第202話 試合と宣伝

「あー……、武器の貸し出しの話は分かった……ララはとにかく落ち着け……いいな……」


 確かに思いついたことをお客様の前で話し合うのもいかがな物かと思い、私はリアムに頷いてから綺麗に座りなおした。興奮のあまり立ち上がっていたので、レディとしては恥ずかしい行動だ。ここにアリナが居たら、確実に注意されていただろう。


 本格的な武器レンタルの話は後日するとして、今テーブルに並べた武器をAランクの傭兵隊の ”羊の涙” の三人に手に取って見て貰うことにした。何故かぎゅっときつく目をつぶっていた三人だったが、私が声を掛けると商売の話が終わったのが分かったのか、目を開けて、こちらをやっと見てくれた。視線が合うと不思議と赤い顔になっていたので、私の顔を見てお父様のことを思いだしたのかも知れなかった。


「これは……素晴らしい作品ですね……」


 セオが作った剣を手に持ち、羊の涙の隊長イゴール・イワノフはため息をついた。他の二人も ほう…… と感心して居る様だった。それからレッドアイアンとブラックアイアンの剣も手に取り輝きに見入っていた。どうやら気に行って貰えたようだ。良かった。


「イゴールさんとセルゲイさんは、どの剣が気に入りましたか?」


 ミカイルには既に剣を渡してあるので二人に尋ねてみた。隊長のイゴールはセオが作ったブラックアイアンの物がしっくりくると言って選び、セルゲイは私が作ったブラックアイアンの物を選んでいた。レッドアイアンの物はしっかりと魔力が練り込んであるので、二人には少し威圧を感じる様であった。でもこの中で一番いい出来なのはカエサルと同じ作りの剣のセオが作ったブルーアイアンの物なのだが、何故かそれは選ぼうとはしなかった。


「カエサル・フェルッチョと同じ剣は、余り手になじみませんか?」


 私が不思議に思って聞いてみると三人とも苦笑いになった。何か問題があったのだろうか。

 フフッと笑った後で、隊長のイゴールが理由を話してくれた。でも少し残念そうな表情だった。


「この剣は我々には荷が重すぎるのです……」

「荷が重すぎる?」

「はい。その剣を持つだけの実力が我々にはまだありません。宝の持ち腐れとなってしまうでしょう。それは作った方への冒涜となります。それは騎士として許される行為ではありません。それにこちらの剣も十分に素晴らしい物です。予算が合えば購入させて頂きたいと思います」


 イゴールさん、紳士だね! 騎士の鏡だね! カッコいいじゃないですか!


 自分の実力に見合う剣を選び、背伸びをしようとしない彼らに、とても好感が持てた。目の前に高価な物が有れば誰だってそれを選んでしまうだろう。それが人間の心理だと私は思う。けれどこの人達は自分を律して身の丈に合ったものを選べる人たちである。こういう人たちにこそ私達の剣を使って活躍してもらいたいと心から思った。


「イゴールさんとセルゲイさん、そちらの剣は差し上げます」

「「はっ?」」

「どうか受け取ってください」

「いやいやいやいや、姫様、そんな訳には参りません! このような高価な物を受け取るなど、その様な事は……」


 イゴールは手をブンブン振りながら焦りだした。残りの二人はうんうんと凄い勢いで頷いている。微妙に顔色も悪いような気がするが気のせいだろう。三人は副会頭であるリアムの方へと助けを求める様な視線を送っていた。だがリアムは武器の貸し出しの話が頭を占めているのか、目をつぶり、額をグーで殴り続けていた。きっと店の利益が上がりそうなのが嬉しいのだろう、殴り続けている額は少し赤くなっていた。


「そうですねー、無料でというと皆さんもかえって気を使われるでしょう……」


 これまでの数々の行動から私も少しは学んで大人になったので、そこは商売人としての提案を示すことにした。羊の涙の三人は 無料じゃないよ といったことに何故かホッとしていた。どこの世界でもタダより怖い物は無い様だ。


「では、剣を使って良かった事を宣伝してください!」

「「「せ、宣伝ですか?!」」」


 驚いている三人に私は話を続けた。スター商会の剣は素晴らしいとAランクの傭兵隊である彼らが言えば、かなりの宣伝になることは間違いないだろう。それに彼らは傭兵というよりも騎士に近い、カッコイイ彼らに憧れる者は多いはずだ、広告塔として文句なしで有った。


「仕事先や、誰かに聞かれた時でも良いのですが、スター商会の話をして頂ければとても有難いのです、いかがでしょうか?」


 羊の涙の三人は考えた後顔を見合わせてから頷いてくれた。広告塔として頑張ってくれるようだ。とても有難い物である。普通は高いお金を払ってお願いする物なのだ。そう考えれば私とセオの手作りの物で済んでいるので、超が付くほどお得で有ろう。


 その後はポーションなどの購入の商談になった。スター商会でも薬やポーションを販売しているのだと聞いて、羊の涙のメンバーはとても驚いていた。それもそうだろう今まで薬師ギルドが独占していたのだ。驚くのも無理が無いと思った。

 彼らは値段の安さにも驚いていた。安いから効能が悪い訳では無いと、一本飲んでみるように勧めると、少し戸惑いを見せた彼らだったが、飲んだ後は 旨い! と大きな声を出して喜んでいた。薬師ギルドのポーションは相当不味い様で、出来るだけ飲みたくないのだそうだ。その上値段も高いと有って、ギリギリの状態の時しか飲まないらしい。スター商会のポーションを飲んで これならいくらでも飲める と言って笑っていたので、ポーション酔いに気を付ける様に注意しておいた。最近リアムというポーション酔いの体験者を見ているので、これは重要案件ですよ と伝えると、重く受け止めてくれたのでホッと一安心した私であった。


