第204話 秘密の道

 少年が差し出したお皿を見ると、お皿は割れてひびが入っている上に、スープを入れるにしては浅すぎる物だった。少年が何処から来たのかは分からないが、小さな子がこれを持って歩いたら、直ぐに中身が零れてしまう事は簡単に想像がついた。パンを持たせても良いのだが、ここまで歩いてこれない人物となると、体が弱っていて歯ごたえのあるものが食べられないのかもしれない、そう考えるとスープの方が良い様に思えた。

 私はキラキラした目で私を見つめる少年に、もう少し詳しく話を聞くことにした。


「僕、お名前は?」

「パオロだよー、おねえちゃんは?」

「ララよ、もう少しお話を詳しく聞いてもいいかしら?」

「うん! なんでも教えてあげるー」


 ニコニコと笑うパオロはとっても可愛い。こんな小さな子の願いだ、どうにかしてあげたくなる、取りあえずキュンとなった胸を押さえながら詳しく話を聞いてみた。

 パオロの住んでいる場所はここから近い様だが、安全な道を通ってくると遠回りになり、パオロの足でここからカイスの街に行くぐらい(約三十分ぐらいだろうか)、それぐらい掛かるのだそうだ。

 一緒に住んでいるおばあさんのご飯を持って帰りたいとの事なのだが、三十分も食事を持って歩いて行くのはどう考えても無理だろう、おばあさんは足が悪いそうでここまではとても歩いては来れないようだ、お腹をすかせたおばあさんの為に、こんな小さな子が頑張ってここまで来たのかと思うと胸が痛くなった。


 何とかしてあげたい!


 チラリとセオの方に目を向けると、表に出れない私の代わりに、配膳作業に追われていた。ノアは女性陣に囲まれているし、ルイはノアに付き添っていた。メルキオール達も忙しそうだし、星の牙の半分は見回りに行って居る、だからこそこの子も一番暇そうな私に声を掛けてきたのだろうが、私だけでこの子と一緒におばあさんに会いに行っても良い物かと悩んでしまった。


「あのね、あのお兄ちゃん達は無理だと思うの」

「えっ? 何が無理なの?」

「秘密の道があるの、でもあのお兄ちゃん達はおっきいから通れないと思うの」


 パオロの ”秘密の道” と言う言葉に私の好奇心が刺激された。


 秘密の道?! 何それ! 見たいかも!!


 詳しく聞いてみると、 ”秘密の道” とはおばあさんに教わった秘密の抜け穴の様だった。自宅からここまで5分で来れる道で、安全なのだと教えてくれた。だからこそパオロ一人でもここまで来ることが出来たのだと、やっと納得出来たのだった。


 取りあえずパオロにその道の入口に連れていって貰うことにした。忙しそうな皆にはそっと置き手紙をする。


『ちょっとそこまで行ってきますね』


 と書いておけば大丈夫だろう。パオロの後に続き歩いて行くと、私が居た場所の直ぐ近くの建物の塀部分に、小さな穴があった。炊き出し場所から目と鼻の先である。その穴はとても小さく、私でも通るのがギリギリだった。今日は作業着だから良いが、ドレスだったら通れなかっただろう。それに体が大きくなり始めているセオとルイには無理だなとすぐに分かった。


 その穴を通り抜けパオロについてまたちょっと歩くと、今度は生け垣があった。手入れされてい無い様で、生け垣とギリギリ呼べる様な物だった。そこにも小さな穴が有りくぐっていく。何度か穴を通るとやっとパオロの家についた。時間は五分位なのだが、穴を通るのが意外と大変で、それ以上時間が掛かったような気がした。体も砂だらけになった為、パオロと自分にサッと洗浄魔法を掛けた。


 辿り着いたパオロの家は物置の様な建物で、壁はかなり傷んでいて、所々剥がれている部分があった。トタン屋根らしき部分は腐っているのか、錆びているのか、穴らしきものが開いており、雨漏りがしているだろうと想像が出来たのだった。

 それでもスラムでは家を持てるだけ十分ましなのだ、ルイ達がもっと酷いところに住んでいたことを考えると、パオロはまだ安心できる生活を送っている方だった。


「ばあちゃん、ただいまー!」


 パオロはギーギー鳴るボロボロの扉を開けると元気な声で家の中へと入っていった。昼間だから灯りが付いていなくて当然なのだが、室内は薄暗く、窓も割れている為かヒューヒューと風が通る音も聞こえた。今の時期なら耐えられるが冬場はきっと寒いのだろうなと思えた。そして足の悪いおばあさんと孫だけの生活と有って、部屋は埃っぽく掃除も出来ていない様で、トイレやお風呂なども勿論無い様だった。


 パオロの後について家の中にお邪魔させてもらうと、古いロッキングチェアに座るおばあさんがいた、白髪で瘦せているおばあさんはきつめの顔立ちだったが、パオロを見る目はとても優しい物だった。


「ばあちゃん、ララ姉ちゃんを連れてきたんだ」


 私がパオロの後に続いておばあさんの近くまで行って頭を下げると、おばあさんは優しい笑顔で微笑んだ。子供好きの人の様でとても共感が持てた。


「お嬢ちゃん、あんたはこんなところへ来るような子じゃないだろう? パオロに無理矢理引っ張られてきたのかい?」


 私は首を横に振った。パオロに声を掛けられたのは確かだが、自分が来たくて付いてきたのだ、無理矢理では無い。おばあさんはそう言いながらもパオロの頭を優しく撫でていたのだった。


「初めまして。ララ……と申します。パオロが炊き出しに来ていて、おばあ様に食事を持って帰りたいというので、付いてきました。食事をお出ししたいのですが……その前に少しお掃除してもよろしいですか?」


