第189話 研究所の建設

 今日は新研究所の建設の為、ディープウッズの森の端に向かっている。丁度第二秘密基地の場所だ。ブルージェ領からコンソラトゥール街道に入ったすぐ近くなので、コンソラトゥール街道を通る旅行客や、商人などにとても目に付く場所であった。

 第二秘密基地は結界を張っている上に、木の洞の中に作った為、コンソラトゥール街道からは見えないようになっているが、今回の研究所はコンソラトゥール街道からハッキリ見えるように建てる予定でいた。


  現在の研究員の人数ならば今の研究所で何の問題も無いのだが、あえて目立つように研究所を建てることには理由があった。それは何故かと言うと、ディープウッズ家の研究所であると世間に分からせる為であった。

 この世界では薬師ギルドが薬関係を一気に受け持っている。その為、薬は値段も高く庶民には手に入り辛いのだ。簡単に森などで生えている薬草で作れるような薬であっても、学校にも通っていない様な庶民では作ることも難しい。その為ケガなどで簡単に命を落とす者も少なくない現状である。

 なので、ディープウッズ家が作った薬の販売をスター商会が受け持つ形にして、薬の値段を安くし、庶民でも気軽に買えるようにしていきたい私であった。そして高価な薬を手に入れるために借金奴隷になる者や、スラムに落ちる人を一人でも無くして行けたら良いなと思っているのだった。


 今日はセオ、ルイ、ノア、私、そして可愛いココとモディとティモでディープウッズの森にある研究所の建設地に向かっている。それも私自慢の魔石バイクでだ。セオとルイには二人用の魔石バイクを新しく渡してあるので、今日はそれに二人は乗っている。セオは慣れたものだが、ルイは外で乗るのは初めてなのでとても緊張している。ルイの肩にはティモが乗っているのだが、赤い体の為ルイの顔の青さがとても目立っているのだった。緊張しているルイを安心させるために私が後ろに乗ろうと思ったのだが、それをノアに止められた。自分がルイの後ろに乗るから私は一人でバイクに乗れと言うのだ。まったく甘えん坊のノアである。勿論そんなところが可愛いのだが……


 セオの後ろにはココが乗って? 捕まっている。セオはココの何本もある足で体を掴まれるのがくすぐったい様で、走りながら時折 ひゃっ とか うへっ などセオらしくない声を出していた。でも大好きなココと一緒にバイクに乗れてとても嬉しそうであった。この顔をリアムが見たらココがいじめられてしまうのではないかと心配になる程であった。

 モディは私のバイクにしがみついて? 絡まって? いる。私の水色バイクも以前よりは少し大きくしているので、モディがくるっと巻き付いていても何の問題も無いが、これ以上大きくなればもう乗せることは出来ないだろうなと思うのであった。


 そして以前セオが使っていたバイクは、スター商会の護衛たちの練習用のバイクになっていた。今後の事を考えてバイク隊員も作りたいなと思っているので、頑張って練習して貰っているのであった。

 若い子達ばかりだが、やっぱりセオ程は運動神経が良い訳では無いので、乗りこなすまでに成長するにはもう暫くかかりそうであった。ただ最初に魔石バイクを皆に見せた時は、皆固まって動かなくなってしまった。私のことに慣れているトミーとアーロまでもだ。メルキオールは 「もう何があっても驚かないと思ったんだがな……」 と言いながら、大きなため息を何故かついていたのだった。そして、私に 「いつかリアム様の胃に穴が開きそうだな……」 と言ってきたのだった。リアムはもう魔石バイクの事は知っているのにおかしな話である。メルキオールは心配性の様だ。

 どうやらメルキオールはスター商会で、見たことも無い魔道具である魔石バイクで、バイク隊を作ろうと考えている私を危険物扱いしたようだ。それでリアムが知ったら……と思った様なのだが、普通の感覚が少しだけ鈍い私はまったく気が付かないのであった。


 森の端に着いたので早速建設作業に入る。今日は子供だけという事で何だかワクワクが止まらない中、私はサクサクと木々を倒し、土地を整地していく。この切り取った木々も研究所内の寮の家具などに使う予定なので、大切に扱う。ノアは建設作業は初めてだが私の分身体とも呼べるため、問題無く作業をしていた。ただし所々で ノア凄い ノア助かる ノア天才 などの合いの手を、私かココが入れないとすぐに飽きてしまうので、その調整が大変であった。兄と言うよりは弟の様なノアの事をやっぱり可愛いなと思う私であった。


