第203話 慈善活動

 私は今馬車の中である。セオ、ノア、ルイ、それからトミーとアーロも一緒だ。後ろにはもう一台馬車が付いてきていて、そちらにはメルキオール、ニール、ノーラン、オーランド、ペイトン達星の牙のメンバーが乗っている。

 どこへ行くかというと、実はスラムへ向かっている。これからスター商会の慈善活動として炊き出しを行うのだ。

 実はこの炊き出しは、スター・リュミエール・リストランテとスター・ブティック・ペコラの開店が落ち着いて安定した運営が出来るようになってから、すでに週一回行っていて、もう二ヶ月ぐらい経っている。


 勿論未だにスター・リュミエール・リストランテとスター・ブティック・ペコラは混んでいるのだが、毎日の流れも分かってきて、護衛するのも楽になって来たという理由があった。開店当初は早くしなければ売り切れてしまうのでは? という客たちの心理があったのか、護衛達が押しかける客を並ばせるのも大変な作業であった。でも今はいつ行っても商品はあるから大丈夫と気付いた様で ”激混み” という程ではなくなったのだ。


 スター・リュミエール・リストランテは予約制の為、予約受付とキャンセル待ちの客対応が終われば、後はスムーズに運営できるし、スター・ブティック・ペコラの方はエステだけが予約制だが、ブティックや化粧品販売の部分は客に付きっ切りで見ていなくても良いので、それ程負担も無い、その上、エステにきたお客様のおもてなしはティボールドが引き受けてくれているので、とてもいい流れが出来ているようであった。


 なので今日の店の守りは、マスコット熊のセディ、アディ、それから残りの星の牙のメンバーのリッキー、ライリー、シーヴァー、ヴィックが頑張ってくれているのだ。訓練の成果を出し切ると言って張り切ってくれている。頼もしい物だ。


 そして有難いことに仲良くなったCランクの傭兵隊、モンキー・ブランディのメンバー、隊長のブランディ、一番強いゲイブそしていつも一緒のバメイが、そんな事ならと 「遊びがてら様子を見に行くよ」 と言ってくれて、若い子達の応援に駆けつけてくれることになっていた。お酒と美味しい料理が食べたい気持ちもあるのかもしれないが、彼らのそんなさり気ない優しさに友情を感じたのだった。


 そして私は今日が初参加になる。慈善活動の言い出しっぺであり、会頭の私が何故二ヶ月も経過した今頃に初参加なのかというと、勿論止められていたからだ。アダルヘルム、セオ、リアムに 絶対ダメ! と止められてしまい、三対一で負けてしまったのだ。

 そこに優しい手を差し伸べてくれたのがノアだった。 「僕が付いて行くから大丈夫だよ」 と兄らしい優しい言葉を掛けてくれたのだが、何故かアダルヘルム、セオ、リアムの三人は益々強固な反対を言い出した。きっと見た目がエルフの血が濃く、お母様似のノアの事を心配したのだとは思うが、少し過保護すぎるのではないかと思う程の三人であった。

 まさか私一人が出かけるよりノアと一緒の方が大問題を起こしそうだと三人が考えているとは思いもせず、これはスラムに行くのは無理かなと諦めかけた時、そこに一筋の美しい希望の光が差した。勿論お母様だ。

 どうやらノアがお母様にアダルヘルムの目を盗んでスラムの慈善活動の事を話してくれたらしく


「スラムに慈善活動に行くなんて、素晴らしい事ですわ、二人共頑張っていらっしゃい」


 と言ってくれたので、先ずはお母様には弱いアダルヘルムが渋々折れてくれた。これに伴いセオも大きなため息をつきながら、許可するしかない状況に追い込まれ、セオとルイはアダルヘルムの長―いスラム対策会議に参加して、今回の護衛の事をいろんな角度から対策することになって、結局私とノアの思いもしない行動を止める手段が浮かばなかった様で、昨日の夜もセオとルイはぐったりするほどアダルヘルムと話し合って居た様だった。


 そして最後の敵であるリアムだが、お母様が許可を出しても大反対だった。仕事の予定がある為自分がセオのそばに居られないと言うのが多分大きな理由だったと思うのだが、私とノアが目立つから危険だと言って認めてくれなかったのだ。

 その為私が目立たないように、髪を黒く染め、短く切って男の子の様になりますと言ったところ、ぐったりとなりやっと許してくれたのだった。きっとセオに近い髪色に私がなることが嫌だったのだろう。恋をこじらせると思いもしない事で焼きもちを焼いてしまうようだ。セオが騎士学校へ行った後のリアムの事が本気で心配になるのだった。


 スラムがあるエストリラの街の手前に有るカイスの街で馬車から降りた。ニカノールと出会った場所でもあり、久しぶりに降りたカイスの街は以前よりももっと花が増えている気がした。元々花の咲き溢れる美しい街だったのだが、アダルヘルムの話だとちょっと前(エルフのアダルヘルムのちょっと前)まではもっと美しい街だったそうだ。だが不況で様変わりしたとまでは行かないが、さびれた様子になっていたようだったのだが、ちょっとの間に随分と美しくなっているように感じた。元に戻り始めていると言った方が良いのかもしれない。


