第213話 燃えるララ

 私とセオが勉強中のウィルとサムの所へ向かうと、二人は ひっ…… と怯えた様子になった。まるで魔獣が部屋にでも入って来たような二人の青ざめた様子に、どうしたのだろうかと私とセオの方が驚いてしまった。ルイが苦笑いを浮かべて、私達とウィルとサムの様子を見かねて口を挟んできた。


「あー……こいつらディープウッズの名を聞いて怯えちゃってさー」


 頬を掻き掻き困ったようにそう話すルイのそばでは、ウィルとサムが真っ青になって、また ひっ…… と変な声を出していた。ディープウッズの関係者でもあるルイに気軽に声を掛けてしまったことや、私に不敬を働いてしまった事に怯えて居る様だった。

 今更そんな事に怯えなくてもいいのにと思ったが、彼らからしたら大問題なのだろう。王族に近いディープウッズの者に、庶民が手を出した感じになっているのだ、首が飛ぶとでも思ってのかもしれない。身分とか立場とかある程度は仕方ないが、それでその人が偉いとか素晴らしいとかは無いと思う。私のお父様やお母様は立派な方なので尊敬されるのは仕方が無いが、私は何もしていない子供だ。畏まられるほど偉くはないのだった。


「ウィル、サム、名乗るのが遅くなってしまってごめんなさい。私はララ・ディープウッズです。スター商会の会頭です。会頭は名前だけで殆ど副会頭のリアムがこの店を運営してくれているの、だから今まで通り普通に接してくれて大丈夫ですからね。ルイと同じ様な感じでいて下さいね」

「「……聖女様……」」

「えっ?」


 二人が同時に何かを呟いたので聞き取り辛かったが、嫌な単語が聞こえた気がしたので無視をすることにした。ウィルとサムは私の方を何故か熱っぽい目で見つめると、分かりました という意味なのかブンブン首を振って頷いていた。頬は赤く染まり目はウルウルとしていたので、首の振りすぎで頭に血が上ってしまったのではないかと心配になる程だった。


 二人を落ち着かせた後、今日の勉強の進み具合を見た。二人はパン屋で下働きをしていたからか、少しは字や数字が分かって居たようで、思っていた以上に文字を理解していた。計算もルイの説明で一桁は出来るようになっていたので、これなら二週間後には別人のように成長しているだろうと期待が持てた。ルイも二人が褒められると自分の事の様に喜んで見せていた。昨日のわだかまりは全くなくなって居たようで一安心であった。


 15時まではひき続き勉強をして貰い、その後はスターベアー・ベーカリーの手伝いに行って貰う事にした。そしてその後はディープウッズの屋敷に一緒に来てもらい、明日からは私が徹底的に指導する気でいた。二号店の為に、そして少しでもリアム達を喜ばせるために、気合が入る私であった。


 私とセオは裁縫室に居るノアの様子を覗いてからリアム達の執務室へ向かう事にした。ノアはマイラやブリアンナと楽しそうに裁縫の仕事をしていた。甘えん坊だけれど、仕事はきちんと出来るノアなので、ブリアンナ達の役に立っている様だった。ただ、ノア様素晴らしいです。 ノア様有難うございます。 などの応援付きで働いている様だった。まったくもってノアは甘えん坊さんである。可愛い。


 裁縫室を後にしてリアムの部屋へ行くと、朝の様子と変わらず皆とても忙しそうだった。死にものぐるいと言うべきなのか、普段以上に必死さが伝わってきた。

 私とセオはお昼がらまだだったので、リアムの部屋のソファで食事を取った。いつもなら何か食べていると、甘いものはあるか? と気にしてくるリアムなのに、今日はその様子はまったく無かった。仕事に必死すぎて怖いぐらいだったので、いくら仕事好きでももう少しのんびりやれば良いのになーと私は呑気に考えていたのだった。