 その後は試合をする事になった。これは面接のときにジュリアンが俺より強い奴が沢山いると言って居たので、羊の涙の三人からのたってのお願いであった。でも本当の理由は新しい剣を早く使いたいのではないかなとちょっとだけ思った私であった。何故なら今日剣を渡したイゴールさんとセルゲイさんは、腰に付けた剣に手を置きながらずっとニヤニヤとしていたからだ。ちょっと女の子のお尻でも触っているようなニヤケ顔に、スター商会の宣伝をする時はそのしまりのない顔は止めて欲しいなと思った私であった。


 裏庭に行くと星の牙の護衛達が訓練をしていた。勿論全員ではなく、今の時間に警備の担当が無い者だけだ。アディとセディに鍛えられた若い護衛達は随分と逞しくなっていた。特に打たれ強くなった気がして、少し同情する気持ちもあるのであった。


「では、私の護衛のセオと、三対一で試合をしましょうか」

「「「えっ?」」」


 準備運動をしている三人にそう話しかけると、セオが子供だからかとても驚いた顔になった。でもそこでジュリアンが三人にそっと話しかけた。


「セオは俺の10倍……いや、100倍強い……心して掛かった方が良い……」


 三人はジュリアンのアドバイスを聞いてごくりと喉を鳴らした後、怖いぐらい真剣な顔になった。子供に簡単に負けるわけには行かないと思ったのかも知れない。それに三対一だ、勝てなくても不甲斐ない戦いは見せられないと思ったのかも知れなかった。


 アップを終えると裏庭の中央に集まり、早速試合をする事になった。訓練中だった星の牙のメンバーも見学に近寄って来た。セオと羊の涙の三人は向かい合うと頭を下げた。お互い深呼吸をして気合十分だった。


「始め!」


 ジュリアンの会図で試合が始まった。羊の涙の三人はセオを囲むように円状になった。一斉に攻撃を仕掛ける様だ。隊長が一歩歩み出した途端、他の二人もセオに向かっていった。だがセオはその攻撃を剣も使わずにサッとよけた、そして一瞬で三人の背後へと回ると、手刀だけで三人をのしてしまった。セオの実力を知っているスター商会のメンバーでもあっと言う間の戦いに おー!! と大きな歓声を上げていた。リアムに至っては大拍手で有る。もう恋心をセオに隠す気は無い様だった。


 私は倒された三人にすぐに癒しを掛けた。羊の涙の三人は起き上がっても、セオの余りの速い攻撃に何が有ったのか良く分かっていない様な、ポカンという表情を浮かべていた。ただセオを囲ってスター商会の面々が喜んでいるのを見て、負けたことだけは理解出来た様だった。


「……あそこまで強いとは……彼は一体どなたに師事を得たのでしょうか……」


 彼らが驚きながら私に訪ねてきたので、セオの師匠を教えてあげることにした。


「セオの剣の師匠はアダルヘルム・セレーネです。武術の師匠はマトヴィル・セレーネです。ご存じですか?」


 三人は私の方へとがばっと顔を勢いよく向けてきた、大人男子の驚いた顔を近くで見ると少し怖かった。迫力満点で有る。


「あ、あの、あの有名なアダルヘルム・セレーネ様とマトヴィル・セレーネ様ですか?!」


 大きな声で肩を掴まれてしまい益々怖くなってしまった。頬も少し染めて居て、興奮しているので、ちょっとだけ変質者の様に思えてしまった。幼女趣味の変質者とかにはスター商会の宣伝は止めて欲しいと思ってしまった。


 アダムヘルムとマトヴィルの話を聞いて喜んでいた彼らに、今度二人を模写したマスコット熊と剣の稽古をしましょうと誘うと、目をキラキラさせて喜んでいた。大人といえども憧れの人の話を聞くと恋する乙女になってしまうようだ。可愛い物である。


 羊の涙の三人はその後星の牙の訓練に参加して汗を流した。そして訓練の後はお待ちかねのお食事タイムである。私が用意した料理を出して上げて、勿論スター商会自慢のお酒も出して上げた。練習後のビールは格別だったようで、ぷはぁーと良い声を出して、ビールを何杯もお代わりしていた。


 その後は仕事を終えたスター商会のメンバーも参加しての大宴会となった。スター・ブティック・ペコラのメンバーは大喜びだ。飲み比べをしたりと楽しそうだった。ノアはお姉さま方に甘え、ご飯を食べさせてもらっていた。人形なので食べなくても大丈夫なのだが、ノアは食事が何故か大好きだった。ランスにそろそろお開きにと言われるまで、飲み会は続いたようで、勿論いい子の私達は途中で退散していたので、お陰でランスに いい加減になさいませ と低いどすの聞いた声で怒られることも無く、いい夢が見れたのだった。


 羊の涙の三人は飲み過ぎたため、客室に泊っていった様であった。朝スター商会へと向かうと、三人が申し訳なさそうな顔でリアムの執務室に挨拶に来ていた。買ったばかりのポーションも飲んだようで二日酔いは無い様だった。


 私はスター商会のお酒が気に入った彼らに、新品の魔法袋にお酒を沢山入れてプレゼントしてあげた。彼らは震える手で魔法袋を受け取った後、世界中にスター商会を宣伝してまいりますと気合を入れてくれた。迷惑を掛けた上にお土産まで貰って心苦しかった様だ。気にしなくてもいいのに……


 こうして羊の涙の三人は涙を流しながらスター商会を後にした。今度は30名の隊員全員で訓練に参加させて下さいという怖い言葉を残して、帰っていったのだった。

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