 おばあさんは何故か凄い驚いた顔を私に向けて来た。一般常識をリアムからかなり学んだ私だが、こういう顔をされるとドキドキしてしまう。何か変なことを言っただろうか。


「あんた……ララだったかい? そんななりして掃除なんて出来るのかい? どう見ても貴族かなんかの子だろう?」


 変なことを言った訳では無かった様で、ホッとした。貴族の子という誤解を解く為に、おばあさんに自分の事を簡単に説明することにした。


「私は貴族の子では無いので安心して下さい。趣味が物作りや料理なんです。勿論掃除も得意ですよ。それと許して頂けるなら、少しお家を修復しても宜しいですか? そういう事も大好きなんです」


 おばあさんは困惑気味の表情だったが、今まで秘密基地や小屋を作った事が有るのだと説明すると、驚きながらも納得してくれた様だった。

 なので、先ずは一気に家全体に洗浄魔法を掛けた。あっと言う間に埃っぽい家は、人が住んでも大丈夫なぐらいに綺麗になった。パオロは手を叩いて 「すごーい!」 と喜び、おばあさんは只々驚いている様だった。


 次は2人に食事を出す。魔法で綺麗になったテーブルにスープとパン、あとは柔らかく煮たお肉を出してあげた。サッパリした物が胃には良いだろうと思い、レッカー鳥の胸肉を使った物にした。あまり食事を取って居なさそうだったので、これぐらいが丁度良いだろう。お茶は最近作ったばかりの滋養茶のウバイ茶にした。二人は食事を見てとても喜んでくれた。


 二人が食事をしている間に、勝手に増築してトイレと小さ目のお風呂を作る。不衛生にしていると、小さな子や老人は病気になりやすい。トイレとお風呂は必需品だろう。

 今まで、店作りや、ビール工場、研究所などで何度も行っている工事の為、あっという間に作業は終わった。次は屋根や壁もチャカチャカ作り直す。二人が食事を終える頃には雨漏りも、隙間風も心配いらない程度には綺麗に出来た。とりあえずこれで一安心である。


 作業を終えて家の中へ入ると、おばあさんはまだ驚いた顔をしていた。パオロはデザートに夢中になって、頬に沢山詰め込んでいた。リスの様でとても可愛い。


「ララ……あんた……これは得意なんてレベルじゃ無いよ……仕事に出来るレベルじゃないかい……」


 驚いているのを褒められたと勘違いした私は調子に乗り、ついでなのでと室内も修繕していく。キッチンも蛇口を付けパオロが水汲みに行かなくても良い様にし、玄関の扉も新しいものに付け替えた。あっという間にそれも終わらせると、二人に向き合った。


「他に困っている所はありませんか?」


 おばあさんは黙ったまま首を横に振ったが、パオロは手を上げた。ケーキを食べ終わった顔は口の周りがクリームだらけだった。可愛い!


「はい! ばあちゃんの足が悪いです」


 パオロの言葉に そうでした! と思いだしたように頷くと、おばあさんの足を診せて貰う事にした。おばあさんはもう何も言葉が出ないのか、黙ったままで、されるがままだった。

 いつまでもおばあさん呼びも申し訳ないので名前を教えて貰った、おばあさんはラウラという可愛い名前で、パオロとは血の繋がりは無いようで、足を診せて貰いながら色々教えて貰った。


 ラウラは今までもスラムで困っている子供達を保護して来た様だ、もう年齢的に子供の世話も無理だろと思っていた時にパオロを拾ったらしい。足も良くないので最初は見て見ぬ振りをしようと思った様だが、スラムでそれは死を意味する。ラウラはそんな事は出来なかった様だった。


「ラウラさん、随分前に足を骨折していませんか?」


 ラウラの足は少し変な形のままくっついてしまっていた。これでは歩く時に痛みを伴うだろうと思えた。どうやらスラムの中で襲われかけた時の傷の様で、若い頃ならやり返してやったんだけどと悔しそうな顔をしながら教えてくれた。


 私はまず、ラウラの足に癒しを掛けた。これで変な形に曲がっていたのも大分改善された。だが長い時間がたっている為、もと通りとまでは行かなかった。ここである物を魔法鞄から出す、それはポーションだ。それもディープウッズの森にある薬草を使って私が作った中級ポーションだ。これなら完璧に足も治るだろと自信があった。


 ラウラにポーションを差し出すと、そんな高価な物は受け取れないと言ったが、これも慈善活動なのだと無理矢理納得させて飲んで貰った、ラウラは先程癒しを掛けたばかりなのに、とても顔色が悪かった、子供が色々と高価な物を出すので驚いたのかもしれなかった。


 ポーションを飲むとラウラの足は無事元に戻った。流石ディープウッズの森の薬草だ、効能が高い。ただあまり歩いていなかったので筋力が落ちていて、長くは歩けない、暫くは訓練が必要だろう。それでも立ち上がっても足が痛まない事にラウラはとても喜んでいる様だった。


「ララ……あんたいったい何者なんだい? ただの子供がこんな事が出来るはずないよ……妖精か何かなのかい?」


 どこかで聞いた様なセリフだなと思いながら、私は首を横に振った。別に凄い人間ではない。ただ、魔力量が多いだけなのだ。名前を名乗っても良いが、スラムではそれはやめた方が良いだろう。ディープウッズと繋がりがあると思われてパオロとラウラが襲われる事は避けたいからだ。


「ラウラさん、私はパオロの友達のララです。スター商会の会頭では有りますけどね」


 ディープウッズの名は出していなかったのに、スター商会の会頭と伝えると何故かラウラにはとても驚かれてしまった、きっと子供だからだろう。私はまた早く大人になりたいなと思ったのだった。


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