 食事を終えて皆の様子をみながら、そっと話しかけてみる事にした。ウィルとサムの事もビルとカイの事も皆に話しておく必要があると思ったからだ。

 リアムはちょっと怖かったので、イライジャにビルの家の事を調べてくれた件を話しかけてみた。すると自然と仕事に集中していた皆の手が止まり、私の方を見てきたのだった。


「イライジャ、ビルの家の件ですが、私にはワザと教え無かったのですか?」


 イライジャは優しい笑顔でクスリと笑って頷いた。ビルからそうお願いされていたらしい。やはり子供の私には心配を掛けたく無かった様だ。仕方ない事だが少し悔しかった。


「ララ、まさかビルの兄貴の借金を肩代わりするつもりじゃ無いだろうな?」


 休憩に入ったのか、ジョンにお茶を入れて貰って執務椅子にダラリともたれ掛かり、足をデスクに乗せるとリアムが聞いてきた、行儀の悪い態度にランスの目がキラリと光っている、後でお小言だろう。

 私はリアムに首を振った、ビルのお兄さんを助けるつもりは全くない。全て自分が撒いた種だ。借金は働いて自分で返すべきだと思っている。リアムもお兄さんのロイドには苦労をかけられて居るので、ビルの気持ちは良く分かるのか、渋い顔になっていた。


「ビルの妹さんの件は聞きましたか?」


 イライジャが調べた事なのでその件は皆分かっていた様で、嫌そうな顔を浮かべ頷いていた。やはり妹さんが借金のカタに嫁に行くのはおかしいと思っている様だ。ただ、他所の家の事なので口出すつもりは無いようだった。従業員のビル自体がそんな目に合っているというのなら別なのだが……


「私はビルのご兄弟にスターベアー・ベーカリーの二号店とスター薬局で働いて貰おうと思っているのです」

「はっ?」

「借金はお兄さん自身が払うべき物ですから、妹さんは私が引き取るつもりでいます」


 最悪養子にしても良いし、ビル達の部屋に匿っても良いだろう、とにかく理不尽な行いは許したく無かった。私の大切な家族である従業員の妹なのだから。


「や、待て待て待て、ララ、それは無理だろう……もう契約が成立しているんだ、幾らなんでもそれは……」


 私がキッと睨んだからかリアムはモゴモゴっと口籠ってしまった。結婚なのに契約なんて可笑しな話だ。一人の女の子の人生が掛かっているのだ、許せる訳が無かった。


「ランス、ランスならどうすればいいか分かっていますよね?」


 ランスは自分に話が来るだろうと分かっていたのか、ふーと息を吐くと頷いた。きっとリアムも私を関わらせたくなくて無理だと言ったのだろう。でもビルが助けを求めてきたら手助けする準備はしているだろう事は簡単に想像が付いた。スター商会の皆は優しくて良い人達ばかりなのだ、そんな事はわかり切っているのだから。


 ランスの話ではそもそも借金自体が騙された物の様だ。ビルの兄は良いカモだったのだろう。可愛いと評判のビルの妹さんなら高く売れるとでも思ったのかもしれない。許せない話だ。


「これは裏ギルドが関わってる。ララ、お前は手を出すなよ」


 リアムは厳しい顔つきで私に話しかけて来たが、姿勢は先程のままだらけた格好だった。ランスの目が相変わらず少し怖い。私はリアムに首を振ると、絶対にビルの兄弟を助けたいと決意表明した。


「リアム、私は従業員が困っている事を見て見ぬふりをするつもりは有りません、会頭としてビルを助けるつもりです!」


 リアムは手で顔を覆ってため息をついてしまった。でも足はデスクの上に乗せたままだ。ランスに怒られるのは確実だろう。私が考えを変えない事をランスは分かったようで、私の目の前に書類を一つ置いた。そこには契約書と書かれていて知らない人達の名前が書いてあった。もしかしてこれはと思ったら、ランスとイライジャが黒い笑みで微笑んだ。