 セオは何度も建設作業を行っているので何も言わなくてもどんどん作業を進めてくれるのだが、問題はルイであった。庶民にしては魔力量も豊富だが、やはり私達とは出来る魔法が限られてくる、その為大きな作業では無く、倒した木を木材にするなど、細かな作業に精を出してくれた。


 整地を終えると建設だ。建て物自体は寮部分も含め三階建ての箱の様な建物なので、スター商会を建築するよりはずっと楽であった。ビール工場を作った時と同じような感じだ。勿論ビール工場よりも小さいのでずっと楽である。あっと言う間に骨組みは出来たので、今日はこれで帰宅することになった。

 一番魔力量が少ないルイは流石に疲れ切っていたようだったので、帰りはノアがバイクを運転する事になった。大人用のバイクなので体の大きさに合っていないのが心配だったが、運動神経の良いノアは問題なく乗りこなしていた。ただし後ろに乗せるのがルイでは無く、姉のように慕っているアリナだったら最高なのになと呟いていたので、姉同然のアリナに甘えたいなんてノアは本当に甘えん坊で可愛いなと思ったのであった。



 二日目は外壁工事をし、ルイには家具作りなどをお願いした。どんどんと建物が出来上がっていくのはとても楽しく、皆で仕事をしているというよりは秘密基地を作っているときの様な楽しい気持ちになった。賢獣達も良く手伝ってくれて、ココの糸は木材を運ぶのに重宝したし、モディの水魔法は木を切るのにとても役立ったし、ティモには見回りをお願いした。皆主の役に立とうとよく頑張ってくれたのだった。

 そんなこんなで、二日目にはほぼ研究所はでき上がってしまった。明日は温室などの建築に入ろうと思うのだった。


「ねぇ、ララ、何でこんなに森の端っこに建てたの?」


 ノアが帰りのバイクの運転中、ルイを乗せながら理由を聞いてきた。目立たせたいのは分かるが、それならコンソラトゥール街道の近くで有ればどこでも良いのである。建物自体は森の中でも見えるため、森の端にわざわざ建てる必要も無いのであった。


「ブルージェ領の領民の方をいずれは雇い入れる気でいるの、だから通いやすい様に森の一番端にしたのよ」

「ふーん、じゃあまだまだ研究員は増えるんだねー。女の子が良いなー」

「ノアってば、本当に女の子に優しいよね。尊敬しちゃうな」


 私がノアの優しさに感動してそう伝えると、何故かセオとルイは苦笑いになっていた。兄弟で褒め合っているようで可笑しかったのかもしれない。

 以前王都の薬師ギルドで働いていたジュール、エタン、リリアンは有名なグレイベアード魔法高等学校を卒業したマルコやノエミと違って、普通の学校を卒業しただけであった為、雇用環境が悪い第五研究所で苦労していたようだった。なので、学校を卒業した就職先として、この研究所を用意してあげたかったのだ。せっかく学校に通い薬草などの知識を得たとしても、それを生かせる場が無ければ意味が無い。領主であるタルコット達がビール工場を建てたのでそこでも研究員は必要になるが、スター商会でも雇い入れたい。いい人材が王都に流れていてはいつまでたってもブルージェ領は田舎のさびれた街と言われてしまう。少しでも次期領主のメイナードの友人として、ブルージェ領の役に立てたら良いなと思う私であった。


 三日目は温室の建設だ。これは私が行う。セオ達には研究所の魔道具の設置や寮の家具の準備を頼んだ。家具はルイが一生懸命作ってくれたので、全室までとは行かないが、寮の半分までは埋まるぐらいには作り上げてくれてあった。残りは今後家具作りの上手なビルやカイが作っていけばいいので、出来たものだけを設置してもらった。


 こうして私達子供だけの力で研究所は作り上げることが出来て、大満足に行く研究所になったのだった。

 そして、所長室には転移部屋を作る。これはスター商会へと繋がる転移部屋だ。今後色んな人を雇い入れることになると、誰もがスター商会へと転移出来たら問題になってしまう。その為所長管理の下、転移できる人物を決めてもらう予定なのであった。