 私が街の様子を眺めて居ることに気が付いたメルキオールが、美しくなった街について話してくれた。


「領主殿が頑張っているみたいですよ」

「タルコット達が?」


 驚く私にメルキオールはクスリと笑って話を続けた。”イケオジ”メルキオールの笑顔はかなりカッコ良かった。

 今まで街の公共事業の資金を横領していた者を、タルコット達が捕まえた様だ。これは第二夫人のベアトリーチェの父親が大いに役に立ってくれた様で、元々ベアトリーチェの父親は会計職に就き、実力のある人間であった。その為ブライアンにも仲間になる様に誘われていたのだが、断ったところ能力を全く生かせない部署へと飛ばされてしまったのだ、それが今回娘が第二夫人となり、領主自身を味方につける事になった為、今まで暴けなかった悪事もどんどん暴いて行って居るとのことだった。


 その為本来回されているはずだった街の運営費用が横領される事無く、きちんと手に入る様になった。花や草木を大切にするカイスの街は直ぐに元の美しい街にして、旅人や商人達をまた呼び戻そうと頑張っているようであった。そしてタルコット達も視察に訪れているようで、それがまた領民のやる気にもなっているのだった。


「もうこの街で領主様の事を ”ダメ領主” なんていう奴はいませんよ、皆尊敬してますぜ」


 タルコット達がビール工場を建てて領民の仕事を作った事も領主の人気を復活させた一因だとメルキオールは教えてくれた。その上この街の整備の仕事もあり、今失業者はかなり減ってきているとの事だった。


「タルコット達が頑張ってくれていると嬉しくなりますね。息子の成長を感じるようです」


 私の言葉を聞いてメルキオールは大笑いしてしまった。タルコットから見て娘の様な年齢の私が言うにしては確かに可笑しいセリフだったので、それも仕方ないかなと、私も笑って受け止めたのだった。


 カイスの街を抜けてスラムのあるエストリラの街に歩いて入った。毎週恒例の炊き出し行事になっているので、多くの領民が既に集まっていた。皆ガリガリに痩せており、服は何日も変えて居ない状態の者ばかりだった。以前エストリラの街に来たときも思ったが下水というか、トイレの環境が悪いので酷い臭いであった。エストリラの街の入口でさえ、この様子なのだ、街の中央はもっと酷いのでは無いかと思われた。この事も改善していきたい事柄だ。


 私達は指定の場所でメルキオールの指示の下、あっと言う間に準備を終えた。これは何度も経験して慣れているからと言うのもあるのだが、何よりも出来上がっている物が魔法袋に入っていて、それを出して並べるだけなので準備が簡単だという理由からだ。

 基本炊き出しの料理はここで食べることが決まりとなっている。持って帰って商売などに悪用されるわけには行かないからだ。勿論ここまで歩いてこれない者もスラムには沢山いる。”姥捨て山”ならぬ”姥捨てスラム”になっている部分もあるからだ。そういった所には星の牙の若い子達が進んで足を踏み入れてくれている、星の牙のメンバーは以前は王都で活動していたとはいえ、元々ブルージェ領の領民だ。それも貧しい家の子達ばかりだったので、スラムの事は良く分かっていた。なので家と呼べるほどの物ではない場所へと赴いては、食事を提供したり、掃除をしてあげたりと、活躍してくれているのであった。


 この慈善活動のお陰か、スター商会の人気は今ブルージェ領でうなぎ登りだ。リアムなんかは街を歩くだけで拝まれることもあるそうだ。勿論仕事が忙し過ぎるリアムが街を歩く事など殆どないのだが、ウエルス邸にはこの活動に感動した商家や貴族などから貢物が届いているのである。

 勿論それも大切にこの活動に使わせて頂いている。スター商会だけがやるのではなく、街全体がボランティア活動に力を入れるようになってくれたら良いなと思うのであった。


 それでも悪い事をしようと思う者はいる様で、私達の目を盗みパンを沢山持ち帰ろうとか、使ったお皿を持ち帰ろうとか、馬鹿なことをする者がいるのだが、スラムの人々は、ビール工場で働いている者も増えて居て、スター商会に感謝してくれている者が多くいるので、そんな輩を見逃すはずはないのだった。


「あんた、今パンを鞄に入れただろ! 規則違反だよ! ここで食べるのがルールってやつさ!」

「お、俺はそんな事……」

「わしも見えたぞ! お前のせいで炊き出しが来なくなったらどうするんだ! 責任とれるのか!」


 とスラムの人同士で不正をしないように見張ってくれているので、私達はとても楽で、ありがたかった。食事を提供してお皿を洗浄してと、流れ作業を熟すだけでいいので、警戒することなく作業に集中きるのだった。


「おねえちゃん」


 お皿を綺麗にしていると小さな子に声を掛けられた。スラムは危険な為、小さな子が一人で出歩くのはとても珍しい、今ここにはメルキオール達、星の牙が居るから安全だと思ったからかもしれないが、子供一人の姿に心配になった。子供は簡単に誘拐され、売られてしまうとルイやリタ達から色々聞いていただけに、どこかに親御さんが居るのでは無いかと、思わずきょろきょろとしてしまったのだった。


 私はアリス位の小さな男の子に安心させるようにニッコリと笑って返事をした。男の子は恥ずかしかったのか頬をピンク色に染めた後、私の袖を少し引っ張って近くに寄って欲しいとアピールすると、耳元でそっと囁いた。


「ばあちゃんにご飯持っててもいい?」


 そう言って男の子は欠けたお皿を私の前に差し出したのだった。

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