「それは落ちていた契約書をたまたまウチのジャンが見つけて、拾ってきたものです」

「はあ……」


 ”たまたま” とは随分無理があるがランスとイライジャはそれで押し通すようだ。イライジャの賢獣ジャンはずっと裏ギルドを探っていたので、契約書を盗み……拾ってくるのはたやすい事だっただろう。それもこれはビルのお兄さんをだまして結ばせた契約らしいので、あちらも文句は言えないはずだった。


 ビルのお兄さんの借りた金額は1ロンド(日本円で1憶位)と書かれていた。実際のところは10ロットぐらいらしい、なので正しい金額に訂正してあげた契約書を、ジャンの手で裏ギルドに戻してあげたそうだ。お兄さんは字も書けない様なので、サインしたのも別人だし、血の契約でもない、簡単な契約書だったので、改ざん……修正は簡単だったようだ。これで最悪ビル達の貯金でも何とかなるだろうと、ランスとイライジャは言った。ただし、これからの事を考えるのならば、ビル達はお金を出さずに、お兄さん本人が働いて借金を自分で返すのが筋だろうと、二人共私と同じ考えの様だった。


「じゃあこれでビル達は大丈夫ですね」

「そうだと良いのですが……相手は裏ギルドですから、最終的には力づくで事を運ぶ可能性もありますし、ビルの兄がそれぐらいの借金でも妹を差し出す可能性もありますので、こればかりは何とも……」

「では妹さんが引き渡されそうになったら私が助けに行きます。この契約書の満了日が妹さんが連れ出されてしまう日ですかね?」


 ランスが私から書類を奪い取ると、サッと自分の後ろに隠してしまった。笑顔を浮かべて居ることからもう見せる気は無いよと言って居るのが分かった。イライジャもこれ以上は情報は出しませんと言いたげな笑顔を私に向けて来た。二人共この件はこれで終わりだと言って居る様だった。


「ララ、お前はこの件にはもう関わるな、ランスとイライジャに任せておけば大丈夫だ、だからお前は――」

「早く公共住宅を建てろって事だね!」

「いやそうじゃなくって、大人しくだな……」


 私はリアムの言葉を遮るつもりでは無かったのだが、勢いよく立上り ふん! と気合を入れた。足をデスクに乗せていたリアムは驚いたのかひっくり返ってしまった。ジョンが心配そうに駆け寄っていたが行儀が悪かったので自業自得だろう。


 皆が言いたい事は良く分かった。ビル達の兄弟がいつ逃げてきてもいい様に、早く公共住宅を建てろという事だろう、これは明日からでも早速工事に入らなければならないなと気合が入った。一週間先など言って居られないだろう。ウィルとサムの教育もドワーフ人形達の力を借りてでも、速攻に終わらせるべきなのだ。私の背後に炎が見えたのか、皆が ひっ…… と声を出していた。


「ふっふっふ……任せて下さい、皆の気持ちはよーっく分かりました! やりますよ、気合十分ですよ! ふっふっふ、見てて下さいね!」


 皆にピースサインを出すと私はセオに声を掛けてリアムの執務室を出ることにした。セオは申し訳なさそうな、気の毒そうな顔で執務室の皆を見ていた。きっと今日から建設作業に入ればよかったと気にしているのだろう、優しいセオだ。

 リアム達が、ああ…… とか うう…… とか喜びの声を出していたようだが、まだ公共住宅は出来ていないので、私は一緒に喜ぶことをせずに部屋を後にした。ディープウッズの屋敷に戻ってアダルヘルム達と相談しなければならないからだ。


 私は裁縫室に居るノアを引っ張り、スターベアー・ベーカリーの手伝いに入っていたウィルとサムとルイを引っ張り、大急ぎで転移部屋からディープウッズの屋敷へと戻った。

 ただし、ウィルとサムが余りの急展開についてこれず、気を失いそうになっていた為、そっと癒しを掛けてあげたのだった。

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