 皆で転移をして一度スター商会へと行ってから、また別の転移部屋を使って仮の研究所へと向かった。今いるメンバーの引っ越しだ。勿論ドワーフ人形のセブとハッチも一緒だ。

 今後は研究所の寮へと研究員は住むことになるので、今使っている寮の部屋も引き払うのだった。ただこの引っ越しは事前準備と従業員に渡してある魔法袋のお陰で、一瞬で片付いてしまった。なので本当に人物が動くだけの簡単な引越しで終わってしまったのだった。そして、引越しが終われば仮研究所の転移部屋は無くし、ただの秘密基地に戻した。私達の遊び場だ。


 リアム達も一緒に出来たての研究所の中を見て回った。今までの仮研究所も研究員には好評だったが、元が秘密基地である。部屋自体には限度があった。なので、新しくて広くて立派な研究魔道具がある新研究所には、皆驚きと喜びが隠せない様であった。各部屋を子供のように見て回り、見るからにはしゃいでいるのが分かった。とっても嬉しそうだ。作った甲斐がある物である。


「ビル、はい、これ」


 私はビルに鍵を渡した。ビルはこてんと首を傾げた。17歳のビルがやると可愛い物であった。


「ララ様……これは何の……どこの鍵でしょうか?」

「えっ? 所長室の鍵ですよ? その他にも温室や薬室部屋や転移部屋の鍵なども付いています。所長であるビルがしっかり管理してくださいね。頼みましたよ」

「へっ? ええっ!? お、俺が所長? ええっ?」


 はてさて困ったものだ。これまで仮研究所でリーダーとして頑張って来たのだから、ビル以外所長は居ないのだが。何か問題があるのだろうか。驚いて居るビルにいちお説明をする。


「お母様がここの研究所の会長ですが、ハッキリ言って名前だけです。実際はビルに色々と取り仕切って頂くことになります。勿論、私が指示を出しますので何の心配もいりませんからね」


 ビルは何も答えず固まったままだ。カイやリアムが心配して近づいてきた。真っ青な顔なので気になったのだろう。


「……俺に……所長なんて……」


 ビルは自分が裏ギルドだったことをまだ気にしている様だ。だけど働きぶりを知っている私はそんな事は問題なかった。年齢はここでは若いかも知れないが、ビルは所長として立派にやっていける人物だと私は思っている。


「ビル……マルコ達研究員に、所長が務まると思いますか?」


 これを聞いてリアム達が苦笑いになった。それだけで答えが分かる。研究することだけに夢中になる人に、所長は無理だろう。これから雇い入れる人材も管理していかなくてはならない。マルコなどのはもってのほかだ。ジェロニモなら何とかなるかもしれないが、ジェロニモは温室に籠りたがる。結局どう見ても所長はビルしかいないのであった。

 ビルの顔色が優れないためリアムが軽い声色で声を掛けてくれた。もっと気楽にしろという事らしい。


「ビル、重く考えるな、結局今までとやることは一緒だ」

「リアム様……」

「所長なんて体のいい雑用係だ、俺を見てたら分かるだろ? 振り回されっぱなしだ」

「……確かに……」

「カイを副所長に付けるから兄弟であいつらの御守を頼むな、くれぐれも森に勝手に行かせないようにな」

 

 ビルはリアムの言葉にクスリと笑うと 「はい」 と言って笑顔で頷いた。カイは 「えっ? 俺が? 副所長?」 と驚いていたが、それは流されていた。

 リアムのいう事は所々突っ込みたくなるようなところもあったが、私はビルが受け入れてくれたので、大人しく黙っておいた。折角所長になる気持ちになったのに水を差したくなかったからだ。


 こうして無事研究員の引っ越しも終わり研究所は完成となった。そして、これからスター商会で薬やポーションなどを販売していくことになる。薬師ギルドがどう出てくるかは分からないが、楽しみなのであった。


 ところで、私はマルコの様子が大人しい事が気になった。いつもなら私の顔を見れば 結婚 結婚 と騒ぐのにそれも無く、見るからにしょぼんとして大人しいのだ。ビルやカイに聞いても理由は分からなかったが、新しい研究所に来て緊張しているのかもしれないと一人納得した私なのであった。



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