第211話 新人研修

 視察に行った次の日からウィルとサムはルイと約束した時間通りに店へとやって来た。先ずは小さめの応接室へと子熊のアリーが案内していてくれていたので、私達もそこへと向かった。ルイは緊張からか、少しこわばった表情になっていた。

 応接室へと入るとウィルとサムは昨日よりもましな服装で、そして水浴びをしたのか少し綺麗にして私達を待っていた。こちらの二人も緊張しているのかルイと同じ様にこわばった表情を浮かべていた。昨日の騒動もあったし、始めて入る場所でもあるし、彼等が緊張するのは仕方が無いと思ったのだった。


「ウィル、サム、おはようございます」

「「お、おはようございます!」」


 私が声を掛けると、二人は勢いよく立上り膝をテーブルにぶつけていた。アリーが出してくれたお茶を飲み切っていなければ、カップからお茶が零れていただろう。二人は慌てたことが恥ずかしかったのか真っ赤な顔になった。年齢的には高校生か中学生である、まだまだ可愛いと思わせる二人であった。


 二人にソファへ座る様に声を掛けると、良いのかな? という風に顔を見合わせた後、今度は気を付けて座っていた。恥ずかしさからか、緊張からか、まだ顔は赤いままだった。


「ウィルとサムは、朝食は食べましたか?」


 私が訪ねると二人のお腹がタイミングよくグーとなった。二人は益々真っ赤になりながら、首を横に振った。朝からなのか昨日の炊き出しの後からなのか、二人は何も食べて居ない様であった。

 私は二人に先ずは食事を出して上げた。お腹が空いていては勉強に集中できないだろう。二人は私が魔法袋から食事を取りだすと驚いた顔になった。魔法袋になのかそれとも食事になのかは分からないが、驚く二人に食事を取る様に進めた。


「さあ、頑張れるように勉強の前にしっかり食事を取りましょうね」

「「あ、あの……」」

「遠慮はいりませんよ、きちんと食べてその分勉強を頑張ってくださいね。お代わりもありますから、焦らずゆっくり食べて下さいね」

「「は、はい! ありがとうございます」」


 ルイは以前の自分たちと被って見えたからか、何だか複雑な表情で彼らを見ていた。本当はすぐにでもウィルとサムを雇ってあげたいのだが、問題を起こしたことで条件を出してしまったのでしょうがないだろう。ルイに頑張ってもらって彼らが一日でも早く課題を乗り切れるように努力してもらうしかないだろうと思った。


「明日はもう30分早く店に来ましょうか?」

「「えっ?」」

「朝ご飯を毎日ここで食べましょう。勿論お昼と夕食も食べてから帰ってね」

「「で、でも……」」

「その代わりお願いがあります。勉強が終わったらスターベアー・ベーカリーを手伝ってもらってもいいですか?」

「「も、勿論です! 何でもします!」」


 パン屋の下働きをしていたと言って居た二人は、スターベアー・ベーカリーの手伝いが出来ると聞いて、とても嬉しそうに笑い合っていた。働けることが嬉しいのだろう。その気持ちは良く分かった。読み書きが出来ないと不況のブルージェでは新しい仕事先を見つけるのが難しかったのだろうと思うと、酷く胸が痛んだ。彼らの様に真面目に働きたい子達が、すんなりと働ける世の中になることを祈るだけだ。そして私もディープウッズの娘として出来ることはしていけたら良いなとそう思った。


 話合いの結果、15時までは勉強の時間として、その後は閉店まで二人にはスターベアー・ベーカリーを手伝ってもらうことになった。勉強も、スターベアー・ベーカリーの手伝いも頑張るのだと張り切る2人をルイに任せ、私とセオとノアは部屋を出た。ルイがアダルヘルム並みの指導をしないように祈りながらだ。


 ノアはやっぱり今日も裁縫室へ行くというので、私とセオは分かれてリアムの執務室へと向かった。執務室では何故かまだ朝だというのに皆必死の形相で働いていた。リアムの机の上は、書類の山で酷いことになっていた。きっと昨日炊き出しに出かけたから、その分仕事が溜まっているんだろうなぁとちょっと同情してしまった。まさかスターベアー・ベーカリーの二号店の話や薬局の話の事でリアム達が追い詰められているとは思わない私であった。


「あー……リアム、おはよう……忙しそうだね……」


 リアムは私とセオが入ってくると手を上げて挨拶に答えた。でも視線は書類に向けたままだ、相当切羽詰まって居る様だった。やはり昨日は炊き出しに参加させず、リアムは店に残すべきだったなと反省した。

 私達がいつものようにソファへ着くと、ジョンがお茶を入れてくれた。まだ朝なのにジョンの顔にも疲れが見えて居て、もしかしたら昨夜も遅くまで仕事をしていたのかもしれないなと、そんな風に思った。私とセオの働き過ぎを心配する皆だけど、よっぽど皆の方が働き過ぎだよねと、何とかしてあげなければとそう感じた。


「ララ様、少しお話が……」


 私に声を掛けて来たのはランスだった。ランスもいつものパリッとした様子ではあるが、疲れているのか目の下に隈がある様にみえた。もしかして寝て居ないのではという感じで、癒しを掛けてあげようかと思った。取りあえずまずは話を聞いてからだなと思い頷くと、ランスは私と向かい合うようにソファへと座った。正面からランスの顔を見てもやっぱり疲れが見て取れた。セオも同じことを感じたのか、同情して居る様だった。


