お母様も含めすぐにでも引取ればと思ったのだが、何故かビルとカイの顔は曇ってしまったのだった。


「その……有難いお話なのですが……店に迷惑を掛ける訳には……」

「迷惑? 何が迷惑なのですか?」


 二人は困ったように顔を見合わせると黙り込んでしまった。何か言えない事情がある様だ。

 私は二人が話し出すのを待つことにした、言いたいけど言えないそんな様子だったからだ。カイが入れてくれたお茶を飲みながらセオの方にふと目を向けた。セオは私を見て頷くと、二人の困ったような様子に助け舟を出すことにした様だった。


「ビルとカイ、ララが子供だから話せないのかな? それとも会頭だから話せないの? 悩み事は人に話すことで解決することもある。第三者の話はとても大切だと思うよ」


 最近のセオは本当に大人になった気がする。こうやって少しづつ親離れしていくのだと思うと少し感慨深かった。寂しさもあり嬉しさもありといったところだろうか。自分が子離れできない親になりそうで怖い。セオの事はとても大切な存在だからだ。


 私がセオの事を見つめそんな事を考えていると、ビルとカイがまた顔を見合わせていた。二人は頷くと、ごくりと喉を鳴らし、真剣な表情で話し始めた。


 ビルは裏ギルドから抜けた件がある為、実家とは連絡は取っていないようだ。その為カイが一番年の近い一つ年下の妹と、父親やお兄さんに隠れて連絡を取っているのだそうだ。そして今回成人間近の妹に家を追い出される前に自分たちの所へと来ないかと声を掛けたところ、結婚が決まったと連絡がきたとのことだった。その結婚相手と言うのが、かなり年上の男性だと言うのだ。


 ビルはその結婚話が気になり、イライジャにお願いして自分の家の事を探ってもらったところ、妹はお兄さんの作った借金のカタに売られることになったのだと分かったそうだった。それは結婚と言う名の娼婦契約の様な物らしく、ビルとカイの妹は14歳、相手は60過ぎの男性の様だった。それも妻は他に二人も居て、ひ孫迄居るそうだ。そんなところに売られるように結婚しに行かねばならないのかと思うと、妹の事が不憫で成らなかったそうだ。


「それで俺達、お金を貯めてて……何とか結婚までに間に合わせようって二人で話していたんです……」

 

 私は 「なんで話してくれなかったの?」 と言う言葉が出かかったが、グッと堪えた。そんな事は分かっている、この二人の事だ、会頭であっても、子供であり、女の子である私にはそんな事は相談できなかったのだろう。だからこそイライジャに相談して調べて貰ったのだと思う。


 それにしても……だ! 何故借金を作ったビル達の兄本人ではなく、妹が肩代わりに売られなければならないのかだ! この世界は男性優位なところがある。そして家を継ぐ長子を大切にしている所もある。そう言ったところがビル達の兄の傲慢で横柄なところを作り出した気もする。そしてそれを家族全員が仕方ない事だと受け止めて居ることにも問題がある様な気がした。

 ビル達の母親は被害者でもあるが、子供たちに取っては加害者でもある気がした。勿論そんな事は口には出さないし、二人の母親もそうしなければ生きては来れなかったのだろう。けれど息子の借金の肩代わりを年下の娘にさせるのはおかしな話だ。これは全力で止めるべき案件だと私は思った。


「一体、お兄さんは何で借金を作ったのですか?」


 二人は困ったような表情でまた話してくれた。お兄さんは結婚してすぐにお嫁さんに出て行かれてしまってから、お酒を飲んでは暴れて居た様だ、そしてしまいには仕事に行かなくなり賭け場へと出入りしていたらしい、字も数字も書き読みが怪しいお兄さんがそんなところへと行けば勿論負けるのは当たり前で、結局大きな借金が出来てどうしようもなくなってしまった様だった。

 そこで妹を差し出せという話になったようだ。カイのすぐ下の妹だけは他の兄弟たちとは風貌が少し違うのだという。ジュリアンの様な真っ青な髪の毛に、明るい金色の様な瞳を持っているそうだ。だからこそその見た目で借金のカタにとなったそうだった。