「あの、昨日の公共住宅の件ですが……」


 私はランスの言葉を聞いて皆の疲れがやっと理解できた。公共住宅がいつ出来上がるか分からないから不安で眠れなかったんだと分かった。これは早めに建ててあげなければと気合が入った。


「ランス、大丈夫ですよ」

「えっ?」


 不安げなランスに私はニッコリと良い笑顔を向けると頷いて見せた。仕事に集中していたリアムやイライジャ、そしてローガン、双子たちも私の方を見た。勿論手伝っているジュリアンとジョンもだ。皆公共住宅がいつ建つのかが気になって興奮して夜眠れなかったのだと、興味津々のその姿でやっと理解できた。もっと早く言ってくれればいいのにとまた頷いた。


「昨日アダルヘルムとマトヴィルに話しました。来週から一週間で公共住宅は建てて見せますから安心してくださいね」

「「「「い、一週間?!」」」」

「はい、四棟建てる予定なのでどうしても時間が掛かってしまうんです。人数的にはノアもルイもいるので問題は無いのですけど、ルイはあの子達の指導もありますし、一週間では時間が掛かりすぎかもしれませんが、許して頂けますか?」


 納得できないのか、目の前のランスを始め皆が動かなくなってしまった。きっと今までの店の建設期間の事を考えて、もっと早く出来ると期待していたのだろう。申し訳ない。でも店の部分なども作らなければならないので、一週間は欲しいところだ。申し訳ない気持ちでランスを見つめると、ハッとして動き出した。


「ラ、ララ様もっとお時間かけて頂いても……大丈夫なのですが……」


 顔色の悪い状態でも優しく気を使ってくれるランスの心遣いに胸がジーンと熱くなった。私が子供だから、本当はもっと早く二号店が欲しいのにゆっくりでいいと言ってくれるなんて、流石リアムの師匠のランスである。優しい。私のハートには火が付いた。


「ランス気持は良く分かりました!」


 ランスの本心である 早くしてほしい と言う気持ちが遠回しに私に伝わったのが分かったのか、ランスはホッとした表情を浮かべた。リアム達もホーと安心したような息を吐いていた。やっぱり二号店と薬局には期待が大きかったようだ。私は任せてくれと胸を叩いて見せた。


「ウィルとサムの教育は来週からはオリーにお願いしましょう、それから建設の工事には今回はビルとカイにも手伝ってもらって、三日で終わらせて見せます!」

「「「「ひょへっ?!」」」」


 皆嬉しいのか歓喜の声を上げた。やっぱり早く建てて欲しかったようだ。子供の会頭だからと気を遣わずにハッキリ言ってくれればいいのにと思った。勿論その優しさが皆の良いところなんだけれど……


「ララ……ちょっと待て……早く建てたところで、人材がいない……二号店も薬局も無理だろう……せめてもう少し人を集めてからにしないと……」


 リアムは嬉しいからか力が入らない様で、机に頭を付けたまま私に話しかけて来た。反対意見ならデコピンをしてきそうなところだが、そうじゃないところを見ると、やっぱり早く二号店を開店させたいのにそうできなくて悔しいのだろう。私は人材不足を何とかしなければと立ち上がった。これこそ会頭の私がやらなければいけない事だろう。従業員の希望を叶えてこその会頭だ。


「リアム! 気持ちは分かりました! 私に任せて下さい!」


 私は立ち上がるとセオと共にリアムの執務室から飛び出した。後ろの方からリアム達の ララ! とか ララ様! なんて私を応援するような声が聞こえてきた。これは益々頑張るしかないと気合十分になった。

 先ずはルイとウィルとサムの三人の所へと向かった。もう二週間とか悠長なことは言って居られなくなったからだ。バンと扉を開けて先程の応接室へと入ると三人はびくりとして私の方へと顔を向けてきた。驚き言葉を失って居ることが良く分かった。


「ルイ! ウィルとサムは今日からディープウッズの屋敷に連れて帰ります!」

「「「へっ?」」」

「時間が無くなりました。明日からは私とセオも含め皆で指導します! 勿論パン作りもです! 二人共宜しくお願いしますね!」


 私は言いたい事だけ伝えると、直ぐに応接室を後にした。セオは何かが面白い様で、ずっとクスクスと笑っていた。きっとセオも皆が喜ぶ姿が嬉しいのだろうなとそう感じた。

 次に転移部屋を使ってビルの所へ向かった。私も鍵を持っているので、こちらから開けて所長室へと入るとビルとカイ兄弟が丁度そろっていたところだった。二人は私とセオを見ると、喜んでソファへと促してくれた、副所長が板についたカイが美味しいお茶を入れてくれて、興奮していた私の心を落ち着かせてくれた。


「ビル、カイ、お母様とご兄弟の様子はいかがですか?」


 二人は私の質問に苦笑いを浮かべた。あまり良くはないようだ。


「兄貴が……働かなくなってしまったようで……酒ばっかり飲んでいて、母親を困らせているみたいなんです……」

「弟達がおやじ……父親の仕事を手伝ってるみたいなんですが、父親は相変わらず殴る様で、きついみたいです……」

「そうなの……ねえ、ご兄弟皆ビル達と一緒に住む気はないのかしら?」

「「へっ?」」

「スター商会で働かないかということです」


 ビルとカイは何故か驚き固まってしまったのだった。

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