 私はふーとため息をついた。結局のところ妹が借金のカタに売られたとして、反省の色のないお兄さんはまた同じことを繰り返すだろう。自分の為なら周りが何とかしてくれるとそう思っているはずだ。だからこそお嫁さんが逃げた時に兄弟たちに 「お前たちのせいだと」 言って、自分の暴力を反省することなく兄弟を殴って憂さ晴らしをしたのだから。面接のときのカイの顔の腫れを私はまだ許すことが出来ないでいるのだった。


「ビル、カイ、これは貴方達がお金を貯めて渡しても解決いたしません」

「「えっ?」」

「借金を作ったのはお兄さんです。お兄さんが借金奴隷にでもなって返すべきお金です。二人が肩代わりしても、妹さんが借金の代わりにお嫁に行ったとしても解決しませんよ」

「ですが……兄は後継ぎですし……」

「それですけど……そもそも後継ぎが必要なのですか?」

「「えっ?」」


 二人はトンカチで頭を叩かれたかのようにびっくりして私の方を見た。それはそうだろう 「後継ぎ要らないんじゃないの?」 と言われれば今までの常識がひっくり返るのだ。驚くのは無理が無かった。セオも私と同じ考えだったようで、頷いていた。


 ビル達の家は代々続く大工屋らしい。ずっと長子が跡を継いできているそうだ。だけど実際お兄さんは今仕事をしていない、代わりに成人もしていないビルやカイより下の兄弟達が働いて仕事をしているのに、働いていないくせに長男だから ”後継ぎ” だと言うのはおかしいだろう。だったら下の子に店を継がせた方がよっぽど良い、それに何よりも後を継がなければいけないという事が間違いな気がした。


「皆、やりたい事をやるべきだと思います……家の……お兄さんの犠牲になる必要は無いでしょう。それに、後継ぎならビルとカイが十分にその役割を果たしていると思いますよ」


 ビルとカイはスター商会の研究所の所長と副所長だ、店を継ぐより立派に後を継いでいるといえると思う。そんなに店が大事ならスター商会で二人の実家の店を買い取って、その名で建設の仕事を受けてもいい、だがそれは意味が違うだろう。子供たちがこれ程立派に育っているのだ、それで十分じゃないかと私は思った。


「私がビルの家族と話をしましょう」

「「いえ、それはダメです! そんな事はララ様にさせられません!」」


 ビルとカイが同時に反対をしてきた。そう言うだろうとは想像が付いてはいたが、やはりか……という思いはあった。この店に、そして私に出来るだけ迷惑を掛けたくないと言うのが彼らの気持ちだろう。私にはそれが痛いほど伝わって来た。そうでなければ、ビルもカイももっと早く私に相談した筈なのだから……


 結局次の休みにでもビルが実家へ帰ってみるという話になった。両親とお兄さんと話を付けてくるそうだ。私はくれぐれも下手に出ないようにと話した。ビルはもう立派な成人男性であり、スター商会の研究所の所長である。立場的に考えても両親やお兄さんより下という事はないのだから。そして何よりも困ったらすぐに助けを呼ぶようにとも伝えた。するとビルは何故か照れた顔になった。どうしたのかな? と首を傾げるとビルはとっても嬉しい事を私に言ってくれた。


「ララ様って……俺より全然年下なのに……まるで ”母ちゃん” 見たいですね……」


 へへへっと言って年相応な照れ笑いを浮かべるビルに、思いっ切り抱き着きたいところだったがぐっとこらえた。


 私の事をお母さんなんて! 

 

 と最高の褒め言葉に魔力が溢れ出しそうになってしまい、気が付いたセオがぎゅと手を握ってくれた。私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、ビルに向かって微笑んだ。


「ビル有難う。とても嬉しいです。スター商会の従業員は皆私の大切な家族です。だから絶対に幸せになりましょうね」


 私はお母様譲りの魅了の魔法が無意識に出てしまったようで、ビルとカイは うっ…… と言って胸を押さえ真っ赤になってしまったのだった。嬉し過ぎて魔力が溢れてしまう事も、これからは気を付けようと誓ったのだった。


 その後はジュール、エタン、リリアンに所長室に来てもらって新しく作る予定のスター薬局の話をした。三人はとても興味を持てくれたようで、何故か順番を決めて毎日言ってくれると約束してくれた。”薬局”と言う物にとても興味がある様だった。流石研究者だ。

 皆と話を終えてスター商会へ戻るとお昼をとっくに過ぎた時間になっていた。私とセオはルイとウィルとサムの勉強の様子を見に向かうことにしたのだった。


 

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